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『ルシエル』
しおりを挟むこの国は汚れている。
だから、滅ぼさねばならない。
ルシエルは宰相のベッドで目を覚ます。
昨晩、好きなだけ弄ばれた体は至る所に粘着質な汚れが着き、不快な匂いを発している。
澱んだ目で、絢爛な天蓋を眺める。
「ルシエル様、お目覚めですか」
宰相がニヤニヤと笑いながら不躾に頬を撫でる。
「もうすぐアストレイアの王子のものになってしまいますからね。今のうちに堪能させてください」
王族にこんなことをするなんて、本来であればありえない。
しかし、祖父の代から貴族の権威が強まり、父の代では完全に傀儡となってしまった。
王族であるはずのルシエルが、こうして組み敷かれているのも、全てこの国の腐敗が原因だ。
「ルシエル様、この後伯爵家の屋敷にお招きされているのですね。でしたらこちらのブローチを着けて行かれたらよろしい」
ベッドに横たわりながらルシエルは宰相の手にあるブローチを見つめる。
大きなルビーを中心に豪華な装飾が付けられている。
これを買う金で民がどれだけ飢えを凌げるか。
それを考えただけで吐き気がする。
「お気に召しましたか?」
「……ああ、気に入った」
――――――――――
この国は腐っている。
だから、滅ぼさねばならない。
婚約披露を行う社交会まであと一週間。
ルシエルは質素な私室でぼんやりと王城の外を眺めていた。
城下だというのに、街は静まり返り、灯りはまばらに着いている。
暗い民家の中から恨めしそうに民が王城を見上げているのではないか。
そう考えるだけでこの決意がより強固なものになっていく。
傀儡と化した自分の唯一の切り札は、婚約破棄をし、アストレイアに戦争に口実を与えることだけだ。
「王国を、終わらせなければ」
ルシエルは一通の手紙をしたためる。
宛名はジスランだ。
だが、この手紙が届く可能性は限りなく低いだろう。
それでもこの思いを残しておきたかった。
書き終えた後、引き出しにしまい鍵をかける。
あとは、ジスランに婚約破棄を申し出るだけ。
決意を固めたルシエルの胸に、一つの想いが湧く。
「死にたくない」
ジスランと番になりたい。
貴族のおもちゃではなく、一人のΩとしてαに愛されたい。
ジスランと結婚したい。
例え政略結婚であったとしても、生涯ずっとそばにいて、あの強くて優しい背中を支えたかった。
ジスランと生きたい。
あの優しい匂いに包まれたい。
ジスランはどんな風に抱いてくれただろうか。
きっと、優しく抱いてくれたに違いない。
「死にたくない、死にたくないよ……」
質素な私室に小さな嗚咽がこぼれた。
――――――――――――
この国は穢れている。
だから、滅ぼさねばならない。
社交会には、貴族からもらった装飾を全て持っていった。
装飾の全ては民の血税。
一つ一つが鉛のように重く感じる。
その重さが、自分を最期まで道化として振る舞わせてくれるだろう。
「今宵限りで、ジスランとの婚約を破棄する!」
会場が動揺と混乱に包まれる。
ジスランの顔は見たくなかった。
きっと決意が揺らいでしまうから。
宰相が冷や汗を流しながら喚く。
「王子、気を確かに!正気に戻ってください!」
自分は正気だ。正気でないのはお前達だ。
貴族の責務すら忘れ、王族を軽んじるお前達こそが狂気だ。
「僕は……!僕はレクイエス王国の王子だ!お前達に指図される謂れは無い!!」
心からの本心だった。
今までずっと我慢していた言葉が溢れてくるのを必死に抑える。
「ルシエル様をお連れしろ!」
貴族と兵士に掴まれて、引きずられるように会場を追い出される。
これでできることは全てした。
あとは、ジスランを信じるだけだ。
――――――――――――
民が苦しんでいる。
だから、滅ぼさねばならない。
王城前の断頭台には多くの民が訪れていた。
皆疲れ、痩せこけている。
「これより、大罪人ルシエルの処刑を行う!」
後ろ手に縛られ、断頭台に登る。
民達は憎しみのこもった目で見つめていた。
当然のことだと思う。
貴族たちを諌めることができず、民達を困窮させた愚かな王族の一人。それが自分だ。
民の一人が石を投げる。
それを合図に石の雨が降り注ぐ。
額に石が当たり、血が流れる。
赤く染まった視界で民たちを見る。
もう少しだから、辛抱してほしい。
きっと、民に相応しい人が王となってくれるはずだ。
「執行する」
「……ジスラン」
最期に脳裏に過ぎるのは、愛しいあの姿。
いつか、またどこかで出会えるなら。
もう一度、貴方を好きになりたい。
鋭い刃が降り落ちる。
広場に赤い血が降り注いだ。
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