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「……なんだ、この景色は。本当に我が国の領地なのか?」
ド・ラ・メール領の境界線を越えた瞬間、リュント王子は窓の外を見て呆然と呟いた。
つい数ヶ月前まで、ここは「何もない、ただ広いだけの田舎」だったはずだ。
しかし、目の前に広がるのは、見渡す限りの鮮やかな緑。しかも、一つ一つの野菜が異常にデカい。
「リュント様ぁ……あそこに転がっている緑色の巨大な岩は何ですかぁ? 不気味ですぅ」
「ミリア、あれは岩じゃない。……おそらく、キャベツだ」
「キャ、キャベツ!? あんな、馬車と同じくらいの大きさのキャベツがあるわけありませんっ!」
リュントは冷や汗を拭った。
道は綺麗に整地され、すれ違う領民たちは皆、顔色が良く、なぜか「パルメ様万歳!」と書かれたTシャツ(パルメが暇つぶしにデザインした)を着て活気に満ち溢れている。
「……パルメの奴、一体どんな悪辣な手段で領民を働かせているんだ」
リュントは、パルメが不幸であってほしいという願望と、目の前の繁栄という現実の板挟みになり、胃を抑えた。
やがて、馬車は領主館の裏手に広がる巨大な農場に到着した。
そこには、麦わら帽子を被り、泥だらけのオーバーオールを着用し、黄金のスコップを豪快に振り回す一人の女がいた。
「ハァーッ!! この土、まだ甘いわね! もっと酸素を送り込んであげなきゃ!」
パルメが黄金のスコップを地面に突き立てると、地響きと共に土がバフッ!と舞い上がる。
「パ、パルメ……!? 貴様、何をしているんだ!」
リュントが馬車を飛び出し、叫んだ。
パルメは動きを止め、眩しそうに目を細めてリュントの方を振り返った。
「あら。その声、どこかで聞いたことがあるわね。……ええと、確か、王宮で私に退職届を突きつけた……リュント元上司様?」
「元上司ではない! 元婚約者だ! そして王子だ!」
「ああ、そうでしたわね。あまりに昔のことで、私の記憶のゴミ箱へシュートしてしまいましたわ。おーほっほっほ!」
パルメの高笑いが、平和な農場に響き渡る。
「パルメ様ぁ、お久しぶりですぅ! 相変わらず、泥まみれで汚らしい格好ですねっ!」
ミリアが勝ち誇ったように鼻を鳴らしたが、パルメは彼女を無視して、スコップを背負い直した。
「視察に来たのなら、あいにくですがお茶を出す時間はありませんわ。今はジャガイモの定植がピークなんですもの。あ、どうしてもっていうなら、そこの肥料袋に座って待っててくださる?」
「肥料袋だと!? この私を誰だと思っている!」
「あら、お客様かしら? パルメ、あまり殿下をいじめてやるな」
農場の奥から、もう一人の人影が現れた。
それを見たリュントとミリアは、今度こそ腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「せ、セドリック……!? アステリア王国の第三王子、セドリック殿下じゃないか!」
そこには、超絶美形の隣国の王子が、ピンク色のエプロンを身に纏い、手には「カボチャの苗」を大事そうに抱えて立っていた。
「久しぶりだな、リュント。見ての通り、私は今、パルメの『右腕(自称)』として修行中だ。邪魔をするなら、このカボチャの角で突くぞ」
「修行!? 王子のやる修行が、なぜ苗植えなんだ! しかもそのエプロンは何だ!」
「パルメが『これ、汚れが目立たなくていいわよ』と貸してくれた、彼女のお下がりだ。家宝にするつもりだよ」
セドリックはうっとりと自分の胸元を眺めている。
リュントは頭が痛くなってきた。
自分の元婚約者が、泥まみれの農家になって、隣国の王子を小間使いにしている。
その上、領地は王都よりも豊かに見える。
「パルメ……。貴様、私を驚かせるためにこんな茶番を……。本当は寂しくて、私に迎えに来てほしいんだろう?」
リュントが精一杯の虚勢を張ってパルメに近づこうとした、その時。
パルメが持っていた黄金のスコップが、勝手にカチリと音を立てて青く輝き始めた。
「あ、いけない。温度上昇モードが勝手に起動しちゃったわ。リュント殿下、危ないから離れて!」
「えっ……? あ、熱っ!? なんだ、地面が燃えているぞ!」
パルメの足元から猛烈な熱気が放たれ、リュントは転げるように後退した。
「ふふ、ごめんなさい。この子、まだ出力調整が難しくて。……でも、見てください。この熱で、冬でも熱帯のマンゴーが育てられるようになったんですのよ!」
「マンゴーだと……? この雪国に近い領地で……?」
「ええ。世界中の果実をここで育てて、私、一生働かずに果物三昧するつもりなんです。最高だと思いません?」
パルメの瞳は、未来のニート生活への希望でキラキラと輝いている。
リュントは、その眩しすぎる笑顔を見て、胸の奥が激しく締め付けられるのを感じた。
(……私は、こんなに楽しそうに笑うパルメを、一度でも見たことがあっただろうか?)
パルメの「自由」は、リュントの想像を遥かに超えた、圧倒的なパワーに満ちていた。
「パルメ様……! そのスコップ、絶対に魔法か何かですよね!? ずるいですぅ! リュント様、やっぱりパルメ様はペテン師ですぅ!」
ミリアの叫びが空虚に響く中、パルメはスコップを軽やかに振り回し、次の穴を掘り始めた。
「ペテンでも何でもいいわ。カブが美味しく育てば、それが正解なのよ!」
リュント王子の視察は、開始早々、彼のプライドを粉々に粉砕して幕を開けたのであった。
ド・ラ・メール領の境界線を越えた瞬間、リュント王子は窓の外を見て呆然と呟いた。
つい数ヶ月前まで、ここは「何もない、ただ広いだけの田舎」だったはずだ。
しかし、目の前に広がるのは、見渡す限りの鮮やかな緑。しかも、一つ一つの野菜が異常にデカい。
「リュント様ぁ……あそこに転がっている緑色の巨大な岩は何ですかぁ? 不気味ですぅ」
「ミリア、あれは岩じゃない。……おそらく、キャベツだ」
「キャ、キャベツ!? あんな、馬車と同じくらいの大きさのキャベツがあるわけありませんっ!」
リュントは冷や汗を拭った。
道は綺麗に整地され、すれ違う領民たちは皆、顔色が良く、なぜか「パルメ様万歳!」と書かれたTシャツ(パルメが暇つぶしにデザインした)を着て活気に満ち溢れている。
「……パルメの奴、一体どんな悪辣な手段で領民を働かせているんだ」
リュントは、パルメが不幸であってほしいという願望と、目の前の繁栄という現実の板挟みになり、胃を抑えた。
やがて、馬車は領主館の裏手に広がる巨大な農場に到着した。
そこには、麦わら帽子を被り、泥だらけのオーバーオールを着用し、黄金のスコップを豪快に振り回す一人の女がいた。
「ハァーッ!! この土、まだ甘いわね! もっと酸素を送り込んであげなきゃ!」
パルメが黄金のスコップを地面に突き立てると、地響きと共に土がバフッ!と舞い上がる。
「パ、パルメ……!? 貴様、何をしているんだ!」
リュントが馬車を飛び出し、叫んだ。
パルメは動きを止め、眩しそうに目を細めてリュントの方を振り返った。
「あら。その声、どこかで聞いたことがあるわね。……ええと、確か、王宮で私に退職届を突きつけた……リュント元上司様?」
「元上司ではない! 元婚約者だ! そして王子だ!」
「ああ、そうでしたわね。あまりに昔のことで、私の記憶のゴミ箱へシュートしてしまいましたわ。おーほっほっほ!」
パルメの高笑いが、平和な農場に響き渡る。
「パルメ様ぁ、お久しぶりですぅ! 相変わらず、泥まみれで汚らしい格好ですねっ!」
ミリアが勝ち誇ったように鼻を鳴らしたが、パルメは彼女を無視して、スコップを背負い直した。
「視察に来たのなら、あいにくですがお茶を出す時間はありませんわ。今はジャガイモの定植がピークなんですもの。あ、どうしてもっていうなら、そこの肥料袋に座って待っててくださる?」
「肥料袋だと!? この私を誰だと思っている!」
「あら、お客様かしら? パルメ、あまり殿下をいじめてやるな」
農場の奥から、もう一人の人影が現れた。
それを見たリュントとミリアは、今度こそ腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「せ、セドリック……!? アステリア王国の第三王子、セドリック殿下じゃないか!」
そこには、超絶美形の隣国の王子が、ピンク色のエプロンを身に纏い、手には「カボチャの苗」を大事そうに抱えて立っていた。
「久しぶりだな、リュント。見ての通り、私は今、パルメの『右腕(自称)』として修行中だ。邪魔をするなら、このカボチャの角で突くぞ」
「修行!? 王子のやる修行が、なぜ苗植えなんだ! しかもそのエプロンは何だ!」
「パルメが『これ、汚れが目立たなくていいわよ』と貸してくれた、彼女のお下がりだ。家宝にするつもりだよ」
セドリックはうっとりと自分の胸元を眺めている。
リュントは頭が痛くなってきた。
自分の元婚約者が、泥まみれの農家になって、隣国の王子を小間使いにしている。
その上、領地は王都よりも豊かに見える。
「パルメ……。貴様、私を驚かせるためにこんな茶番を……。本当は寂しくて、私に迎えに来てほしいんだろう?」
リュントが精一杯の虚勢を張ってパルメに近づこうとした、その時。
パルメが持っていた黄金のスコップが、勝手にカチリと音を立てて青く輝き始めた。
「あ、いけない。温度上昇モードが勝手に起動しちゃったわ。リュント殿下、危ないから離れて!」
「えっ……? あ、熱っ!? なんだ、地面が燃えているぞ!」
パルメの足元から猛烈な熱気が放たれ、リュントは転げるように後退した。
「ふふ、ごめんなさい。この子、まだ出力調整が難しくて。……でも、見てください。この熱で、冬でも熱帯のマンゴーが育てられるようになったんですのよ!」
「マンゴーだと……? この雪国に近い領地で……?」
「ええ。世界中の果実をここで育てて、私、一生働かずに果物三昧するつもりなんです。最高だと思いません?」
パルメの瞳は、未来のニート生活への希望でキラキラと輝いている。
リュントは、その眩しすぎる笑顔を見て、胸の奥が激しく締め付けられるのを感じた。
(……私は、こんなに楽しそうに笑うパルメを、一度でも見たことがあっただろうか?)
パルメの「自由」は、リュントの想像を遥かに超えた、圧倒的なパワーに満ちていた。
「パルメ様……! そのスコップ、絶対に魔法か何かですよね!? ずるいですぅ! リュント様、やっぱりパルメ様はペテン師ですぅ!」
ミリアの叫びが空虚に響く中、パルメはスコップを軽やかに振り回し、次の穴を掘り始めた。
「ペテンでも何でもいいわ。カブが美味しく育てば、それが正解なのよ!」
リュント王子の視察は、開始早々、彼のプライドを粉々に粉砕して幕を開けたのであった。
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