婚約破棄!ついでに王子をどん底に突き落とす。

鏡おもち

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「……それで、パルメ。いつまでこの茶番を続けるつもりだ?」

リュントは、土埃が舞う農場のど真ん中で、腕を組んで虚勢を張った。

隣ではミリアが「そうですぅ! こんな汚い場所、リュント様にふさわしくありませんっ!」と金切り声を上げている。

パルメは、黄金のスコップの「自動泥落としモード(高速振動)」で服を綺麗にしていたが、ふと手を止めて顔を上げた。

「……? あの、すみません。さっきから熱心に話しかけてくださっていますけど……」

パルメは小首を傾げ、記憶の引き出しをカチャカチャと漁るような仕草を見せた。

「……どちら様でしたっけ?」

一瞬、農場に静寂が訪れた。

風に揺れるキャベツの葉の音だけが、虚しく響く。

「……なっ。貴様、今さら何を言っている! リュントだ! この国の第一王子、リュント・フォン・アステリアだぞ!」

「リュント……リュン……あ! 思い出したわ!」

パルメがポンと手を打った。リュントの顔に、わずかに安堵の色が浮かぶ。

「確か、王宮の食堂でいつも『ステーキの焼き加減がレアすぎる!』って文句を言っていた、あのわがままなクレーマー客……じゃなくて、元婚約者の方でしたわね!」

「クレーマー……!? 私は正当な権利を主張していただけだ!」

「ごめんなさい。私、不要なデータは即座に上書き保存するタイプなんですの。今の私の脳内メモリは、ジャガイモの品種と温泉の温度管理でいっぱいですから」

パルメは悪びれもせず、屈託のない笑顔を向けた。

彼女にとって、リュントという存在は「残業代の出ないブラック企業の社長」程度の認識でしかなかった。退職した今、顔を覚えておく義理など微塵もないのである。

「パルメ様ぁ! 殿下に対して失礼ですぅ! 本当は覚えてるくせに、気を引こうとしてるんですよねぇ?」

ミリアが鼻で笑いながら割り込んできたが、パルメは彼女をさらに不思議そうに見つめた。

「……そちらの、お顔の筋肉が激しく動いているお嬢さんは? セドリック殿下の連れてきた新しいコメディアンかしら?」

「コメディアン!? ミリアですぅ! 貴女が散々嫌がらせをした、悲劇のヒロインのミリアですよぉ!」

「ミリア……。あぁ、確か、私の婚約破棄パーティーの時に、隣でピチピチ跳ねる魚みたいに震えていた子ね」

パルメは納得したように頷くと、隣でカボチャの苗を愛おしそうに撫でていたセドリックに話しかけた。

「セドリック殿下、知り合いなら連れて帰ってくださらない? うちの畑に、これ以上『生産性のないノイズ』を入れ込みたくないんですの」

「パルメがそう言うなら、すぐにでも隣国の国境まで蹴り飛ばしてこよう」

セドリックが爽やかな笑顔で、物騒なことを口にする。

「待て、セドリック! 貴様、他国の王子に対して失礼だぞ!」

「失礼なのは君だ、リュント。私のパルメ……いや、我が『農の女神』は、今、極めて重要な思索に耽っておられる。君のような『過去の遺物』が喋りかけていい相手ではない」

セドリックの冷徹な視線に、リュントは気圧された。

かつての影の薄い第三王子は、パルメの側で農作業に勤しむうちに、なぜか圧倒的な「強者の覇気」を身につけていたのである。

「パルメ……。お前、本当に私のことを……」

「殿下、もうよろしいかしら? 次は温泉の掘削現場へ行かなきゃいけないんですの。あ、帰り道に迷ったら、そこのカカシを目印にしてくださいね。殿下とよく似た顔をしていますから」

パルメは華麗に背を向けると、黄金のスコップを軽々と担いで歩き出した。

「待て! まだ話は終わって……!」

「殿下、諦めましょう。パルメ様は今、世界で一番『過去に興味がない女』になっていますわ」

アンナが冷めた目で見送りながら、リュントにトドメの一撃を刺した。

リュントは、泥の上に膝をついた。

自分が捨てたはずの女に、名前すら忘れられ、挙句の果てに「カカシの方が役に立つ」と暗に言われる。

これ以上の屈辱が、この世にあるだろうか。

「……リュント様、帰りましょう? ミリア、お腹空いちゃいましたぁ」

「……黙れ、ミリア。……あぁ、パルメ。君のあの、冷たい眼差しが……今さら、どうしてこんなに胸に刺さるんだ……」

リュント王子の胸に、生まれて初めて「執着」という名の歪んだ感情が芽生え始めていた。

一方でパルメは、鼻歌を歌いながら次の獲物(水脈)を探していた。

「ふふ~ん♪ 次は露天風呂を作って、一日中ふやけるまで浸かってやるんだから!」

パルメの「忘却」は、彼女にとっての最強の防御であり、リュントにとっての最大の攻撃となったのである。
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