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18話 行方不明の皇太子
しおりを挟む帝国軍事学校、中庭。
ソウタとオリオンは、闘技トーナメントの黒幕を探すため、学校内を散策し続けていた。
オリオンの手の甲には、ソウタに巻かれた侯爵家の紋章入りハンカチが、まるで宝物のように大切に巻かれている。
そのハンカチを見るたびに、オリオンは顔を赤らめ、ソウタの言葉を思い出していた。
「ソウタ君、あそこにいるのは……」
オリオンが指差す先には、見慣れた二つの人影があった。以前テーマパークで遭遇した、帝国騎士団の近衛兵二人だ。
彼らは、学校の敷地内で、何かを探すように周囲を見回していた。
ソウタは、近衛兵たちに駆け寄った。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね! 一体、ここで何をしているんですか?」
彼らの目的が、自身の“生存戦略”に役立つ情報かもしれないと考え、ソウタは尋ねた。
近衛兵たちは、ソウタの問いに顔を見合わせた。精悍な顔つきの兵士が口を開きかけたが、すぐに言葉を渋る。
「それは……極秘案件につき、言うことはできない」
その時、落ち着いた雰囲気のもう一人の近衛兵が、オリオンの手の甲に巻かれたハンカチに気づいた。
「おお、オリオン様。貴方の手に巻かれているのは、フランゼ家の紋章入りのハンカチ……ソウタ様と、随分と親しいようですね」
近衛兵は、オリオンの顔をじっと見た。オリオンは、ソウタとの関係を問われて、顔を赤くする。
「ええ、はい……ソウタ君は、僕の大切な友人です」
オリオンがそう答えると、近衛兵はふわりと微笑んだ。
「なるほど。これほど親しい間柄であれば、話しても問題はないでしょう」
そして彼は、ソウタとオリオンに声をひそめて告げた。
「実は……我々は、行方不明となっている皇太子殿下を探しているのです」
その言葉を聞いた瞬間、ソウタの心臓がドクリ、と大きく鳴った。
(皇太子……! やっぱりそうか……!)
息を呑む。原作の知識から、ソウタは知っていた。記憶を失ったルースこそが、行方不明の皇太子なのだ。
「皇太子殿下が……行方不明に?」
オリオンは驚きと困惑の表情を浮かべた。皇太子の行方不明は、帝国の最高機密事項であり、一般には知られていない。
ソウタは、表面上は驚いたふりをしながらも、内心では激しく動揺していた。
(まさか、学校内にまで皇太子の捜索が始まっていたとは……ということは、近いうちにルースの記憶が戻るのかな?)
この数ヶ月、ソウタはルースと深く関わり、絆を育んできた。好感度は、もう十分に高いはず。このままいけば、ルースが皇太子に戻ったとしても、自分は殺されない……そう確信していた。
だが。
(ルースの記憶が戻れば……皇太子としての責任を取り戻して、僕との関係も……今みたいに仲良くできなくなるのかな……)
ソウタの胸の奥に、チクリとした痛みが走った。生存には関係のない、得体の知れない寂しさが心を満たしていく。
近衛兵たちは皇太子捜索の協力を求めてきたが、ソウタはルースの正体を明かすことなく、曖昧に言葉を濁して承諾した。
二人の近衛兵は礼を述べ、再び学校内の捜索へと戻っていった。
近衛兵たちと別れた後、ソウタとオリオンは再び、闘技トーナメントの黒幕探しを再開した。だが、これといった手がかりは得られず、二人の間には重い沈黙が流れる。
「結局、何も見つからなかったね……」
オリオンは肩を落として呟いた。顔には疲労と、ソウタに協力できなかったことへの申し訳なさが滲んでいる。
「まあ、焦る必要はないよ。もう少し時間はある」
ソウタは励ますように言ったが、その胸の内はルースのことでいっぱいで、集中しきれていなかった。
二人が、校舎の壁沿いを歩いていた。
その時だった。
カランッ!
突然、上空から硬いものが落ちてくる音が響いた。ソウタが顔を上げた瞬間、視界の端に植木鉢が映る。
校舎の二階の窓から、それはソウタの真上へと、勢いよく落下していた。
「ソウタ君! 危ない!!」
オリオンが叫ぶ。その声が届くよりも早くソウタの傍にいた影が、動いた。
ガシャンッ!
ルースが、ソウタの前に立ちはだかった。落下してきた植木鉢を、自身の右腕で、直接受け止めたのだ。
植木鉢はルースの腕に激突し、粉々に砕け散った。
右腕は破片と衝撃で骨の折れる鈍い音がソウタの耳に届いた。
「ルース!!!」
ソウタの叫びが、中庭に響いた。血の気が引いていく。ルースが自分を庇ったのだ。
ソウタは激しく動揺した。目の前で起こったことに、冷静なソウタの頭脳も、一瞬思考停止する。
「ルース!大丈夫か!?しっかりしろ!」
ソウタは、ルースの体を支えながら、その怪我を目の当たりにして、唇を噛み締めた。
ソウタは、震える手でポケットから傷薬の小瓶を取り出すと、迷いなくその中身をルースの傷口にかけた。
ルースは、痛みに顔を歪めながらも、ソウタの顔を見て、ふわりと微笑んだ。
「ソウタ……君が無事で……よかった」
ルースのその笑顔に、ソウタの胸は締め付けられるような痛みを覚えた。
彼の頭の中に、ルースが闘技トーナメントに向けて、どれほど懸命に鍛錬を重ねてきたかが鮮明に蘇る。
この怪我では、トーナメントへの出場は絶望的だ。
「そんな……!ルースは、トーナメントのために、あんなに頑張ってたのに……ごめん……本当にごめん……!」
ソウタは、自身を責めるかのように、ルースに謝罪の言葉を繰り返した。
彼の顔には、自責の念と、怒りが入り混じっていた。
近くにいたオリオンもまた、ルースの負傷に顔色を変えていた。
「ルース君……!僕がソウタ君の近くにいたのに、すぐに守ることができなかった……!」
オリオンは、ソウタを護れなかった自分を責め、悔しさに顔を歪めた。
ソウタは、ルースの怪我と、二人の友人の悔しそうな表情を見て、ある決意を固めた。
彼の涼やかな瞳に、強い光が宿る。
「ルース……僕が、君の代わりに闘技トーナメントに出る」
ソウタの言葉に、ルースとオリオンは、驚いて目を見開いた。
「ソウタ!?何を言っているんだ!」
「駄目だよ、ソウタ君!闘技トーナメントの出場者は、アタッカーがほとんどだ!
サポーターである君が参加するのは、危険すぎる!」
ルースもオリオンも、ソウタの無謀とも思える決断に、強く反対した。
闘技トーナメントは、実戦形式で行われるため、怪我をする危険性も高い。
サポーターであるソウタが、アタッカーの中で戦うことは、あまりにも危険すぎる。
しかし、ソウタの決意は揺るがなかった。
彼の心の中には、ルースの無念を晴らし、そして何より、原作で彼を棄権させた黒幕を捕らえるという、強い使命感が燃え上がっていた。
「それでも、僕は出場する。ルースのために、そして、僕の身を守るためにも……
絶対に優勝してやる」
ソウタの声には、一切の迷いがなかった。
その日の午後、ソウタは、以前テーマパークで出会った近衛兵の一人、レオ・ロウの元を訪ねた。
精悍な顔つきの彼こそが、近衛兵の中でも特に戦闘能力が高いと、ソウタは記憶していたからだ。
「レオ・ロウさん。僕に、闘技の訓練を教えていただけませんか」
ソウタは、レオ・ロウに頭を下げ、真剣な眼差しで懇願した。
レオ・ロウは、ソウタの顔をじっと見つめた。
彼は、ソウタのサポーターとしての才能は認めているが、
アタッカーとしての訓練は、並大抵の厳しさではない。
「……俺の教えは、非常に厳しくて有名だ。
骨身を削るような訓練を、毎日こなすことになる。
それでも、君はやるのか?」
レオ・ロウの声は、ソウタの覚悟を試すかのように、低い響きを帯びていた。
ソウタは、迷うことなく、決意した顔で頷いた。
「はい!お願いします!」
ソウタの瞳には、一切の迷いがなかった。
彼の心の中には、ルースのために、そして自分が生き延びるために、どんな困難にも立ち向かうという、強い覚悟が宿っていた。
その日から、ソウタの「スパルタ育成」が始まった。
レオ・ロウの指導は、彼の言葉通り、想像を絶するほど厳しいものだった。
毎日の基礎訓練に加え、アタッカーとしての戦闘技術、体術、そして精神力。
ソウタは、睡眠時間を削り、食事もそこそこに、ひたすら訓練に打ち込んだ。
ソウタの体は、限界を迎えそうになることもあったが、彼の脳裏には、いつもルースの傷ついた右腕と、その笑顔が浮かんでいた。
そして、未来の皇帝であるルースを危険に陥れた黒幕への怒り。
それらが、ソウタを突き動かす原動力となっていた。
一ヶ月後。
ソウタの身体は、以前より引き締まり、
その動きには、しなやかな美しさと、洗練されたアタッカーの風格が漂っていた。
彼の瞳には、以前の涼やかさに加えて、確固たる自信と鋭さが宿っていた。
ソウタは、鍛え上げられた自身の身体を感じて、心の中で静かに呟いた。
(よし……これで準備は整った。優勝して、ルースの無念を晴らしてやる)
そして、ソウタの脳裏には、もう一つの目的が浮かんでいた。
(ついでに、原作でルースの邪魔をした黒幕も、この手で捕まえてやる)
ソウタの顔には、勝利への確信と、
そして、黒幕への静かな怒りが浮かんでいた。
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