【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる

ざっしゅ

文字の大きさ
37 / 68

閑話 皇太子の日常

しおりを挟む


 帝国皇宮。

 ある日の朝、廊下でソウタはレオ・ロウとユノ・セリウスを見つけると、満面の笑みで駆け寄った。

「レオ兄さん!ユノさん!」

 その明るい声が、少し離れたところから歩いてきた皇太子ルースの耳にも届いた。ルースは、その呼び方に眉をひそめた。

(……レオ兄さん、だと?)

 ソウタがレオ・ロウにだけ「兄さん」と親しげに呼びかけることに、ルースは気づいていなかった。

その事実に、ルースの顔に不満の色が浮かんだ。

 ソウタが二人のところから補佐官室へと去っていった後、ルースはすぐにレオ・ロウの元へ歩み寄った。

「レオ・ロウ。なぜお前だけ、ソウタに『兄さん』と呼ばれているんだ?」

 突然の問いに、レオ・ロウは戸惑った。なぜそう呼ばれるようになったのか、明確な理由を思い出せない。

「はっ……殿下。それが、いつの間にか、そう呼ばれるようになっておりまして……」

 レオ・ロウが正直に答えると、ルースの眉間の皺がさらに深まる。

このままではレオ・ロウが理不尽な怒りを買うと察したユノ・セリウスは、可哀想な相棒を助けようと口を開いた。

「殿下。軍事学校時代、ソウタ様がトーナメントに出場する際、レオ・ロウがアタッカーとしての立ち振る舞いを教えたり、ソウタ様が貴族派のスパイを探す際に手助けしたりしました。そうした経緯で、親しくなったのではないでしょうか」

 ユノ・セリウスの説明を聞いたルースは、ムッとして拗ねたように言った。

「ふん……私の方がレオ・ロウより強いのに、ソウタに私が武術を教えてあげられるというのに……!」

 ルースは、ソウタが自分ではなくレオ・ロウに懐いているように見えることに、嫉妬を隠せない様子で愚痴をこぼした。

 その愚痴を聞きながら、ユノ・セリウスは苦笑いを浮かべた。

軍事学校時代の、皇太子の記憶をなくしていたルースが、ソウタに守られて嬉しそうにしていたことを思い出したのだ。あの頃の殿下は、もっと素直だった。

 とくに悪いことをした覚えがないレオ・ロウは、ルースの容赦ない視線に耐えかね、縮こまってしまった。

 その頃、何も知らないソウタは、「今日も上手く仕事をサボれたらいいな」などと暢気に考えながら、補佐官室へと向かっていた。彼だけが、皇宮に渦巻く複雑な感情から、かけ離れた場所にいた。



 翌日のフランゼ侯爵邸。

 皇宮での仕事を終え、ソウタは侯爵邸で至福の時を過ごしていた。

 皇太子ルースからの「自分の心を大切にしなさい(もっとサボってもいい)」という言葉に甘んじて、彼はのんびりとした休日を満喫していた。

(優しい上司と有能な友達に囲まれて幸せだな……)

 ソウタは、窓から差し込む柔らかな光を浴びながら、この世界に転生する前からの趣味である菓子作りをしようと、キッチンで準備を始めた。

 粉をふるい、卵を割り、バターを練る。その手つきは、迷いなく滑らかだ。

 すると、侯爵邸のドアがノックされ、執事がレオ・ロウとユノ・セリウスが訪れたことを告げた。

「レオ兄さん、ユノさん? 何か急用ですか?」

 ソウタが尋ねると、レオ・ロウとユノ・セリウスは顔を見合わせた。

 皇太子ルースの「ソウタの様子を見に行け」という命令で来たとは言えず、言葉を濁した。

「い、いや、その……たまたま近くを通りかかって……」
 レオ・ロウがしどろもどろに答える。

「ええ、殿下からのお言伝がございまして……」

 ユノ・セリウスが助け船を出すが、やはり具体的な用件は言えない。

 ソウタは、そんな二人の様子には気づかず、にこやかに言った。

「ちょうどよかった! 今、クッキーを焼いたばかりなんだ。よかったら食べていきませんか?」

 ソウタは、焼き立てで甘い香りを漂わせる美味しそうなクッキーを、レオ・ロウとユノ・セリウスに振る舞った。

 レオ・ロウは、貴族であるソウタが自ら菓子作りをしていることに驚きを隠せない。

「へえ、貴族なのに自分で料理ができるのか!」

 普段、甘いものをあまり好んで食べないユノ・セリウスですら、そのクッキーを一口食べると、目を見開いた。

「これは……! 本当に美味しいです、ソウタ様!」

 ユノ・セリウスは、心からの絶賛を口にした。

 自分で作ったクッキーを美味しそうに食べてくれる二人の姿を眺め、ソウタは得意げに笑った。

 三人で楽しく談笑し、和やかな時間が過ぎていく。

 やがて、レオ・ロウとユノ・セリウスは、満足そうに「ごちそうさまでした」と侯爵邸を去っていった。

 二人が帰った後、ソウタは首を傾げた。

(結局、なんの用だったんだろう? まあ、いいか。美味しいクッキーを一緒に食べられたし!)

 

 帝国皇宮、皇太子の執務室。

 レオ・ロウは、先ほどの侯爵邸でのクッキーの味を思い出し、ご機嫌な様子だった。

「殿下の命令のおかげで、美味しいクッキーが食べられました!」

 ユノ・セリウスは、ルースに今日のソウタの様子を報告した。

「殿下。今日のソウタ様は、侯爵邸で菓子作りをして過ごしていました」

 ルースは、その報告を聞いて、ぴくりと眉を動かした。

「……それで、ソウタの作ったものを、お前たちは食べたのか?」

 ルースの声には、どこか緊張が混じっている。
 ユノ・セリウスは、ルースの意図を察し、言い淀んだ。

 その時、レオ・ロウが、悪びれる様子もなく、しっかりした声で答えた。

「はい! とても美味しいクッキーでした!」

 レオ・ロウの純粋な返答に、ルースの顔色がサッと変わった。
 彼の声には、急に威圧感が宿る。

「私の分は?」

 その、氷のように冷たい一言に、レオ・ロウとユノ・セリウスは、揃って押し黙ってしまった。

 執務室には、重苦しい沈黙が降り注ぐ。

 ルースのソウタへの独占欲は、彼らの想像をはるかに超えていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!

煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・ と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」 と言いやがる!一体誰だ!? その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・ ーーーーーーーー この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に 加筆修正を加えたものです。 リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、 あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。 展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。 続編出ました 転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668 ーーーー 校正・文体の調整に生成AIを利用しています。

ハッピーライフのために地味で根暗な僕がチャラ男会計になるために

ミカン
BL
地味で根暗な北斗が上手く生きていくために王道学園でチャラ男会計になる話 ※主人公へのいじめ描写ありのため苦手な方は閲覧ご注意下さい。

転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい!

煮卵
BL
転生コメディ/婚約破棄/王族×平凡/腐女子悪役令嬢 俺は、かつて自分がシナリオを書いた乙女ゲーム《薔薇庭》の世界に転生してしまった。 与えられた役割は、王子アーベルの取り巻きにすぎない“悪役モブ”。原作の筋書き通りなら、アーベルの婚約が破棄されたとき、俺はその罪をかぶせられて処刑される運命にある。 処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく俺は懸命に動いた。 なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限りアーベルと過ごし、 婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。 最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・ やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように 仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。 ……けれど、気づけばアーベルは俺に惚れ込み、他の誰でもなく俺を選んでしまった。 その結果、ついには俺自身の命が狙われる事態へと発展する。 真摯なアーベルの愛の告白に 俺自身は――死にたくない一心で「YES」と答えてしまうがーー 俺の“生存戦略”は、どこまで通用するのか。 そしてアーベルの想いに、俺はどこまで嘘をつき続けられるのか――。 DEAD or LOVEコメディ第二章! ※「【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!」の続きです。 単品でも読めますが、よろしければ第一部もお読みください。 ※※主人公は悪役令嬢ではありませんが途中で出てきます。 ーーーー 校正・アイディア出しに生成AIを利用しています。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」 身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。 死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。 カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。 「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」 献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。 これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。

処理中です...