45 / 68
44話 調査と称した休日
しおりを挟む帝国皇宮、皇太子ルースの執務室。
この日、ルースの補佐官であるソウタは、侯爵家の用事で皇宮にはいなかった。
普段ならば、ソウタがいると皇太子の気が散って仕方がないのだが、不在となればなったで、ルースはどこか上の空で、仕事に身が入らないようだった。
レオ・ロウとユノ・セリウスは、そんなルースを前に、山積みの書類と格闘していた。
レオ・ロウが「殿下、こちらの報告書をご確認ください」と書類を差し出しても、
ルースの返事は曖昧で、目は報告書を追っているようで、その実、一点を見つめている。
(全く、ソウタ殿がいないとこれでは仕事にならないな……)
レオ・ロウは困り果て、助けを求めるようにユノ・セリウスを見つめた。
ユノ・セリウスは、少し考えてから口を開いた。
「殿下、白髪の青年に使役されていた未確認生物が、殿下がソウタ様と、以前一緒に訪れたテーマパークで遭遇した生物と類似点があると判明しました」
ユノ・セリウスの言葉に、上の空だったルースがハッと顔を上げた。その瞳に、ようやく焦点が結ばれる。
「ソウタ……? テーマパーク……?」
ルースは、驚いたように繰り返しながら、ユノ・セリウスにやっと明確な反応を示した。
(まずいな……ソウタ様の名前を使って、未確認生物の情報に興味を持っていただきたかったのに、テーマパークの方に興味を持たれてしまった……)
ユノ・セリウスは内心で焦りつつも、努めて冷静に「はい、殿下」と返事をした。
ルースは、腕を組み、深く考え込んだ。
そして、以前、記憶を失ってから読んだ報告書に、自分がソウタとテーマパークに行ったことが書かれていたのを思い出した。
その時の楽しそうな二人の様子が文章で綴られていたが、肝心の記憶は一切蘇らない。
その記憶を思い出せないことが、ひどく悔しかった。
「そうか……ソウタとテーマパーク……!」
ルースは、ふいに立ち上がった。
その顔には、先ほどまでの上の空の表情は消え失せ、代わりに純粋な喜びと期待が浮かんでいた。
「ソウタとテーマパークに行きたい!
明日、ソウタとテーマパークに行けるように手配してくれ!」
ルースの興奮した命令に、ユノ・セリウスは小さく溜息をついた。
(やはり、こうなりましたか……)
自分の作戦が、全く意図しない方向に転がってしまったことに、ユノ・セリウスは落胆の色を隠せない。
「たまには息抜きもいいんじゃないか?」
最近、ルースの執着ぶりに慣れてきたレオ・ロウは、意外にも気楽にユノ・セリウスを慰めた。
彼にとっては、殿下が機嫌よくいてくれるなら、多少の無理は承知だった。
ルースは、ソウタとのテーマパーク行きが決定したことに、上機嫌で顔を輝かせ、楽しそうにレオ・ロウとユノ・セリウスに命令を下し続けた。
ソウタの不在が、思わぬ形で新たな計画を生み出したのだった。
――
翌日
ソウタは、皇太子ルースの執務室に呼ばれ、足を向けた。
部屋に入ると、玉座に座ったルースが、いつもより遥かにご機嫌な様子で待っていた。
「殿下、お呼びでしょうか」
ソウタが恭しく挨拶すると、既に部屋に控えていたユノ・セリウスが口を開いた。
「ソウタ様。本日は、帝都付近で討伐した未確認生物が、以前殿下とテーマパークで遭遇なさった生物と類似点があったため、これから少数精鋭でテーマパークへ調査に向かいます」
ユノ・セリウスの言葉に、ソウタは神妙な顔つきで頷いた。
仕事である以上、真剣に受け止めるのは当然だ。
(テーマパークの調査か……)
ソウタは、未知の生物に関する情報収集という任務に、軽く身構える。
その様子を見たルースは、ソウタがかつて自分とデートしたテーマパークのことを思い出して、感傷に浸っているのだと都合よく勘違いし、内心で嬉しくなった。
「すぐに準備します」
ソウタはそう言って、足早に補佐官室へと戻っていった。
補佐官室に戻ると、オリオンがいた。ソウタは彼に微笑みながら挨拶する。
「オリオン、おはよう」
「おはよう、ソウタ君」
ソウタは、ふと、以前オリオンがテーマパークに行きたいと言っていたことを思い出した。
「そういえばオリオン、テーマパークに行きたいって言ってたよね?」
ソウタの言葉に、オリオンは「テーマパーク?」と聞き返した。
突然の話題に、少し驚いているようだった。
ソウタは、明るい笑顔で続けた。
「うん、これからテーマパークに調査に行くんだ。一応仕事だから遊べるかは分からないけど、前に一緒に行きたいって言ってたじゃないか。だから、オリオンも一緒に行かないか?」
オリオンの胸に、温かい感情が広がった。
かなり前の、何気ない自分の発言を、ソウタが覚えていてくれたのだ。
その優しさが、オリオンの心をじんわりと満たしていく。
「……行きたい!」
オリオンは、普段からは想像できないほど大きな声で、嬉しそうに答えた。
彼の瞳は、テーマパークへの期待と、ソウタの優しさへの感動で、キラキラと輝いていた。
――
ソウタとオリオンが執務室に戻ってくると、ソウタは明るい声でユノ・セリウスに言った。
「オリオンは有能なサポーターだから、一緒に来てもらいました!」
その言葉が耳に入ったルースは、心の中で舌打ちした。ソウタの無邪気な一言が、彼の胸に小さな棘を刺す。
なぜオリオンまでついてくることになったのか。その原因を作ったユノ・セリウスに、小声で八つ当たりした。
「ユノ・セリウス……!なぜ調査などと言ったんだ……!」
ルースの不満げな声に、ユノ・セリウスは涼しい顔で言い返す。
「殿下もそれで了承なさいましたでしょう」
ユノ・セリウスの冷静な反論に、ルースは何も言い返せず、悔しそうに顔を歪めた。
場所は変わり、帝都近郊にあるテーマパーク。皇太子ルース一行は、ついにテーマパークにやってきた。
ルースは、到着するやいなや、周囲の賑わいに目を輝かせ、真っ先に声を上げた。
「さっそくジェットコースターに乗ろう!」
「……調査は?」
ソウタは、ルースの言葉に疑問を抱き、首を傾げる。
しかし、レオ・ロウがソウタの背中を軽く押し、ジェットコースターの方へと急かした。
「いいから、いいから!」
ユノ・セリウスは、高速で落下する乗り物が苦手らしく、断固として首を横に振った。
「私は絶対にジェットコースターには乗りません」
そう言って、ユノ・セリウスは、残りの4人がジェットコースターに乗り込むのを見届けた。
発射のカウントダウンが始まり、
ジェットコースターは猛スピードで上昇し、そして急降下する。
隣に座っていたルースは、普段の威厳をかなぐり捨て、目を固く閉じて絶叫していた。
そして、頂点からの落下と共に、そのまま気絶してしまった。
隣で気絶したルースを見て、ソウタは思わず声を上げて笑った。
次に一行が向かったのは、お化け屋敷だった。
「ふん、こんなもの、怖がる必要などない」
ルースは、お化け屋敷の暗闇の中を全く怖がることなく、先頭に立ってスタスタと進んでいく。
実はお化けが苦手なレオ・ロウは、我慢して平気なフリをしていた。
しかし、その時、ユノ・セリウスが突然、レオ・ロウの背後から声をかけ、驚かせた。
「わあっ!」
驚いたレオ・ロウは、思わず目の前にいたルースの服を掴んで引っ張り、そのまま先へと突進してしまった。
「引っ張るな!」
突然引っ張られて怒るルース。
ユノ・セリウスは、その様子を笑いながら二人の後を追いかける。
騒がしい三人を見て、ソウタは呆れたように肩をすくめた。
オリオンを探すと、彼は暗闇の中で小さく震えていることに気づく。
「オリオン、どうしたの?」
ソウタが声をかけると、オリオンは小さく震える声で告げた。
「ソウタ君……僕は、暗いところが大の苦手なんだ……」
それを聞いたソウタは、優しくオリオンの手を握った。
「苦手だったら、無理についてこなくていいんだよ」
ソウタはそう言って、震えるオリオンの手を引いて、ゆっくりと出口まで連れて行ってくれた。
わずかな間だけでも、ソウタと二人きりになれたオリオンは、胸に温かい幸せを噛み締めていた。
彼の表情は、暗闇の恐怖から解放され、
ソウタの優しさに包まれて、穏やかに和らいでいく。
74
あなたにおすすめの小説
【新版】転生悪役モブは溺愛されんでいいので死にたくない!
煮卵
BL
ゲーム会社に勤めていた俺はゲームの世界の『婚約破棄』イベントの混乱で殺されてしまうモブに転生した。
処刑の原因となる婚約破棄を避けるべく王子に友人として接近。
なんか数ヶ月おきに繰り返される「恋人や出会いのためのお祭り」をできる限り第二皇子と過ごし、
婚約破棄の原因となる主人公と出会うきっかけを徹底的に排除する。
最近では監視をつけるまでもなくいつも一緒にいたいと言い出すようになった・・・
やんごとなき血筋のハンサムな王子様を淑女たちから遠ざけ男の俺とばかり過ごすように
仕向けるのはちょっと申し訳ない気もしたが、俺の運命のためだ。仕方あるまい。
クレバーな立ち振る舞いにより、俺の死亡フラグは完全に回避された・・・
と思ったら、婚約の儀の当日、「私には思い人がいるのです」
と言いやがる!一体誰だ!?
その日の夜、俺はゲームの告白イベントがある薔薇園に呼び出されて・・・
ーーーーーーーー
この作品は以前投稿した「転生悪役モブは溺愛されんで良いので死にたくない!」に
加筆修正を加えたものです。
リュシアンの転生前の設定や主人公二人の出会いのシーンを追加し、
あまり描けていなかったキャラクターのシーンを追加しています。
展開が少し変わっていますので新しい小説として投稿しています。
続編出ました
転生悪役令嬢は溺愛されんでいいので推しカプを見守りたい! https://www.alphapolis.co.jp/novel/687110240/826989668
ーーーー
校正・文体の調整に生成AIを利用しています。
【完結済】虚な森の主と、世界から逃げた僕〜転生したら甘すぎる独占欲に囚われました〜
キノア9g
BL
「貴族の僕が異世界で出会ったのは、愛が重すぎる“森の主”でした。」
平凡なサラリーマンだった蓮は、気づけばひ弱で美しい貴族の青年として異世界に転生していた。しかし、待ち受けていたのは窮屈な貴族社会と、政略結婚という重すぎる現実。
そんな日常から逃げ出すように迷い込んだ「禁忌の森」で、蓮が出会ったのは──全てが虚ろで無感情な“森の主”ゼルフィードだった。
彼の周囲は生命を吸い尽くし、あらゆるものを枯らすという。だけど、蓮だけはなぜかゼルフィードの影響を受けない、唯一の存在。
「お前だけが、俺の世界に色をくれた」
蓮の存在が、ゼルフィードにとってかけがえのない「特異点」だと気づいた瞬間、無感情だった主の瞳に、激しいまでの独占欲と溺愛が宿る。
甘く、そしてどこまでも深い溺愛に包まれる、異世界ファンタジー
婚約破棄された公爵令嬢アンジェはスキルひきこもりで、ざまあする!BLミッションをクリアするまで出られない空間で王子と側近のBL生活が始まる!
山田 バルス
BL
婚約破棄とスキル「ひきこもり」―二人だけの世界・BLバージョン!?
春の陽光の中、ベル=ナドッテ魔術学院の卒業式は華やかに幕を開けた。だが祝福の拍手を突き破るように、第二王子アーノルド=トロンハイムの声が講堂に響く。
「アンジェ=オスロベルゲン公爵令嬢。お前との婚約を破棄する!」
ざわめく生徒たち。銀髪の令嬢アンジェが静かに問い返す。
「理由を、うかがっても?」
「お前のスキルが“ひきこもり”だからだ! 怠け者の能力など王妃にはふさわしくない!」
隣で男爵令嬢アルタが嬉しげに王子の腕に絡みつき、挑発するように笑った。
「ひきこもりなんて、みっともないスキルですわね」
その一言に、アンジェの瞳が凛と光る。
「“ひきこもり”は、かつて帝国を滅ぼした力。あなたが望むなら……体験していただきましょう」
彼女が手を掲げた瞬間、白光が弾け――王子と宰相家の青年モルデ=リレハンメルの姿が消えた。
◇ ◇ ◇
目を開けた二人の前に広がっていたのは、真っ白な円形の部屋。ベッドが一つ、机が二つ。壁のモニターには、奇妙な文字が浮かんでいた。
『スキル《ひきこもり》へようこそ。二人だけの世界――BLバージョン♡』
「……は?」「……え?」
凍りつく二人。ドアはどこにも通じず、完全な密室。やがてモニターが再び光る。
『第一ミッション:以下のセリフを言ってキスをしてください。
アーノルド「モルデ、お前を愛している」
モルデ「ボクもお慕いしています」』
「き、キス!?」「アンジェ、正気か!?」
空腹を感じ始めた二人に、さらに追い打ち。
『成功すれば豪華ディナーをプレゼント♡』
ステーキとワインの映像に喉を鳴らし、ついに王子が観念する。
「……モルデ、お前を……愛している」
「……ボクも、アーノルド王子をお慕いしています」
顔を寄せた瞬間――ピコンッ!
『ミッション達成♡ おめでとうございます!』
テーブルに豪華な料理が現れるが、二人は真っ赤になったまま沈黙。
「……なんか負けた気がする」「……同感です」
モニターの隅では、紅茶を片手に微笑むアンジェの姿が。
『スキル《ひきこもり》――強制的に二人きりの世界を生成。解除条件は全ミッション制覇♡』
王子は頭を抱えて叫ぶ。
「アンジェぇぇぇぇぇっ!!」
天井スピーカーから甘い声が響いた。
『次のミッション、準備中です♡』
こうして、トロンハイム王国史上もっとも恥ずかしい“ひきこもり事件”が幕を開けた――。
【完結】腹黒王子と俺が″偽装カップル″を演じることになりました。
Y(ワイ)
BL
「起こされて、食べさせられて、整えられて……恋人ごっこって、どこまでが″ごっこ″ですか?」
***
地味で平凡な高校生、生徒会副会長の根津美咲は、影で学園にいるカップルを記録して同人のネタにするのが生き甲斐な″腐男子″だった。
とある誤解から、学園の王子、天瀬晴人と“偽装カップル”を組むことに。
料理、洗濯、朝の目覚まし、スキンケアまで——
同室になった晴人は、すべてを優しく整えてくれる。
「え、これって同居ラブコメ?」
……そう思ったのは、最初の数日だけだった。
◆
触れられるたびに、息が詰まる。
優しい声が、だんだん逃げ道を塞いでいく。
——これ、本当に“偽装”のままで済むの?
そんな疑問が芽生えたときにはもう、
美咲の日常は、晴人の手のひらの中だった。
笑顔でじわじわ支配する、“囁き系”執着攻め×庶民系腐男子の
恋と恐怖の境界線ラブストーリー。
【青春BLカップ投稿作品】
最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。
はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。
2023.04.03
閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m
お待たせしています。
お待ちくださると幸いです。
2023.04.15
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
更新頻度が遅く、申し訳ないです。
今月中には完結できたらと思っています。
2023.04.17
完結しました。
閲覧、栞、お気に入りありがとうございます!
すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【蒼き月の輪舞】 モブにいきなりモテ期がきました。そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!
黒木 鳴
BL
「これが人生に三回訪れるモテ期とかいうものなのか……?そもそもコレ、BLゲームじゃなかったよな?!そして俺はモブっ!!」アクションゲームの世界に転生した主人公ラファエル。ゲームのキャラでもない彼は清く正しいモブ人生を謳歌していた。なのにうっかりゲームキャラのイケメン様方とお近づきになってしまい……。実は有能な無自覚系お色気包容主人公が年下イケメンに懐かれ、最強隊長には迫られ、しかも王子や戦闘部隊の面々にスカウトされます。受け、攻め、人材としても色んな意味で突然のモテ期を迎えたラファエル。生態系トップのイケメン様たちに狙われたモブの運命は……?!固定CPは主人公×年下侯爵子息。くっついてからは甘めの溺愛。
妹を救うためにヒロインを口説いたら、王子に求愛されました。
藤原遊
BL
乙女ゲームの悪役令息に転生したアラン。
妹リリィが「悪役令嬢として断罪される」未来を変えるため、
彼は決意する――ヒロインを先に口説けば、妹は破滅しない、と。
だがその“奇行”を見ていた王太子シリウスが、
なぜかアラン本人に興味を持ち始める。
「君は、なぜそこまで必死なんだ?」
「妹のためです!」
……噛み合わないはずの会話が、少しずつ心を動かしていく。
妹は完璧令嬢、でも内心は隠れ腐女子。
ヒロインは巻き込まれて腐女子覚醒。
そして王子と悪役令息は、誰も知らない“仮面の恋”へ――。
断罪回避から始まる勘違い転生BL×宮廷ラブストーリー。
誰も不幸にならない、偽りと真実のハッピーエンド。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる