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しおりを挟む必死な声に、人の姿をしたドラゴンが透を不思議そうに見つめる。
「その宝珠、僕に譲っていただけませんか……?」
頼み込む透の真剣な表情に、ドラゴンの青年は一瞬目を細め、やがて愉快そうに笑った。
「交尾を見せてもらった礼だ。持っていくがいい」
そう告げると、宝珠はふわりと宙を漂い、透の手元へ飛んできた。透はそれを受け取り、そっと抱きしめる。嬉しさのあまり顔がほころぶが、直後にグレイドとの行為を思い出して、恥ずかしくて俯いた。
「そなたたち、もう帰るのだろう? 」
人の姿をしたドラゴンは軽く手を振った。次の瞬間、洞窟の中に赤い光が広がり、透とグレイドの身体を優しく包み込んだ。
「我が、そこまで送ってやろう」
突然、透はふわりと身体が浮く感覚を覚え、気づけば巨大な竜の背に座っていた。下には月光を反射する雲の海。飛翔の途中、竜はゆるやかに首を巡らせ、深紅の瞳で透を見つめた。
「……そなたの名は、透というのか?」
重く響く声に、透は思わず姿勢を正した。
「は、はい……!」
「名前も愛らしい……これからは、我の友人となれ」
その言葉に透は目を見開いたが、驚く間もなく、風が唸りを上げた。次の瞬間、温かな腕に支えられるような感触が全身を包む。見下ろせば、雲がゆるやかに流れていた。
(夢じゃない……本当に、竜に乗っているんだ)
透はそっと横を見る。グレイドもまた、どこか遠くを見つめていた。彼の表情には複雑な影が落ちていて、透は声をかけることができず、ただ目を伏せた。
やがて遠くに、山のふもとが見え始めた。騎士たちが持っている松明の火が、夜の闇を照らしている。
轟音とともに、巨大な翼が風を巻き起こす。ドラゴンの背には、透とグレイドの姿。二人に気づいた騎士たちが驚きと喜びの声を上げた。
「グレイド騎士団長! 透さんも……!!」
歓声の中で、竜は静かに地に降り立つ。グレイドが透をしっかりと抱きかかえ、その背から降りると、騎士たちは安堵の息をつきながら一斉に駆け寄った。
「ご無事で何よりです!」
透は周囲のざわめきに包まれながらも、まだ現実に戻れずにいた。その時、背後で柔らかな風が舞い、ドラゴンの身体が赤く光を放ち始めた。
その姿に、騎士たちは思わず動きを止める。ドラゴンは静かに首をもたげ、深紅の瞳で地上の者たちを見渡した。そのまま、圧倒的な威厳を漂わせながら、ゆっくりと口を開く。
「透は、我の大切な友人である。ゆめゆめ粗末に扱うな……」
地面が震えるほどの低い咆哮が山々にこだまし、夜空の星々さえ震えるかのように瞬いた。
「ドラゴンの……友人だって?!」
「透さんって何者なんだ……?」
驚愕と畏怖の混じったざわめきが広がる中、透は恥ずかしい感覚に襲われ、身体を縮こませるしかなかった。
するとドラゴンは、用は済んだとばかりに、透に別れを告げる。
「透……次に会う時は、目隠しなしで見せてもらおう」
その意味深な言葉は、騎士たちの耳にもはっきりと届いた。巨大な翼が風を巻き起こし、ドラゴンの姿は瞬く間に遠い空へと消えていった。
「…………」
透は耐えられず、グレイドに視線を向けられなかった。頬に熱が集まり、心臓は落ち着かないほど早く脈打つ。
毒の発作を起こしていないグレイドと、恋人のフリをするために、あんなことまでしてしまった。そのことを思い出すたび、彼にどんな顔を向ければいいのか分からず、胸の奥がかき乱される。
(……早く帰らないと……)
騎士たちがグレイドを囲んでドラゴンのことを聞いているようだ。その混乱の中、近くにいたアデルがからかうような、楽しげな様子で透に話しかけた。
「透くん、ドラゴンが言ってた目隠しって何の話?」
「な、なんでもないです……!」
透は顔を真っ赤に染めながら必死に首を横に振った。その時、透の後ろから低い、真剣な声が聞こえた。
「透……」
グレイドの声を聞いただけで、先程の甘い快感と、彼に身を委ねた感触がフラッシュバックし、透の身体は反射的に熱くなるのを感じた。
透は応えることもできず、アデルの腕を掴んで懇願した。
「アデルさん、僕を……僕を今すぐ家にテレポートしてください……!」
「え、今すぐ?」
「お願いします……!!」
必死に縋りつく透の勢いに、アデルは目を瞬かせ、その迫力に押されるように、苦笑して指を鳴らした。瞬間、透の身体は紫色の光に包まれ、その場から文字通り、消え去った。
「……透!」
残されたグレイドは、伸ばしかけた手を空中に止めたまま、深く息をついた。透は何も言わず、ただ逃げるように去ってしまった。その事実だけが、胸に重くのしかかる。
彼が騎士団寮へ戻ったのは、それからしばらく経ってからだった。
夜。王国の中心地で冬季ではないにもかかわらず、騎士団寮の周囲だけに白い雪が降り積もっていた。
他の場所には、一切雪の気配がない。白い雪は、まるでグレイドの心の冷たさと、どうしようもない寂しさをそのまま映し出すかのようだった。
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