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第二章 共鳴の輪郭
9.黒波燦のレコーディング
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「なんだなんだ、バッチリじゃないか。もうレコーディングに入れるくらい歌えてるぜ。こっちが驚かされた! やるな、アキ坊。律坊もよくやった、よくここまで伸ばしたな!」
透子さんは、バンバンと俺ら二人の背中を豪快に叩いた。細いのに意外と力が強い。
「じゃあこのままスケジュール繰り上げてレコーディングするか。今ここの下の階のレコーディングルームの予約取ったから移動するぞ!」
「は?」
「え?」
「レーベルの社長がアキ坊に会いたがっていたが無視だ。律坊、Bメロの冒頭からコーラス増やすぞ。お前さんにも後で録音室入って貰うから声出ししとけよ?」
「……わかった」
「アキ坊、サビはもっと叫べ。音程は気にしなくていいぞ。気にするだけ無駄だ」
「あ、はい、え? 待って、え?」
展開の速さについていけない。律ちゃんを見ると、いつものことだと言いたげにため息をついている。
「こいつと付き合うならこのテンポに慣れろ。巻きの人生を生きてる女だ。判断と行動が異常に速いから時間感覚がおかしくなるが、そのうち慣れる。逆らったら色々面倒だぞ」
移動しながら律ちゃんが教えてくれた。そういえば、以前会った時も色々急展開で驚いたんだった。
急遽予約をとったらしい地下のレコーディングスタジオは広かった。コントロールルームと録音ブースが分かれている。
透子さんは俺を防音室に突っ込むと、乾燥した空気に喉がやられないように、といつも持ち歩いている大きなレザーバッグからのど飴を渡してくれた。口に放りこんだ瞬間吐き出しそうになった。効果が凄そうな味というと聞こえはいいが、死ぬほどまずくてびっくりしたのだ。透子さんはそんな俺を見て子供みたいに笑っていた。
急遽助手に引っ張られた律ちゃんが、透子さんに振り回されてばたばたしている。最近ようやく気が付いたけど、彼は苦労人なのかもしれない。
透子さんは、たくさんのボタンやスイッチやダイヤルやレバーを調整して準備をしつつ、マイクの前に立つ俺にヘッドホン越しに歌の指導をする。聖徳太子かな?
レコーディングなんて大事な仕事、二人だけでできるものなんだろうか? たまに俺が請け負うナレーションや朗読の仕事の時には、もっとコントロールルームに人がいるのだ。
けれど、この元スーパースターに、そんな不安は杞憂だったようだ。
「じゃ、いくぞ。一発で決めなくていいが、一発で決める覚悟で行け」
凄まじいスピード感。お陰で、レコーディング本番だというのに肩に力が入る時間すらなかった。
ヘッドフォンから聞き慣れた機械的なイントロが流れて、条件反射で息を吸う。
音とリズムの波の中で、言葉を並べて浮かべて流して溶かしてひとつになる。全部律ちゃんに教わったことだ。誰かを想って歌うところでは、ガラス越しに律ちゃんを見つめた。必死にヘッドホンを掴んで機械にかぶりついていたから、俺の視線には気が付かなかったようだけど。
いい歌が歌えたと自分でも思う。ふと目頭に触れて、涙を浮かべていたことに気が付いた。
「アキ坊、大分いい、相当いい、最高だ」
ヘッドホンから、透子さんの真面目な声が流れてきた。まさかの一発OKだ。ガラスの向こうで手を叩いているのが見えた。
「ここまで歌われちゃ、その辺の歌手の立つ瀬がないぜ? よくやった」
「ありがとう。律ちゃんのお陰だよ」
「はは、愛の力ってやつか? おい、律坊」
透子さんが隣の律ちゃんをせっついている。
律ちゃんは、泣いていたのだ。
ガラスの向こうで、俺をじっと見つめながら。
「律ちゃん、律ちゃんありがとう。全部君のお陰だ」
俺までこみ上げてくる。律ちゃんは、俺に熱い視線を向けたまま、呟いた。
「仁……」
「は?」
「仁が……いる……」
あれ?
「なんだあ? 仁? アレか? 以前ドラマでアキ坊が演ったヤク中ヤクザの仁? 律坊がやたら熱く語ってた」
そういや、アレとまったく同じ歌い方だ。透子さんが手を打つ。
「律ちゃんまさか」
「仁、会いたかった……死んでしまったからもう会えないと思っていた……」
わっとその場に泣き伏せる。ガラス越しの姿が見えなくなった。
そういえば、歌を歌うときの例えで、ヤク中ヤクザの仁の歌い方ばかりを例に出していた。
俺は一瞬、本気の本気で仁に嫉妬心が湧いた。
確かにあのドラマがきっかけで歌を出すことになった訳だけど?
確かに君はあのドラマで俺を知ってくれた訳だけど!?
「律ちゃん、後で体育館裏に集合ね」
自分でも驚くほど温度のない声が出た。しゃくりあげる律ちゃんは後で締めよう。
俺は気を取り直してマイクに向かった。
透子さんの指示で何テイクか録ったが、最終的に一時間もかからなかった。恐ろしく集中した時間。これが巻きで人生を走る女の時間感覚。
透子さんは、バンバンと俺ら二人の背中を豪快に叩いた。細いのに意外と力が強い。
「じゃあこのままスケジュール繰り上げてレコーディングするか。今ここの下の階のレコーディングルームの予約取ったから移動するぞ!」
「は?」
「え?」
「レーベルの社長がアキ坊に会いたがっていたが無視だ。律坊、Bメロの冒頭からコーラス増やすぞ。お前さんにも後で録音室入って貰うから声出ししとけよ?」
「……わかった」
「アキ坊、サビはもっと叫べ。音程は気にしなくていいぞ。気にするだけ無駄だ」
「あ、はい、え? 待って、え?」
展開の速さについていけない。律ちゃんを見ると、いつものことだと言いたげにため息をついている。
「こいつと付き合うならこのテンポに慣れろ。巻きの人生を生きてる女だ。判断と行動が異常に速いから時間感覚がおかしくなるが、そのうち慣れる。逆らったら色々面倒だぞ」
移動しながら律ちゃんが教えてくれた。そういえば、以前会った時も色々急展開で驚いたんだった。
急遽予約をとったらしい地下のレコーディングスタジオは広かった。コントロールルームと録音ブースが分かれている。
透子さんは俺を防音室に突っ込むと、乾燥した空気に喉がやられないように、といつも持ち歩いている大きなレザーバッグからのど飴を渡してくれた。口に放りこんだ瞬間吐き出しそうになった。効果が凄そうな味というと聞こえはいいが、死ぬほどまずくてびっくりしたのだ。透子さんはそんな俺を見て子供みたいに笑っていた。
急遽助手に引っ張られた律ちゃんが、透子さんに振り回されてばたばたしている。最近ようやく気が付いたけど、彼は苦労人なのかもしれない。
透子さんは、たくさんのボタンやスイッチやダイヤルやレバーを調整して準備をしつつ、マイクの前に立つ俺にヘッドホン越しに歌の指導をする。聖徳太子かな?
レコーディングなんて大事な仕事、二人だけでできるものなんだろうか? たまに俺が請け負うナレーションや朗読の仕事の時には、もっとコントロールルームに人がいるのだ。
けれど、この元スーパースターに、そんな不安は杞憂だったようだ。
「じゃ、いくぞ。一発で決めなくていいが、一発で決める覚悟で行け」
凄まじいスピード感。お陰で、レコーディング本番だというのに肩に力が入る時間すらなかった。
ヘッドフォンから聞き慣れた機械的なイントロが流れて、条件反射で息を吸う。
音とリズムの波の中で、言葉を並べて浮かべて流して溶かしてひとつになる。全部律ちゃんに教わったことだ。誰かを想って歌うところでは、ガラス越しに律ちゃんを見つめた。必死にヘッドホンを掴んで機械にかぶりついていたから、俺の視線には気が付かなかったようだけど。
いい歌が歌えたと自分でも思う。ふと目頭に触れて、涙を浮かべていたことに気が付いた。
「アキ坊、大分いい、相当いい、最高だ」
ヘッドホンから、透子さんの真面目な声が流れてきた。まさかの一発OKだ。ガラスの向こうで手を叩いているのが見えた。
「ここまで歌われちゃ、その辺の歌手の立つ瀬がないぜ? よくやった」
「ありがとう。律ちゃんのお陰だよ」
「はは、愛の力ってやつか? おい、律坊」
透子さんが隣の律ちゃんをせっついている。
律ちゃんは、泣いていたのだ。
ガラスの向こうで、俺をじっと見つめながら。
「律ちゃん、律ちゃんありがとう。全部君のお陰だ」
俺までこみ上げてくる。律ちゃんは、俺に熱い視線を向けたまま、呟いた。
「仁……」
「は?」
「仁が……いる……」
あれ?
「なんだあ? 仁? アレか? 以前ドラマでアキ坊が演ったヤク中ヤクザの仁? 律坊がやたら熱く語ってた」
そういや、アレとまったく同じ歌い方だ。透子さんが手を打つ。
「律ちゃんまさか」
「仁、会いたかった……死んでしまったからもう会えないと思っていた……」
わっとその場に泣き伏せる。ガラス越しの姿が見えなくなった。
そういえば、歌を歌うときの例えで、ヤク中ヤクザの仁の歌い方ばかりを例に出していた。
俺は一瞬、本気の本気で仁に嫉妬心が湧いた。
確かにあのドラマがきっかけで歌を出すことになった訳だけど?
確かに君はあのドラマで俺を知ってくれた訳だけど!?
「律ちゃん、後で体育館裏に集合ね」
自分でも驚くほど温度のない声が出た。しゃくりあげる律ちゃんは後で締めよう。
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