12 / 32
今度はお父様の愛人たちがやってきました
しおりを挟む
突然の来訪者であるエリザベータはライアスとどこかへ行ってしまい、公爵邸には再び平穏が戻って来た。
エリザベータが去った後、リデルは部屋に戻ってふぅと一息ついた。
シルフィーラは公爵夫人としての仕事があるようで、そのまま自室へと戻っていった。
(何はともあれ良かった……これで勉強に集中出来そう……)
自室で再び本を手に取って開いた。
しかし、それは嵐の前の静けさであったことをこのときのリデルはまだ知らない。
(私もお義母様みたいな完璧な淑女になりたいな)
リデルにとってシルフィーラは憧れだった。
彼女のようになるにはたくさん勉強しなければいけないだろう。
そう思ったリデルは、机に置かれている本の内容をじっくりと読んだ。
「ここはこうで……こっちは……」
それは、リデルが自室で今日の授業の復習をしていたときのことだった。
突然、外が騒がしくなったのだ。
(え、何……?)
気になったリデルは部屋の外に出た。
使用人たちが何故だかバタバタしている。
リデルはたまたま部屋の前を通りかかった慌てた様子の侍女を一人捕まえ、事情を聞いた。
「そ、それが、旦那様の愛人の方たちが公爵邸にいらっしゃっていて……」
「え!?」
それを聞いたリデルは最悪の事態を想定した。
(…………………お義母様が危ない!)
シルフィーラの身が危ないと悟ったリデルはすぐにエントランスにいるであろうシルフィーラの元へと向かった。
その途中でリデルと合流したミーアはあたふたしながらも、リデルと共にシルフィーラの元へと急いだ。
「きっと大奥様の差し金です!」
「お祖母様の……?」
「はい、あの方はいつも旦那様の愛人たちを奥様の元へ送り込んでいるのです!」
「なッ……」
(あの人……自分で手を下すのが嫌だからって……)
それを聞いたリデルは全てを理解した。
おそらく公爵の愛人たちをまとめるボス的な存在がエリザベータなのだろう。
(お義母様!今助けに行くからね!)
全力で公爵邸の廊下を駆け抜けていたため、リデルたちはすぐにエントランスへと着いた。
案の定、そこではシルフィーラと三人の女性が対峙していた。
(お義母様……!)
リデルがシルフィーラの元へと近付くにつれ、醜悪な言葉が耳に入ってくる。
「――いつまでここにいるのよ!さっさと公爵様と離婚しなさいよ!」
「……何度も申し上げておりますが、それは私の一存で決められることではありません」
声を荒げて暴言を吐く女性に対して、シルフィーラは一切動じずに言葉を返した。
しかし、そんな姿が気に食わなかったのか後ろにいた女性二人がシルフィーラを挑発するかのように口を開いた。
「ハッ、本当はいつまでも公爵様に縋りついてるくせに強がっちゃって……」
「寵愛を得られない正妻ほど惨めなものはないわね」
(な、何~!?)
頭の中で何かが切れる音がしたリデルは、自分でも驚くほどのスピードでシルフィーラと愛人たちの間に割って入った。
「お義母様!」
「……………リデル?」
突然現れた娘を見て驚くシルフィーラ。
「な、何よこの子!」
そしてそれは愛人たちも同じだった。
”お義母様”という言葉を聞いた愛人の一人が、青褪めた顔になった。
「ちょ、ちょっと待って……まさか、アンタ子供いたの……?」
「バカッ!そんなわけないでしょ!この女は子供が産めないんだから!」
「そうよ!きっと新しく迎えられた愛人の子じゃないの?」
三人のうちの一人が、ヒールの音をカツカツと鳴らして近付いて来る。
「ちょっと、そこどきなさいよ!」
そして、シルフィーラを庇うようにして立つリデルに手を伸ばした。
――パシンッ!
「イヤ、触らないで!」
「な……」
リデルは愛人が伸ばした手を払い除けた。
「何するのよ!!!」
「お義母様、この人たちだあれ?」
「な、何ですって……?」
「何よ、この子供!アンタこそ一体誰なのよ!」
後ろにいた愛人がリデルの態度に憤慨した。
しかしそれでもリデルは怯まない。
「知らない人に名前教えちゃいけないってお義母様が言ってたの」
「生意気ね!私たちが誰だか分からないというの!?」
「知らないものは知らないもん」
そんなリデルに愛人は怒りで肩を震わせながらも、口の端を上げた。
「ハッ……良いわ、教えてあげましょう。私たちはね、ベルクォーツ公爵家の子供たちの母親なのよ!」
(……………予想通りだ)
実はリデルは父公爵の愛人とその子供たちについて事前に使用人たちに聞いて情報を得ていた。
その結果、現在公爵に愛人は三人いることが判明した。
――ビビアン・ラステーネ
公爵の一人目の愛人であり、マリナ・ベルクォーツの実母。
ラステーネ男爵家の令嬢。
――ラリー・フィリス
公爵の二人目の愛人で、クララ・ベルクォーツの母親。
フィリス子爵家の令嬢。
――セレナ
公爵の三人目の愛人で、ライアス・ベルクォーツの母親。
元々ヴォルシュタイン王国の伯爵令嬢だったが、既に実家からは勘当されており今は平民の身分だ。
しかし、どれだけ公爵の寵愛を得ていようと彼女たちはただの愛人に過ぎない。
そのため、公爵の正妻であるシルフィーラの方が立場は明らかに上である。
それを彼女たちに分からせなければいけない。
「………………だからなあに?」
「な、何ですって!?」
そこでリデルはわざとらしく鼻を押さえた。
「おばさんたち怖いから嫌い!化粧濃すぎて変な顔になってるし香水臭い!」
「なッ……………!」
リデルの言葉に三人は顔を真っ赤にした。
「リ、リデル………!」
背後から、シルフィーラの焦ったような声が聞こえてくる。
「このッ………!」
そのとき、怒りに満ちた顔で愛人の一人ビビアンがリデルの前に出た。
――バチンッ!
「ッ……」
彼女は大きく手を振りかぶったかと思うと、リデルの頬を思いきり叩いた。
その衝撃で思わず倒れそうになったが、こんな苦痛を今までに何度も経験してきたシルフィーラのことを思って必死で耐えた。
「リデル!」
後ろからシルフィーラの悲痛な叫びが聞こえてくる。
しかしそれでもビビアンの怒りは収まらないようで、彼女はもう一度リデルの頬を叩こうと手を上げる。
(また来る……!)
再び訪れるであろう痛みを覚悟したそのとき、シルフィーラがリデルを庇って前に出た。
「やめて!リデルに手出さないで!」
(お義母様……!?)
リデルは焦った。
このままいけばシルフィーラにその手が当たってしまうからだ。
「――お義母様、ダメ!」
シルフィーラを守るためにしたことなのに、これでは意味が無いではないか。
目の前で自身を守るようにして立ちはだかった彼女に向かって手を伸ばした、そのときだった――
「――何をしている?」
「!?」
突然、この場に低い声が響き渡った。
驚いて声のした方に目をやると――
「お、お父様……?」
「旦那様……!?」
そこにいたのは、こちらに絶対零度の視線を向けているベルクォーツ公爵オズワルドだった。
リデルとシルフィーラは驚いた。
二人ともオズワルドは当分公爵邸へは帰ってこないと思っていたからだ。
「――公爵様ぁ!」
オズワルドを見たビビアンが、彼に駆け寄ってその胸にピッタリと張り付いた。
「こ、この女が私のことを馬鹿にしてきたんです……」
ビビアンは目に涙を溜めてオズワルドを見上げた。
(お義母様を馬鹿にしたのはアンタの方なのに……)
悪いのはどう考えてもビビアンたちの方だが、もしかするとオズワルドは彼女たちを信じるかもしれない。
もしそうなったとしても、自分だけは絶対にシルフィーラの味方でいなければならない。
リデルが警戒を強めていたそのとき、オズワルドがビビアンの右手を自身の手でそっと包み込んだ。
(お父様……?)
と、思いきや突然握っていた手に力を込めた。
「ウッ………こ、公爵様!?」
「おい、答えろ」
余程強い力で握られているのか、ビビアンが苦しそうに顔を歪めた。
しかし、オズワルドは手の力を緩めようとはしなかった。
それどころか、険しい表情で彼女を問い詰める。
「この手は一体何をするつもりだったんだ?」
「あ……あ……」
オズワルドは自分の体にくっついていたビビアンを強引に引き剥がした。
そして、今度はラリーとセレナの二人に目を向けた。
「俺がいつ本邸に来ていいと言った?」
「「「……」」」
三人はグッと黙り込んだ。
しかし、その中でもビビアンだけは負けじとオズワルドに反論した。
「で、ですが公爵様……私たちは子供たちの母親です……」
「だからといって、お前たちをベルクォーツ公爵家の者にした覚えは無い」
「そ、そんな……!」
「立場を弁えろ」
オズワルドはそれだけ言って彼女たちの前から立ち去ろうとする。
「ま、待ってください。公爵様……!」
それでもまだオズワルドに縋りつくように彼の上着の裾を掴んだビビアンの手を、彼が思いきり振り払った。
その反応に、ビビアンはショックを受けたような顔をした。
オズワルドはそんな彼女に冷たく告げた。
「もし次にこのようなことがあれば……お前たちの子供を公爵家から追い出すことも視野に入れるつもりだ」
「こ、公爵様……それは……!」
「まさか分からないわけではないだろう?俺には今すぐにでもそれを実行出来る”名分”があるからな」
「ぐ……」
オズワルドのその言葉に三人は瞬く間に大人しくなった。
それどころか、冷や汗を流して気まずそうな顔をしている。
(名分……?)
オズワルドは項垂れる三人を無視してシルフィーラとリデルの元へと歩いて来た。
彼は最初に、ビビアンに頬を打たれたリデルを視界に入れた。
「……」
「……」
相変わらず無表情ではあったが、その瞳はほんの少しだけ揺れているように見えた。
「……カイゼル、娘を医務室へ」
「はい、旦那様」
オズワルドは侍従のカイゼルに短く命令し、今度はビビアンに手を挙げられそうになっていたシルフィーラの傍へと歩み寄った。
「シルフィーラ」
「……はい、旦那様」
「大丈夫か?」
「何ともありません」
オズワルドは俯いて目を合わせようとしないシルフィーラの肩にそっと触れようとしたが、結局彼女に触れることなくその手を下ろしてしまった。
「まさか、帰って来られるとは思いませんでした」
「……急用があってな」
「……そうですか」
そして、オズワルドは結局何かを諦めたかのようにそのままリデルとシルフィーラの前から去って行った。
(………………間違いない)
昨日からある疑念を抱いていたリデルは、その光景を見て確信した。
(お父様はお義母様のことを愛している)
リデルはオズワルドがシルフィーラを見つめる目に、触れようとしたその手に愛情が込められていることを見逃さなかった。
エリザベータが去った後、リデルは部屋に戻ってふぅと一息ついた。
シルフィーラは公爵夫人としての仕事があるようで、そのまま自室へと戻っていった。
(何はともあれ良かった……これで勉強に集中出来そう……)
自室で再び本を手に取って開いた。
しかし、それは嵐の前の静けさであったことをこのときのリデルはまだ知らない。
(私もお義母様みたいな完璧な淑女になりたいな)
リデルにとってシルフィーラは憧れだった。
彼女のようになるにはたくさん勉強しなければいけないだろう。
そう思ったリデルは、机に置かれている本の内容をじっくりと読んだ。
「ここはこうで……こっちは……」
それは、リデルが自室で今日の授業の復習をしていたときのことだった。
突然、外が騒がしくなったのだ。
(え、何……?)
気になったリデルは部屋の外に出た。
使用人たちが何故だかバタバタしている。
リデルはたまたま部屋の前を通りかかった慌てた様子の侍女を一人捕まえ、事情を聞いた。
「そ、それが、旦那様の愛人の方たちが公爵邸にいらっしゃっていて……」
「え!?」
それを聞いたリデルは最悪の事態を想定した。
(…………………お義母様が危ない!)
シルフィーラの身が危ないと悟ったリデルはすぐにエントランスにいるであろうシルフィーラの元へと向かった。
その途中でリデルと合流したミーアはあたふたしながらも、リデルと共にシルフィーラの元へと急いだ。
「きっと大奥様の差し金です!」
「お祖母様の……?」
「はい、あの方はいつも旦那様の愛人たちを奥様の元へ送り込んでいるのです!」
「なッ……」
(あの人……自分で手を下すのが嫌だからって……)
それを聞いたリデルは全てを理解した。
おそらく公爵の愛人たちをまとめるボス的な存在がエリザベータなのだろう。
(お義母様!今助けに行くからね!)
全力で公爵邸の廊下を駆け抜けていたため、リデルたちはすぐにエントランスへと着いた。
案の定、そこではシルフィーラと三人の女性が対峙していた。
(お義母様……!)
リデルがシルフィーラの元へと近付くにつれ、醜悪な言葉が耳に入ってくる。
「――いつまでここにいるのよ!さっさと公爵様と離婚しなさいよ!」
「……何度も申し上げておりますが、それは私の一存で決められることではありません」
声を荒げて暴言を吐く女性に対して、シルフィーラは一切動じずに言葉を返した。
しかし、そんな姿が気に食わなかったのか後ろにいた女性二人がシルフィーラを挑発するかのように口を開いた。
「ハッ、本当はいつまでも公爵様に縋りついてるくせに強がっちゃって……」
「寵愛を得られない正妻ほど惨めなものはないわね」
(な、何~!?)
頭の中で何かが切れる音がしたリデルは、自分でも驚くほどのスピードでシルフィーラと愛人たちの間に割って入った。
「お義母様!」
「……………リデル?」
突然現れた娘を見て驚くシルフィーラ。
「な、何よこの子!」
そしてそれは愛人たちも同じだった。
”お義母様”という言葉を聞いた愛人の一人が、青褪めた顔になった。
「ちょ、ちょっと待って……まさか、アンタ子供いたの……?」
「バカッ!そんなわけないでしょ!この女は子供が産めないんだから!」
「そうよ!きっと新しく迎えられた愛人の子じゃないの?」
三人のうちの一人が、ヒールの音をカツカツと鳴らして近付いて来る。
「ちょっと、そこどきなさいよ!」
そして、シルフィーラを庇うようにして立つリデルに手を伸ばした。
――パシンッ!
「イヤ、触らないで!」
「な……」
リデルは愛人が伸ばした手を払い除けた。
「何するのよ!!!」
「お義母様、この人たちだあれ?」
「な、何ですって……?」
「何よ、この子供!アンタこそ一体誰なのよ!」
後ろにいた愛人がリデルの態度に憤慨した。
しかしそれでもリデルは怯まない。
「知らない人に名前教えちゃいけないってお義母様が言ってたの」
「生意気ね!私たちが誰だか分からないというの!?」
「知らないものは知らないもん」
そんなリデルに愛人は怒りで肩を震わせながらも、口の端を上げた。
「ハッ……良いわ、教えてあげましょう。私たちはね、ベルクォーツ公爵家の子供たちの母親なのよ!」
(……………予想通りだ)
実はリデルは父公爵の愛人とその子供たちについて事前に使用人たちに聞いて情報を得ていた。
その結果、現在公爵に愛人は三人いることが判明した。
――ビビアン・ラステーネ
公爵の一人目の愛人であり、マリナ・ベルクォーツの実母。
ラステーネ男爵家の令嬢。
――ラリー・フィリス
公爵の二人目の愛人で、クララ・ベルクォーツの母親。
フィリス子爵家の令嬢。
――セレナ
公爵の三人目の愛人で、ライアス・ベルクォーツの母親。
元々ヴォルシュタイン王国の伯爵令嬢だったが、既に実家からは勘当されており今は平民の身分だ。
しかし、どれだけ公爵の寵愛を得ていようと彼女たちはただの愛人に過ぎない。
そのため、公爵の正妻であるシルフィーラの方が立場は明らかに上である。
それを彼女たちに分からせなければいけない。
「………………だからなあに?」
「な、何ですって!?」
そこでリデルはわざとらしく鼻を押さえた。
「おばさんたち怖いから嫌い!化粧濃すぎて変な顔になってるし香水臭い!」
「なッ……………!」
リデルの言葉に三人は顔を真っ赤にした。
「リ、リデル………!」
背後から、シルフィーラの焦ったような声が聞こえてくる。
「このッ………!」
そのとき、怒りに満ちた顔で愛人の一人ビビアンがリデルの前に出た。
――バチンッ!
「ッ……」
彼女は大きく手を振りかぶったかと思うと、リデルの頬を思いきり叩いた。
その衝撃で思わず倒れそうになったが、こんな苦痛を今までに何度も経験してきたシルフィーラのことを思って必死で耐えた。
「リデル!」
後ろからシルフィーラの悲痛な叫びが聞こえてくる。
しかしそれでもビビアンの怒りは収まらないようで、彼女はもう一度リデルの頬を叩こうと手を上げる。
(また来る……!)
再び訪れるであろう痛みを覚悟したそのとき、シルフィーラがリデルを庇って前に出た。
「やめて!リデルに手出さないで!」
(お義母様……!?)
リデルは焦った。
このままいけばシルフィーラにその手が当たってしまうからだ。
「――お義母様、ダメ!」
シルフィーラを守るためにしたことなのに、これでは意味が無いではないか。
目の前で自身を守るようにして立ちはだかった彼女に向かって手を伸ばした、そのときだった――
「――何をしている?」
「!?」
突然、この場に低い声が響き渡った。
驚いて声のした方に目をやると――
「お、お父様……?」
「旦那様……!?」
そこにいたのは、こちらに絶対零度の視線を向けているベルクォーツ公爵オズワルドだった。
リデルとシルフィーラは驚いた。
二人ともオズワルドは当分公爵邸へは帰ってこないと思っていたからだ。
「――公爵様ぁ!」
オズワルドを見たビビアンが、彼に駆け寄ってその胸にピッタリと張り付いた。
「こ、この女が私のことを馬鹿にしてきたんです……」
ビビアンは目に涙を溜めてオズワルドを見上げた。
(お義母様を馬鹿にしたのはアンタの方なのに……)
悪いのはどう考えてもビビアンたちの方だが、もしかするとオズワルドは彼女たちを信じるかもしれない。
もしそうなったとしても、自分だけは絶対にシルフィーラの味方でいなければならない。
リデルが警戒を強めていたそのとき、オズワルドがビビアンの右手を自身の手でそっと包み込んだ。
(お父様……?)
と、思いきや突然握っていた手に力を込めた。
「ウッ………こ、公爵様!?」
「おい、答えろ」
余程強い力で握られているのか、ビビアンが苦しそうに顔を歪めた。
しかし、オズワルドは手の力を緩めようとはしなかった。
それどころか、険しい表情で彼女を問い詰める。
「この手は一体何をするつもりだったんだ?」
「あ……あ……」
オズワルドは自分の体にくっついていたビビアンを強引に引き剥がした。
そして、今度はラリーとセレナの二人に目を向けた。
「俺がいつ本邸に来ていいと言った?」
「「「……」」」
三人はグッと黙り込んだ。
しかし、その中でもビビアンだけは負けじとオズワルドに反論した。
「で、ですが公爵様……私たちは子供たちの母親です……」
「だからといって、お前たちをベルクォーツ公爵家の者にした覚えは無い」
「そ、そんな……!」
「立場を弁えろ」
オズワルドはそれだけ言って彼女たちの前から立ち去ろうとする。
「ま、待ってください。公爵様……!」
それでもまだオズワルドに縋りつくように彼の上着の裾を掴んだビビアンの手を、彼が思いきり振り払った。
その反応に、ビビアンはショックを受けたような顔をした。
オズワルドはそんな彼女に冷たく告げた。
「もし次にこのようなことがあれば……お前たちの子供を公爵家から追い出すことも視野に入れるつもりだ」
「こ、公爵様……それは……!」
「まさか分からないわけではないだろう?俺には今すぐにでもそれを実行出来る”名分”があるからな」
「ぐ……」
オズワルドのその言葉に三人は瞬く間に大人しくなった。
それどころか、冷や汗を流して気まずそうな顔をしている。
(名分……?)
オズワルドは項垂れる三人を無視してシルフィーラとリデルの元へと歩いて来た。
彼は最初に、ビビアンに頬を打たれたリデルを視界に入れた。
「……」
「……」
相変わらず無表情ではあったが、その瞳はほんの少しだけ揺れているように見えた。
「……カイゼル、娘を医務室へ」
「はい、旦那様」
オズワルドは侍従のカイゼルに短く命令し、今度はビビアンに手を挙げられそうになっていたシルフィーラの傍へと歩み寄った。
「シルフィーラ」
「……はい、旦那様」
「大丈夫か?」
「何ともありません」
オズワルドは俯いて目を合わせようとしないシルフィーラの肩にそっと触れようとしたが、結局彼女に触れることなくその手を下ろしてしまった。
「まさか、帰って来られるとは思いませんでした」
「……急用があってな」
「……そうですか」
そして、オズワルドは結局何かを諦めたかのようにそのままリデルとシルフィーラの前から去って行った。
(………………間違いない)
昨日からある疑念を抱いていたリデルは、その光景を見て確信した。
(お父様はお義母様のことを愛している)
リデルはオズワルドがシルフィーラを見つめる目に、触れようとしたその手に愛情が込められていることを見逃さなかった。
262
あなたにおすすめの小説
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し
有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。
30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。
1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。
だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。
そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。
史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。
世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。
全くのフィクションですので、歴史考察はありません。
*あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。
妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?
ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。
イケメン達を翻弄するも無自覚。
ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。
そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ…
剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。
御脱字、申し訳ございません。
1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ
さくら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。
絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。
荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。
優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。
華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。
冤罪で追放された令嬢〜周囲の人間達は追放した大国に激怒しました〜
影茸
恋愛
王国アレスターレが強国となった立役者とされる公爵令嬢マーセリア・ラスレリア。
けれどもマーセリアはその知名度を危険視され、国王に冤罪をかけられ王国から追放されることになってしまう。
そしてアレスターレを強国にするため、必死に動き回っていたマーセリアは休暇気分で抵抗せず王国を去る。
ーーー だが、マーセリアの追放を周囲の人間は許さなかった。
※一人称ですが、視点はころころ変わる予定です。視点が変わる時には題名にその人物の名前を書かせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる