【完結】公爵家の妾腹の子ですが、義母となった公爵夫人が優しすぎます!

ましゅぺちーの

文字の大きさ
11 / 32

先代公爵夫人がやってきました

しおりを挟む
次の日。


父であるオズワルドは昨日久しぶりに帰って来たばかりだというのに朝早くから仕事へ行き、公爵邸にはいつも通りの日常が戻って来た。
昨日これでもかとアピール合戦を繰り広げていた三人はつまらなさそうにしていたが、ただ一人リデルにとっては好都合だった。


(平穏が戻ってきた!)


父親がいる日といない日で公爵邸はまるで違う。
まず普段から女遊びに耽っているライアスは滅多に帰って来なくなり、マリナやクララもお茶会に参加したり王宮へ行ったりで外出が一気に増える。
つまり、公爵邸にシルフィーラの敵がいなくなるのだ。


(今日はお義母様と一緒に何をしようかなあ?庭園へ行ってもいいし……お出かけしても良さそうだなぁ)


リデルが一人楽しく考えを巡らせていたとき、部屋の扉がノックされた。


「――リデルお嬢様、奥様がお見えです」
「お義母様が!?」


ちょうどいいところに来てくれたようだ。
それからすぐに扉からシルフィーラが入って来た。


「リデル!」
「お義母様!」


シルフィーラは両手を広げてリデルの元へと駆け寄って来る。


「忙しいところ邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、全然そんなことありません!お義母様に会えて嬉しいです!」
「まぁ、そんなこと言ってくれるだなんて私も嬉しいわ」


そこでシルフィーラはリデルの机の上に置かれている本にチラリと目をやった。
それらは今日の授業で使ったものだ。


「そうだわリデル、せっかくだから今日はお勉強をしましょうか」
「え、お、お勉強ですか……?」


”お勉強”
その言葉を聞いた途端、リデルのテンションが一瞬にして急降下した。


「遊ぶのもいいけれど、リデルはもう公爵令嬢なんだから。この先他の貴族家の方々と関わる機会も増えると思うし、ね?」
「それもそうですね……」


渋々納得したリデルは、自室に備えられている勉強机に向かった。


「お義母様、どうぞ」
「あら、ありがとう」


近くにあった椅子を自身の隣に置いたリデルはシルフィーラに席を勧めた。


「今日はどんな授業をしたのかしら?」
「えっと……テーブルマナーとピアノと…………あと、公爵家の歴史についてを学びました!」
「じゃあこの本はベルクォーツ公爵家について書かれているのね」
「はい!」


シルフィーラはリデルの手元にあった本を覗き込んだ。


「私もどんなことが書かれているのか見てみたいわ」
「じゃあ一緒に読みましょう!」
「あら、読んでくれるの?」
「はい!」


リデルは自信満々にそう言い、ベルクォーツ公爵家の歴史についての本を読み始めた。
が、しかし――


「ぜ、全然読み終わらない……」
「ベルクォーツ家の歴史は長いから……」


いくら読み進めても終わりが見えない本に挫けそうになっているリデルを見て、シルフィーラが苦笑いを浮かべた。


「……私も立派な貴族令嬢になれるでしょうか」
「努力していれば、きっとなれるわよ」
「お義母様……」


シルフィーラの言葉にリデルが笑顔になりかけたそのとき、再び部屋の扉がコンコンとノックされた。


「失礼致します」


扉から顔を覗かせたのは先ほどの侍女では無く、シルフィーラの専属侍女であるミーアだった。


「奥様、お客様がいらっしゃっているそうです」
「あら、今日は来客の予定は無いはずだけれど……一体どなたかしら?」
「さぁ、私も詳しくは聞いておりませんので……」
「とにかく行きましょう、お客様をお待たせするわけにはいかないわ」


シルフィーラ、リデル、そしてミーアの三人は突然の来客を出迎えるために部屋を出てエントランスへと向かった。


「先触れも無く訪問するだなんて、無礼な方ですね」
「まあまあ落ち着いて」


不満そうなミーアをシルフィーラが宥めた。
少し歩くと、公爵邸の立派なエントランスが見えてくる。


(一体誰だろう……?)


エントランスの扉のすぐ傍に立っていたのは黒い髪と青い瞳を持つご夫人だった。
かなりお年を召しているように見える。


(黒い髪に……青い瞳……私やお父様たちと同じ……)


リデルはその夫人を見て内心驚いた。
夫人の髪と瞳の色。
それは紛れもなくベルクォーツ公爵家の象徴だったから。


「お、大奥様……!」
「お義母様……」


突然の来訪者にシルフィーラと侍女はしばらくの間固まっていた。


「――ベルクォーツ家の公爵夫人と侍女は先代公爵夫人である私に挨拶も出来ないのかしら?」
「「!」」


苛立ちを含んだその声に、我を取り戻したシルフィーラが夫人の前に歩み出た。


「申し訳ありません、お義母様。しかし、いらっしゃるのなら前もって知らせていただければ……」
「黙りなさい!」


自身の非を認めて頭を下げるシルフィーラに、夫人が突然声を荒らげた。


「私に非があると言いたいの!?」
「い、いえ……そうではなく……前もって知らせていただければ迎えの者を……」
「何て嫌味な女なの!」
「お、お義母様……」


夫人はシルフィーラの話にまるで聞く耳を持たなかった。


(先代公爵夫人……ってことはお父様のお母様……!?)


リデルは会ったことこそ無かったが、名前だけは本で見たことがあった。


――先代公爵夫人エリザベータ・ベルクォーツ


元ベルクォーツ公爵令嬢。
公爵家の唯一の後継者だったが、女だったため当主にはなれなかった人物である。


ベルクォーツ公爵家の象徴である黒い髪と青い瞳を持っていたため何となく予想はしていたが、これほど頭の固い人だったとは。
初対面から既に仲良くなるのは無理そうだとリデルは瞬時に悟った。


「あの……お義母様……本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか……?」


シルフィーラが遠慮がちに尋ねた。
しかし、その言葉にもまた気を悪くしたのかエリザベータは嫌味ったらしく言った。


「あら、用事が無いと来てはいけないのかしら?私はこの家の当主の母親なのに?」
「も、申し訳ありません……そういう意味で言ったわけでは……」


シルフィーラは頭を下げるしかなかった。
エリザベータはたしかにベルクォーツ公爵家の当主の母親だったから。
父公爵ですら強く出れない相手だろう。


「……旦那様は今外出中でございます」
「そんなの知ってるわ」


控えめに言ったシルフィーラに対してエリザベータは素っ気なく答えた。


「それでは一体……」
「ベルクォーツ公爵家の新しい養女を見るためにここへ来たのよ」
「あ……そうでしたか……」


エリザベータはそこでシルフィーラの後ろでじっとしていたリデルを視界に入れた。
その冷たい青い瞳にビクッとしたが、もう以前のような臆病で身を潜めながら生きているリデルでは無い。


(大丈夫、大丈夫。きっと上手く出来る)


リデルは心の中で自分にそう言い聞かせながら、授業で習った通りにスカートの裾を手で持ち上げた。


「お初にお目にかかります。リデル・ベルクォーツと申します」
「……」


エリザベータはそんなリデルを無言で見下ろしていた。
しかし突然、興味の無さそうに顔を背けたかと思うと忠告のような形でリデルに言った。


「ふん、せいぜい目立たずに生きることね。それと絶対にライアスの邪魔はしないでちょうだい」
「あ、は、はい……」


リデルは反射的に頷いていたが、実際はエリザベータの言葉の意味を理解することが出来なかった。


(ライアス様の邪魔はしないでって一体どういう意味だろう……?)


しかしエリザベータは既にリデルに対する興味は失せているらしく、誰かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見回している。


「あ、あの……お義母様……」


「――お祖母様!」


そんなエリザベータを不思議に思ってシルフィーラが尋ねようとしたそのとき、突如今の雰囲気には似つかわしくない明るい声が割り込んだ。


「……ライアス様?」


こちらに駆け寄ってきたのはエントランスの扉から中へ入ってきたライアスだった。


(ライアス様……滅多に帰って来ない人のに……)


「まぁ、ライアス!」


ライアスを見てエリザベータは嬉しそうに目を輝かせた。
その姿はまるで孫を心底愛する優しい祖母のようだった。


「お祖母様、来ていらしたんですね」
「ライアス、また背が伸びたんじゃないかしら?立派になったわね」
「俺はもう二十歳です。成長期はとっくに過ぎてますよ」
「もう、そんなこと言って!」


(な……冗談でしょう……?)


先ほどまでの冷たい口調が嘘のようだ。
頭が固いと思っていたエリザベータは、ライアスの体に触れながらニコニコしている。


「それよりお祖母様、実は買っていただきたい物があるのですが……」
「あら、何かしら?」


そんな会話をしながら、エリザベータとライアスは二人一緒に公爵邸を出てどこかへ歩いて行く。
リデルはその光景をただポカンと見つめていた。


(気難しい方だと思っていたのに……)


エリザベータの変貌に、リデルは開いた口が塞がらなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

元平民だった侯爵令嬢の、たった一つの願い

雲乃琳雨
恋愛
 バートン侯爵家の跡取りだった父を持つニナリアは、潜伏先の家から祖父に連れ去られ、侯爵家でメイドとして働いていた。18歳になったニナリアは、祖父の命令で従姉の代わりに元平民の騎士、アレン・ラディー子爵に嫁ぐことになる。  ニナリアは母のもとに戻りたいので、アレンと離婚したくて仕方がなかったが、結婚は国王の命令でもあったので、アレンが離婚に応じるはずもなかった。アレンが初めから溺愛してきたので、ニナリアは戸惑う。ニナリアは、自分の目的を果たすことができるのか?  元平民の侯爵令嬢が、自分の人生を取り戻す、溺愛から始まる物語。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

【完結】妹ばかり愛され追い出された姉ですが、無口な夫と暮らす日々が幸せすぎます

コトミ
恋愛
 セラフィナは、実の親と、妹によって、家から追い出されることとなった。セラフィナがまだ幼い頃、両親は病弱なカタリナのため設備環境が良い王都に移り住んだ。姉のセラフィナは元々両親とともに住んでいた田舎に使用人のマーサの二人きりで暮らすこととなった。お金のない子爵家な上にカタリナのためお金を稼がなくてはならないため、子供二人を王都で暮らすには無理があるとセラフィナだけ残されたのだ。そしてセラフィナが19歳の時、3人が家へ戻ってきた。その理由はカタリナの婚約が上手くいかず王宮にいずらくなったためだ。やっと家族で暮らせると心待ちにしていたセラフィナは帰宅した父に思いがけないことを告げられる。 「お前はジェラール・モンフォール伯爵と結婚することになった。すぐに荷物をまとめるんだ。一週間後には結婚式だ」  困惑するセラフィナに対して、冷酷にも時間は進み続け、結婚生活が始まる。

処理中です...