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先代公爵夫人がやってきました
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次の日。
父であるオズワルドは昨日久しぶりに帰って来たばかりだというのに朝早くから仕事へ行き、公爵邸にはいつも通りの日常が戻って来た。
昨日これでもかとアピール合戦を繰り広げていた三人はつまらなさそうにしていたが、ただ一人リデルにとっては好都合だった。
(平穏が戻ってきた!)
父親がいる日といない日で公爵邸はまるで違う。
まず普段から女遊びに耽っているライアスは滅多に帰って来なくなり、マリナやクララもお茶会に参加したり王宮へ行ったりで外出が一気に増える。
つまり、公爵邸にシルフィーラの敵がいなくなるのだ。
(今日はお義母様と一緒に何をしようかなあ?庭園へ行ってもいいし……お出かけしても良さそうだなぁ)
リデルが一人楽しく考えを巡らせていたとき、部屋の扉がノックされた。
「――リデルお嬢様、奥様がお見えです」
「お義母様が!?」
ちょうどいいところに来てくれたようだ。
それからすぐに扉からシルフィーラが入って来た。
「リデル!」
「お義母様!」
シルフィーラは両手を広げてリデルの元へと駆け寄って来る。
「忙しいところ邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、全然そんなことありません!お義母様に会えて嬉しいです!」
「まぁ、そんなこと言ってくれるだなんて私も嬉しいわ」
そこでシルフィーラはリデルの机の上に置かれている本にチラリと目をやった。
それらは今日の授業で使ったものだ。
「そうだわリデル、せっかくだから今日はお勉強をしましょうか」
「え、お、お勉強ですか……?」
”お勉強”
その言葉を聞いた途端、リデルのテンションが一瞬にして急降下した。
「遊ぶのもいいけれど、リデルはもう公爵令嬢なんだから。この先他の貴族家の方々と関わる機会も増えると思うし、ね?」
「それもそうですね……」
渋々納得したリデルは、自室に備えられている勉強机に向かった。
「お義母様、どうぞ」
「あら、ありがとう」
近くにあった椅子を自身の隣に置いたリデルはシルフィーラに席を勧めた。
「今日はどんな授業をしたのかしら?」
「えっと……テーブルマナーとピアノと…………あと、公爵家の歴史についてを学びました!」
「じゃあこの本はベルクォーツ公爵家について書かれているのね」
「はい!」
シルフィーラはリデルの手元にあった本を覗き込んだ。
「私もどんなことが書かれているのか見てみたいわ」
「じゃあ一緒に読みましょう!」
「あら、読んでくれるの?」
「はい!」
リデルは自信満々にそう言い、ベルクォーツ公爵家の歴史についての本を読み始めた。
が、しかし――
「ぜ、全然読み終わらない……」
「ベルクォーツ家の歴史は長いから……」
いくら読み進めても終わりが見えない本に挫けそうになっているリデルを見て、シルフィーラが苦笑いを浮かべた。
「……私も立派な貴族令嬢になれるでしょうか」
「努力していれば、きっとなれるわよ」
「お義母様……」
シルフィーラの言葉にリデルが笑顔になりかけたそのとき、再び部屋の扉がコンコンとノックされた。
「失礼致します」
扉から顔を覗かせたのは先ほどの侍女では無く、シルフィーラの専属侍女であるミーアだった。
「奥様、お客様がいらっしゃっているそうです」
「あら、今日は来客の予定は無いはずだけれど……一体どなたかしら?」
「さぁ、私も詳しくは聞いておりませんので……」
「とにかく行きましょう、お客様をお待たせするわけにはいかないわ」
シルフィーラ、リデル、そしてミーアの三人は突然の来客を出迎えるために部屋を出てエントランスへと向かった。
「先触れも無く訪問するだなんて、無礼な方ですね」
「まあまあ落ち着いて」
不満そうなミーアをシルフィーラが宥めた。
少し歩くと、公爵邸の立派なエントランスが見えてくる。
(一体誰だろう……?)
エントランスの扉のすぐ傍に立っていたのは黒い髪と青い瞳を持つご夫人だった。
かなりお年を召しているように見える。
(黒い髪に……青い瞳……私やお父様たちと同じ……)
リデルはその夫人を見て内心驚いた。
夫人の髪と瞳の色。
それは紛れもなくベルクォーツ公爵家の象徴だったから。
「お、大奥様……!」
「お義母様……」
突然の来訪者にシルフィーラと侍女はしばらくの間固まっていた。
「――ベルクォーツ家の公爵夫人と侍女は先代公爵夫人である私に挨拶も出来ないのかしら?」
「「!」」
苛立ちを含んだその声に、我を取り戻したシルフィーラが夫人の前に歩み出た。
「申し訳ありません、お義母様。しかし、いらっしゃるのなら前もって知らせていただければ……」
「黙りなさい!」
自身の非を認めて頭を下げるシルフィーラに、夫人が突然声を荒らげた。
「私に非があると言いたいの!?」
「い、いえ……そうではなく……前もって知らせていただければ迎えの者を……」
「何て嫌味な女なの!」
「お、お義母様……」
夫人はシルフィーラの話にまるで聞く耳を持たなかった。
(先代公爵夫人……ってことはお父様のお母様……!?)
リデルは会ったことこそ無かったが、名前だけは本で見たことがあった。
――先代公爵夫人エリザベータ・ベルクォーツ
元ベルクォーツ公爵令嬢。
公爵家の唯一の後継者だったが、女だったため当主にはなれなかった人物である。
ベルクォーツ公爵家の象徴である黒い髪と青い瞳を持っていたため何となく予想はしていたが、これほど頭の固い人だったとは。
初対面から既に仲良くなるのは無理そうだとリデルは瞬時に悟った。
「あの……お義母様……本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか……?」
シルフィーラが遠慮がちに尋ねた。
しかし、その言葉にもまた気を悪くしたのかエリザベータは嫌味ったらしく言った。
「あら、用事が無いと来てはいけないのかしら?私はこの家の当主の母親なのに?」
「も、申し訳ありません……そういう意味で言ったわけでは……」
シルフィーラは頭を下げるしかなかった。
エリザベータはたしかにベルクォーツ公爵家の当主の母親だったから。
父公爵ですら強く出れない相手だろう。
「……旦那様は今外出中でございます」
「そんなの知ってるわ」
控えめに言ったシルフィーラに対してエリザベータは素っ気なく答えた。
「それでは一体……」
「ベルクォーツ公爵家の新しい養女を見るためにここへ来たのよ」
「あ……そうでしたか……」
エリザベータはそこでシルフィーラの後ろでじっとしていたリデルを視界に入れた。
その冷たい青い瞳にビクッとしたが、もう以前のような臆病で身を潜めながら生きているリデルでは無い。
(大丈夫、大丈夫。きっと上手く出来る)
リデルは心の中で自分にそう言い聞かせながら、授業で習った通りにスカートの裾を手で持ち上げた。
「お初にお目にかかります。リデル・ベルクォーツと申します」
「……」
エリザベータはそんなリデルを無言で見下ろしていた。
しかし突然、興味の無さそうに顔を背けたかと思うと忠告のような形でリデルに言った。
「ふん、せいぜい目立たずに生きることね。それと絶対にライアスの邪魔はしないでちょうだい」
「あ、は、はい……」
リデルは反射的に頷いていたが、実際はエリザベータの言葉の意味を理解することが出来なかった。
(ライアス様の邪魔はしないでって一体どういう意味だろう……?)
しかしエリザベータは既にリデルに対する興味は失せているらしく、誰かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見回している。
「あ、あの……お義母様……」
「――お祖母様!」
そんなエリザベータを不思議に思ってシルフィーラが尋ねようとしたそのとき、突如今の雰囲気には似つかわしくない明るい声が割り込んだ。
「……ライアス様?」
こちらに駆け寄ってきたのはエントランスの扉から中へ入ってきたライアスだった。
(ライアス様……滅多に帰って来ない人のに……)
「まぁ、ライアス!」
ライアスを見てエリザベータは嬉しそうに目を輝かせた。
その姿はまるで孫を心底愛する優しい祖母のようだった。
「お祖母様、来ていらしたんですね」
「ライアス、また背が伸びたんじゃないかしら?立派になったわね」
「俺はもう二十歳です。成長期はとっくに過ぎてますよ」
「もう、そんなこと言って!」
(な……冗談でしょう……?)
先ほどまでの冷たい口調が嘘のようだ。
頭が固いと思っていたエリザベータは、ライアスの体に触れながらニコニコしている。
「それよりお祖母様、実は買っていただきたい物があるのですが……」
「あら、何かしら?」
そんな会話をしながら、エリザベータとライアスは二人一緒に公爵邸を出てどこかへ歩いて行く。
リデルはその光景をただポカンと見つめていた。
(気難しい方だと思っていたのに……)
エリザベータの変貌に、リデルは開いた口が塞がらなかった。
父であるオズワルドは昨日久しぶりに帰って来たばかりだというのに朝早くから仕事へ行き、公爵邸にはいつも通りの日常が戻って来た。
昨日これでもかとアピール合戦を繰り広げていた三人はつまらなさそうにしていたが、ただ一人リデルにとっては好都合だった。
(平穏が戻ってきた!)
父親がいる日といない日で公爵邸はまるで違う。
まず普段から女遊びに耽っているライアスは滅多に帰って来なくなり、マリナやクララもお茶会に参加したり王宮へ行ったりで外出が一気に増える。
つまり、公爵邸にシルフィーラの敵がいなくなるのだ。
(今日はお義母様と一緒に何をしようかなあ?庭園へ行ってもいいし……お出かけしても良さそうだなぁ)
リデルが一人楽しく考えを巡らせていたとき、部屋の扉がノックされた。
「――リデルお嬢様、奥様がお見えです」
「お義母様が!?」
ちょうどいいところに来てくれたようだ。
それからすぐに扉からシルフィーラが入って来た。
「リデル!」
「お義母様!」
シルフィーラは両手を広げてリデルの元へと駆け寄って来る。
「忙しいところ邪魔しちゃったかしら?」
「いえ、全然そんなことありません!お義母様に会えて嬉しいです!」
「まぁ、そんなこと言ってくれるだなんて私も嬉しいわ」
そこでシルフィーラはリデルの机の上に置かれている本にチラリと目をやった。
それらは今日の授業で使ったものだ。
「そうだわリデル、せっかくだから今日はお勉強をしましょうか」
「え、お、お勉強ですか……?」
”お勉強”
その言葉を聞いた途端、リデルのテンションが一瞬にして急降下した。
「遊ぶのもいいけれど、リデルはもう公爵令嬢なんだから。この先他の貴族家の方々と関わる機会も増えると思うし、ね?」
「それもそうですね……」
渋々納得したリデルは、自室に備えられている勉強机に向かった。
「お義母様、どうぞ」
「あら、ありがとう」
近くにあった椅子を自身の隣に置いたリデルはシルフィーラに席を勧めた。
「今日はどんな授業をしたのかしら?」
「えっと……テーブルマナーとピアノと…………あと、公爵家の歴史についてを学びました!」
「じゃあこの本はベルクォーツ公爵家について書かれているのね」
「はい!」
シルフィーラはリデルの手元にあった本を覗き込んだ。
「私もどんなことが書かれているのか見てみたいわ」
「じゃあ一緒に読みましょう!」
「あら、読んでくれるの?」
「はい!」
リデルは自信満々にそう言い、ベルクォーツ公爵家の歴史についての本を読み始めた。
が、しかし――
「ぜ、全然読み終わらない……」
「ベルクォーツ家の歴史は長いから……」
いくら読み進めても終わりが見えない本に挫けそうになっているリデルを見て、シルフィーラが苦笑いを浮かべた。
「……私も立派な貴族令嬢になれるでしょうか」
「努力していれば、きっとなれるわよ」
「お義母様……」
シルフィーラの言葉にリデルが笑顔になりかけたそのとき、再び部屋の扉がコンコンとノックされた。
「失礼致します」
扉から顔を覗かせたのは先ほどの侍女では無く、シルフィーラの専属侍女であるミーアだった。
「奥様、お客様がいらっしゃっているそうです」
「あら、今日は来客の予定は無いはずだけれど……一体どなたかしら?」
「さぁ、私も詳しくは聞いておりませんので……」
「とにかく行きましょう、お客様をお待たせするわけにはいかないわ」
シルフィーラ、リデル、そしてミーアの三人は突然の来客を出迎えるために部屋を出てエントランスへと向かった。
「先触れも無く訪問するだなんて、無礼な方ですね」
「まあまあ落ち着いて」
不満そうなミーアをシルフィーラが宥めた。
少し歩くと、公爵邸の立派なエントランスが見えてくる。
(一体誰だろう……?)
エントランスの扉のすぐ傍に立っていたのは黒い髪と青い瞳を持つご夫人だった。
かなりお年を召しているように見える。
(黒い髪に……青い瞳……私やお父様たちと同じ……)
リデルはその夫人を見て内心驚いた。
夫人の髪と瞳の色。
それは紛れもなくベルクォーツ公爵家の象徴だったから。
「お、大奥様……!」
「お義母様……」
突然の来訪者にシルフィーラと侍女はしばらくの間固まっていた。
「――ベルクォーツ家の公爵夫人と侍女は先代公爵夫人である私に挨拶も出来ないのかしら?」
「「!」」
苛立ちを含んだその声に、我を取り戻したシルフィーラが夫人の前に歩み出た。
「申し訳ありません、お義母様。しかし、いらっしゃるのなら前もって知らせていただければ……」
「黙りなさい!」
自身の非を認めて頭を下げるシルフィーラに、夫人が突然声を荒らげた。
「私に非があると言いたいの!?」
「い、いえ……そうではなく……前もって知らせていただければ迎えの者を……」
「何て嫌味な女なの!」
「お、お義母様……」
夫人はシルフィーラの話にまるで聞く耳を持たなかった。
(先代公爵夫人……ってことはお父様のお母様……!?)
リデルは会ったことこそ無かったが、名前だけは本で見たことがあった。
――先代公爵夫人エリザベータ・ベルクォーツ
元ベルクォーツ公爵令嬢。
公爵家の唯一の後継者だったが、女だったため当主にはなれなかった人物である。
ベルクォーツ公爵家の象徴である黒い髪と青い瞳を持っていたため何となく予想はしていたが、これほど頭の固い人だったとは。
初対面から既に仲良くなるのは無理そうだとリデルは瞬時に悟った。
「あの……お義母様……本日はどのようなご用件でいらっしゃったのですか……?」
シルフィーラが遠慮がちに尋ねた。
しかし、その言葉にもまた気を悪くしたのかエリザベータは嫌味ったらしく言った。
「あら、用事が無いと来てはいけないのかしら?私はこの家の当主の母親なのに?」
「も、申し訳ありません……そういう意味で言ったわけでは……」
シルフィーラは頭を下げるしかなかった。
エリザベータはたしかにベルクォーツ公爵家の当主の母親だったから。
父公爵ですら強く出れない相手だろう。
「……旦那様は今外出中でございます」
「そんなの知ってるわ」
控えめに言ったシルフィーラに対してエリザベータは素っ気なく答えた。
「それでは一体……」
「ベルクォーツ公爵家の新しい養女を見るためにここへ来たのよ」
「あ……そうでしたか……」
エリザベータはそこでシルフィーラの後ろでじっとしていたリデルを視界に入れた。
その冷たい青い瞳にビクッとしたが、もう以前のような臆病で身を潜めながら生きているリデルでは無い。
(大丈夫、大丈夫。きっと上手く出来る)
リデルは心の中で自分にそう言い聞かせながら、授業で習った通りにスカートの裾を手で持ち上げた。
「お初にお目にかかります。リデル・ベルクォーツと申します」
「……」
エリザベータはそんなリデルを無言で見下ろしていた。
しかし突然、興味の無さそうに顔を背けたかと思うと忠告のような形でリデルに言った。
「ふん、せいぜい目立たずに生きることね。それと絶対にライアスの邪魔はしないでちょうだい」
「あ、は、はい……」
リデルは反射的に頷いていたが、実際はエリザベータの言葉の意味を理解することが出来なかった。
(ライアス様の邪魔はしないでって一体どういう意味だろう……?)
しかしエリザベータは既にリデルに対する興味は失せているらしく、誰かを探すかのようにキョロキョロと辺りを見回している。
「あ、あの……お義母様……」
「――お祖母様!」
そんなエリザベータを不思議に思ってシルフィーラが尋ねようとしたそのとき、突如今の雰囲気には似つかわしくない明るい声が割り込んだ。
「……ライアス様?」
こちらに駆け寄ってきたのはエントランスの扉から中へ入ってきたライアスだった。
(ライアス様……滅多に帰って来ない人のに……)
「まぁ、ライアス!」
ライアスを見てエリザベータは嬉しそうに目を輝かせた。
その姿はまるで孫を心底愛する優しい祖母のようだった。
「お祖母様、来ていらしたんですね」
「ライアス、また背が伸びたんじゃないかしら?立派になったわね」
「俺はもう二十歳です。成長期はとっくに過ぎてますよ」
「もう、そんなこと言って!」
(な……冗談でしょう……?)
先ほどまでの冷たい口調が嘘のようだ。
頭が固いと思っていたエリザベータは、ライアスの体に触れながらニコニコしている。
「それよりお祖母様、実は買っていただきたい物があるのですが……」
「あら、何かしら?」
そんな会話をしながら、エリザベータとライアスは二人一緒に公爵邸を出てどこかへ歩いて行く。
リデルはその光景をただポカンと見つめていた。
(気難しい方だと思っていたのに……)
エリザベータの変貌に、リデルは開いた口が塞がらなかった。
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