冬の一陽

聿竹年萬

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少年期 大学生活編

(25)決着 ~実は昏倒魔術~

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「俺はまだ余裕だぞクソガキィ!」
 咆哮しつつフィンに向かい距離を詰めるレオンの速度は信じがたいものだった。魔術による補助もなしに。レオンの力は、フィンの想像を何段か超えるものだった。
 フィンは猛獣の気迫に気おされるが、それでもこれで終わりにできると確信して、魔方陣を起動させる。
 レオンの足元が、突然光り始める。怪しげな色合いが、彼を包み込むように広がっていく。
「な、これは――」
 自分がさっき使った、魔力補給の感覚に似ている。いや、まったく似て非なるものだ。
 魔力補給と正反対の現象が、自身に襲い掛かってくる。体内から魔力が吸い取られ、全身に重い気怠さを押し付けてくる。
「こんな、ものくらい――っ」
 足元に視線を巡らせると、魔術回路が刻まれていることに気がついた。
 
 フィンのやっていたことは、逃げ回りながら魔方陣を描くというものだった。携えた槍を筆に、地面を引っ掻いて線を引いた。
 そして、それが形になったところで勝負を仕掛けたのだ。
 
 それを断ち切るように、槍で地面を引っ掻きまわす。魔力を奪う光は消え去ったものの、その身から虚脱感はなくならない。
 
「くそったれ、この、は、はぁ」
 
 呼吸を荒くしてもなお、レオンは立ち続ける。
 フィンも同じく、ボロボロになった状態で相対する。
 二人は手にした模擬槍で、打突を繰り広げようとした。
 
 
 
 
「うん、まぁそうなるよね」
「……続行不可能では?」
「いやいや、これからでしょう。というか、二人ともやる気じゃない?」
「……」
 楽しそうに笑うオリヴァントと、苦々しい顔をするドロシーであった。
「あんな状態だから、大変なことにはならないさ」
「でも」
「自慢の弟子なんだろう? 信じてやればいいさ」
「……」
 嫌味のつもりだ。ドロシーは敵意を込めて、この嫌らしい男をにらむ。
 オリヴァントは素知らぬ振りで、二人の続きに視線を戻す。
 
 
 模擬槍が砕け散った。手に持っていた部分だけは残ったものの、とても武器として使える状態ではなくなる。
「は、はー、はー」
「ぜぇ……ぜぇ……」
 息も絶え絶えに、レオンが拳を繰り出す。
 身長差がある分、フィンは避けやすかった。カウンター気味に反撃しようとするも、手足のリーチ差もまたあるために、なかなか攻撃が届かない。
 互いに倒す攻撃を命中させるには至らず、当てる一撃を積み重ねるような光景が繰り広げられる。
 まさに泥仕合。ふらつく両者を、観客たちは容赦なく煽り立てる。
「いい加減! ぶっ倒れろよ!」
 レオンの怒号が、フィンの耳を震わす。
「負けて、たまるか!!」
 返す叫びが、レオンを焚き付ける。
「チビ教授に、格好つけたいのかよクソガキ!」
「そんなの今は関係ない! お前がとにかくムカつくんだ!」
 会話の内容までは、観客には届かない。何かを叫び合っている姿だけが目に映り、興奮を盛り上げる。
「俺がムカつく?」
 レオンの眉間に、しわが深く表れる。
「ムカついてんのはこっちの方だ! 自分のことしか考えていないくせに、何でもできる自由を持っていながら何もかも諦めたような顔ばっかしやがって!」
 疲れによって剥き出しになった、心からの言葉が叫びとなる。
「何も背負っていないのに! 悲劇ぶってんじゃねえ!」
「お前こそ!」
 フィンも負けてはいない。
「勉強も運動も武術もできて! ……イケメンで! 何もかも持っている奴が僕を語るんじゃあない!」
 
 
 レオンは疲労と虚脱感で頭に靄が掛る中で、目の前の生意気なガキの言葉を反芻する。
 傍目にはただのクソガキでありながら、大学最老のチビ教授から見守られ、期待されている。あの教授の成果は大学という施設の本懐であると認められるものだ。それだけの人物から評価を得ていることは誇りに相違ない。
 自分だったら、堂々と胸を張ってみせる。寄せられた期待には常に応え続けるものだ。期待したこと、信頼したことを後悔はさせない。レオンはそう思っていたし、誰だってそうあるものだと考えていた。
 だが、フィンというクソガキは違ったのだ。
「どうせ、僕なんて」
 そう口にしたことはない。しかし、そんな態度で日々を過ごしていたのは確かだ。
 俺が欲しかった「あの」教授からの期待を得ておいて、どうして卑屈になれるんだ。何様のつもりなんだ。


 胸を張れ! 俯くな! 手前に期待している人間の顔に泥を塗ることはなによりの悪徳だ!


 かつての自分よりも優秀な成績を叩き出している。ムカつくことに、それは事実だと言えなくもない。レオンも、フィンの実力そのものは十分に認めているつもりである。
 そのくせ「こんなこと全然誇りにはならない」とでも言いたげな様子なのだ。
 ムカつく。ここでやり合っている間も、必死で追いすがろうとしている。それがムカつく。何もかもがムカつく。ぼろぼろになって、もう限界としか見えないくせに、それでも立って俺に拳を振るってくる。ムカつく。ムカつくムカつく。


 クソ親父みたいな態度ばかりするこのクソガキを俺は認めない!


「いい加減に、しろや!」
 もはや力などこもっていない拳が、フィンの顔面に当たる。
 体がぐらつき、足元がふらりと倒れかける。やったかと、レオンは思いかけてしまった。
「……僕は……」
 フィンはレオンの片腕を掴み、空いたもう片方の拳を強く握りしめる。
 かすれるような声が、最後の力を振り絞る。
「僕は、先生の役に立つって証明するために、お前を倒さなきゃいけないんだ!」
 レオンの顔に、小さな拳が向かっていく。そこに魔術が込められているのは、レオンにも予想できた。
 振りほどいて体勢を崩して、踏みつけるなり蹴り飛ばすなりの方法は取れる。避けることだって容易いはずだ。
 それでも、レオンはそのパンチを食らった。
「がっ……」
 軽度の昏倒魔術を含んだパンチが、レオンの頬を張った。


「先生直伝……睡眠魔術は効くでしょう……」


 そのままレオンは倒れ、覆い被さらないようにフィンもダウンする。そのまま二人は動かず、場内が静まり返る。
 
 
「これで決着、かな――ん?」
 オリヴァントの隣にいたはずのドロシーが、遠くに見える。
「まったく、あまい師匠だことだねえ」
 見送りながら、試合終了を告げる。
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