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少年期 大学生活編
(26)ロンゴミニアド王との謁見 ~ただしその場合レオンは爆散する~
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王都ロンゴミニアドの中枢は霊峰の内にある。最も浅い階層にあるのが兵站所、兵士詰め所、一段下層が大学、さらにその中心部に図書館、最下層にロンゴミニアド城が誂えられている。外からは決して見ることの敵わない奥深き場所である。
レオンとの試合よりしばらくが経ったある日、ドロシーの書斎に一通の封書が届いた。あて先はフィンであった。
長い階段を下りきると周囲が俄かに明るくなった。そこら中に魔石が散りばめられ無数の星のように場内を照らしている。白い石壁はキラキラと反射するかのようであった。
やがて大きな大扉の前に至る。
「ここが謁見室です。フィン、緊張しなくていいのですよ」
緊張のあまり浅い呼吸を繰り返す弟子に見かねてドロシーが言う。
「す、すみません。国王陛下からの急な、名指しでの呼び出しになにかあったのかと、ふ、不安で」
「大丈夫ですよ。もしフィンのことをどうにかしたいということであれば、その呼び出しは兵士たちからの襲撃になっていたはずです。現在生きているのであれば、謁見後も生きて帰れるでしょう」
フィンの勤勉さはとみに磨きがかかっており、レオンとの試合以降心境の変化もあったのか、その年齢に似つかわしくない落ち着きまでも身に着けたように見えたが、こうして不安を露呈させる姿を見るとドロシーは図らずも安堵してしまった。
門兵が戸を開け入場を許可する。槍を掲げ上げる様は着用している鎧の銀の光沢も相まって威圧感たっぷりである。
謁見室内には同様の格好をした兵士が連なっていた。その最奥、玉座に腰掛けているのがロンゴミニアド王であると認めたとき、フィンの緊張は微かに緩んだ。玉座の王は疲れた顔をした男性だった。年の頃は五十と見える、長い白髪頭に白髭の男はジッとフィンを見つめていた。
フィンは謁見の作法について覚束ないため、ドロシーの動作を見ながら真似をして王の前に跪く。
「久しいことであるな。ドロシー教授。最近は籠りきりになるのを辞めてあちこち動き回っていると聞いておるよ」
「陛下の治世あればこそ我が身でさえも往来を遊ぶことが叶いますればロンゴミニアド王の弥栄なるをお祈り申し上げます」
恭しい口調のドロシーに王は小さく笑う。少し呆れたような微笑みだった。
「そうかしこまることもあるまいに。変わらぬものよな」
優しそうな人で良かった、と心の中で一息ついていると彼の声が自分に向いた。
「君がフィン、だね。勤勉で成績も良く、何よりも目的遂行のために柔軟に場を読む戦術性、将来有望だとオリヴァントから聞いている」
思わぬ賞賛にフィンは一層頭を深く下げる。
「恐れ多いお言葉でございます。陛下のお心なる大学の為したことと申し上げます」
「聞いていた通り、子供らしからぬ言動だな。はははっ」
しばらくの沈黙があった。頭を下げ過ぎて王の表情を伺い知れない。
「どれ、一つきりだが稽古をつけてあげよう。顔を上げなさい」
そう言うなり王は傍らの兵から槍を預かり重い腰を上げて階段を下りる。フィンは突然の申し出に混乱しつつも、今から戦闘の指南が行われるのだということだけは理解できた。
「彼に槍を持たせてくれ。なに危ないことはない。一つ、技を教えるだけだ」
フィンに最も近かった騎士が傍に寄り、その装飾の華やかな銀の槍をこちらへ差し渡す。それを受け取るといつもの模擬槍よりも余程重いと感じた。
王は槍の石突を地面につけて、さながら杖のように構えている。フィンに向かって穂先を向けてはいるが、突いたり払ったりという動作を取るつもりのない構えであった。
フィンは受けて槍を構えようとして、しかし構えてもいいものかと不安になってドロシーの方を見た。ドロシーも驚いた様子で王のことを見ていた。予想もしなかったのだろう。
「ふむ、戦いはしない。戦いはしないが、どれ、ちと考えてみておくれ。君は今から余と戦わねばならない。どんな手段がある」
「え、ええと……」
フィンはぐるりと部屋を見回す。玉座まで続く赤絨毯の両脇には兵が一列に並んでおり、周り込む余地はない。ともすると実際に切りかかるには直線的な動きになってしまう。では、とさらに観察すると王の頭上には燦燦と輝く魔石のシャンデリアがあった。
「飛び込んで切りつけるの下策、かといって様子見にと魔術を簡易な魔術を使うのはこれも下策。魔力霧散のエンチャントした槍を投擲して、その効果が及ぶ前に頭上のシャンデリアを落とす。魔石に爆発の呼び水をつけると自分も被害を受けるから自然落下させて、そこからは臨機応変に、と考えたかな」
「――はい」
自分の考えを全て言い当てられてしまう。相手の意の外から勝負をかけるということには僅かながら自信を持っていたが、全く話にならないと見えて下唇を噛む。
そんなフィンの心境を知ってか知らずか王は実に楽しげである。
「ではエンチャントまでやってみせてくれるかな」
「はい」
フィンは槍に推進力向上を付与しようといつも通りに魔力を槍に注ぐ。するとこの槍に魔力の通りが良いことがわかる。さすが近衛兵の装備といったところであろうか。ミスリル銀を表面に付与しているらしい。
「エンチャント魔法は特にわかりやすいが魔術を行使するとき、自分の内と外に門を開く。これが人はこれを魔術回路という。緻密な操作が必要になるが、そこに魔力を流し込むとこのようになる」
王の槍の穂先から何かが射出されたのが見えたが、それが魔力であるとわかったのは次の瞬間であった。
「つっ」
腕に激痛が走り、フィンは槍を取り落とす。腕が内側から弾ける感覚があった。
槍が床に落ちる音が響く中、王の顔を見上げると彼は真っ直ぐにフィンの目を見つめていた。
――今のこの一度で理解できるかな?
王の目はフィンに問い掛けつつ、見守るようなまなざしであった。
フィンは自惚れていたわけではない。しかし、間違いなくその王の目からは自分に真っ直ぐな期待が込められていると確信した。一国の王が何故自分のような平民に、とも思う。疑問も湧く。けれど、この王は確かに自分を見つめ、期待を込めてくれていると思えた。
自分の腕を観察する。あの痛みを何度となく反芻する。内側から肉を裂かれるような感覚だった。王の放った魔力量から推測するに、腕をピンポイントで攻撃するようなものではない。微かな魔力でここまでの攻撃性能を付与することは難しい。不可能ではないにせよ「指南しよう」という言葉を元に考えれば、間違いなく技巧によりこれは達成できる技でなくてはならない。
――わざわざ僕に指南するということは僕がまだ身に着けていない技のはず。
フィンはぶつぶつと王の御前で考えを呟く。その声は小さすぎて周りには聞き取れなかったが、王からの出題に必死で取り組む一人の少年を誰もが見守っていた。
しばらくするとフィンは自分の左手に右手をかざして魔力を流し込み、王の行使したと思われる術式を起動する。その術式が起動する。構造の都合上、自分でその動作を確認できないのが難儀である。
しかしながら、フィンが王の顔を見上げると彼は深々と頷いて見せた。それでいい。そういうことだと言うかのようであった。
「どれ、見てみようか」
王はゆったりとした足取りでフィンのすぐ目の前まで降りてくる。少し、槍の穂先を振ればたやすく届く距離に王がいる。
彼は皺の深い、皮膚が少しだぶついた右手をフィンに差し出すと魔力を微量ずつ放出し始めた。
慌ててフィンは王を見上げる。彼は自分にその術をかけて見せよと言うのである。攻撃をせよと言うのだ。
一国の王に攻撃を試す、などとは聞いたことがない。そのようなことをして命のあるものかと不安になる。
王は不安げなフィンに、ただ優しい眼差しを向けたまま頷くだけだ。
本人がやれ、と言うのだからやるべきであろうと理解はすれども、確実に習得したとも言い切れない術を試しに王に、というのはなかなかに荷が勝ちすぎている。もし意図せずこの人を傷つけでもしたらと思うと不安になる。
フィンはそれでも王への攻撃という行為が恐ろしく、己の師の方へ視線を向ける。
ドロシーはフィンに真っ直ぐに視線を向けていた。そうして、小さく頷いて見せた。
「私が見ていますから」
彼女のその声がフィンを平静に引き戻す。ああ、先生がいるのならばと少年は安堵する。
状況そのものはなんら変わりないというのに、不思議なことだとフィン自身感じたが、それでも今なら大丈夫だと根拠もなく信じられた。
魔術を発動するとき、体内の魔術回路を通じて大概に魔力を放出するために、普段は閉じている回路を開く必要がある。コントロールの容易さから多くの人は掌や指先から魔術を起動するが、その魔力の出口に大きな抵抗を作り、出口を失った魔力を意図的に反乱させ、体内にダメージを与えるというのがこの技巧の肝であると理解した。
そして恐ろしいことに行使する者の消費魔力は一定である一方で、かけられる側は魔力が膨大であれば膨大であるほど氾濫する魔力の総量が増加し大きなダメージを負う。相手が魔術の使い手として強大であれば強大であるほど効用を発揮する技である。
「失礼します」
フィンは王の掌に向けて、抵抗を付与した魔力を王の手首を狙って発動した。
魔力の放出は止まり、王の腕は小さく跳ねた。痛みが走ったのだとわかった。
「よくやったなあ。うむ、器用なのか真面目なのか、いずれにせよ素晴らしいことだ」
王は皺深く柔い皮膚の手でフィンの頭を撫でる。少し乱暴な力加減でわしわしと掻く。フィンはそれがなんだか温かく、こそばゆく思われて頬が自然緩んでしまう。
「もし距離の離れた者を相手にするときには伝導性の良い槍などを使って狙いを定めると良い」
やがて彼はドロシーの方へ向き直ると、心から羨ましそうに、「よい弟子を持ったな」と静かに称えた。
「はい。私のような未熟者には勿体ない、自慢の弟子でございます」
ドロシーも王も、実に満足げであった。緊張に始まった謁見は腕の痛みと弛緩した空気の中で終わった。
フィンとドロシーは長い階段を上る。
「陛下は凄いお人なんですね! あんなにも大きく包容力があって語る言葉に重みがある人がいたなんて……。かといって浮世離れとも違う印象で、あれが王というものなのでしょうか。あんなにも素晴らしい人から一対一で稽古をつけてもらえるなんて……!」
フィンは息切れしつつも語る言葉が尽きず湧くままにドロシーに向かって語りに語る。身は軽く、弾む心のままに階段を軽快に登っていく。
後を歩く師は少し息を切らせながら言う。
「本当にフィンは幸いでしたね。王のあの技をその身で受けて生きて帰った者は貴方が初めてです」
「え……」
あの魔術ってそんなに危険なものだったのか、とフィンは息を飲む。血の気が引く思いだ。もしかしたら自分か、あるいは王が命を落としていたのかと思うと急に足が震える。いや、王の身に何かあった場合は間違いなく自分はここにいられなかっただろう。
「何か勘違いしていますね。王があの技を行使するときはどんなときですか」
「ああ……なるほど」
彼の王があれを行使する相手は自分に牙を剥いた仇敵に相違ない。さにあらば王に牙を剥いた敵がその後どうなるか、などということは火を見るより明らかであった。しかしそうなるとますます不思議でもあった。王がどのような技で身を守るのか、どのような術を行使するのか。そうした情報はなるべくなら外に出ない方が良いはずのところをどうして王は……。
王のすることであるからには、この技が漏洩しても問題にはなるまいとは思えども、この技の伝授のために王が自らの手札の一枚を捨ててまで指南してくれたことがなによりもありがたかった。
「……先生」
「……どうかしましたか、フィン」
「もしかして僕がそう勘違いするだろうとわかってて、わざと意地悪な言い方をしませんでしたか?」
そう、普段の師は不要なくらいに言葉を尽くし認識の齟齬を生まないように話すのが癖である。このような勘違いを生じさせるような話しぶりは実に彼女らしくないように思われた。
「私はそんなことしませんよ。単に、階段を上るのに息が切れてしまいその苦しさのために言葉が少なくなってしまっただけです」
「普段通り喋れてるじゃないですか! 先生なんでこっち見て話してくれないんですか?」
「足元を見ないと危ないですから。フィンもあまりはしゃいでいると転倒する恐れがありますから私ばかり見ていないでしっかりと足元に注意を払ってください」
もしも、と思う。
もしレオンとの試合の前にこの技を習得できていればもっと容易に勝てただろうと思う。いや、しかし、勝てたかもしれないけれどあのとき覚えていなくてよかったのかもしれないとも思う。
レオンの使用した魔力の膨大さを思い出す。
もしもあのとき、この魔術を行使していればあの膨大な魔力はそのまま破壊力となってレオンを襲っていただろう。しかしその時は間違いなくレオンは爆散する。それはあまりにも後味が悪いように思われた。
(そんな膨大な魔力をあいつは僕に向けて全力開放していたのか)
「先生、耳赤くないですか?」
「照明が暖色系だからそう見えるだけでしょう。我々の目は光の影響で容易に物を見間違えます。これを錯視と言うのですが――」
レオンは、爆散させてもいいかもしれないと、そう思うフィンであった。
レオンとの試合よりしばらくが経ったある日、ドロシーの書斎に一通の封書が届いた。あて先はフィンであった。
長い階段を下りきると周囲が俄かに明るくなった。そこら中に魔石が散りばめられ無数の星のように場内を照らしている。白い石壁はキラキラと反射するかのようであった。
やがて大きな大扉の前に至る。
「ここが謁見室です。フィン、緊張しなくていいのですよ」
緊張のあまり浅い呼吸を繰り返す弟子に見かねてドロシーが言う。
「す、すみません。国王陛下からの急な、名指しでの呼び出しになにかあったのかと、ふ、不安で」
「大丈夫ですよ。もしフィンのことをどうにかしたいということであれば、その呼び出しは兵士たちからの襲撃になっていたはずです。現在生きているのであれば、謁見後も生きて帰れるでしょう」
フィンの勤勉さはとみに磨きがかかっており、レオンとの試合以降心境の変化もあったのか、その年齢に似つかわしくない落ち着きまでも身に着けたように見えたが、こうして不安を露呈させる姿を見るとドロシーは図らずも安堵してしまった。
門兵が戸を開け入場を許可する。槍を掲げ上げる様は着用している鎧の銀の光沢も相まって威圧感たっぷりである。
謁見室内には同様の格好をした兵士が連なっていた。その最奥、玉座に腰掛けているのがロンゴミニアド王であると認めたとき、フィンの緊張は微かに緩んだ。玉座の王は疲れた顔をした男性だった。年の頃は五十と見える、長い白髪頭に白髭の男はジッとフィンを見つめていた。
フィンは謁見の作法について覚束ないため、ドロシーの動作を見ながら真似をして王の前に跪く。
「久しいことであるな。ドロシー教授。最近は籠りきりになるのを辞めてあちこち動き回っていると聞いておるよ」
「陛下の治世あればこそ我が身でさえも往来を遊ぶことが叶いますればロンゴミニアド王の弥栄なるをお祈り申し上げます」
恭しい口調のドロシーに王は小さく笑う。少し呆れたような微笑みだった。
「そうかしこまることもあるまいに。変わらぬものよな」
優しそうな人で良かった、と心の中で一息ついていると彼の声が自分に向いた。
「君がフィン、だね。勤勉で成績も良く、何よりも目的遂行のために柔軟に場を読む戦術性、将来有望だとオリヴァントから聞いている」
思わぬ賞賛にフィンは一層頭を深く下げる。
「恐れ多いお言葉でございます。陛下のお心なる大学の為したことと申し上げます」
「聞いていた通り、子供らしからぬ言動だな。はははっ」
しばらくの沈黙があった。頭を下げ過ぎて王の表情を伺い知れない。
「どれ、一つきりだが稽古をつけてあげよう。顔を上げなさい」
そう言うなり王は傍らの兵から槍を預かり重い腰を上げて階段を下りる。フィンは突然の申し出に混乱しつつも、今から戦闘の指南が行われるのだということだけは理解できた。
「彼に槍を持たせてくれ。なに危ないことはない。一つ、技を教えるだけだ」
フィンに最も近かった騎士が傍に寄り、その装飾の華やかな銀の槍をこちらへ差し渡す。それを受け取るといつもの模擬槍よりも余程重いと感じた。
王は槍の石突を地面につけて、さながら杖のように構えている。フィンに向かって穂先を向けてはいるが、突いたり払ったりという動作を取るつもりのない構えであった。
フィンは受けて槍を構えようとして、しかし構えてもいいものかと不安になってドロシーの方を見た。ドロシーも驚いた様子で王のことを見ていた。予想もしなかったのだろう。
「ふむ、戦いはしない。戦いはしないが、どれ、ちと考えてみておくれ。君は今から余と戦わねばならない。どんな手段がある」
「え、ええと……」
フィンはぐるりと部屋を見回す。玉座まで続く赤絨毯の両脇には兵が一列に並んでおり、周り込む余地はない。ともすると実際に切りかかるには直線的な動きになってしまう。では、とさらに観察すると王の頭上には燦燦と輝く魔石のシャンデリアがあった。
「飛び込んで切りつけるの下策、かといって様子見にと魔術を簡易な魔術を使うのはこれも下策。魔力霧散のエンチャントした槍を投擲して、その効果が及ぶ前に頭上のシャンデリアを落とす。魔石に爆発の呼び水をつけると自分も被害を受けるから自然落下させて、そこからは臨機応変に、と考えたかな」
「――はい」
自分の考えを全て言い当てられてしまう。相手の意の外から勝負をかけるということには僅かながら自信を持っていたが、全く話にならないと見えて下唇を噛む。
そんなフィンの心境を知ってか知らずか王は実に楽しげである。
「ではエンチャントまでやってみせてくれるかな」
「はい」
フィンは槍に推進力向上を付与しようといつも通りに魔力を槍に注ぐ。するとこの槍に魔力の通りが良いことがわかる。さすが近衛兵の装備といったところであろうか。ミスリル銀を表面に付与しているらしい。
「エンチャント魔法は特にわかりやすいが魔術を行使するとき、自分の内と外に門を開く。これが人はこれを魔術回路という。緻密な操作が必要になるが、そこに魔力を流し込むとこのようになる」
王の槍の穂先から何かが射出されたのが見えたが、それが魔力であるとわかったのは次の瞬間であった。
「つっ」
腕に激痛が走り、フィンは槍を取り落とす。腕が内側から弾ける感覚があった。
槍が床に落ちる音が響く中、王の顔を見上げると彼は真っ直ぐにフィンの目を見つめていた。
――今のこの一度で理解できるかな?
王の目はフィンに問い掛けつつ、見守るようなまなざしであった。
フィンは自惚れていたわけではない。しかし、間違いなくその王の目からは自分に真っ直ぐな期待が込められていると確信した。一国の王が何故自分のような平民に、とも思う。疑問も湧く。けれど、この王は確かに自分を見つめ、期待を込めてくれていると思えた。
自分の腕を観察する。あの痛みを何度となく反芻する。内側から肉を裂かれるような感覚だった。王の放った魔力量から推測するに、腕をピンポイントで攻撃するようなものではない。微かな魔力でここまでの攻撃性能を付与することは難しい。不可能ではないにせよ「指南しよう」という言葉を元に考えれば、間違いなく技巧によりこれは達成できる技でなくてはならない。
――わざわざ僕に指南するということは僕がまだ身に着けていない技のはず。
フィンはぶつぶつと王の御前で考えを呟く。その声は小さすぎて周りには聞き取れなかったが、王からの出題に必死で取り組む一人の少年を誰もが見守っていた。
しばらくするとフィンは自分の左手に右手をかざして魔力を流し込み、王の行使したと思われる術式を起動する。その術式が起動する。構造の都合上、自分でその動作を確認できないのが難儀である。
しかしながら、フィンが王の顔を見上げると彼は深々と頷いて見せた。それでいい。そういうことだと言うかのようであった。
「どれ、見てみようか」
王はゆったりとした足取りでフィンのすぐ目の前まで降りてくる。少し、槍の穂先を振ればたやすく届く距離に王がいる。
彼は皺の深い、皮膚が少しだぶついた右手をフィンに差し出すと魔力を微量ずつ放出し始めた。
慌ててフィンは王を見上げる。彼は自分にその術をかけて見せよと言うのである。攻撃をせよと言うのだ。
一国の王に攻撃を試す、などとは聞いたことがない。そのようなことをして命のあるものかと不安になる。
王は不安げなフィンに、ただ優しい眼差しを向けたまま頷くだけだ。
本人がやれ、と言うのだからやるべきであろうと理解はすれども、確実に習得したとも言い切れない術を試しに王に、というのはなかなかに荷が勝ちすぎている。もし意図せずこの人を傷つけでもしたらと思うと不安になる。
フィンはそれでも王への攻撃という行為が恐ろしく、己の師の方へ視線を向ける。
ドロシーはフィンに真っ直ぐに視線を向けていた。そうして、小さく頷いて見せた。
「私が見ていますから」
彼女のその声がフィンを平静に引き戻す。ああ、先生がいるのならばと少年は安堵する。
状況そのものはなんら変わりないというのに、不思議なことだとフィン自身感じたが、それでも今なら大丈夫だと根拠もなく信じられた。
魔術を発動するとき、体内の魔術回路を通じて大概に魔力を放出するために、普段は閉じている回路を開く必要がある。コントロールの容易さから多くの人は掌や指先から魔術を起動するが、その魔力の出口に大きな抵抗を作り、出口を失った魔力を意図的に反乱させ、体内にダメージを与えるというのがこの技巧の肝であると理解した。
そして恐ろしいことに行使する者の消費魔力は一定である一方で、かけられる側は魔力が膨大であれば膨大であるほど氾濫する魔力の総量が増加し大きなダメージを負う。相手が魔術の使い手として強大であれば強大であるほど効用を発揮する技である。
「失礼します」
フィンは王の掌に向けて、抵抗を付与した魔力を王の手首を狙って発動した。
魔力の放出は止まり、王の腕は小さく跳ねた。痛みが走ったのだとわかった。
「よくやったなあ。うむ、器用なのか真面目なのか、いずれにせよ素晴らしいことだ」
王は皺深く柔い皮膚の手でフィンの頭を撫でる。少し乱暴な力加減でわしわしと掻く。フィンはそれがなんだか温かく、こそばゆく思われて頬が自然緩んでしまう。
「もし距離の離れた者を相手にするときには伝導性の良い槍などを使って狙いを定めると良い」
やがて彼はドロシーの方へ向き直ると、心から羨ましそうに、「よい弟子を持ったな」と静かに称えた。
「はい。私のような未熟者には勿体ない、自慢の弟子でございます」
ドロシーも王も、実に満足げであった。緊張に始まった謁見は腕の痛みと弛緩した空気の中で終わった。
フィンとドロシーは長い階段を上る。
「陛下は凄いお人なんですね! あんなにも大きく包容力があって語る言葉に重みがある人がいたなんて……。かといって浮世離れとも違う印象で、あれが王というものなのでしょうか。あんなにも素晴らしい人から一対一で稽古をつけてもらえるなんて……!」
フィンは息切れしつつも語る言葉が尽きず湧くままにドロシーに向かって語りに語る。身は軽く、弾む心のままに階段を軽快に登っていく。
後を歩く師は少し息を切らせながら言う。
「本当にフィンは幸いでしたね。王のあの技をその身で受けて生きて帰った者は貴方が初めてです」
「え……」
あの魔術ってそんなに危険なものだったのか、とフィンは息を飲む。血の気が引く思いだ。もしかしたら自分か、あるいは王が命を落としていたのかと思うと急に足が震える。いや、王の身に何かあった場合は間違いなく自分はここにいられなかっただろう。
「何か勘違いしていますね。王があの技を行使するときはどんなときですか」
「ああ……なるほど」
彼の王があれを行使する相手は自分に牙を剥いた仇敵に相違ない。さにあらば王に牙を剥いた敵がその後どうなるか、などということは火を見るより明らかであった。しかしそうなるとますます不思議でもあった。王がどのような技で身を守るのか、どのような術を行使するのか。そうした情報はなるべくなら外に出ない方が良いはずのところをどうして王は……。
王のすることであるからには、この技が漏洩しても問題にはなるまいとは思えども、この技の伝授のために王が自らの手札の一枚を捨ててまで指南してくれたことがなによりもありがたかった。
「……先生」
「……どうかしましたか、フィン」
「もしかして僕がそう勘違いするだろうとわかってて、わざと意地悪な言い方をしませんでしたか?」
そう、普段の師は不要なくらいに言葉を尽くし認識の齟齬を生まないように話すのが癖である。このような勘違いを生じさせるような話しぶりは実に彼女らしくないように思われた。
「私はそんなことしませんよ。単に、階段を上るのに息が切れてしまいその苦しさのために言葉が少なくなってしまっただけです」
「普段通り喋れてるじゃないですか! 先生なんでこっち見て話してくれないんですか?」
「足元を見ないと危ないですから。フィンもあまりはしゃいでいると転倒する恐れがありますから私ばかり見ていないでしっかりと足元に注意を払ってください」
もしも、と思う。
もしレオンとの試合の前にこの技を習得できていればもっと容易に勝てただろうと思う。いや、しかし、勝てたかもしれないけれどあのとき覚えていなくてよかったのかもしれないとも思う。
レオンの使用した魔力の膨大さを思い出す。
もしもあのとき、この魔術を行使していればあの膨大な魔力はそのまま破壊力となってレオンを襲っていただろう。しかしその時は間違いなくレオンは爆散する。それはあまりにも後味が悪いように思われた。
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