獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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第四話 収穫祭と次期王と導き手の邂逅

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 辺境の村に、今年も待ちに待った収穫祭の季節がやってきた。
 夏から秋にかけて育った作物を刈り取り、神々と精霊に感謝を捧げる五日間の祭り。ここ辺境の地ではこれを何よりも大事にしており、領民たちは収穫の喜びを分かち合うため数日前から準備に余念がなかった。
 広場の中央には大きな篝火を焚くための台座が組まれその周囲に屋台が並ぶ。収穫された野菜をはじめ、干した果物、焼き立てのパン、さまざまな酒に燻製肉など。香ばしい匂いが風に乗って漂い、早くも子供たちが鼻をひくつかせていた。
 辺境領主である三毛猫族の屋敷からは、古くから伝わる神楽のための衣装や楽器が広場へと運び込まれる。大人たちは「今年の笛を吹くのはどこそこの子だ」とか「踊り手はだれだれの成人した娘だ」と話題にし、若者たちは普段以上に身だしなみを整え、祭りに臨もうと胸を高鳴らせていた。

 祭りは五日間。
 初日は神々への感謝を告げる儀式。
 二日目と三日目は舞踊や歌、剣技などの余興で盛り上がり。
 四日目は婚姻の約束を交わす若者たちが、ささげものとともに誓いを立てる日。
 そして五日目、盛大な火祭りで締めくくられる。
 一年で最も賑やかで、最も心が躍る日々だ。

 ***

 収穫祭は連日朝から大賑わいだ。初日の昨日は領主のもとでの祈りと供え物で始まり、今日と明日は村人たちが思う存分に競技と宴を楽しむ日。広場の片隅に設けられた長椅子にはすでに酒瓶が並び、男衆たちは昼間から杯を重ねていた。
「おーい、フィーネ! こっち来てくれ!」
「はいはい、今行きます」
 呼ばれて振り返れば、もうすでに真っ赤な顔の男衆が二人、樽のそばに座り込んでいた。鹿角族の若手だ。鹿角族は種族内で誰が1番酒豪か、毎年競っては大体若手がそうそうに離脱する。
「頭が、ぐわんぐわんする……」
「俺は胃が……おお……」
 まだ祭りは二日目だというのに、もうこれである。私は呆れつつも、肩から下げた薬草の袋を探り、瓶に入れた粉末を取り出した。
「仕方ないですね。水で溶かして飲んでください」
「……ううっ、フィーネさん……助かる……」
 薬を渡すと、二人は感謝と共に一気に飲み干した。ほどなくして顔色が少しずつ戻ってくる。私は胸をなで下ろしながらも苦笑する。
「明日も踊りがあるんですよ? ほどほどにしてくださいね」
「わかってる、わかってるって!」
 返事だけは元気だが、絶対に守らないと私は知っている。
 そうして昼は薬草を配って回り、夕方には私も広場の熱気に誘われて足を運んだ。焼いた穀物パンの香ばしい匂いと入り混じる酒の匂い、それから太鼓や笛の軽快な音色……収穫祭は、やはり楽しい。
 私は小さな杯に蜂蜜酒を注がれ、村の娘たちと笑いながら一口飲んだ。普段は控えめな私だが、この時ばかりは胸の奥がほんのり温かくなり、自然と笑みがこぼれる。
 「フィーネも飲みなさいよ!」
 「飲んでいますよ」
 「もっと飲みな!」と食堂経営の猪族のおかみに渡されては拒否などできない。周りの娘たちも「フィーネ! こっちにもあるわよ!」と寄越そうとするがその手にあるのは大ジョッキだ。「それは無理」と断れば「フィーネが倒れたら誰が二日酔いの薬をくれるのさ!」と他の娘たちがきゃらきゃら笑った。成人してからの毎年の光景だ。
 小さな杯を傾けると、舌に広がる甘みに喉を伝う熱。精霊たちがひらひらと舞い、篝火の炎に照らされて煌めく。その光景を見ているだけで、心が満たされていくようだった。

 三日目――舞と歌の日。
 夕暮れの広場には篝火が焚かれ、娘たちが色とりどりの布をまとい、しなやかに踊り始めた。笛と太鼓の音が重なり合い、歌が響く。
 私は領民たちの輪に混ざり、手拍子を打ちながらその舞を見守った。小さな子供が走り出て転び、笑いが起こる。隣の青年は顔を赤らめ、意を決したように娘へ手を差し伸べている。
 ――これが収穫祭。
 辺境の人々にとって、何よりも大事な、年に一度の幸福な時間だ。

 そのときだった。
 ふと広場の外れに、見慣れぬ一団の姿があった。五人組の冒険者らしい。大柄な男、斧を担ぐ獣人、細身のエルフ、魔術師風の人影、そして中央に立つ堂々とした背の高い青年。
 彼らは遠目にも只者ではない雰囲気をまとっていたが、祭りに酔いしれる村人たちは誰も気に留めない。辺境の収穫祭によそ者が混ざることなど珍しくもないのだ。
 私も最初は視線を逸らし、再び舞へと目を戻そうとした。
 ――だが。
 その一団のひとりが、こちらに歩み寄ってきた。
「――白き毛並みの方」
 背筋に冷たいものが走った。
 私の毛並みを指す言葉。振り返った先で、冒険者の青年がまっすぐに私を見ていた。
「少し、話をしてもいいだろうか」
 低く響くその声に、私の耳がぴくりと動いた。篝火の光を背に立つ青年――彼は、ただの旅人には見えない。鍛え抜かれた体つきに、ひときわ鋭い眼差しに、つい私は一歩下がり、曖昧に笑った。
「……私、ですか?」
「そうだ」
 青年の視線は揺らがない。背後では仲間らしき四人はあっという間に人々に紛れ、酒を手にして舞を眺めたりしていた。彼らも場違いではなく、自然に溶け込んでいるように見える。
 ただ、その中心にいる彼だけは――どうしても目を逸らせなかった。
「この村に、白猫族がいると聞いた」
 彼の言葉に、私は小さく瞬いた。
 ーー白猫族。それは、この辺境の領地から出ていないのは私ひとりだけだ。
 両親も、ほかの白猫らも私に薬草の全てを叩き込んで自由気ままに旅に出た。気まぐれに手紙が送られることもあるけれど、会いに行こうとしても辿り着く頃に彼らはもういない。
 私の好奇心旺盛さを彼らが根こそぎ持って行ったのでは、と領民らは言うくらい、皆さまざまな場所を巡って、そして帰ってこない。
「はい。……たしかに、私がそうですが」
「なるほど」
 青年は腕を組み、満足げに頷いた。
「旅の途中でな、各地で“白き毛並みを持つ者”の噂を耳にするのだ。だが王都に集った者たちは皆、己の名声や権力を誇示するばかりで……」
 そこで彼は一瞬、口を閉ざし、苦々しい表情を浮かべた。私には意味が分からず、ただ首をかしげる。
「……まあ、気にしないでくれ。だがこうして辺境にまで来て、ようやく“本物”に会えた気がする」
 “本物”。
 その言葉に、胸の奥がひやりとした。
「……私はただの村人です。薬草を採ったり、畑を手伝ったり……魔法が少し使えるだけの」
「その“少し”が、村人の暮らしを支えているのだろう」
 青年は真剣な眼差しで言う。
 私は思わず視線を逸らした。褒められるようなことをしているつもりはない。
 ただ日々を守るために必要なことをしているだけで、後ろ向きな言い方をするならば、“それしか”ない。だが、青年の瞳が“それでいい”とも言ってくれているような気がした。
 周囲ではまだ歌と舞が続いている。子供たちが走り回り、男衆が酔いつぶれ、娘たちが笑い合う。
 その喧噪の只中で、私と青年は不思議な静けさに包まれていた。
「名前を聞いてもいいだろうか」
「……フィーネです。フィーネ・ルナリス」
「フィーネ、か。いい名だ」
 青年は満足げに繰り返す。その声音には不思議な温かさがあった。
「俺は――」
 一瞬、彼の瞳が揺れた。名を告げようとして、思い直すように口を閉ざす。
「……アル。ただの旅人だ」
「そう、ですか」
 偽名だ、と咄嗟に分かったけれど、私は深く追及しなかった。初対面だし、きっと理由があるのだろう。

 ***

 「フィーネ。もしよければ、この祭りを案内してくれないか」
 唐突な申し出に、思わず目を丸くした。あまり会話が弾んでいないのに、私で良いのだろうかという戸惑いがある。だが、周りは出来上がっておりアルと名乗る青年のそばには私しかいない。断る理由も浮かばなかった。
「……私でよければ」
「もちろんだ」
 アルはわずかに笑みを浮かべた。その笑みを見た瞬間、なぜか胸が熱くなった。初対面のはずなのに心の奥がくすぐったい。
 私は彼を連れ、露店を回った。名物の魔獣の干し焼きを差し出すと、彼は一口かじり「うまいな」と短く言う。その素朴な感想に、私はほっとした。
 一年漬け込んだ火酒を勧めると、「強いな」と笑い、肩をすくめる。子供に手を引かれ踊りの輪に加わると、ぎこちなくも律儀に手拍子を打つ。
 ――その姿は、ただの旅人に見えたし、この地に昔からいる青年にも見えてなぜだか胸が締め付けられる。けれど、時折ふとした瞬間に覗く眼差しは、やはりただ者ではない気配を漂わせていた。

 夜も更け、篝火が燃え盛る中、彼はふと立ち止まった。
「フィーネ。……また、会うことがあるかもしれない」
 胸が小さく跳ねた。それは別れの挨拶のようでいて、確信めいた響きがあった。
「そのときまで、どうか――俺を忘れないでくれ」
 私が答える間もなく、彼は仲間たちのもとへ戻っていった。領民の誰も気にすることなく、また彼らもただ立ち寄っただけと言わんばかりに、五人の背は夜の闇に溶けていく。残された私は、胸に手を当てた。なぜか分からない。けれど――
 私は確かに、その青年を忘れられないだろうと、直感した。
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