獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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第三話 帝都の熱狂と辺境の日常

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 帝都グランディア――獣人国の心臓とも呼ばれる巨大都市は、若き獅子王の王位継承の熱が冷めないままだった。
 大神殿から告げられた神託。
『若き獅子王を支える白き導き手が現れる』
 その一言は、帝国中を巻き込み、白い毛並みを持つ獣人たちを競い合わせる口実となった。帝都の大広間には、今日もまた候補者と称する者たちが列をなし、煌びやかな衣装をまとい、王宮の扉を叩いていた。白い毛並みの白狼族、白狐族、兎族、そして外の世界を好まない雪豹族もまた親族らに連れられ……。
 誰もが「我が種族こそが導き手にふさわしい」と訴え、名を上げようと必死になっている。
 その喧騒を、玉座の背後に設けられた謁見室から眺める青年が一人。金色の長髪を後ろで束ね、燃えるような朱の瞳をした大柄の獅子族――アルヴァート・レオグランツである。
 彼は深々と椅子に腰を下ろし、額に手を当てて大きく息を吐いた。
「……くだらん。まるで市場の競りだ」
 その声音は低く、呆れを隠そうともしない。
 背後から、くぐもった笑い声が響いた。
「おまえさんがそう言うのも無理はないな」
 声の主は、アルヴァートの幼馴染であり、側近のひとりを務める虎族の青年、ディルクだ。鋭い眼差しを持ちながらも、どこか兄のような落ち着きを漂わせている。
「次から次へと“自分こそ導き手だ”と押しかけてきて……。昨日なんか、栗鼠族の貴族がアルビノ種自慢の毛並みを撫でろと迫ってきただろう?」
「……ああ。しかも香水の匂いがきつくて頭が痛くなった」
 アルヴァートは心底うんざりした顔で朱の瞳を細めた。
 そこへ、明るい声が割り込む。
「でもまあ、殿下。人気があるって証拠だよ! みんな殿下の隣に並びたいんだ!」
 人懐っこい笑みを浮かべたのは、金色の斑点模様を持つ豹族の幼馴染、ローランである。
 彼は速さと軽さを生かし、伝令役や護衛として常にアルヴァートの傍にいる。
「それに、導き手なんていなくても、殿下はやっていけるじゃないか。戦場であれだけ兵を導けるんだ。神託なんてなくても!」
 その言葉に、アルヴァートはふっと笑った。
「お前は俺の心を先回りして言うな、ローラン」
 けれどすぐに、その笑みは影を帯びる。
「……確かに、導き手などいなくても俺は王としてやっていけるだろう。実際、俺の剣も魔も、民を守るためにある。神託がどうあろうと変わらん」
 朱の瞳が伏せられる。豪胆な王子でありながら、彼はただ権力を欲するのではなく、王たる責務を誰よりも重く背負っていた。
「だがな……」
 低く呟いた声が、広間の喧噪をかき消すように響いた。
「導き手を名乗る連中の、醜い競い合いを見るにつけ……。もし本当に神が導き手を遣わすつもりなら、なぜこのような愚かしさを許すのかと疑いたくなる」
 ディルクが腕を組み、静かに頷いた。
「民が熱狂に流されやすいのは仕方のないことだ。だが、導き手とは本来、王の力を増すためではなく、重責を共に担う者であるはずだ」
「そう。まるで、おまえの幼い頃の……」
 ローランが軽口を叩こうとしたとき、ディルクの視線が鋭く飛び、慌てて口をつぐんだ。
 アルヴァートは気づかぬふりをして、広間を見下ろした。
 白い毛並みを誇示する候補者たちが、互いを押しのけ、審査官に媚びを売り、必死に名を売ろうとしている。
 彼は小さく呟いた。
「……神が遣わす本物の導き手が、もしこの中にいるのなら。どうか、早く俺にその姿を見せてくれ」
 その声は誰にも届かない。
 ただ帝都の空には、夏の夕陽が赤く燃え、王宮の尖塔を黄金に染め上げていた。

 ***

 あの賑やかな商会が村を去ってから、数日が経った。
 彼らが残した噂話――“白き導き手”という言葉は、村では一過性の話題にすぎなかった。数日もすれば、領民たちの興味は別のところへ移り変わっていた。
 そう、秋の気配が強まるこの季節、辺境の村にとって何より大事なのは収穫祭の支度だ。
 黄金色に実った穀物を刈り、木の実や果実を集め、冬支度に備える。広場では女衆が祭りの料理の打ち合わせを始め、男衆は酒の仕込みを口にしながら、もう待ちきれないと笑い合う。
 フィーネは今日も森に入って薬草を採取するのに精を出していた。
 ――収穫祭には大量の酒がつきもので、毎年のことだが必ず多くの男衆が二日酔いになる。あの顔を真っ赤にして笑っていた彼らが、翌朝には呻き声を上げながら井戸の水をかぶる姿を、私は何度も見てきた。だからこそ、薬草が必要なのだ。胃を整え、頭痛を和らげる葉、肝をいたわる根。森の奥に行けば行くほど、珍しい効能を持つものが見つかる。
「……ふう、これで五十人分くらいか。あとは……ああ、子どもらの怪我用の薬草」
 籠に摘んだ薬草を大事に収めながら、フィーネは森の澄んだ空気を吸い込んだ。
 白猫族として生まれたフィーネにとって、森と精霊はいつも近しい存在だ。小さな水の精がひらひらと飛び、葉の露を転がして遊んでいる。
「ありがとう、少し分けてもらうよ」
 そっと手を差し伸べると、精霊たちは嬉しそうにきらめきを残して散っていく。彼らのおかげで、この辺境の暮らしは成り立っている。
 日々は、静かに、豊かに過ぎていく。
 帝都がどれほど熱に浮かされていようと、ここには関係のない話だ。フィーネはそう信じていた。

 ――だが、数日後。
 村の領主の屋敷へと呼び出されたとき、フィーネの胸の奥で嫌な予感が膨らんでいた。
「フィーネ」
 静かな声に名を呼ばれ、フィーネは姿勢を正す。
「王都より伝令があった。……おまえも噂で耳にしたであろう、“白き導き手”の神託についてだ」
 心臓が、どくりと鳴った。
 領主は深くため息をつき、続ける。
「この辺境に白き毛並みを持つ者は、おまえしかおらぬ。王都はおまえを確認したいのだろう。収穫祭の頃には、王都から使いがやってくるはずだ」
「……私、しか」
 頭の中で言葉が反響する。
(辺境に生きる白猫族は、気まぐれに旅に出ては戻らぬことも多い。いま残っているのは、確かに私一人だ……。けれど、だからといって)
「領主さま、私は……そんな大役は到底務まりません」
 思わず口をついた言葉に、領主は静かに首を振る。
「務まるかどうかは、神々と王都の者が決めること。おまえが嫌であっても、逃げ切れる話ではないのだよ」
 わかっているだろう? と領主の三日月の目が細まる。窓から差し込む夕陽が、屋敷の木壁を赤く染める。
 心地よいはずの秋の風が、フィーネにとってはこのときばかりは妙に冷たく感じられた。
 ――収穫祭を楽しみにしていた心が、一瞬で遠のいていく。
 穏やかな日常は、思っていたよりも早く揺らぎ始めているのかもしれなかった。
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