獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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第七話 夜と精霊

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 晩餐を終えると再び客室に戻された。重たい扉が閉まると廊下のざわめきも途絶え、広すぎる部屋の静けさが押し寄せる。
 テーブルの上には銀の燭台が置かれ、淡い炎が揺れていた。
 けれど温もりを感じることはなく、ただ光と影が広い室内を際立たせているように思えた。
 晩餐の前に座っていた窓際のソファに腰かけ、深く息を吐く。心臓はまだ落ち着かない。
 晩餐の場で容赦なく浴びせられた視線と嘲笑。
 そして、それを断ち切るように庇ってくれたアルヴァート殿下の声。
 思い出すたび、胸がざわつく。
 ふと窓辺に歩み寄る。
 分厚いカーテンを開け放つと、眼下には王都の夜景が広がっていた。
 辺境では収穫祭の夜にしか見られぬ明かりの洪水は街道を行き交う馬車の灯、店の看板、各家の窓明かりだろうか――。
「……すごいなぁ……」
 思わず声が漏れる。だが、同時に気づいた。空を見上げれば、澄んだ夜空のはずなのに星が少ない。辺境の空は溢れるほどの星々で満ちていたのに、ここにはぽつりぽつりとしか見えない。
 ――それだけではない。
 私の目には、常に寄り添ってくれる精霊たちの姿があった。
 水の精は滴のように揺れ、土の精は小さな石の影のように転がり、森や畑を歩けば風の精が頬を撫で、火の精が焚火に寄り添った。
 それが当たり前の日常だった。
 けれど、この王都の夜は違う。
 水と土の精霊は、いる。だが、その存在は見えず、なんとなく感じる存在はまるで薄布を隔てたように遠く、声が届かない。
 そしてそれよりも感じる風の精霊や火や光の精霊の気配も確かにあるのに、揺らぐだけで意思を伝えてこない。
「……どうして……」
 ぽつりと呟き、窓に手を添える。
 辺境の人々は口にせずとも自然に感謝を捧げていた。だから精霊も近しく在ったのだと。
 ここでは、精霊がただの“力”として扱われているのだろうか。
 ――と、そのとき。
 わずかに視界の端で、赤と金の揺らぎが見えた。
 火の精霊に似ている。だが、私の属性ではないから声は届かない。それでも妙に鮮烈な輝きを放ち、どこか“意思”を感じさせる。
 続いて、風の精霊が糸のように窓辺を走り、光の精が燭台の炎に寄り添った。いずれも薄ぼんやりとしか見えないのに、不思議と目を奪われる。
「……あなたたちは……」
 問いかけても、答えは返らない。
 ただ、何かに導かれるように、遠くで燃える瞳を思い出してしまった。
 ――アルヴァート殿下。
 あの王の周囲にだけ、強く流れていた圧の正体。
 もしかすると、それは精霊たちが彼の魔力に引き寄せられていたのかもしれない。
 だから私にもうっすら見えていた……?
 先ほどまで空っぽに感じていた胸の奥が、理由のない熱で満たされる。
 窓辺に腰を下ろし、外の灯りを見つめながら、小さく膝を抱えた。
 村にいたときは、誰かの役に立てることが誇りだった。だが、ここでは何もできない。精霊の声すら届かない。“白き導き手”だなんて、大役を背負えるはずがない。
 それでも――彼の言葉が頭から離れない。
『お前が俺の“白き導き手”であることは変わらない』
 なぜ、そんなふうに言えるのだろう。
 初めて出会ったばかりの私に。
 不安と、戸惑いと、そして……温かなものが入り混じり、胸を締めつける。
 夜が更けても、眠気は訪れなかった。
 ソファでぼんやりと王都の消えない明かりと星の少ない空を仰ぎながら、私はただ静かに耳を伏せていた。
 ――辺境とは違う、精霊の遠い世界で。
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