獣人王と白い導き手は運命の恋に導かれる

木月月

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第六話 馴れない都の夜

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「大神殿からの使いがいま王都に滞在しております。取次を行う都合、三日は王宮に滞在していただきます」
 側近の言葉は、きっぱりとしたものだった。
 私の耳がぴくりと動き、思わず口を開いていた。
「……辺境には、帰してはいただけないのですか?」
 問いかけた自分の声がかすかに震えてしまったが、側近は淡々とした調子で答える。
「神の判定を受けるまでは帰せません。ご承知ください」
 胸の奥に重い石が落ちたような感覚が広がった。
 ――やはり、簡単に帰れるはずがなかったのだ。
 村に残した人々、畑、薬草の数々。すぐに戻るつもりでいたからこそ、余計に不安が募る。
 私の落胆を悟ったのか、アルヴァートが一歩前へ進み出た。朱の瞳が真っ直ぐに私を見つめ、低い声が響く。
「俺がそばにいる。安心しろ」
 短い言葉だった。
 けれど胸にすっと染み込んでいくような力強さがあった。その一言に縋りつきたい気持ちが膨らむ――だが。
「殿下、お時間です。こちらへ」
 別の使者がアルヴァートに頭を下げ、王としての仕事へ引き立てるように声を掛けた。
 アルヴァートはわずかに眉を寄せ、小さく舌打ちをした。
「……悪いようにはさせない」
 その背中が扉の向こうに消えていくのを見送りながら、胸がきゅうっと痛んだ。
 せめてもう少し話したかった、と思ったが彼は王だ。辺境に戻る日まで会えない可能性だってある。
 「ではこちらへ」
 残った虎族の側近、犬族らしき若者が私を促す。
 案内されたのは客人用の一室だった。
 先ほどの、王が座していた広間に比べれば落ち着いている――はずなのに。
 白磁の壺、金縁の絵画、艶やかな木目の家具。どれもが一目で高価だとわかるものばかりで、辺境の質素な家々に慣れた私には、どうにも落ち着かない。
 「夕餉まではこちらでおくつろぎください」
 そう言い残して、側近は音もなく部屋を後にした。
 広い部屋に、ひとりきり。しんと静まり返った空気が、かえって重苦しかった。
 私は窓辺に置かれたひとり用のソファに腰を下ろした。柔らかすぎる座面に身体が沈み込み、思わず小さく息を吐く。
 ふと目を向けた窓の外には王城を囲む城壁とその先には王都の街並みが広がっており、私の置かれた部屋はどうやら王城の中でも高い位置にあるらしい。
 人気を感じない見慣れぬ景色は、心を晴らすどころか、ますます遠くに来てしまったという実感を募らせた。
「……落ち着かない」
 膝を抱え、白い尻尾をふわりと巻き付ける。
 日の当たる窓辺はほんのり暖かく、少しだけ気持ちが和らいだけれど、心の奥底の不安は消えてくれない。
 ――本当に、私は“白き導き手”なのだろうか。
 神の判定を受けるまで、何も信じられない。
 そう思うと、胸がひどく寂しくなった。
 辺境の村のの気楽な日常が、どれほど大切だったかを痛感する。
 私はただ、窓の外を見つめながら、小さく身を縮こませた。

――コン、コン。
 扉を叩く音で、耳がぴんと立つ。柔らかな日差しはいつの間にか落ちていて外はすっかり暗くなっていた。気がつけば私はソファでうたた寝をしていたようだ。
 王宮の一室。見慣れぬ豪奢な調度品に囲まれた空間での朝居眠りは疲労回復には至らなかったらしい。
「フィーネ殿、晩餐のご用意が整いました。ご案内いたします」
 先ほどこの部屋に私を連れてきた獣人の声だった。私は慌てて体を起こし、毛並みを整えようと耳と尻尾を撫でる。豪奢な部屋でも落ち着かないのに、王の食卓に招かれるなど、心臓が跳ねるばかりだ。
「は、はい……」
 かすれた声で返事をし、扉を開けてもらう。
 案内され、たどり着いたのは広大な食堂だった。天井は高く、金の装飾を施した梁が燭台の光を反射している。
 長大なテーブルには真っ白な布がかけられ、銀の器が規則正しく並んでいた。息を呑む。――こんな世界、本でしか知らない。
「こちらにお掛けください。まもなく他の“白き導き手”の皆様も到着されます」
 私はテーブルの末席近くに座らされた。椅子の背に尻尾を挟みそうになり、慌てて直す。そわそわする気持ちと尻尾を押さえ込みじっと待つ。
 ほどなくして他の“白き導き手”候補者たちがぞろぞろと入ってきた。
 七名。どれも白毛を持つ亜人や獣人だったが、白猫族ではない。
 それぞれ豪奢な服をまとい、金銀の装飾品をこれでもかと身につけている。
 彼らはすぐに私に気づき、口元を歪めた。
「……あれが辺境の白猫?」
「薬草摘みしか能がないと聞いたが」
「見ろ、耳を動かして落ち着きがない。田舎者だな」
 ひそひそ声は、十分すぎるほど耳に届いた。
 胸がきゅっと縮こまり、私は俯いてしまう。
 やがて料理が運ばれてきた。銀の蓋が外されると、芳しい香りが立ち上る。
 ――魚だ。
 白身魚の蒸し物に香草を添えたもの、黄金色に焼き上げられた脂の乗った切り身。猫族が好む味わいを心得た献立に、思わず耳が立ち、尻尾が揺れた。
「ははっ、安い喜びだ」
「魚を出されただけで尻尾を振るとは、やはり辺境の猫は下卑ている」
 候補者たちの冷笑が飛び、領主の館でさえもあまり見ることのない銀のカトラリーを取ろうとした手は震え、喉が詰まって声が出ない。
 そのとき、上座から低く通る声が響いた。
「下らぬ」
 紅の瞳を光らせ、堂々と椅子に腰かけていたのは、若き王――アルヴァート殿下だった。
「食卓は神に感謝する場だ。品評や嘲笑で汚すな」
 その言葉に、候補者たちはたちまち押し黙った。王の一喝は、空気を一瞬にして変える。アルヴァートはちらりと私に視線を送り、ほんのわずかに口元を和らげた。
 その一瞥に、どきりとした。――守られている。そう思えた。

 晩餐は静かに続いた。次々と供される料理は華やかで、目も舌も満たしてくれる。私は恐る恐るも、一口ずつ丁寧に味わった。
 しかしその静かな場で、隣の候補者が小さく嫌味を吐いた。
「殿下に選ばれようと、神の判定がある。辺境の猫が勝てるはずもない」
「俺なら殿下に軍を動かせる財力を示せるのに……」
 欲望と打算しか語らぬ声。その醜さに、逆に冷静さを取り戻していく。私には富も兵もない。けれど――村で人々と助け合った日々がある。それを誇りに思える。
 やがて食事を終えたアルヴァートが立ち上がった。
「白き導き手が誰かは神のみぞ知る。だが――」
 燃えるような瞳が私を射抜く。
「少なくとも、俺の隣に立つ者は、己の欲望しか口にできぬ者ではない」
 候補者たちの顔が強張る。私はただ、目を見張り、耳が赤くなるのを感じた。
 こうして王宮での最初の晩餐は終わった。
 嘲笑と嫌味に傷つきながらも、アルヴァートの言葉に救われた夜。
 それは、これまで辺境の地でのびのびと変わり映えない日々を過ごしてきた私にとって、忘れられぬ一夜となった。
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