無気力聖女は永眠したい

だましだまし

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おぼろげに時々懐かしい

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体が軽くて快適である。
若返りを嫌でも実感する。

とりあえず貴族屋敷で無いことに少しだけホッとした。
あのシンドい淑女教育をもう一度とかやりたくなくて想像するだけでゾッとする。

もう何十年も前だからボンヤリの記憶を手繰ると…多分あのマザコン男から逃げた翌日である。
宿に泊まったなんてその時くらいだったはずだ。

長い人生、そりゃあの時こうしてりゃ、この時こうしてりゃと考えた事がないわけではない。
その考えた中には「逃げ出したあの時こうしていれば…」などと考えた事もあったように思う。

思うけど…何考えてたかなんて覚えていない。
いくつで死んだと思っているんだ、神様は。


えーーー…どうしたっけな、この後…。

時計を見ると朝である。
とりあえず荷物を確認すると肌着に着替えのワンピースくらいしか入っていない。
あと修道女時代の給与1ヶ月分より少ないくらいのお金…要はめちゃくちゃ少ないお金。
そして着ている服はお仕着せだ。


そーだわ、そーだ!
使用人のフリして屋敷から逃げて…で、お金が無いから婚約指輪売って、そのお金で馬車に乗ってこの街に来て安そうな宿に泊まった…はず!

えーーー…翌日何したっけなぁー…。


えー…。

えーーー…。


……。


全く思い出せない。
んなもんやり直しって言われても何だかんだで何とか修道女なれて人生歩んでたのに…なぜもう一度…面倒くさすぎる。
人生の選択に後悔の強い人とかにしてさせてあげてよ神様…。
私、あんな軽いのにこんな目合わせられる為に毎日祈ってたの…?

ああ…もう全てがめんどうくさい…。

あと私が聖女って…なに?

たしかに私は治癒魔法が人より使える。
あと魔物に会ったこともない。
私が着く前の修道院は何度も魔物が近くに出ていたって聞いていたけど、実は生きている魔物を見たこともない。
街に住んでいると魔物は遠い存在だけど、田舎で見たこと無いのは珍しいとかよく言われた。
「ここらは多いからそのうち見るよ」「魔物には気を付けてね」とあの修道院で働くようになった頃は村の人にそうやって気にかけてもらったけど…ついに1回も見てないわ。

え?聖女だから?
分かりにくすぎない?


モヤモヤと考え事をしているとドアがノックされた。
「そろそろチェックアウトの時間だけど連泊するのかい?」
大変だ。お金は少ない。
「すみません!すぐ出ます!」

気がつけば昼前になっていた。


とりあえずお仕着せからワンピースに着替えて出ようかとよく見てみると生地が良い。

そういや外でなんか絡まれかけたような…逃げたような…。
なんかこの街は怖いってイメージだったけど…これ着てたからとか…?


迷っている時間もないのでエプロンを外したお仕着せのまま宿の外に出た。

街を見回したけどボンヤリなんとなくしか記憶にない。


適当に歩いていると古着屋があったのでワンピースを売ることにした。
ついでにそのお金で街歩きに良さそうな服とカバンを買う。
靴は履き心地を考えると貴族向けのコレが良いので後で汚すことにしよう。

「着替えてっても良いですか?」

店の細身のオバサンに着替える場所を借りられるか聞いてみると驚きの返しだった。

「もちろん良いよ。着ていた服も売るのかい?」

なんと今着ていたものも売れるという。
ありがたく売りに出す。

「いやー、いい生地だと思ってたんだよ」

こちらもワンピースの半額より高いくらいのお金で売れた。



前回は不安と恐怖があった街歩き。

恐怖は上等なワンピースを着ていたから狙われたり絡まれたりしたせいだろう。
修道院で庶民の暮らしの方が長いからだろうか。
それとも村で田舎暮らしが板に付いていたからだろうか。
おのずと楽しい気持ちが湧いてくる。

「あらっ懐かしいねぇ」

昔流行っていた物が並ぶ商店。
いや、流行っているのだ。

若い頃、村に来た吟遊詩人が歌っていた歌を街の吟遊詩人が歌ってる。
街から村に…だからか。
こちらで人気が出て多くの吟遊詩人が歌い数年経ってから村で聞いたのだろう。

村で、田舎の修道院で暮らしていたのはずっと未来の自分である。


懐かしいものがチラホラとあるとやり直しもまぁ悪くない、そう思えるから不思議だ。
感性が若返るとはこういうことなのだろうか。

「これが今日だけ、とかなら本当に楽しいのに、ねぇ」

ただ、先の長さを思うとホウッとため息が出る。
が、すぐに吸い込むことになった。


とても甘くていい匂いがしてきたからだ。
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