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5章
5-6
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「最近は……会ってないけど」
「あ、そうなの? じゃあ寂しいな」
青は目を伏せる。まるでしょうがないとばかりに、諦めた声で苦笑した。
「慣れてるしべつに。寂しいとか、今さらない」
「おまえなあ、寂しい気持ちに慣れるって不健全すぎない? ちなみに次はいつ会えそうなの?」
「さあ、今日かも」
青は投げやりに言った。
「えっ、まじ? このあとっ?」
質問には答えず、青は人差し指の先でズボンの繋ぎ目を一定のリズムで掻いている。否定もしなければ肯定もしない。何を考えているのかわからない。
とはいえ、否定しないということは全くの見当違いというわけでもなさそうだ。そのときふと、叶太の頭にある人物が思い浮かんだ。
「もしかしてバイトの子?」
恐る恐る聞いてみる。ちょこまかと動いていた青の指先がピタリと止まった。この反応はもしかして――。
叶太はニッと笑い、追及することにした。
「おまえがバイトしてるコンビニに、オレらと同じ学校の一年女子がいるって言ってたじゃん。おまえの好きな人ってその子だろ」
叶太もコンビニで買い物をしたときに一度レジで会ったが、おとなしめの子だった。叶太は接客以外で話したことはないが、青いわくその子はアニメと声優に夢中なこともあって、自分にはガツガツ絡んでこないから楽だと言っていたっけ。
その子が青の好きな人なら、すべてが繋がる。青は基本的に時間があればバイトを入れているし、毎日になることもある。相手が青に興味がなさそうな点も、以前聞いた話と同じだ。
青は「そうだ」とも「違う」とも言わない。ずっと足元の一点に感情の見えない目を落としたままだった。否定してこないということは、認めたということでいいのだろう。
青の好きな人はバイト先の子前提で、叶太は話を進めることにした。
「ってか、このあとバイトあるなら最初に言えし」
背中を叩くと、青はこちらをちらっと見てすぐに目を逸らした。
「バイトはない」
「え! バイトはないのに、このあと会うってこと? 急展開じゃん」
バイトが無い日に会うってことは、二人きりということか。恋愛初心者でも、向こうに脈があるような気がした。
「おまえこんなところでオレの看病してていいのかよ」
「……叶太が呼び止めたんだろ」
「そうだけどさ、このあと好きな子と会う予定があるなら、オレだって空気読んだわ!」
叶太は急いでベッドから降り、青のスクールバッグを拾い上げた。
「ほら、今すぐ行ってやれよ」
「……」
「オレはだいぶ元気になったし、もう大丈夫だから」
ベッドから立ち上がろうとしない男の脚を蹴り、無理やり腰を上げさせる。ようやく立ち上がった青にスクールバッグを渡し、背中をぐいぐい押して部屋から出した。
玄関で靴を履いている青の背中がいつもより静かだった。これから意中の女子に会えるということで、緊張しているのかもしれない。
靴を履いた青は、振り返らずに玄関ドアのドアノブに手をかける。緊張で言葉数が少なくなっている男に、叶太は本日最後の激励を飛ばすことにした。
「青なら大丈夫だって。このままうまくいったら、オレにも彼女紹介してな」
「……っ」
青はそれには応えず、無言でドアノブを乱暴に押して出て行った。
青が帰ったあとの家は、嵐が去ったみたいに静かになった。でも青はよく喋る方ではない。青がいると、よくしゃべるようになるのは自分なんだ。そう気づいて、叶太は「そっかぁ」と独り言をつぶやきつつ、玄関でしゃがみ込んだ。
青がいたときはよくなったと思っていた体調。一人になった途端、ドッとだるさが足元から戻ってきた。
青の好きな人。その相手を今日、具体的に知ってしまった。しかも青はこのあと会うらしい。いくら今は相手にその気がなくても、学校一のモテ男子が本気になれば、落とせない女子はきっといない。現に脈ありじゃなければ、バイト以外で会おうなんて思わないんじゃないだろうか。
「……そっかぁ」
どうしてこんなに気が重いんだろう。青がこれから好きな人と会うと聞いて、モヤモヤするんだろう。
ずっと向かいに住んでいた青が、もしも急に引っ越ししたとしたら。今と同じような気持ちなるのだろうか。なりそうだな。
青が引っ越したら、きっと自分は寂しくなる。同じように今、青に彼女ができることを、自分は寂しいと感じている。
しばらく玄関でしゃがみ込んだあと、自分の部屋に戻ることにした。階段を上る脚が重い。また熱が上がっている気がする。
青の手、冷たくて気持ちよかったな。
あの手がいつかできる青の彼女に触れる。考えた瞬間、胸がズキッと痛んだ。
今日も早く寝よう。叶太は部屋に戻ったあと、シーツにくるまった。目をぎゅっとつぶると、まだ自分よりも背が低かった頃の青が笑いかけてきた。
「あ、そうなの? じゃあ寂しいな」
青は目を伏せる。まるでしょうがないとばかりに、諦めた声で苦笑した。
「慣れてるしべつに。寂しいとか、今さらない」
「おまえなあ、寂しい気持ちに慣れるって不健全すぎない? ちなみに次はいつ会えそうなの?」
「さあ、今日かも」
青は投げやりに言った。
「えっ、まじ? このあとっ?」
質問には答えず、青は人差し指の先でズボンの繋ぎ目を一定のリズムで掻いている。否定もしなければ肯定もしない。何を考えているのかわからない。
とはいえ、否定しないということは全くの見当違いというわけでもなさそうだ。そのときふと、叶太の頭にある人物が思い浮かんだ。
「もしかしてバイトの子?」
恐る恐る聞いてみる。ちょこまかと動いていた青の指先がピタリと止まった。この反応はもしかして――。
叶太はニッと笑い、追及することにした。
「おまえがバイトしてるコンビニに、オレらと同じ学校の一年女子がいるって言ってたじゃん。おまえの好きな人ってその子だろ」
叶太もコンビニで買い物をしたときに一度レジで会ったが、おとなしめの子だった。叶太は接客以外で話したことはないが、青いわくその子はアニメと声優に夢中なこともあって、自分にはガツガツ絡んでこないから楽だと言っていたっけ。
その子が青の好きな人なら、すべてが繋がる。青は基本的に時間があればバイトを入れているし、毎日になることもある。相手が青に興味がなさそうな点も、以前聞いた話と同じだ。
青は「そうだ」とも「違う」とも言わない。ずっと足元の一点に感情の見えない目を落としたままだった。否定してこないということは、認めたということでいいのだろう。
青の好きな人はバイト先の子前提で、叶太は話を進めることにした。
「ってか、このあとバイトあるなら最初に言えし」
背中を叩くと、青はこちらをちらっと見てすぐに目を逸らした。
「バイトはない」
「え! バイトはないのに、このあと会うってこと? 急展開じゃん」
バイトが無い日に会うってことは、二人きりということか。恋愛初心者でも、向こうに脈があるような気がした。
「おまえこんなところでオレの看病してていいのかよ」
「……叶太が呼び止めたんだろ」
「そうだけどさ、このあと好きな子と会う予定があるなら、オレだって空気読んだわ!」
叶太は急いでベッドから降り、青のスクールバッグを拾い上げた。
「ほら、今すぐ行ってやれよ」
「……」
「オレはだいぶ元気になったし、もう大丈夫だから」
ベッドから立ち上がろうとしない男の脚を蹴り、無理やり腰を上げさせる。ようやく立ち上がった青にスクールバッグを渡し、背中をぐいぐい押して部屋から出した。
玄関で靴を履いている青の背中がいつもより静かだった。これから意中の女子に会えるということで、緊張しているのかもしれない。
靴を履いた青は、振り返らずに玄関ドアのドアノブに手をかける。緊張で言葉数が少なくなっている男に、叶太は本日最後の激励を飛ばすことにした。
「青なら大丈夫だって。このままうまくいったら、オレにも彼女紹介してな」
「……っ」
青はそれには応えず、無言でドアノブを乱暴に押して出て行った。
青が帰ったあとの家は、嵐が去ったみたいに静かになった。でも青はよく喋る方ではない。青がいると、よくしゃべるようになるのは自分なんだ。そう気づいて、叶太は「そっかぁ」と独り言をつぶやきつつ、玄関でしゃがみ込んだ。
青がいたときはよくなったと思っていた体調。一人になった途端、ドッとだるさが足元から戻ってきた。
青の好きな人。その相手を今日、具体的に知ってしまった。しかも青はこのあと会うらしい。いくら今は相手にその気がなくても、学校一のモテ男子が本気になれば、落とせない女子はきっといない。現に脈ありじゃなければ、バイト以外で会おうなんて思わないんじゃないだろうか。
「……そっかぁ」
どうしてこんなに気が重いんだろう。青がこれから好きな人と会うと聞いて、モヤモヤするんだろう。
ずっと向かいに住んでいた青が、もしも急に引っ越ししたとしたら。今と同じような気持ちなるのだろうか。なりそうだな。
青が引っ越したら、きっと自分は寂しくなる。同じように今、青に彼女ができることを、自分は寂しいと感じている。
しばらく玄関でしゃがみ込んだあと、自分の部屋に戻ることにした。階段を上る脚が重い。また熱が上がっている気がする。
青の手、冷たくて気持ちよかったな。
あの手がいつかできる青の彼女に触れる。考えた瞬間、胸がズキッと痛んだ。
今日も早く寝よう。叶太は部屋に戻ったあと、シーツにくるまった。目をぎゅっとつぶると、まだ自分よりも背が低かった頃の青が笑いかけてきた。
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