オメガ公子とアルファ王子の初恋婚姻譚

須宮りんこ

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 シャムスバハル王からロイヤルパレードの話を聞いたその晩も、アディムは夕食後に外へと出かけようと立ち上がった。

 今日こそはちゃんと話しをしなければ。シャムスバハル王の手前もあるが、自分としてもアディムとずっとこのまま目も合わせられないような関係でいるのはしんどいのだ。

 意を決し、ドアに向かう男の背中を「あの」と呼び止める。

「今夜は……俺もついていっていいだろうか」

 断られるかもしれないという不安がなかったわけじゃない。

「少し話したいんだ。アディムと」

 また目を逸らされても構わない。ユーリアスは男を見上げて訴える。

「……わかった。俺も話したいことがあるからな」

 ドキッとする。やはりアディムは自分との婚姻関係を終わらせたいと思っているのかもしれない。

 こちらが立ち上がるのを見計らって、アディムが扉を開けてくれた。

 ノアメットの城とは違い、この城は夜になるとしんと静かになる。こうやって王子夫婦が歩いていても、邪魔をする者はいないのだ。

 規則的に建てられた柱をいくつか過ぎ、小窓から斜めに漏れる月明かりを頼りに前へと足を進める。夜に長い渡り廊下を二人で歩くのは初めてだった。

 中庭に差し掛かる手前で、ユーリアスは口を開いた。

「はじめ俺が夜の生活を期待するなと言っていたことは覚えているか?」

 アディムはばつが悪そうな顔をして、「ああ」と答える。

「あのときはそう言っておきながら、先日は発情期とはいえアディムに淫らなことをさせてしまった。本当に……心からすまないと思っている」

「それはまあ、しょうがないだろ。初めてのことでおまえも大変だったろうし」

 煮え切らない態度だが、あくまでこちらを傷つけないように言葉を選んでいるのかもしれない。優しさを感じるものの、アディムは足を止めようとしなかった。

 あの夜以来、アディムの態度から肌で感じていた違和感が拒絶だと気づいたのは、すぐのことだ。どんな結果になっても受け入れようと思った。アディムには随分とよくしてもらったのだから。

 そこでふと、ユーリアスは自分が大事なことを見落としていたことに気づいた。そうだ、アディムは優しい。幼馴染みかつ初恋の相手ということもあって、きっと自分に対して情がある。

 そんなアディムが、自ら婚姻関係の解消を提案してくるだろうかと。こちらにも話があると言っていたのだから、この先で告げられるかもしれない。が、最後の言葉をアディムに言わせていいのだろうか。

 シャムスバハル王や祖国の父に別れることになった経緯を説明するとき、このままでは先に別れの言葉を告げた方が悪者になってしまう。この婚姻関係を解消したいと言い出した方が、お互いの国を裏切ることになるからだ。

 アディムにそんな不名誉を押し付けたくない。自分と離れたあと、政略結婚ではなく心から愛した人と幸せになってほしい。

 ズキッと胸が痛んだ。アディムの隣に自分以外の誰かがいたらと想像するだけで、吐きそうなほど悔しくなる。

 だが、自分がアディムの隣にいる資格はないのだ。

 ユーリアスは少し前を歩く男に気づかれないよう、深呼吸をしてから口を開けた。

「俺は……アディムに自分の気持ちに正直になってもらいたいんだ」

 ようやくアディムがピタッと足を止める。「は?」と振り返った男の目が、こちらを向いた。

「アディムが俺との結婚を後悔していることは知っている。でも俺が初恋の相手だという手前、その言葉が言い出しにくいんだろう?」

「その言葉? え、なんのこと?」

 アディムは苦笑いで首の後ろを掻く。

「俺が初恋の相手だと知ったときは嬉しかった。だが、それがおまえの枷になっているなら、気にしなくていいんだ」

「ちょっと待て。ユーリアス、おまえ嬉しかったって今――っていうか俺はおまえを枷だなんて一度も思ったことは、」

「互いの親と国民には俺から説明するから、アディムは何もしなくていい。今からでも遅くないんだ。親や国民も納得してくれるだろう。これからはお互いに無理をしないで別々の道を――」

 言いかけた、次の瞬間だった。ユーリアスの言葉を遮るように、アディムの手のひらが口元を覆ってきた。力を加減してくれているのか、苦しくはなかった。

 アディムは体を小刻みに震わせながら、泣きそうな顔で笑った。

「天国から地獄に突き落とすのは、やめてくれ」

 どうしてアディムがそんなことを言うのかわからなかった。今にも泣きそうな理由も。

「ユーリアスは俺と別れたいのか……?」

「……っ」

 その言葉を聞いた途端、目に熱いものがこみ上げてきた。やっぱり嫌だと思ったのだ。別れたくない。離れたくない。好きになったタイミングは違っても、自分にとっても初恋の相手はアディムなのだ。

 昔から心と違うことを口にするのは、当たり前のことだった。オメガと診断が下る前から人の顔色を窺うような性格をしていた。

 周りが平和なら自分の気持ちなんて二の次で、それを不満に思うこともなかった。それなのに、どうしてアディムのことになるとこんなにも建前が言えなくなるんだろう。

 アディムの気持ちや未来を考えれば、『別れたい』と言った方がいいに決まっている。だが、アディムを好きだと想う自分の心を無視できない、したくなかった。

「どうなんだよ。おまえは俺と別れたいのか?」

 それまで口元に覆われていた男の手が、そっと離れる。答えるまで帰してくれないのだろう。アディムの焦ったような目に捕まった。

「俺は……離れたくないよ」

 気づいたら大粒の涙が頬を流れていた。手や腕で涙を拭くが、涙は次々とあふれ出てくる。

「好きなんだ」

 ユーリアスは震える声で訴えた。足元の大理石にいくつもの水粒が落ちる。

「好きになっちゃったんだ……アディムのことを」

 なんて格好悪いんだろう。子どものように泣きじゃくっていると、アディムの大きな体が正面から抱きしめてくれた。アディムの匂いが濃い。この匂いが、ずっと恋しくて仕方がなかった。

「こんなに幸せなことがあるかよ」

 噛み締めるように、こちらの体を抱きしめるアディムの腕に力が込められる。

「俺だって、初めてユーリアスに恋した日からずっと……今も好きなんだ。ずっとこうやって触れたかった」

 アディムの心が音として耳に届いた瞬間、せき止めていた想いが爆ぜた。ユーリアスも男の背中に手を回し、相手の抱擁に応えた。

 夢みたいだった。アディムがまだ自分を好きでいてくれているとは、思ってもみなかったからだ。

「俺はこの国に来てから、アディムに恥ずかしいところばかりを見せてきた。こんな俺で本当にいいのか?」

 アディムは「俺の人生にはおまえしかいない」と言うと、少し体を離した。黄金の瞳には、泣きじゃくった自分の顔が写っている。

「政略結婚でもおまえと結婚できるって知ったとき、俺がどれだけ嬉しかったか知らないだろ」

 確かに夫婦として初めてこの城でアディムと対面した際、アディムはすこぶる嬉しそうに婚姻の儀について話していた。乗り気だなとは思っていたが、まさかそこまで自分のことを好きでいてくれたとは。

「妻として迎えたときは。こんな生意気が本当にあのユーリアスかよって思ったけどな」

「耳が痛いな」

「でも国のために覚悟をもって、おまえは祖国を離れ単身外国に来た。純粋にすげえなって思ったよ。ノアメットとシャムスバハルじゃ、何もかも違うっていうのに、この国に馴染もうと頑張ってるところもいじらしかった」

 そんな風に思っていたのか。アディムは今までの想いを吐露するかのように、止まらなかった。

「あとは……そうだな、大勢の人間のためには自分の意見ひとつ言わないのに、小さい猫一匹のためには大きな声を上げる……そういうところも愛おしい」

 自分の好きなところをとくとくと教えられるのは恥ずかしかったが、嫌ではなかった。 

「ユーリアスは覚えていないかもしれないが、俺が六歳のときだった。友好外交で俺たちがノアメットに渡ったとき、あの時点でノアメットには大寒波が訪れてたよな」

「……ああ」

「俺は子どもだったからな。大人たちの会談がつまらなかったし、雪がそこまで冷たいものだってことも知らなかった。シャムスバハルの民族服のまま、一人でおまえたちの城を抜け出そうとしたんだ」

 遠い記憶が蘇る。たしかにそんなことがあったかもしれない。

「でもそれを止めたのがユーリアスだった。『こんなに吹雪いているのに行くのか? 行くならおれも一緒に行くけど』ってさ」

 アディムは思い出しているのか、優しい表情で続けた。

「普通何としても止めるだろ。それなのにおまえは淡々と一緒に行くって言うからさ。反対にまずいことしてるのかなって、結局俺も外に出るのをやめて命拾いしたってわけだ。そこからまあ……おまえのことが気になるようになった。いつの間にか好きになってた」

 そんなことで、と思ったが、アディムがあまりにも愛おしそうに語るので、こちらの中にもたくさんのあったかいものが積もっていく。心地よくて、ユーリアスも相手に相手の好きなところを教えたくなる。

「俺はアディムの匂いが好きだ」

「ははっ、匂いかよ」

 まんざらでもなさそうな男の声が、頭の上に降ってくる。

 本当はもっとたくさんあるが、一つ一つ教えていたら夜が明けてしまう。自分たちはこれからずっと一緒にいるのだ。毎日少しずつ教えていこうと思った。

「思えば俺も言葉足らずなところがあったと反省している。ユーリアスには改めて聞いてほしい」

 そう言うと、アディムは膝を折りユーリアスの左手を取った。

「俺と結婚してくれないか。俺の生涯の妻になってほしい」

 それはプロポーズの言葉だった。国同士が決めた結婚には必要のないものだと、それまでの自分だったら思っていたかもしれない。だが、その言葉をもらった今、ユーリアスは嬉しくてたまらない気持ちになった。

 アディムが服の下からきらりと光るものを取り出した。指輪だ。

「ユーリアスの気持ちが定まったときには、番契約も結びたいと思っている。俺のプロポーズを受けてくれるか?」

 こちらの答えなんてわかっているはずなのに、アディムの顔には緊張の色が窺えた。早く安心させたかった。愛している自分の夫のことを。ユーリアスの答えはもちろん、

「俺の方こそ、よろしくお願いします」

 アディムが安堵に肩を落とす。相手が笑顔になるのを待ってから、ユーリアスもフフッと笑った。

 こちらの左手の薬指に、アディムが慎重な手つきでダイヤモンドのあしらった指輪をはめてくれる。細くて華奢な指には勿体ないくらいの、大きくて綺麗な指輪だった。月夜の光に反射し、まるで自分たちの門出を祝福しているみたいだった。

 はめてもらった指輪を見つめていると、物言いたげなアディムの顔が近づいてくる。何をされるかは、言われなくても伝わった。ユーリアスも同じ気持ちだったからだ。

 どちらからともなく唇を重ねる。触れるだけの、優しい口づけだ。何度か角度を変え、互いの唇の感触を味わう。

 口づけを交わしたあとは、再び抱きしめ合った。トクトクと耳の傍で聞こえる心臓の音が、心地よかった。
 



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