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その日を境に、アディムと目が合わなくなった。無視をされているわけではない。こちらが話しかければ返してくれるし、朝の挨拶や就寝の挨拶もする。
ただ、その際に必ず合わせてくれた視線が、こちらに向かなくなってしまったのだ。アディムの方から話しかけてくることも減った。
最後にまともに会話したのは、ユーリアスがアディムに手淫させた翌日。気をやり過ぎた疲労と罪悪感で、謝罪の言葉さえうまく出てこないユーリアスに、アディムが言った。
「おまえは自分を責めなくていい。昨日のことはお互い忘れようぜ」
自分にとっては忘れることなんてできない。だが、アディムは忘れたがっているのだ。失恋したことを突き付けられた気がして、泣き腫らした目にまた涙が溜まった。
アディムの右手には、やはり包帯が巻かれていた。左手で巻いたせいか、今にも解けそうだった。ユーリアスは涙をぐっと堪えて、「せめて包帯を巻き直させてくれないか」と頼んだ。いくら謝っても済まないのだ。アディムの傷が早く治るように、労わりたかった。
しかしアディムは自分に触れられたくないようだった。「ビリーにやってもらう」と断られてしまった。
あの朝から五日が経つ。その間アディムからユーリアスに話しかけてくることはほとんどなくなった。目も合わせてくれないし、アディムが一人で何かを考えこんでいる様子に度々出くわした。
アルファは他の性に比べて、何倍も速いスピードの治癒力をもつとされる。が、アディムの右手の傷は余程深かったのか、未だに完治していない。
アディムは忘れようと言ったが、自分たちの関係も右手に刻まれた傷と同じようにあの夜のままのような気がした。
今回の件は、フェロモキャットの危険性を軽んじていた自分の、認識の甘さのせいで起きてしまったのだ。例の子猫を飼いたいとは、もう二度と言えないと思った。
フェロモキャットのフェロモンに誘発されて発情してしまった可能性が高いのだ。近づいたり抱っこしたりするのも、今後は控えた方がいいのだろう。
癒しとなっていただけに残念だが、また発情してアディムの手を煩わせることになる方が嫌だった。渡り廊下から遠目に子猫とビリーが戯れている様子を見ていると、「ユーリアスよ」と低音の声に呼びかけられた。
声のする方に首を回すと、アディムの父・シャムスバハル王が立っていた。アディムと同じ色の目と肌に、後ろで結わえた癖のある黒髪はアディムと似ている。黒い髭と筋骨隆々とした胸板は貫禄を見せ、品がありつつワイルドさも兼ね備えている。
「お久しぶりです。しばらくご挨拶できず申し訳ありませんでした」
ユーリアスが頭を下げると、王は「気にするな」とユーリアスに頭を上げるように言った。
「ここでの暮らしはどうだ? ノアメットの地より暑いだろうが慣れたかな?」
「はい、おかげさまで。城の中は涼しいですし、良くしてもらっています」
王自らが息子夫婦の離れまでやって来るのは珍しかった。何か要件があるのだろうか。他愛のないことを話しながら王の様子を窺っていると、王は一息ついたところでユーリアスに「アディムとはうまくやっているか?」と夫婦生活について尋ねてきた。
ドキッとした。全身に緊張が走り、うまく表情が作れなかった。
「まだ結婚したばかりだ。手探りになるのも仕方がない」
嘘がつけないせいで、王に気を遣わせてしまった。王はそれ以上、アディムとの関係について追及してこなかった。
「どうして私がここまで来たか気になっているだろう。簡潔に言うと、ノアメットとシャムスバハルの民におまえたちのロイヤルパレードを行おうと思っていてな」
「パレード、ですか?」
「ああ。ユーリアスが環境に慣れるまではと思っていたのだが、そろそろいい頃合いだろう。ノアメットとシャムスバハルの歴史が動く日だ。各国の民に盛大に披露しようと思っている」
パレードはシャムスバハルとノアメット、どちらの国でも行うつもりだと王は言った。
「もちろんユーリアスの父・ノアメット君主とは話をつけている。あとはおまえたちの気持ちを聞きたい」
前までの自分なら、自分たちの父や民が望むなら、はいやりますと即答していただろう。自分たちの結婚は、互いの国民を安心させるため、両国間の友好関係を保つためのものなのだからと。そこに自分の意思とアディムの意思は必要ないのだと。
でもアディムを好きだと自覚した今、国のためだけにパレードをすることは躊躇われた。アディムの心がもう自分に向いていないのに、隣で笑いながら両国の民に手を振ることなんてできない。
そもそもアディムがこのパレードをしたがらないだろうと思った。近頃のアディムは夜になると、ユーリアスの顔も見ずに「ちょっと歩いてくる」と思い詰めたような顔表情をして、よく外に出かけてしまう。アディムはアディムなりに、自分との今後を考えているのだろう。婚姻関係を解消することだって、考えているかもしれないのだ。
「ありがたいお話で恐縮ですが……少し、考えさせてもらってもいいでしょうか」
まさか渋られるとは思わなかったのか、王がわずかに目を見開いた。だが、あくまで自分たちの意思を尊重するスタンスのようだ。
「二人でよく話し合って決めるといい」
と優しく微笑んでくれたのだった。
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