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第一章 色無しの魔物使い
009 森の妖精ラティ
しおりを挟む背中に羽根を生やした小人のような生き物――それは『妖精』と呼ばれている、立派な魔物の一種であった。
アリシアからそれを聞いたマキトは、改めてマジマジとその姿を見る。
「へぇー、妖精か。とても魔物には見えないな」
「世間では珍しい魔物と言われてるのよ。私もビックリだわ」
「ふーん……」
胡坐をかき、頬杖をつきながら、ただジッと妖精を見つめるマキト。隣でソワソワしているアリシアとは、全くもって大違いだった。
ちなみに妖精は、現在木の後ろに隠れ、顔だけを覗かせている状態だった。目を覚ました瞬間、介抱しようとしていたマキトに驚いたのだ。
激しく警戒している様子を見せつつ、妖精は恐る恐る問いかける。
「わ、わたしをどうするつもりなのですか?」
「別にどうもしないけど」
マキトは即答した。それ以外の答えなどないと言わんばかりに。
一方妖精は、それを聞いて軽く目を見開いた。
「……わたしを捕まえようとか思わないのですか?」
「思わないよ。てゆーか、なんで俺がそんな酷いことしなきゃならないんだよ」
顔をしかめながらマキトは言う。その口調からして、心外だと思っているのは間違いなさそうであり、それが余計に妖精を戸惑わせてしまう。
「本当に不思議なヒトなのです」
「アンタも十分過ぎるくらい不思議だと思うけどな」
思わず苦笑しながらマキトは言い返した。すると妖精が、不満だと言わんばかりに頬を膨らませる。
「わたしはアンタなんて名前じゃないのです!」
「じゃあなんて呼べばいいんだ?」
「ちゃんと『ラティ』という、れっきとした名前があるのです!」
「そっか。俺はマキトっていうんだ。よろしくな、ラティ」
「はい。こちらこそなのです――って、なんでわたしは平然と挨拶なんてしちゃってるのですかあぁーっ!」
「ハハッ、なんか面白い妖精だな♪」
頭を抱えて叫ぶ妖精ことラティに対し、マキトがケタケタと楽しそうに笑う。そんな彼らの様子に、アリシアは一歩下がった位置で、少しだけ引いていた。
「……マキトってば、よくそんなに平然としていられるわねぇ」
そんなアリシアの呟き声に気づくこともなく、マキトはラティと話している。ここまで彼が積極的に話す姿も、なんだか珍しい気がするなぁと、アリシアはなんとなくそう思えてならない。
すると――
「ポヨーッ!」
聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。マキトたちが一斉に振り向くと、スライムがリズミカルに弾みながら戻ってくるのが見える。
「ポヨポヨ」
「おぅ、おかえり」
マキトは出迎えながら、ピョンと飛びついてきたスライムを抱き留める。
その光景を見て、ラティは軽く驚いていた。
「随分と懐いているのです……」
「ポヨ?」
スライムもその声を聞いて、ラティの存在を見つけた。そしてマキトの腕の中から飛び出し、未だ気の後ろに隠れているラティの元へ飛び跳ねていく。
「ポヨポヨ、ポヨッ!」
「え、や、でも、わたしはちょっと……」
「ポーヨ、ポヨポヨポヨー」
「大丈夫って言われても……ホントなのでしょうねぇ?」
「ポヨポヨッ!」
なにやら普通にスライムとラティが会話をしている。こればかりは流石のマキトも呆然とせずにはいられない。
やはり魔物同士だから会話も可能なのか――そんなことを考えていると、スライムの口がラティのスカートらしき服の裾を咥え、そのまま木の奥から強引に引っ張り出そうとしていた。
「や、ちょっ、引っ張らないでほし……ふやあぁっ!」
そして遂にラティは、スライムの勢いに負けて、マキトたちの前に出てきた。
スライムもマキトの隣につき、ラティに笑顔を向ける。
「ポヨッ」
「うぅ――分かったのですよ」
ラティも観念したらしく、覚悟を決めた様子でマキトたちを見上げる。
最初は警戒心の強さからか表情も硬かった。しかしそれも次第にやわらぎ、もしかしてという疑念に切り替わった。
「……確かに、悪いヒトって感じでもなさそうなのです」
「ポヨー♪」
でしょーとでも言ったのか、スライムがご機嫌よろしく、マキトの膝元に頬ずりをする。これもまたいつものことだったので、マキトも特に反応はしない。
しかしラティにとっては、それが改めて安心する材料にもなっていた。
端的に言えば、わざとらしさが全くなかったからだ。
ラティである自分を誘い込むべく、スライムを利用して安心させる――そんな疑いをかけていた。ヒトは油断ならない生き物、目的のためならば手段を選ばない存在だと思っていたからだ。
それはそれで正解とも言える。故にその行動は間違っていないだろう。
しかし目の前のマキトに対しては、邪気が全く感じられない。物珍しそうな表情こそしているが、それだけだ。
少なくとも悪いことを考えるようなヒトには見えない――そんな気がしていた。
「これなら、少しは安心しても……」
――くぅ~。
ラティがそう思った瞬間、可愛らしい音が鳴り響く。
「……おなかすいたのです」
腹に手を添えながら、ラティはカクッと項垂れる。恥ずかしがったり誤魔化すようなことをせず、真っ正直な反応を示す姿は、いっそ清々しく思えるほどだ。
「そう言えばそろそろお昼の時間ね。私たちも帰ってご飯食べよっか」
「うん。俺も腹減った」
「ポヨッ」
マキトが立ち上がり、スライムも飛び跳ねながら返事をする。
そして――
「なぁ、ラティも一緒に来ないか?」
マキトがあっけらかんとした様子で、誘うのだった。それに対してラティは、目を丸くする。
「……わたしもいいのですか?」
「お腹空いてんだろ? なんか放っておけないよ。いいでしょ、アリシア?」
「私は構わないけど……ラティはいいの?」
「それは――」
何かを言おうとしたその瞬間、再び可愛らしい音が鳴り響く。同時にラティが両手で自身の腹を押さえ、真っ赤な顔で俯いた。
「あぅ、おなか空いたのです」
「じゃあ一緒にどうぞ。遠慮しなくていいわよ」
「ホントなのですか?」
「えぇ」
アリシアがニッコリ笑顔で頷くと、ラティも目をキラキラさせる。
「ありがとうなのです! ご飯食べさせてほしいのです!」
「あーはいはい、分かったわよ。分かったから早く帰りましょ」
投げやりな返事をするアリシアだったが、それでもラティは嬉しかったらしい。
「わーい♪ さっそくれっつごー、なのですー♪」
弾むようにマキトたちの周りを飛びながら、ラティは大喜びするのだった。
◇ ◇ ◇
ひょんなことからまさかの客人を迎えたアリシア。見た目はヒトだが、中身は立派な魔物。妖精には妖精らしいメニューが必要なのではと、そんなある種の嫌な予感をひっそりと抱いていた。
しかし実際には、そんなことはなかった。
マキトたちと同じメニューを、それはもう美味しそうに食べていた。
燻製肉と野菜を挟んだサンドイッチを、もっしゃもっしゃと口を動かしながら平らげていく。付け合わせの野菜スープもしっかりと飲み干し、あまつさえお代わりまで頼むほどだった。
どれだけお腹空いてたんだろうと、アリシアは疑問に思わずにはいられない。
ちなみにマキトはというと、スライムとともにラティそっちのけで、サンドイッチに夢中であった。こっちはこっちで正直な食欲だなぁと、思わずアリシアは苦笑してしまう。
「……なに?」
マキトは視線に気づき、アリシアに尋ねる。
「ううん、なんでもないわ。もう一個あるけど食べる?」
「食べる」
アリシアが差し出したサンドイッチを、マキトは遠慮なく手に取った。そして再びもっしゃもっしゃと口を動かし始める姿を見た後、アリシアは一足先に食べ終わったラティのほうに視線を向ける。
「どう、ラティ? お腹いっぱいになった?」
「はいなのですー♪」
ケプッと可愛い音を口から出しながら、ラティは満足そうに言う。もうすっかり順応しているなぁと思いつつ、少し気になることがあった。
(ラティにはちゃんと名前はあるけど、スライムちゃんには名前がないのよね)
スライム曰く、生まれたときから決められた名前は存在していないらしい。他の魔物たちからは『スラ』とか『スッチー』とか、色々な呼ばれ方をしてきているとのことだった。
魔物的にはそれが普通なのだという。
むしろラティのように、ちゃんとした名前を持っているほうが、圧倒的に少ないのだとか。
(まぁ、多分そーゆーモノなんだろうけど)
アリシアは深く追求しないでおくことに決めた。魔物の世界に対して無暗に首を突っ込んだところで、まともに理解できるとも思えないからと。
ちなみにマキトは深く考えることなく、そーゆーもんかとすぐに納得した。
スライムもラティも、そうそうと揃って頷いており、尚更深く考えたほうが負けなのだと、アリシアは実感する。
「そーいえば……」
追加のサンドイッチも食べ終えたマキトが、ラティに視線を向ける。
「ラティって、スライムの言ってることが分かるのか?」
「えぇ、フツーに分かりますよ。他の魔物さんたちとも会話はできるのです」
「魔物だからか?」
「恐らく。そんなに深く考えたことないですけど」
ラティからすれば当たり前のことだったので、意識したこともなかった。故にここまで興味深く聞かれるのも、かなり新鮮なことだったりする。
「それよりもマキトさん」
「ん?」
ラティは表情を引き締め、マキトに向かって身を乗り出す勢いで問いかけた。
「マキトさんって、先日の真夜中に起こった、光の柱に関係してますよね?」
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