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第一章 色無しの魔物使い
010 ラティの事情
しおりを挟む「マキトさんって、先日の真夜中に起こった、光の柱に関係してますよね?」
その言葉を聞いたマキトは、思わず唖然としてしまった。それはアリシアも同じくであったが、ラティは構わず続ける。
「実は先日、その現場にわたしはいたのですよ!」
「えっ、そうだったの!?」
アリシアは驚きを隠せなかった。まさかあの場にラティがいたとは、予想だにしていなかったからだ。
しかしラティが自信満々な笑顔で頷く姿が、本当であることを示していた。
「元々、妙な魔力が動いていることは事前に察していたのです。それで前もって、その現場を突き止めてやろうと出向いたのですが――」
その現場自体はすぐに辿り着けた。光の柱も、そこから誰かが現れた場面も、しっかりと目撃できた。本当は近くでその正体を確認しようとしたのだが、すぐにアリシアが来てしまったため、慌てて隠れてしまったのである。
その後、アリシアが誰かを運ぶ後ろをこっそりと尾行し、家の中へ運び込むところを確認したのであった。
「今日、マキトさんを見かけた時から、何か不思議な感じがしていたのです。それでずっと隠れて見ていたら、木の上から芋虫さんが糸を引いて降りてきて……」
「ビックリして声を上げちゃったと?」
「なのです」
アリシアの言葉にラティは頷く。あの叫び声はそういうことだったのかと、マキトは食後の茶を飲みながら納得していた。
「それでアリシアさんの家があの時の家だと分かり、あの日の誰かさんの正体も、ようやく分かったということなのですよ!」
えっへんと可愛らしく胸を張るラティ。それを聞いたマキトも、小さなため息をつきながら肩をすくめる。
「まぁ、そうだな。その光の柱から出てきたのは、ほぼ間違いなく俺だよ」
「ちょっと、マキト!」
「別に話しちゃってもいいだろ。もう殆ど当たってる感じだし」
「それは……」
流石に話していいものかとアリシアは思う。しかしマキトの言うことも、もっともではあると思えていた。
(まぁ確かにね。ここで下手に誤魔化すほうが、よっぽど面倒かな。それならさっさと話したほうがいいかも)
アリシアは改めて自分に対して納得し、軽く頷く。そして意を決した表情でラティに視線を向けた。
「ラティ、一応これから話すことは、ここだけの話にしておいてもらえる?」
「分かってるのです。こう見えて口は堅いのです」
「ありがとう。多分信じてもらえない可能性は高いだろうけど、無暗に他の冒険者たちに知られるのも怖いからね」
「りょーかいなのです!」
アリシアに向かってビシッと可愛く敬礼をするラティ。それを見たマキトは、ふと思ったことを口に出した。
「そもそもラティって、他の冒険者とかと話す機会あるのか?」
「ないですね。わたしから近付いたら、まず間違いなく捕まっちゃうのです」
「だよな」
あっさりと即答するラティに、マキトも苦笑する。それなら別に念を押すようなことを言わなくても――そう思ったところに、アリシアがため息をついた。
「あのね。別に面と面を向かって話すシチュエーションなんて想定してないわよ。外で話しているのを、誰かに聞かれたくないことも含めて言ってるの」
「あ、そゆこと」
「なるほど、そーゆーことだったのですね」
マキトとラティが同時に目を見開き、納得の意を示す。そんな反応に、アリシアは軽く顔をしかめた。
「……まぁいいわ。とりあえず先日の夜のことから詳しく話すわね」
とりあえず話を進めよう――そう思ったアリシアは、二人の反応についてスルーを決め込み、これまでの経緯を語り出す。
全ての事実が確かかどうかは、まだ分からない。もしかしたら外れている可能性も十分にあり得る。アリシアはそこも念を押しつつ話していった。
やがて粗方話し終えると、ラティは腕を組みながらふむふむと頷く。
「なるほど、全て分かったのです」
そして興味深そうに、マキトのほうへ視線を向けた。
「マキトさんは別の世界から来られたのですね。異世界召喚のウワサは、わたしも少し聞いたことがあるのです――はむっ」
ラティは食後のおやつとして出されたクッキーを頬張る。もっしゃもっしゃと幸せそうな笑顔で頬張るその姿に対し、アリシアは呆然としていた。
「……ラティも異世界召喚を知っていたとは思わなかったわ」
「わたしもそうですけど、ヒトの情報をちゃんと仕入れる魔物さんも、結構いたりするのです。ヒトから狙われやすいと尚更なのですよ」
「なるほどねぇ……」
ラティの言葉には説得力がある――アリシアはそう思った。珍しい魔物は知能も高い傾向があり、ヒトに見つからないよう行動することも少なくない。
そのために情報を仕入れているということだろう。
普通に考えれば当たり前のこととも言える。ヒトが当たり前にやることを、魔物がやらない保証はどこにもないのだ。
それを改めて知った気がした。
魔物という存在も、実は非常に奥が深いのかもしれないとアリシアは思う。
マキトと出会っていたからこそ、知れたこととも言える。当の本人はきょとんとしている様子からして、そこまで考えてはいないようであったが。
「あむっ――こっちのチョコレート味っぽいヤツのも美味いね」
「わたしも食べたいのです」
「ほらよ」
「わーいなのですー♪」
マキトが差し出したクッキーを、ラティが笑顔で咥える。俗にいう『あーん』という形式を、ナチュラルにやってのけたのだ。
もっともそこに甘さはなく、どちらかというと、飼い主がペットに餌をやるような光景に近かった。
少なくともアリシアにはそう見えていた。
「それにしてもマキトさん、急に知らない世界に来て怖くなかったのですか?」
ゴクリとクッキーを飲み込んだところで、ラティが問いかけた。するとマキトは苦笑しながら、もう一枚クッキーを指で摘まみ上げる。
「最初は戸惑ったけどな。今はもう、向こうにいた時よりも楽しい気がするよ」
「たった数日しか経ってないのにですか?」
「あぁ」
マキトは迷うことなく頷いた。無理をしている様子は全く見られない。
彼が今までどんな生活を送ってきたのかは、アリシアもまだよく知らないし、聞いてもいない。恐らく聞けば、彼はすんなりと答えることだろう。しかし今はそうするつもりはなかった。
実際、聞こうと思ったことは何回かある。しかしその度に思うのだ。
それを知ったところでどうする、と。
無知は怖いという言葉は、アリシアも何度か耳にしたことがある。まだ実感こそしきれていないが、実際そうなのだろうと思いつつはあった。
しかし、マキトの故郷に関して言えばどうだろうか。
少し聞いただけでも、今自分が暮らしている世界とは明らかに違い過ぎる。それこそ何の参考にもならないと言えてしまうほどだ。
魔物も魔法も、そして冒険者ギルドも存在しない世界。この世界では当たり前にあることが、当たり前のように存在しない世界。
マキトが話したがるタイプではないのは、ある意味幸いだったかもしれない。
そもそも彼は、興味がないことには無関心であり、故郷――すなわち『地球』という星や『日本』という国について教えてくれと聞いたところで、答えられないことのほうが多いだろうと、アリシアは思っていた。
たった数日――本当にそれだけだが、既に感じていることはあった。
恐らくマキトは、もう故郷に未練も何も抱いていないと。
故郷にすら無関心に等しい感じであるのも、恐らくそのせいではないかと思えてならなかった。
「てゆーかラティこそ、随分と馴染んでるように見えるけど?」
からかうような笑みを浮かべながら、マキトが言う。確かにそうだなぁと、アリシアも思っていた。
今のラティは完全にリラックスしている状態だ。森の中で見せていた警戒心は、一体どこへ行ったのかと言いたくなるほどに。
「あー、そういえばそうですね。なんか知らないけど落ち着くのですよ」
そう言いながらラティはクッキーをムシャムシャと食べる。
「特にマキトさんの傍なら安心できるって……そう思えるのです」
「俺が?」
自分を指さすマキトに、ラティはコクリと頷く。それに対してアリシアは、クスッと笑みを零した。
「それってあれじゃないかな? マキトの魔物使いとしての才能が出たとか」
「あー、そゆこと?」
そういえばラティも魔物の一種だったっけと、マキトは思い出す。そしてラティもアリシアの言葉に、改めて興味を抱く様子を見せた。
「マキトさんは魔物使いだったのですか?」
「うん。言ってなかったっけ?」
「始めて聞いたのです。どーりでスライムさんとも仲良しさんなワケですね」
「ポヨッ?」
突如話を振られたスライムは、きょとんとしながら振り向く。もっしゃもっしゃと口を大きく動かす姿に、ラティは苦笑した。
「魔物使いって、確か魔物さんをテイムできるのですよね? マキトさんはスライムさんをテイムしないのですか?」
「あーいや、実は何回かしてみようと思って、試してみたんだけどな……」
頬を掻きながら、マキトはどこか言いにくそうに言う。
「なんか知らないけど、全然テイムできないんだよ」
「ポヨポヨー」
残念そうに落ち込むスライムをマキトは抱きかかえる。そして優しく頭を撫でながらも思った。やはり自分が【色無し】だから無理なんじゃないかと。
するとラティが、何やらワクワクした笑みを浮かべ、マキトに近づいてきた。
「わたしにもちょっとやってみてほしいのです」
「やってみてって……」
「テイムがどんなのか興味があるのです♪」
「そんな軽く言われてもなぁ」
あからさまな興味本位で迫りくるラティに、マキトは軽く呆れていた。しかし断る理由も浮かばなかったため、とりあえず受けることにする。
(まぁ、いっか。とりあえずラティ相手に試してみよう)
これで成功したら面白い――そんなことを考えていると、ラティのほうからマキトの額に、自らの額をコツッとくっ付けてきた。
すると――
「えっ?」
声を上げたのはアリシアだった。マキトとラティの額が合わさった瞬間、淡い光が発生したのだ。
三秒ほどでその光は消える。そしてお互いに額を離すと――
「ラティ、お前……」
「ふや?」
マキトは呆然としながらラティの額を見る。そこには確かにあったのだ。
さっきまではなかった、紋章のような『印』が。
「え、ちょ、ちょっと待って! それって……」
アリシアは慌てて職業の基礎知識本を取り出し、魔物使いのページを探す。そして見つけたそこには、確かに写真があった。
テイムの印――額に付けられた紋章のようなそれは、間違いなかった。
「どうやらマキトは、ラティのテイムに成功しちゃったみたいね」
呆然と呟くアリシアの言葉に、マキトとラティが驚きの声を上げるのは、それから数秒後のことであった。
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