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第一章 色無しの魔物使い
008 森の中で彼らは出会う
しおりを挟む翌日――マキトは一人で森の中を探索していた。
アリシアが錬金に使う薬草を採取するべく、アリシアやスライムと手分けして探している途中なのだった。
薬草の特徴を記したメモを片手に、薄暗い森の中を歩いていたその時――
「おい【色無し】ヤロウ!」
通りかかったレスリーが、ニヤニヤと笑いながら話しかけてきた。
「今日は仲良しのスライムとは一緒じゃないのか? ここらへんは魔物が出て危ない場所なんだ。さっさと帰ったほうが身のためだと思うぜ?」
どこまでも偉そうな態度を崩さないレスリーに、マキトは顔をしかめながらゆっくりと振り向いた。
「……なんか用?」
「はぁ? 俺がお前に用なんてあるわけねーだろ。バッカじゃねーの?」
侮蔑と挑発の入り混じった笑みを向けてくるレスリー。対するマキトは怒るなどの苛立ちを示すこともなかった。
じゃあなんで話しかけてきたんだよ――そんな疑問があるだけだった。
もっとも面倒な気持ちが勝っていたため、それを聞こうともしていなかったが。
「おいレスリー、何やってんだ?」
そこに、兄のブルースとその仲間たちが、慌てて走ってきた。
「危ないから勝手に一人で先へ進むな!」
「あ、ごめーん兄ちゃん」
レスリーは振り向きながら、駆け寄ってきた兄に対して、猫なで声を出す。
「コイツが俺を呼んで無理やり連れてきたんだよ。俺は危ないからゆっくり行きたいって言ったのにさー」
「……何だと?」
その瞬間、ブルースは低い声を出しながらマキトを睨みつける。
「人の嫌がることを無視するのは良くないな。もっと人の気持ちを考えろ。ボウズの親がどんな顔をしているか、この目で見てみたいモノだ」
やれやれと肩をすくめるブルースに、マキトは軽くため息をついた。
そして正直に、ありのままを話すことにする。
「親なんているかどうかも知らないよ。てゆーか俺、呼んでもないし無理やり連れてきてもないし。ソイツが勝手に話しかけてきただけなんだけど」
「はぁ? ウソつくなよ!」
しかしそれは、レスリーによって一蹴されてしまった。
「なんで俺が【色無し】のお前なんかに話しかけなきゃならねぇんだ! 勝手なことを言ってごまかすんじゃねーよ、このバーカ!」
「いや、でも実際に話しかけてきたのって、お前のほうじゃん」
「はいまたウソついたー。俺は話しかけてませんー。そもそも俺が【色無し】のお前に話しかけることなんてあり得ねーしー?」
レスリーはいちいち語尾を伸ばしながら、マキトに向かって睨みつける。
お前みたいな【色無し】が俺に歯向かうなんざお門違いなんだよと、そんな見下した気持ちを乗せているのだ。
対するマキトは、臆しないどころか、それ以前の想いを抱いていた。
――じゃあ、さっき話しかけてきたのは何だったんだよ?
そう問い詰めようかと思ったが、もはやマキトにはそんな気力もなかった。
これは一体、いつまで続くんだろう――目の前に広がる冷たい視線を軽く受け流しながら、マキトはぼんやりとそんなことを考える。
「弟もこう言ってる。キミも素直に自分の非を認めたらどうなんだ?」
ブルースもため息をつきながらそう言ってきた。
「それは決してカッコ悪いことじゃない。むしろ自分がしでかした悪いことを、なんやかんや言って誤魔化すほうが、よっぽどカッコ悪いと思うぞ」
「そーだそーだ。兄ちゃんの言うとおりだー! あーやまれ、あーやまれ!」
調子に乗った口調でレスリーが声を上げる。その表情はどこまでも楽しそうな笑顔そのものであり、心が傷付いている様子は微塵にも感じられない。
なのにブルース一行の視線は、マキトに向けられている。それも叱責を込めた冷たさを乗せて。どちらの言い分を信じているのかは、もはや考えるまでもない状態であると言えていた。
そしてそれは、マキトも感じていることであった。
(……どーすりゃいいんだ?)
ここで自分が謝ってしまえば、確かに早く楽になれるだろう。しかしその後が余計に面倒を背負う羽目になってしまうことは間違いない。マキトもそれぐらいは分かっていたため、迂闊に動けないでいたのだった。
とはいえ、打開策がまるで思い浮かばないことも確かであった。
完全に途方に暮れていた。もはや打つ手はないのか――心の中でそんなことを考えていた時だった。
「マキト!」
薬草の採取を終えたアリシアが駆けつけてきた。そして間髪入れず、ブルース一行に対してキッと睨みつける。
「またあなたたちですか!」
「おやおや、いきなり飛び込んできて何を言ってるのかな? まだ俺たちが何かをしたとも限らないだろ?」
「そーよそーよ。濡れ衣も程々にしなさいよね!」
ブルースの後ろからドナが一歩前に出つつ、アリシアを睨みつける。まるで目の敵にしていると言わんばかりであった。
するとドナは、アリシアの持っている籠いっぱいの薬草に気づく。
それを見下ろしながら、ニンマリと笑みを浮かべた。
「ふぅん? また薬草を集めてたんだ?」
「えぇ、錬金術の素材に使うので」
「頑張り屋さんねー。ギルドにも登録していないくせに」
その言葉は、周りに聞かせるかのように声を大きくして発せられていた。
マキトが驚きを示したのは、ドナにとって狙いどおりそのもの。やはり話していなかったのだと思い、更に唇を釣り上げる。
「そんなに頑張る気持ちがあるなら、ちゃんとギルドに登録して冒険者として活動すればいいのに……あっ、そういえばアンタは、敢えてギルドに登録していないとか言ってたっけ?」
「えぇ。別に冒険者には興味ないですし、この森でのんびりと暮らしたいので」
アリシアは目を閉じながら、淡々と語る。理由としては別におかしいところはないはずであった。
しかし――
「相変わらずね。強がりも程々にしておきなさい」
軽く肩をすくめながら、ドナが説教をするような口調で言う。
「アンタがギルドに行かないのは、アンタが魔力持ちであることをイジられたくないだけでしょ?」
その瞬間、アリシアの表情がわずかに強張った。ドナは勝ち誇った笑みを浮かべながら、ふふんと胸を張る。
「まぁ、どっちでもいいけどね。アリシアに錬金術師としての未来がないのは、もはや確定みたいなもんだし」
ここでドナが、ニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべながら、一歩前に出てきた。
「アンタがどんなに頑張ったところで、今更ポーション作りが評価されるなんてことはあり得ないわ。ぶっちゃけそんな錬金術師は、他にも掃いて捨てるほどたくさんいるんだから」
「そうだな。ドナの言うことはもっともだろう」
ブルースは満足そうにうんうんと頷いた。
「今、ギルドがもっとも必要としているのは、いかに魔物と戦えるかだ。つまり最後に残れるのは、俺たちのような戦う力や偵察する力に恵まれた者ってことだ。もはやこれは常識といっても過言ではない」
「ただポーションを作るしか能がない錬金術師と、一緒にされたくはないな」
「ハハッ、エルトンも言うねー。かくいう私も同意だけど♪」
ブルースたち三人は楽しそうに笑い出す。それにつられてレスリーも、大声でアリシアたちに侮蔑の言葉を投げかけながら笑い出した。
レスリーはともかくとして、アリシアはブルースたちに苛立ちを募らせる。
しかしながら、全くもって言い返せないことも確かであった。
実際、彼らがギルドでランクを着実に上げており、信頼を勝ち取っていることは間違いない。それに対して自分は、森に引きこもって錬金をしているだけ。結果を出しているとは言い難い。
故に何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしかならない。
ここは黙ってやり過ごすしかないと、アリシアが思っていたその時、ブルースは目を閉じながら笑う。
「俺たちは今後、この森にポーションの流通を活性化させていく。わざわざどこぞの錬金術師に頼まなくとも、安く手に入りやすくなるってことになるワケだ」
「アリシアの居場所がなくなるのも、もはや時間の問題ね。今のうちに、身の振り方を考えておいたほうがいいんじゃないかしら?」
ニヤニヤとした笑みをアリシアに向けてくるブルースとドナ。そこに無言を貫き通していたエルトンが、腕を組んだまま口を開く。
「ブルース、ドナ。そろそろ行かないと時間がなくなるぞ」
「そうね。どこぞの誰かさんと違って、私たちはヒマじゃないし」
「だな」
ドナとブルースが頷き、そのまま挨拶もなく踵を返す。そしてブルースは、呆然としている弟のほうに視線を向けた。
「レスリー、行くぞ」
「あ、待ってよ兄ちゃん!」
慌てて駆け寄るレスリー。そしてピタッと立ち止まって振り返り――
「べぇーっ、だ!」
マキトに向かって思いっきり舌を突き出し、そのまま兄たちの後を追いかけて去っていくのだった。
「飽きもせずよくやるわねぇ」
ブルースたちの後ろ姿を見ながら、アリシアがため息をついた。そして改めてマキトのほうへと振り向く。
「ねぇ、マキト。本当に大丈夫だった?」
「まぁね。なんかワケ分からないことは言われたけど」
とりあえずマキトは、アリシアに先ほど起こったことをありのまま話した。するとアリシアは、これ見よがしに深いため息をつく。
「全くしょーもないわね。言い訳するほうも信じるほうも……」
「……アリシアは疑わないんだ?」
軽く驚きを示すマキトに、アリシアは苦笑する。
「マキトがウソ言ってるようには感じられないもの。それにマキトの場合、言い訳するのも面倒に思いそうな感じするし」
「へぇ、なんで分かったの?」
「……当たってたのね」
ほんの冗談のつもりだったため、マキトの反応にアリシアは脱力してしまう。
「ところで――」
マキトはここで、さっきのやり取りで気になったことを、アリシアに尋ねてみることにした。
「アリシアって、魔力持ってるんだ?」
「――えぇ。それでいて、魔法が一切使えない錬金術師なのも事実よ」
尋ねてくるだろうと思っていたのか、アリシアも割とすぐにそれを認めた。
「一応言っておくと、ギルドに登録していないのは私の意志よ。断じて逃げているつもりはないわ」
「そういやそんなこと言ってたな。てっきり冒険者だと思ってたよ」
「ふふっ、実は違うのよねぇ」
マキトの言葉にアリシアは笑みを見せる。触れてほしくない話題ということでもなさそうに見えたが、その真意はよく分からないままである。
「あ、ところでスライムくんは?」
「そういえば、まだ戻ってきてないな」
アリシアに言われて、マキトは周囲を見渡す。どこまで行ったんだろうかと思っていたその時――
「ぴゃあぁっ!!」
どこからか甲高い声が聞こえてきた。
マキトたちが立ち止まり、周囲を見渡してみると――
「む、虫はイヤなのですうぅーっ!」
そう叫びながら、とある木の幹の後ろから、それは飛び出してきた。
小人の女の子のような姿をしており、背中に生えた羽根が、勢いよくパタパタと動いている。要するにしっかりと飛んでいるのだった。
やがてそれは、大慌てでマキトたちの元へ向かって飛んでくる。
「――ひゃあっ!?」
目の前のマキトたちに気づき、慌てて方向転換をする。しかしその先には、見事に大きな木の幹があり――
「ふぎゃっ!」
見事に正面衝突してしまう。そしてそれは、気絶しながら地面に落ちた。
「おいおい、大丈夫か?」
マキトが慌ててそれに駆け寄る中、アリシアは呆然と立ち尽くす。その視線は、目を回してのびているその存在に釘付けとなっていた。
「信じられない……こんなところで『妖精』を見かけるなんて」
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