寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

文字の大きさ
104 / 125
番外編

いつか、また【一】

しおりを挟む
 思えば、少し前から様子がおかしかったのだ。
 瑞樹みずきは手にした花を持つ手に力を込めて、主のほぼ居ない棺桶を睨んだ。

 月の無い夜だった。
 朝からしとしとと降っていた雨は、夜には土砂降りになっていた。
 そんな天候のせいもあったのだろう。
 その数日前から、彼の様子がおかしかったのもある。
 高梨は休めと言った。
 だが、この棺桶に入るべき彼は、それを断った。
 そして、彼は左腕だけをここへ残して消えたのだ。

 天野たける
 朱雀第十一番隊副班長。
 彼は、愛する妻を一人残して、この世から姿を消した。

 ◇

「そう云やあ、家は見付かったのか?」

 昼時の食堂で、同じテーブルを共にする天野が瑞樹にそう問い掛けて来た。
 あの年末の特別任務から、早七ヶ月が経っていた。そして、春に瑞樹が高梨班に戻って来てから、三ヶ月が経った。瑞樹としては、まだ治療隊に居たかったが、津山の『問題はありません。もう少し、自分に自信を持ちなさい』と云う言葉と共に、送り出されてしまったのだ。
 この春に、休みの形態が変わった。個々の休みだったのが、隊毎の休みになったのだ。その方が効率が良いから、との事だった。そして、戻ってからの瑞樹は、ほぼほぼ天野と行動をしていた。天野自ら瑞樹を鍛錬すると言い出したのだ。珍しいと思ったら『珍しく、天野がやる気を出しているから、付き合ってやってくれ』と、同じく珍しいと思った高梨に言われて瑞樹は頷いた。

「あ、いえ、まだ…」

 カツカレーのカツをフォークに刺して瑞樹が答えた。そんな瑞樹の手元を、隣に座る優士ゆうじが塩な目付きで見ているが、瑞樹は気付かない。
 優士と二人で朱雀の宿舎を出て、家を借りようと話したのは、あの特別任務のあった冬の事だ。しかし、男二人が風呂に入れる程の、ゆとりのある風呂がある家が中々見付からず難航していた。いっそ、建てた方が早いのでは、と、つい先日、優士と話し合ったばかりだった。

「そうか。俺にアテがあるから、少し待ってくれないか?」

 愛妻弁当を食べる手を休めて、天野が窓の外を見て言ったから、瑞樹も優士もその視線に釣られて窓の外を見る。夏の陽射しが眩しく目に刺さるが、それを我慢して外を見れば、訓練場へと続く手前の、中庭と言って良い場所の木陰に、二人の人物が居るのが見えた。高梨とその伴侶である雪緒ゆきおだ。今日は土曜日だから、雪緒が弁当を持ってやって来たのだろう。木の葉や下草が揺れている事から、それなりに風が吹いているのだと思われる。気温はそれなりに高く、食堂では扇風機がゴウゴウと音を立てて居るが、外に居る二人には暑さ等関係無いらしい。雪緒が水筒に入れて来た茶を高梨が笑顔で受け取り、それを美味しそうに口に含んでいる姿が見えた。

「…変わらないな」

「え?」

 ぽつりと。
 何時も豪快な天野がぽつりと呟いたその声は小さく、瑞樹は聞き取れなくて聞き返したが、天野は『いんや』と、白い歯を見せて笑った。だが、その笑顔は何処か寂しそうに、瑞樹には見えた。

 ◇

「何か今日、副隊長おかしくなかったか?」

 その日の夜、自分達の城で、風呂上がりに布団の上で瑞樹は優士に髪を拭かれながら、昼に思った事を口にしていた。

「そうか? みくさんの弁当を食べた後に、足りないとせい先輩の唐揚げを奪って怒られていたから、体調に問題は無いと思うが?」

 しかし、背後に座る優士の返事は相変わらずの塩だ。
 確かに、天野は笑いながら星の唐揚げを食べていたが。
 瑞樹が言いたいのは、食欲…体調の事では無い。

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくって…何か…何だか…」

(…消えてしまいそうな…居なくなる様な…)

 そんな気がした。と、口にしたら本当になりそうな気がして、瑞樹は俯いて口を噤んだ。

「…瑞樹」

 優士が髪を拭く手を止めて、静かに瑞樹の名を呼ぶ。

「ん?」

 もう髪が乾いて、次は梳かすのかと顔を上げて軽く背後を振り返ろうとしたら、伸びて来た優士の手が瑞樹の顎を軽く掴んだ。

(あ)

 と、思った時には、優士の唇が瑞樹のそれに重ねられていた。

「何が不安なのかは解らないが、確信の無い事ならそう思い悩むな。新月が近い。心を乱すな」

「…お、おお…」

 軽く触れるだけの口付けに瑞樹は顔を赤くして、もごもごと返事をした。
 優士の声は塩だし、言葉も厳しいが、間近で見る優士の瞳は甘く優しくて。
 今の口付けが瑞樹を心配し、慰める為の物だと解った。
 解ったが。
 優士にその気があった訳では無いと思うが。
 風呂上がりで、布団の上で、更には明日は休みで。

「…もう少し…」

 と、身体を動かして優士と向かい合えば『少しだけで良いのか?』と、意地が悪そうに目を細められた。

(この、解ってるくせにっ!!)

 とは口に出さずに、ぐっと拳に力を入れて、少しの上目遣いと、少しだけ頬を膨らませて瑞樹は優士を見た。

「…いっぱい…したい、です…はい」

「了解」

 優士は小さく笑いながら、瑞樹を布団へと押し倒した。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

幼馴染がいじめるのは俺だ!

むすめっすめ
BL
幼馴染が俺の事いじめてたのは、好きな子いじめちゃうやつだと思ってたのに... 「好きな奴に言われたんだ...幼馴染いじめるのとかガキみてーだって...」 「はっ...ぁ??」 好きな奴って俺じゃないの___!? ただのいじめっ子×勘違いいじめられっ子 ーーーーーー 主人公 いじめられっ子 小鳥遊洸人 タカナシ ヒロト 小学生の頃から幼馴染の神宮寺 千透星にいじめられている。 姉の助言(?)から千透星が自分のこといじめるのは小学生特有の“好きな子いじめちゃうヤツ“だと思い込むようになり、そんな千透星を、可愛いじゃん...?と思っていた。 高校で初めて千透星に好きな人が出来たことを知ったことから、 脳破壊。 千透星への恋心を自覚する。 幼馴染 いじめっ子 神宮寺 千透星 ジングウジ チトセ 小学生の頃から幼馴染の小鳥遊 洸人をいじめている。 美形であり、陰キャの洸人とは違い周りに人が集まりやすい。(洸人は千透星がわざと自分の周りに集まらないように牽制していると勘違いしている) 転校生の須藤千尋が初恋である

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

処理中です...