旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【八】旦那様は迷走する

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 品物の注文を終えて、テーブルの上に置いた自分の手をじっと見詰める。
 ただ、雪緒ゆきおの行動を促す為に、その頭に手を置いただけの筈だった。
 ただ、それだけの筈だったのに。
 何故か雪緒は硬直してしまった。
 顔を覗き込めば『人の熱にあてられてしまった様です。人の少ない処へ行けば落ち着く筈です』と、僅かに赤く染まった顔を俯かせてそう言った。
 雪緒がそう言うのならば、そう納得せざるを得ないだろう。

 …納得はしていないが。

 今は、初めて入ったレストランに緊張しているのか、俺の正面に座る雪緒は傍から見ても可哀想なぐらいに身体を固くしていた。
 椅子の背凭れから僅かに背中を離し、真っ直ぐと背筋を伸ばして両手はきつく握られて膝の上へと置かれていた。その目は、窓際の席へと案内されたせいか、そこから見える景色に心を取られている様にも見えるが。

 …それで、食べ物の味が解るのか?

 行儀は悪いが、テーブルの上に肘を付き、手の甲を頬へと押し付けて窓の外へと顔を向ける雪緒の横顔を見る。
 どうにも朝から変な感じだ。
 確かに今日は朝から気温が高かったし、長い間陽射しに晒されていた雪緒が日射病になる可能性は十分にあるのだろう。
 だが、しかし。
 水仕事をしていて?
 水の冷たさに気持ち良さそうに頬を緩めていた雪緒が?
 有り得ないと思いつつも、ならば、何故、雪緒の顔が赤くなったのかと、答えを探しても見付かる筈も無く。

 …何処か困った様な、戸惑っている様な、そんな表情だったか…?

「お待たせ致しました。オムライスとハンバーグカレーです。オムライスのお客様は…」

 朝の雪緒の様子を思い出していたら、折り良くと云って良いのか解らないが、注文した料理が運ばれて来た。

「ああ、オムライスは…」

「あ、はい、僕です。ありがとうございます」

 軽く右手を挙げて頭を下げる雪緒の姿に、店員の女の目が細められ、口元が自然と綻んだ。

 …人たらしめ…。

「…こちら、鉄板が熱くなっておりますので…」

 店員の声に、今、自分は何を考えたと軽く目を瞠った。
 嫌われるよりは、好かれる方が良いに決まっている。
 しっかりしろ。
 何の為にわざわざ洋装にした。
 気を引き締める為だろうが。
 滅多に見ない雪緒の表情に、勘違いをしそうになってしまった自分を叱咤する為だろうが。
 そんな勘違い等、雪緒に取って迷惑以外の何物でも無い。
 惑わされるな。
 鞠子まりこが何を思ってああ言ったのかは解らないが、そんな事がある筈もない。
 雪緒には幸せになって欲しい。
 後ろ指を指される事のない、明るい道を歩んで欲しい。
 それは俺だけでなく、鞠子も同じ想いの筈だ。
 何処へ出しても恥ずかしい思いをしない様に、雪緒が雪緒らしく在れる様に…――――――――。

「旦那様、冷めてしまいます」

「あ、ああ…って、未だ手を付けていないのか」

 雪緒の言葉に思考を中断して、その姿を見れば、手は未だ膝の上で背筋は伸ばしたままだった。

「旦那様が手を付けていませんのに、僕が先に手を付ける訳には行きません」

 …こ・い・つ・は~。

「お前は何度言えば解るんだ? 俺が食べてなくても先に食べて良いと、何度も口を酸っぱくして言っているだろうが。ほら、食え」

 人の目があるから、声は抑え気味にしてそう言えば。

「で、ですが、一人で食べても美味しくはありません…」

 …ぐっ…。

 変な声が出そうになるのを、俺は辛うじて抑え込んだ。
 僅かに下を向き、少々の上目遣いで申し訳なさそうに言われてしまえば、俺が悪かったのだと認めざるを得ない訳だ。

「…ああ、俺が悪かった。情けない顔をするな。ほら、食べるぞ」

「ああ、いえ、旦那様は…ふぐ…?」

 顔を上げて何かを…恐らくは悪くは無いと、言い掛けた雪緒の言葉を、その鼻を摘まむ事で黙らせた。

「折角の外食なんだ。そんなガチガチで味が解るのか? 気を抜け」

「あ、はい。そうですよね。この味を覚えて、旦那様に御満足して戴ける様な立派なおむらいすを作りますね」

 軽く鼻を捻ってから手を離せば、雪緒は何処か安心した様な笑顔を浮かべて、ナプキンの上に置かれてあったスプーンを手に取ってそう言った。

 …いや…誰が何時、オムライスを食べたいと言った?
 立派なオムライスって何だ?
 どうしてそうなった?
 お前の思考回路は本当にどうなっているんだ?
 鞠子なら理解出来るのか?
 等と思いながらも、真面目な顔でオムライスを食べる雪緒の姿に、何処かおかしさを覚えながら、俺はナイフとフォークを手に取った。
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