旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【十】旦那様と内緒話

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相楽さがら様と天野様をお連れになるのでしたら、事前に御連絡を下さい。何のおもてなしの準備も出来ませんではないですか」

 とは『明日非番でしょ~? 僕も休みだし~。ゆかり君のお家で呑もうよ~』と、相楽に捕まり、また同じく相楽に捕まっていた天野を連れて帰宅した俺を見た雪緒ゆきおの言葉だ。

「ごめんねえ、雪緒君~。でもね、おもてなしとか良いからね~。僕達の食べる物は買って来てあるし~、雪緒君にはお土産もあるんだよ~。騒がしくすると思うから~、先にお詫びだよ~。ほら、これ、トリュフって云うんだって~。チョコレートに、ちょっと苦い粉をまぶしてあるんだ~」

「は、え、そ、そんな…こちらこそ、何のおもてなしも出来ませんのに、恐縮です」

 相楽から紙袋を手渡されて、雪緒は挙動不審になった。
 もてなす事が出来ない罪悪と、初めて耳にするトリュフの名前に、素直に喜ぶべきかどうか天秤に掛けているのだろう。

「俺からもあるぞ。迷惑掛けるからな。みくちゃんから、伊達巻きだ」

「ふわああああ…。みくちゃん様の伊達巻きは、ふわふわで甘さも程良くて、僕大好きです。ありがとうございます」

 みく"ちゃん"とは、天野の奥方の名前だ。
 可愛らしい名前だが…まあ…クセのある人物であるとだけ言っておく。
 もてなす事が出来ない心苦しさより、食の魅力の前に雪緒は陥落した様だ。
 こいつら、雪緒の扱い方を良く解っているな。
 それよりも、伊達巻きだと?
 天野の奴には事前に連絡済みだったと云う事か。

「そもそも、こいつらは客ではないから、もてなしなぞ不要だ。夕餉はいつも通りで良い。そのまま酒宴に雪崩込むから、お前は食べ終わったら、先に風呂へ入って、片付けなど気にしないで休め」

「は、いえ、僕は旦那様の後で」

「そんなの、何時になるか解らないだろうが。朝風呂になるかも知れん。待たなくて良い」

「いた、痛いですー、解りましたから、鼻から手を離して下さいー!」

 それが当然と云う様に言い始めた雪緒の鼻を摘まんでそう言えば、雪緒は渋々ながらも納得してくれた様だ。

 ◇

「さて。ここからは大人の時間だね~」

 夕餉を終え『それでは、僕はこれで。何のおもてなしも出来ませんで失礼致しました。あ。客間に相楽様と天野様のお布団を敷いてありますので、そちらでお休み下さいね』と、雪緒がある程度の片付けを済ませて居間を出て行った後、眼鏡の縁を押さえながら相楽がやたら神妙な声を出して来た。

「ああ。で? 話したい事があると言っていたな。雪緒が居たら出来ない話って何だ?」

 盃を手に促せば、天野が『何何? 色っぽい話?』と、身を乗り出して来た。

「昨日、雪緒君が診療所に来てねえ、手淫の手解きをして欲しいとお願いされたんだよね~」

「ぶっ!!」

「ぼはっ!!」

 相楽の言葉に、俺と天野は口に含んでいた酒を同時に噴き出した。
 むせる俺達に構わず、相楽はかまぼこを手に話を続ける。

「もう、驚いたよね~。でも、可愛い雪緒君のお願いだし~? あんなひたむきな目で見られたら、断われないよね~?」

「なっ…相楽…」

「ゆ、ゆずっぺ、まさか…」

「だからね~? 雪緒君を診察台に乗せて~。僕も乗って~、後ろから雪緒君を抱き締める様にして~、着物を開けさせてね~? 下着の中から、雪緒君の可愛らしいペニスを取り出し」

「相楽っ!!」

 堪らず卓袱台を両手で叩いて、相楽の言葉を止めようとすれば。

「うん、嘘だけどねえ?」

 と、相楽は眼鏡の奥の瞳を細めて笑った。
 その、してやったりと言わんばかりの笑みに、俺は苦虫を噛み潰した様な気分になった。
 それを誤魔化そうと、俺は酒を呷る。

「あー、びっくりした。心臓に悪いから、そんな冗談は止めてくれよ、ゆずっぺ~」

 胸を撫で下ろして、酒を呷る天野に、相楽は更に爆弾を投げ付けて来る。

「あのねえ? 僕じゃなく、たける君の処に行く可能性もあるって事、気付いてる?」

「ぶっ!!」

「がっ!!」

 再び、俺と天野は酒を噴き出した。

「んもう。そもそも、紫君が教えないから、こんな事になったんだからね~? 責任感じてよね~。まあねえ、自分の手じゃなくて~。気になる人や、好きな人の手に触られてるって思いながら、弄れば良いとは言ってあげたけどね~? そうしたら、ちょっとモジモジし始めて、可愛かったなあ~。誰を想像したんだろうね~? 抜き合いや、兜合わせに誘った子の事かなあ~?」

「兜合わせえっ!?」

 天野が、素っ頓狂な声を上げ、目を見開いて相楽を見た。

「抜き合いは聞いたが、兜合わせとは何だっ!? 俺は聞いてないっ!!」

 頭を抱えて俺は唸る。
 雪緒は学び舎で何を学んでいるんだ!?
 いや、その学友がいけないのか!
 一体、何処のどいつだ!?
 雪緒に変な事を教えようとしているのは!?

「うんうん、お父さん落ち着いてね~? 抜き合いも~兜合わせも~紫君の代わりに、僕が教えてあげたから~。だから、兜合わせの話はしなかったんだと思うよ~。兜を持っていないのに、兜合わせなんて出来ない何て言い出すからさ~、本当に雪緒君は雪緒君だよね~」

「いやいや。最近のお子様達は凄いな。俺達も年を取る訳だー」

 いや、何を腕組みして納得してるんだ、お前達は。

「まあ、それでね~? 雪緒君が、その子の事を好きだと言ったら紫君はどうするのかなあ~?」

「どうもこうもない。そんな不埒な輩等、切って捨てる」

 即答した俺に、相楽は大きめなその瞳を細めて、射る様に見て来た。

「ふぅん~? 紫君に、そんな権限があるのかなあ? 両思いなのかも知れないのに~? そりゃあ、同性同士だから、何の生産性も無いし、まだまだ世間の風当たりは冷たいけどね~?」

「ああ、そうだ。常にあやかしの危機に晒されている俺達だ。国を上げて産めよ増やせよ、と謳っている。そんな中で同性愛なんぞ認められるか。雪緒には幸せになって欲しいんだ。若気の至りなぞに流されて欲しくは無い」

 そうだ。
 俺は何と言われようと構わないが、それのせいで、子を望めない鞠子まりこは家族から厄介者の扱いを受けていたし、同じ女から見下されたりしたのだ。
 雪緒には、そんな思いはさせたくはない。

「う~ん…紫君がそれを言うのか~」

 頭を掻きながら、相楽が困った様に笑う。

「何だ?」

 含みのある言い方に眉を上げれば。

「あのねえ~? それなら、何で紫君は雪緒君を連れて来たのかなあ?」

「は?」

「雪緒君の事情は事情だけれどさあ~? 身寄りの無い子は、お寺で手厚く保護して貰えるよね~? 一人立ち出来るまでさ。その為のお金を、国はお寺に渡してるし、紫君も猛君も、その実情を僕よりも詳しく知っているよね? 妖退治専門の機関に所属している君達はさ。それなのに、何で、自分が面倒を見ようだなんて思ったのかなあ? あの時の雪緒君の状態を見れば、親族が居ても、間違いなくお寺で保護して貰えたよ~? なのに、何でかなあ~?」

「何故って…」

 それは、雪緒が余りにも弱々しく、今直ぐにでも死にそうに見えたからだ。
 無言で手首を掴んだ俺に怯える事なく、握り飯を食べるかと、自分の方がそれを必要だろうに、俺に勧めて来たから…。
 小さい子供は俺と目が合えば、怖がったり、怯えたり、最悪泣き出したりするのに、雪緒はそうでは無かった。弱々しいながらも、俺を見上げて視線を合わせて、小さな笑顔を浮かべてそれを勧めて来たのだ。
 それは、そう云った感情が何処か欠落していたのだと、後から気付いたが。
 妖に襲われた時に、無事に天野に助け出されたのも、騒いだりしなかったのが大きな要因だと…。

「………自分の目で、見たかったのだと思う。雪緒の様子を…。…ああ、そうだな。あんな状態で預けても、気が漫ろだっただろう。なら、俺の目の届く処に居た方が良い。…それだけだ」

「だよなあ。あんな雪坊見たら、放って置けないよな」

 俺の言葉に、天野が同意して酒を呷った。

「…う~ん、まあねえ~。紫君が診療所に雪緒君を連れて来た時は、本当に驚いたからね~」

「…話は終わりか?」

 沢庵を手に取る相楽に目を向ければ。

「まあ、そうだね~。今日はこのくらいで良いかなあ~? ああ、そうだ。最近噂になってるんだけどね~。何でも凄腕の泥棒が出たらしいよ~」

 軽く肩を竦めて、そんな話題を振り出した。

 …何が言いたかったんだ、こいつは。
 だが、しかし。
 口にした言葉に嘘は無い。
 雪緒には幸せになって欲しい。
 家族との時間を長く過ごす事の出来なかった雪緒に、家族を知って貰いたい。
 いつかは、見初めた女と結婚し、子を授かり、幸せな家庭を築いて欲しいと思う。
 それは、鞠子もお妙さんだって同じだろう。
 それなのに。
 兜合わせとは何だ、兜合わせとは。
 全く余計な輩が居たものだ。
 どんな奴が雪緒にちょっかいを掛けている?
 一度探りを入れて見るか?
 しかし、どうやって?
 あの雪緒を相手に?
 鞠子ならば、上手く探りを入れられたか?

「へえ、凄いなそいつは」

「だよねえ~、もう参っちゃったよね~」

 そんな俺の悩み等知らぬ様に、天野と相楽は泥棒の話から、診療所の困った患者の話題に移って盛り上がっていた。
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