旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【十一】旦那様は参る

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「おはよう、雪緒ゆきお君」

 学び舎の近くまで来ました処、後ろからそう声を掛けられました。

「おはようございます、瑠璃子るりこ様。今日も良いお天気ですね」

 立ち止まり振り返って、僕は挨拶を返しました。
 瑠璃子様は、僕の一つ下の十五歳の女の子で、こんな僕でも仲良くして下さるご学友の一人です。
腰まである長い髪を三つ編みにしています。その三つ編みの太さが、微妙に左右で違うのですが、それが気になるのは僕だけでしょうか?
 くりくりとした丸い瞳が愛らしい方だと思います。
 その瑠璃子様と肩を並べて歩いて行きます。
 そう。肩を並べて、です。
 瑠璃子様は、学び舎で一番背が低く小柄だと言われています。
 その、瑠璃子様の肩と、僕の肩の高さが同じなのです。
 学び舎に通うまでは、自分の身長なんて気にした事は…いえ、少しばかりは気にした事がありましたが、やはり、こう現実を見せられますと、少々へこんでしまうものがあります。

「おーう、雪緒、瑠璃子おはよー」

 僕達が学ぶ部屋へと入りましたら、倫太郎りんたろう様が窓を開ける手を止めて挨拶をして下さいました。
 倫太郎様は、僕より一つ上の十七歳です。
 御髪は短く、ハリネズミさんの様です。
 眉毛は太く凛々しく、目はすっとしています。
 身長は、勿論と言いますか、僕よりも高いです。
 僕よりも物知りで、抜き合いや兜合わせをしましょうと、お誘いを掛けて下さったのも、倫太郎様です。
 ですが。
 それが何なのか、相楽様から教えて戴きまして、少々困惑してしまいました。相楽様は『それが好きな相手ならば構わないと思うよ~』と、仰ってましたが『好き』とは、どう云う事なのでしょうか?
 ちょこれいとが好きとか、伊達巻きが好きとか、同じかと問いますと違うとのお答えが。
 それならば、旦那様や奥様、果てはお妙さんや、相楽様、天野様に対する『好き』と同じなのかと問いましたら『う~ん…同列なのか~』と、困った様に頭を掻いておられました。
 そして。

『雪緒君は、その子にペニス…おちんちんを触られたいと思うのかな~? また、逆に触りたいと思う~? 触られたい、触りたいと思うのなら、構わないけど~。嫌なら、その子の為にも、きちんと嫌だって言ってあげなよ~』

 と、苦笑されました。
 その言葉を胸に帰宅しまして、考えました。
 無い頭で、熱が出そうな程に考えました。
 そうして出た答えは『否』でした。
 だって、どうしても倫太郎様におちんちんを触られると云うのが、想像出来なかったのですから。
 ですので、昨日、倫太郎様に『僕にはお誘いを受ける事は出来ません』と、お答えしましたら、倫太郎様は『そっか。まあ、そうだよなあ~。でも、友達で居てくれよな』と、にこっと白い歯を見せて笑って下さいました。
 そうして、倫太郎様は今朝も、これまでと変わらぬ笑顔を向けて下さいました。

「おはようございます、倫太郎様」

 ですので笑顔で挨拶をして、僕も窓を開けるのを手伝います。
 朝の爽やかな風がお部屋に入って来まして、とても気持ちが良いです。
 日に日に気温が高くなって来ている様な気がします。
 もう暫くもしましたら、梅雨と呼ばれる時期に入りまして、それが明けましたら夏が来るのですね。
 今年の夏はどうなのでしょうか? 暑いのでしょうか? それとも、さほど暑くは無いのでしょうか?
 どちらにしても、夏は好きです。
 洗った物は直ぐに乾きますし、干したお布団もふかふかですし、何よりも、お素麺が美味しいです。毎日食べたいぐらいですが、去年三日連続でお素麺にしたら、旦那様に『力が入らんだろうがっ!』と、鼻を摘ままれて怒られてしまいました。
 旦那様や奥様とは別室で、別に用意して食べていましたのに、何故、知られてしまったのでしょうか?
 仕方が無く、お素麺と冷奴を交互に食べていましたら『米を食え!!』と、やはり怒られてしまいました。
 うぅん、食べたい物を食べていただけですのに、理不尽です。
 ああ、そう云えば、今朝はまだ旦那様も相楽様も天野様もお休みでしたので、味噌おにぎりを握って来ましたが、ちゃんと焼いて食べて戴けるでしょうか?
 紙に記して卓袱台の上に置いて来ましたが、気付いて戴けるでしょうか?
 冷蔵庫の中にありますから、焼いて食べないとカチカチで美味しくないですからね。他にも用意して置きましたが、喜んで戴けるでしょうか?
 そうそう、今日はお昼のお弁当に、昨日戴いたみくちゃん様の伊達巻きを持って来たのです。とても美味しいので、皆様に食べて戴きたくなったのです。喜んで戴けると良いのですが。

 ◇

「あれ、誰か居る」

 皆様から、伊達巻きがとても素晴らしかったとのお言葉を戴いて、それをみくちゃん様にお伝えしようと思いながら、倫太郎様や瑠璃子様と、学び舎を出ましたら、門の処に見知らぬ誰かが居ました様で、倫太郎様が不審気なお声を出されました。

「あ、本当だ。背が高くて格好良いなあ~」

 続いて瑠璃子様の、何処か惚けた様な声も聞こえて来ました。

「俺も、その内あれぐらいになる」

 その言葉に、倫太郎様が少々むくれてしまわれた様です。
 やはり、背は高い方がよいですよね。
 僕も、早く背が高くなりたいものです。
 って、おや?

「だ…父上様?」

 そう思いながら、お二人が目を向けます方に、僕も顔を向けましたら。

「あ、ああ。酔い醒ましがてら散歩ついでに来てみた。二人は友人か?」

 門の前に佇む人。
 そこに居たのは旦那様でした。
 外で周りに人が居る時は『旦那様』では無く『父』と呼べと、どうしても譲られ無かったので、父上様とお呼びしています。
 それにしても『酔い醒まし』とは?
 それ程にお呑みになられたのですか?
 まさか、今日お目覚めになられてからも、お呑みになられたと云う事でしょうか?
 と、考えている場合ではありませんね。

「倫太郎様、瑠璃子様、こちらの方は僕の養父の高梨ゆかり様です。父上様、こちらの方々がご学友の倫太郎様と瑠璃子様です」

「あ、わ、初めまして。葉山倫太郎です。雪緒君とは仲良くさせて…ええと…」

「初めまして。わ、私は相葉瑠璃子と申します。え、ええと、雪緒君とは身長が同じぐらいで、親近感が…」

 僕が旦那様の紹介をしますと、お二人とも固くなりまして、ぎこちなく挨拶をされました。

「そんな畏まらなくて良い。雪緒は迷惑を掛けては居ないか?」

 固くなりますお二人に、旦那様は細い目を更に細めて笑いますが、その笑顔を見ました二人が、益々固くなってゆきます。
 うぅん…旦那様の笑顔は迫力がありますからね。慣れるまでは、とても緊張されるのでしょう。
 旦那様の問いに倫太郎様と瑠璃子様は『迷惑だなんて!』、『雪緒はとても面白いヤツで!』と、お答えしています。お二人の額には、汗がびっしりと浮かんでいます。それ程に緊張しなくても良いと思うのですが。
 ですが、疑問です。
 僕が、何時、面白い事をしたのでしょうか?
 僕は常に皆様にご迷惑が掛からないように、真面目にひっそりと大人しくしていますのに?
 そんな僕が、面白い筈も無いと思うのですが?

「これからも雪緒を宜しくな。帰るぞ、雪緒」

 首を傾げていましたら、ぽんと頭に旦那様の手が置かれました。
 あ。
 何故か、また顔が熱くなって来ました。
 不意打ちは困ります。

「そ、それでは、また明日。御機嫌ようです」

 熱い顔を隠す様に、僕は倫太郎様と瑠璃子様に頭を下げました。
 頭を下げれば、旦那様の手が離れます。
 顔を上げて、僕は先を歩き始めた旦那様の後を歩き出しました。
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