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咲き綻ぶ
【結】旦那様と僕・前編
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「解ってんだろ?」
「何がでしょうか?」
終業時間になりましたので、さて帰りましょうかと僕は廊下を歩いていました。
そうしましたら、一人の男子生徒に腕を掴まれまして、壁に背中を押し付けられ、まるで逃げ道を塞ぐかの様に僕の顔の両脇に手が置かれてしまいました。
「…俺っ、高梨先生が好きなんだ」
僕を軽く見下ろして、男子生徒が言います。
「ありがとうございます。あの、用件はそれだけですか? 僕は用事がありますので解放して戴けると嬉しいのですが」
"先生"と云う響きに胸がくすぐったくなります。
まだまだ、そう呼ばれる事に慣れませんね。
「…っ、天然か…っ…!」
…天然とは?
生まれながらの、ですよね?
でしたら皆様天然ですよね?
「おーい。その辺にして置けよ。高梨には、それはそれは怖~いお兄さんが居るからな」
「げ、葉山っ!!」
「葉山先生だ。ほら、とっとと帰れ」
しっしっと手を振ります倫太郎様に、男子生徒は舌打ちをしながら走り去って行きました。
「ありがとうございます、葉山先生」
「今は誰も居ないんだから、倫太郎でいいぞ」
「いいえ。未だ就業中です」
「相変わらず真面目だな。ほら、早くしないと待ち合わせに遅れるぞ」
「そうですね」
倫太郎様に軽く肩を叩かれて、二人で教員用のロッカーへと向かいます。
あの日蝕の日から六年が経過しました。
僕は二十二歳になりまして、今はかつての学び舎で養護教諭をしています。
旦那様に『考えた上で医師になりたいと云うのなら、俺は止めない。だが、隊に入るのだけは反対だ』と、言われました。
僕はその言葉に苦笑しつつも、心配されるのが嬉しくて。
自分に医師になる適正は無いと理解はしているつもりです。
それでも、僕に出来る事、僕がやりたい事を突き詰めましたら、やはり傷を癒したいと云う事でした。
隊に入らずとも、あの日蝕の時の様に人手が必要になる事があります。
あの時にお声が掛かったのは、相楽様の様に医療に従事される方々でした。
ですから、養護教諭ならばその心配が無いのでは? と、思ったのです。
それならば、旦那様の心配される様な事にはならないのでは? と。
僕が出した結論に、旦那様は優しく目を細めて、静かな声で言いました。
『お前は誰よりも痛みが解るからな。…今のお前なら、目の前の怪我人を捨てるだなんて事は無いだろうな』
と。
そうでしょうか?
旦那様がお怪我をされましたら、やはり、いの一番に駆け付けたい気持ちは常にありますが。
そう言います僕に、旦那様は呆れた様に笑うだけでした。
怪我をされた生徒達が、保健室を訪れて、それを僕が手当てして。それに対してお礼を言われますと、胸がほっこりとします。中には、先程の様に困った冗談を言います生徒も居ますが。
あの日から、様々な変化がありました。
菅原先生が仰っていました様に、学び舎の名称が学校へと変わりました。
僕達が通っていました学び舎の名は、泉の舎から泉高等学校へと名を改めまして、十三歳から十八歳までの年齢の者が通う物へと変わりました。そこに今、僕と倫太郎様が勤めて居ます。倫太郎様は僕より一年早くお勤めになりました。
倫太郎様は先輩ですと言います僕に『分野が違う』と、倫太郎様は笑います。倫太郎様は、歴史を担当されていまして、あの日蝕の日の事を特に熱く語って居られる様です。
生徒達からも慕われていまして、幾つかお手紙も戴いた事があるそうです。
◇
「あー、やっと来たー!」
待ち合わせ場所であります、呑み処へ来ましたら、開口一番に星様が、そう言いました。
星様が居ますのはお座敷の一角です。
そこには星様の他に、菅原先生と瑠璃子様もいらっしゃいます。
「悪い悪い、雪緒がまた生徒に捕まっててさ」
倫太郎様が苦笑しながら、黒い革靴を脱いでお座敷へと上がります。
はい、倫太郎様のお召し物は、すっかり日常に溶け込んだスーツです。
僕は、相変わらず着物ですけどね。
「捕まって等居ませんよ? 少々お話しをしていただけです」
草履を脱いで、それを揃えてからお座敷へと上がります。
「だから、それが捕まってたんだっつーの!」
「もう、二人共! 久しぶりの私に何かないの?」
瑠璃子様が、唇を尖らせて拗ねて見せます。
そのお隣に座ります菅原先生が、まあまあ、と、瑠璃子様の頭に軽く手を置きました。
そのお姿を微笑ましいと思いながら、僕は口を開きます。
「ご成婚おめでとうございます」
と。
今日は金曜日ですので、学校に勤めます僕と倫太郎様、そして菅原先生は明日、明後日とお休みです。
それに合わせて、菅原先生と瑠璃子様のご成婚祝いをしましょうと云うお話になりました。
最初にお話しをお聞きしました時は、僕達は本当に驚きました。
何時から? と、問います倫太郎様に菅原先生が照れながら言いました。あの日蝕の時に片脚を失い、入院していた頃に瑠璃子様から想いを打ち明けられた、と。
そんな頃から! と、僕達はまた更に驚いたのでした。
色々と紆余曲折があったそうですが、先日、無事に入籍を果たしたのです。
「ほら。おいら、祝いにケーキを焼いたんだ。おいらは今日休みだから、頑張ったぞ!」
星様が白い歯を見せながら笑いまして、テーブルの上に四角い箱を置きました。
「えっ。嬉しいけど、飲食店に食べ物の持ち込み大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ! なっ、おっちゃん!」
星様の声に、おしぼりとお冷にお通しを持って来た店主様が頷きます。
「ああ。朱雀隊の人達にゃ贔屓にして貰ってるし、俺にもケーキ貰ったからな!」
「え、賄賂?」
そう言います倫太郎様に、皆が声を上げて笑います。
はい、星様も瑠璃子様も学校を卒業された後、宣言通りに妖の討伐を専門とされます朱雀部隊へと入隊されました。一年の研修期間を終えて、今では立派に前線で活躍されています。
星様は、相変わらずのお馬さんの尻尾を揺らして、妖を討伐されていまして、旦那様が『司令が太鼓判を押すだけの事はある』と、舌を巻いていました。
また、瑠璃子様も、長い三つ編みを揺らして成果を上げているそうです。
お二人共、旦那様が隊長を務めます、第十一番隊に配属されました。
瑠璃子様は、初の女性隊員と云う事もありまして、その配慮がなされたとの事でした。
また、瑠璃子様の御活躍のお蔭で、女性の入隊希望者が増えているとの事です。旦那様が『いずれ、女性だけの部隊が形成されるだろう』と、仰っていました。
残念な事に、女性はまだまだ軽視されがちな世の中です。ですが、きっと、それはこれから変わって行くのだと思います。
「ゆきお、おじさん迎えに来るのか?」
「はい。二十時にお迎えに来て下さると、朝にお約束を戴きました」
菅原先生のグラスに、星様がビールを注ぎながら聞いて来ました言葉に僕は頷きます。
「けっ。本当にべったりだな。ウザくない? 飽きない? 嫌になったら、何時でも俺のとこに来いよ?」
「男の嫉妬は見苦しいわよ、もうー」
「まあまあ。葉山、もう酔ったのか?」
「諦め悪いな、りんたろは。ほら、ケーキ食べろ」
舌打ちをされます倫太郎様を、瑠璃子様と菅原先生、そして星様が窘めます。
「だあってさー、俺、一目惚れだったんだぞ。諦められないだろ。まさか、あんなおじさんとくっつくなんて…俺の方が若いし、おじさんがもし、もしも、雪緒を残して逝ったら、俺との事考えない?」
はい。
僕と旦那様との事は、親しい方にはお話しをしてあります。
旦那様曰く『お前は隠し事が致命的に下手』との事で、黙っているよりは、話してしまえとなったのです。
「倫太郎様、先にも…」
ですが、度々、倫太郎様はこうして困ってしまう事を口にされます。
「何を考えるって?」
僕が、もう何度目かになるか解らないお断りを口にしようとしました時、背後から低い声と共に、ひやりとした冷気が漂って来ました。
「旦那様。あ、もうお時間なのですか?」
「いや、まだ三十分ある。早く来すぎた。俺は向こうで軽く呑むから、お前はまだ楽しんでいると良い。ああ、菅原先生。こちら、結婚祝いの御祝儀です。この度はおめでとうございました」
立ち上がり掛けた僕を、旦那様が片手で制します。
そして、袖の中から御祝儀袋を取り出しまして、菅原先生の方へと差し出しました。
「やあ、ありがとうございます。あはは、照れてしまいますね」
立ち上がって、頭を掻きながら菅原先生は、御祝儀を受け取り照れた様に笑います。
それを見ました瑠璃子様も、照れた様に笑い『ありがとうございます、高梨隊長』と頭を下げました。
お二人は挙式は行わずに、写真館で婚礼衣裳姿のお写真を撮るだけにしたそうです。
「あー、もう。そんな事言ってないで帰れー。怖い旦那が居て呑めるかよ、ちくしょー。あ、雪緒の奴、今日も生徒から口説かれていたからな?」
倫太郎様が自分で空いたグラスにビールを注ぎながら、そう言いますと、旦那様の眉が僅かに動きました。
はて?
僕は口説かれて等いませんが?
あれは、冗談でしょうし。
倫太郎様は何を勘違いされているのでしょうか?
「駄目だぞ、ゆきおわかってない」
首を傾げます僕に、星様が肩を竦めて笑います。
「では、お暇致しましょうか」
しかし、何やら、場が怪しくなって来た気がします。
と言いますか、旦那様の方からやけに冷たい風が吹いている気がします。真夏ですのにおかしいですね?
ですので、頃合いかと思いまして僕は立ち上がりました。
「まあ、雪緒が構わないのなら、連れて行くが。相葉とは久しぶりだろう? 良いのか?」
「瑠璃子様のお話は、菅原先生や旦那様、星様からお聞きしていますし」
「えっ、ちょ、変な話はしてないわよねー!?」
僕の言葉に、瑠璃子様がお顔を赤くされて菅原先生に詰め寄ります。
「あ~、どうかなあ?」
菅原先生は、困った様に笑いながら両手を肩の高さまで上げました。
「くっそー。どいつもこいつもイチャイチャしやがって。星、二人だけで違う店で呑まないか?」
「駄目だぞ。親父殿が待ってるから、おいら帰るぞ」
「っかーっ!! こっちはこっちでファザコンだよーっ!!」
「ん。おいら、親父殿あいしてるからな!」
「けっ! 言ってろ言ってろ」
「もー、そんなんだからモテないんだよー」
「高梨、ほら、ここは任せて。今日はありがとう。また、学校で」
「ん、任せろ。りんたろ潰れたら、おいら担いで行くから!」
「俵抱きは止めてくれーっ!!」
「あはは。今は星君の方が、背高いもんねー」
管を巻きます倫太郎様を、皆様にお任せして僕は旦那様とお店を後にしました。
表へ出て、吹いた温い風に僕は思わず呟きます。
「ふわ。まだ風が熱を持っています」
「ああ、最近は小さな店でも空調機を使う様になったからな、そのせいだろう。…雪緒」
僕の呟きに、少しだけ先を歩く旦那様が答え、そして左手を僕の方へと伸ばして来ました。
「…はい…」
僕は一歩だけ前へ出て、その手を掴みます。
そうしたら、ぐっと握られ、身体を引かれて旦那様のお隣に並ぶ様になります。
あれから、六年です。僕の背も大分伸びました。ですが、ぎりぎり旦那様の肩に頭が届くくらいです。同じぐらいの身長でした星様は、旦那様と同じぐらいの身長になりまして、倫太郎様を悔しがらせていました。あ、僕は瑠璃子様より背が高くなりましたよ。
あの日、旦那様の想いを聞かされて、接吻をされて頭の中が真っ白になって、背中から床に倒れて、腰を痛めてから六年が経ちました。
旦那様の四年と云う期限から、二年が経過していますが。
…二年も過ぎていますのに、接吻は…唇への接吻は…あれだけですし、それ以上の事はありません。
はい、おちん…ペ…ペニ…ペにすにも、まだ触れられていません。
ですが、こうして手を繋いで歩いたり、鼻を摘ままれたり、頭を撫でられるのが嬉しいので、それでもう満足していたりするのですけどね。
「…あれ…? 旦那様、道が違いますよ? お屋敷は…」
そんな事を考えていたからでしょうか?
お屋敷とは違う方向へ歩いている事に、遅ればせながら気が付きました。
「…ああ…。寄りたい処がある」
「寄り道ですか? どちらへ…」
「行けば解る」
僕の問い掛けに、旦那様はそっと目を細めて笑いました。
うぅん? このお顔は、何か悪い事を考えているお顔ですね?
気になります処ですが、目的地に着くまでは教えて戴けないのでしょうね。
「何がでしょうか?」
終業時間になりましたので、さて帰りましょうかと僕は廊下を歩いていました。
そうしましたら、一人の男子生徒に腕を掴まれまして、壁に背中を押し付けられ、まるで逃げ道を塞ぐかの様に僕の顔の両脇に手が置かれてしまいました。
「…俺っ、高梨先生が好きなんだ」
僕を軽く見下ろして、男子生徒が言います。
「ありがとうございます。あの、用件はそれだけですか? 僕は用事がありますので解放して戴けると嬉しいのですが」
"先生"と云う響きに胸がくすぐったくなります。
まだまだ、そう呼ばれる事に慣れませんね。
「…っ、天然か…っ…!」
…天然とは?
生まれながらの、ですよね?
でしたら皆様天然ですよね?
「おーい。その辺にして置けよ。高梨には、それはそれは怖~いお兄さんが居るからな」
「げ、葉山っ!!」
「葉山先生だ。ほら、とっとと帰れ」
しっしっと手を振ります倫太郎様に、男子生徒は舌打ちをしながら走り去って行きました。
「ありがとうございます、葉山先生」
「今は誰も居ないんだから、倫太郎でいいぞ」
「いいえ。未だ就業中です」
「相変わらず真面目だな。ほら、早くしないと待ち合わせに遅れるぞ」
「そうですね」
倫太郎様に軽く肩を叩かれて、二人で教員用のロッカーへと向かいます。
あの日蝕の日から六年が経過しました。
僕は二十二歳になりまして、今はかつての学び舎で養護教諭をしています。
旦那様に『考えた上で医師になりたいと云うのなら、俺は止めない。だが、隊に入るのだけは反対だ』と、言われました。
僕はその言葉に苦笑しつつも、心配されるのが嬉しくて。
自分に医師になる適正は無いと理解はしているつもりです。
それでも、僕に出来る事、僕がやりたい事を突き詰めましたら、やはり傷を癒したいと云う事でした。
隊に入らずとも、あの日蝕の時の様に人手が必要になる事があります。
あの時にお声が掛かったのは、相楽様の様に医療に従事される方々でした。
ですから、養護教諭ならばその心配が無いのでは? と、思ったのです。
それならば、旦那様の心配される様な事にはならないのでは? と。
僕が出した結論に、旦那様は優しく目を細めて、静かな声で言いました。
『お前は誰よりも痛みが解るからな。…今のお前なら、目の前の怪我人を捨てるだなんて事は無いだろうな』
と。
そうでしょうか?
旦那様がお怪我をされましたら、やはり、いの一番に駆け付けたい気持ちは常にありますが。
そう言います僕に、旦那様は呆れた様に笑うだけでした。
怪我をされた生徒達が、保健室を訪れて、それを僕が手当てして。それに対してお礼を言われますと、胸がほっこりとします。中には、先程の様に困った冗談を言います生徒も居ますが。
あの日から、様々な変化がありました。
菅原先生が仰っていました様に、学び舎の名称が学校へと変わりました。
僕達が通っていました学び舎の名は、泉の舎から泉高等学校へと名を改めまして、十三歳から十八歳までの年齢の者が通う物へと変わりました。そこに今、僕と倫太郎様が勤めて居ます。倫太郎様は僕より一年早くお勤めになりました。
倫太郎様は先輩ですと言います僕に『分野が違う』と、倫太郎様は笑います。倫太郎様は、歴史を担当されていまして、あの日蝕の日の事を特に熱く語って居られる様です。
生徒達からも慕われていまして、幾つかお手紙も戴いた事があるそうです。
◇
「あー、やっと来たー!」
待ち合わせ場所であります、呑み処へ来ましたら、開口一番に星様が、そう言いました。
星様が居ますのはお座敷の一角です。
そこには星様の他に、菅原先生と瑠璃子様もいらっしゃいます。
「悪い悪い、雪緒がまた生徒に捕まっててさ」
倫太郎様が苦笑しながら、黒い革靴を脱いでお座敷へと上がります。
はい、倫太郎様のお召し物は、すっかり日常に溶け込んだスーツです。
僕は、相変わらず着物ですけどね。
「捕まって等居ませんよ? 少々お話しをしていただけです」
草履を脱いで、それを揃えてからお座敷へと上がります。
「だから、それが捕まってたんだっつーの!」
「もう、二人共! 久しぶりの私に何かないの?」
瑠璃子様が、唇を尖らせて拗ねて見せます。
そのお隣に座ります菅原先生が、まあまあ、と、瑠璃子様の頭に軽く手を置きました。
そのお姿を微笑ましいと思いながら、僕は口を開きます。
「ご成婚おめでとうございます」
と。
今日は金曜日ですので、学校に勤めます僕と倫太郎様、そして菅原先生は明日、明後日とお休みです。
それに合わせて、菅原先生と瑠璃子様のご成婚祝いをしましょうと云うお話になりました。
最初にお話しをお聞きしました時は、僕達は本当に驚きました。
何時から? と、問います倫太郎様に菅原先生が照れながら言いました。あの日蝕の時に片脚を失い、入院していた頃に瑠璃子様から想いを打ち明けられた、と。
そんな頃から! と、僕達はまた更に驚いたのでした。
色々と紆余曲折があったそうですが、先日、無事に入籍を果たしたのです。
「ほら。おいら、祝いにケーキを焼いたんだ。おいらは今日休みだから、頑張ったぞ!」
星様が白い歯を見せながら笑いまして、テーブルの上に四角い箱を置きました。
「えっ。嬉しいけど、飲食店に食べ物の持ち込み大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ! なっ、おっちゃん!」
星様の声に、おしぼりとお冷にお通しを持って来た店主様が頷きます。
「ああ。朱雀隊の人達にゃ贔屓にして貰ってるし、俺にもケーキ貰ったからな!」
「え、賄賂?」
そう言います倫太郎様に、皆が声を上げて笑います。
はい、星様も瑠璃子様も学校を卒業された後、宣言通りに妖の討伐を専門とされます朱雀部隊へと入隊されました。一年の研修期間を終えて、今では立派に前線で活躍されています。
星様は、相変わらずのお馬さんの尻尾を揺らして、妖を討伐されていまして、旦那様が『司令が太鼓判を押すだけの事はある』と、舌を巻いていました。
また、瑠璃子様も、長い三つ編みを揺らして成果を上げているそうです。
お二人共、旦那様が隊長を務めます、第十一番隊に配属されました。
瑠璃子様は、初の女性隊員と云う事もありまして、その配慮がなされたとの事でした。
また、瑠璃子様の御活躍のお蔭で、女性の入隊希望者が増えているとの事です。旦那様が『いずれ、女性だけの部隊が形成されるだろう』と、仰っていました。
残念な事に、女性はまだまだ軽視されがちな世の中です。ですが、きっと、それはこれから変わって行くのだと思います。
「ゆきお、おじさん迎えに来るのか?」
「はい。二十時にお迎えに来て下さると、朝にお約束を戴きました」
菅原先生のグラスに、星様がビールを注ぎながら聞いて来ました言葉に僕は頷きます。
「けっ。本当にべったりだな。ウザくない? 飽きない? 嫌になったら、何時でも俺のとこに来いよ?」
「男の嫉妬は見苦しいわよ、もうー」
「まあまあ。葉山、もう酔ったのか?」
「諦め悪いな、りんたろは。ほら、ケーキ食べろ」
舌打ちをされます倫太郎様を、瑠璃子様と菅原先生、そして星様が窘めます。
「だあってさー、俺、一目惚れだったんだぞ。諦められないだろ。まさか、あんなおじさんとくっつくなんて…俺の方が若いし、おじさんがもし、もしも、雪緒を残して逝ったら、俺との事考えない?」
はい。
僕と旦那様との事は、親しい方にはお話しをしてあります。
旦那様曰く『お前は隠し事が致命的に下手』との事で、黙っているよりは、話してしまえとなったのです。
「倫太郎様、先にも…」
ですが、度々、倫太郎様はこうして困ってしまう事を口にされます。
「何を考えるって?」
僕が、もう何度目かになるか解らないお断りを口にしようとしました時、背後から低い声と共に、ひやりとした冷気が漂って来ました。
「旦那様。あ、もうお時間なのですか?」
「いや、まだ三十分ある。早く来すぎた。俺は向こうで軽く呑むから、お前はまだ楽しんでいると良い。ああ、菅原先生。こちら、結婚祝いの御祝儀です。この度はおめでとうございました」
立ち上がり掛けた僕を、旦那様が片手で制します。
そして、袖の中から御祝儀袋を取り出しまして、菅原先生の方へと差し出しました。
「やあ、ありがとうございます。あはは、照れてしまいますね」
立ち上がって、頭を掻きながら菅原先生は、御祝儀を受け取り照れた様に笑います。
それを見ました瑠璃子様も、照れた様に笑い『ありがとうございます、高梨隊長』と頭を下げました。
お二人は挙式は行わずに、写真館で婚礼衣裳姿のお写真を撮るだけにしたそうです。
「あー、もう。そんな事言ってないで帰れー。怖い旦那が居て呑めるかよ、ちくしょー。あ、雪緒の奴、今日も生徒から口説かれていたからな?」
倫太郎様が自分で空いたグラスにビールを注ぎながら、そう言いますと、旦那様の眉が僅かに動きました。
はて?
僕は口説かれて等いませんが?
あれは、冗談でしょうし。
倫太郎様は何を勘違いされているのでしょうか?
「駄目だぞ、ゆきおわかってない」
首を傾げます僕に、星様が肩を竦めて笑います。
「では、お暇致しましょうか」
しかし、何やら、場が怪しくなって来た気がします。
と言いますか、旦那様の方からやけに冷たい風が吹いている気がします。真夏ですのにおかしいですね?
ですので、頃合いかと思いまして僕は立ち上がりました。
「まあ、雪緒が構わないのなら、連れて行くが。相葉とは久しぶりだろう? 良いのか?」
「瑠璃子様のお話は、菅原先生や旦那様、星様からお聞きしていますし」
「えっ、ちょ、変な話はしてないわよねー!?」
僕の言葉に、瑠璃子様がお顔を赤くされて菅原先生に詰め寄ります。
「あ~、どうかなあ?」
菅原先生は、困った様に笑いながら両手を肩の高さまで上げました。
「くっそー。どいつもこいつもイチャイチャしやがって。星、二人だけで違う店で呑まないか?」
「駄目だぞ。親父殿が待ってるから、おいら帰るぞ」
「っかーっ!! こっちはこっちでファザコンだよーっ!!」
「ん。おいら、親父殿あいしてるからな!」
「けっ! 言ってろ言ってろ」
「もー、そんなんだからモテないんだよー」
「高梨、ほら、ここは任せて。今日はありがとう。また、学校で」
「ん、任せろ。りんたろ潰れたら、おいら担いで行くから!」
「俵抱きは止めてくれーっ!!」
「あはは。今は星君の方が、背高いもんねー」
管を巻きます倫太郎様を、皆様にお任せして僕は旦那様とお店を後にしました。
表へ出て、吹いた温い風に僕は思わず呟きます。
「ふわ。まだ風が熱を持っています」
「ああ、最近は小さな店でも空調機を使う様になったからな、そのせいだろう。…雪緒」
僕の呟きに、少しだけ先を歩く旦那様が答え、そして左手を僕の方へと伸ばして来ました。
「…はい…」
僕は一歩だけ前へ出て、その手を掴みます。
そうしたら、ぐっと握られ、身体を引かれて旦那様のお隣に並ぶ様になります。
あれから、六年です。僕の背も大分伸びました。ですが、ぎりぎり旦那様の肩に頭が届くくらいです。同じぐらいの身長でした星様は、旦那様と同じぐらいの身長になりまして、倫太郎様を悔しがらせていました。あ、僕は瑠璃子様より背が高くなりましたよ。
あの日、旦那様の想いを聞かされて、接吻をされて頭の中が真っ白になって、背中から床に倒れて、腰を痛めてから六年が経ちました。
旦那様の四年と云う期限から、二年が経過していますが。
…二年も過ぎていますのに、接吻は…唇への接吻は…あれだけですし、それ以上の事はありません。
はい、おちん…ペ…ペニ…ペにすにも、まだ触れられていません。
ですが、こうして手を繋いで歩いたり、鼻を摘ままれたり、頭を撫でられるのが嬉しいので、それでもう満足していたりするのですけどね。
「…あれ…? 旦那様、道が違いますよ? お屋敷は…」
そんな事を考えていたからでしょうか?
お屋敷とは違う方向へ歩いている事に、遅ればせながら気が付きました。
「…ああ…。寄りたい処がある」
「寄り道ですか? どちらへ…」
「行けば解る」
僕の問い掛けに、旦那様はそっと目を細めて笑いました。
うぅん? このお顔は、何か悪い事を考えているお顔ですね?
気になります処ですが、目的地に着くまでは教えて戴けないのでしょうね。
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それが、まさかの擬似恋人生活の始まりだった。
恋人ごっこなのに手をつないだり、映画を観に行ったり、肩を貸したり。
最初はただの遊びだったのに、直人はだんだん健が笑うと嬉しくて、泣くと苦しいと感じるようになっていく。
一方、健は「直人に本気になってはいけない」と自分に言い聞かせていたが、直人の優しさや真面目さに、次第に惹かれ始める。
擬似恋人から始まった関係は、本物の「好き」に変わるのか?
本気になったとき、ふたりはどう答えを出すのか――。
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