旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【一】

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 「あらあら、まあ、まあ」

 その子はとても小さな男の子でした。
 十歳? いいえ、それよりは幼く見えます。
 身体つきは申し訳ないけれど、とても細く、力を入れれば折れてしまいそうな程。
 髪の毛もぼさぼさで手入れをした事があるのかしら? と思う程。未だ、こんなに幼いのに、髪の毛には艶も無く、白髪も見えていました。
 頬もこけていて、顔色も悪く、髪と同じ様にその肌には張りも無くて。無表情だけれど、丸く大きな瞳はとても印象的でした。笑えば、それはとても可愛らしいと思うわ。
 着ている着物は、もう何年も着古しているのでしょう。裾は擦り切れていて、布の厚みも感じられない程でした。もう春だと云うのに、小さな手には罅やあかぎれがあります。

「何て可愛らしい子なのかしら! 私は鞠子まりこよ。宜しくね? ああ、身体が汚れているから、とにかくはお風呂よね? おたえさーん」

 何時までも見ている訳には行きませんわね。
 長距離の移動で疲れているでしょうし、ゆっくりと温まって貰いましょう。
 お妙さんに連れられてお風呂へと向かう雪緒ゆきお君を見送ってから、私とゆかり様は茶の間へと移動しました。

「…え…借金…?」

 卓袱台を挟んで向かい合って座り、お茶を飲みながら雪緒君の話を聞いていました。そこで出た言葉に、私は思わず聞き返していました。

「ああ。亡くなった雪緒の両親には借金があったとの事だ。それを親族達が肩代わりして、その代わりに雪緒を小間使いの様に…禄に飯も食わせずに…着る物だって…」

 紫様はそこで言葉を止めて、ぐっと唇を噛み、眉間に皺を寄せました。湯呑みを握る手にも力が入った様です。
 五歳になる前に両親を病で亡くし、それからは親族の間を転々として来たと。何処へ行っても同じ様な扱いだったと、紫様は辛そうに語りました。親族が肩代わりした借金を、紫様がお支払いになった事も。紫様の手持ちと、たける様や他の隊員の皆様の手持ちで賄える額だったと云う事に目眩を覚えました。決して少なくは無い額です。ですが、子供一人を縛り付ける額だとは到底思えません。

 …何て事なのでしょう…。

「私…自分が恥ずかしいですわ…」

「…鞠子…?」

 両手で湯呑みを包んで私は思わず俯いてしまいました。
 私は女性としての務めを果たす事が出来ず、家族からは厄介者の様に扱われていましたが、それでも教育は受けさせて貰いましたし、着る物も清潔で糸の解れ等も無い綺麗な物でしたし、空腹を覚えれば何時でもそれを満たす事が出来ました。それが見栄からだとしても、僅かなりにでも、愛情と云う物があったのでしょう。
 それなのに…自分が誰よりも不幸だと思っていただなんて、何て烏滸がましいのかしら…。

「違う。それは比べる物では無い。不幸も幸福も、他の誰かと比べる物では無い。それは、比べられた相手に対して失礼だし、己に対しても失礼だ」

 思わず零してしまった言葉に、紫様が真っ直ぐと私の目を見て言います。紫様の目は細くて鋭いのですけれど…ですけれど、とても暖かいのです。瑛光えいみつ叔父様と同じ様に、とても優しく温度のある目です。紫様は、本当に真っ直ぐでお優しい方です。紫様との縁を繋いで下さった叔父様には感謝の言葉しかありません。

「…辛いと思った事、苦しいと思った事、悲しいと思った事、嫌な事があれば直ぐに話して欲しい」

 恥じ入る私に、紫様が静かにそう言って下さいましたので、私は顔を上げて、少しだけ意地が悪そうに笑います。

「ありがとうございます。その様に言われましたら、私はどんどん我儘になってしまいますわ」

「それで構わん。俺達は夫婦なのだから」

 僅かに目を泳がせて、片手で口元を隠す紫様の姿に知らず頬が綻びます。
 本当に優しくて、何処か可愛らしい方。
 重く暗い空気が漂うあの家に居た頃と比べて、自然と笑える様になった事、それに紫様は気付いているのかしら? 意識しなくても自然と目尻が下がり、頬が緩んでしまう。それを幸せだと感じている事を紫様は知っているのかしら?
 雪緒君にも、この幸せを知って欲しいと思うわ。どんなに些細な事でも、嬉しければ笑って、悲しければ泣いて欲しい。それは、人として当たり前の事なのだから。その当たり前を知って欲しいと思うわ。

 それから程なくして、目を真っ赤に染めたお妙さんが戻って来て、何事かと思えば、雪緒君のあの細く小さな身体に、折檻の痕があったと告げられたのでした。
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