旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【五】

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『…君が鞠子まりこ君かね?』

『叔父様とお顔を合わせるのは初めてになりますわね。鞠子と申します』

 …あら…これは夢かしら…?
 叔父様が若々しいですわ…。

『…ああ…笑わなくて良いからね?』

 大祖母様の何回忌だったかしら…そこで初めて瑛光えいみつ叔父様とお会いしたのですよね。
 未だ十五の頃だったかしら…?
 向日葵の咲くお庭の散策をしていましたら、そこで声を掛けられたのですわ。

『はい?』

 頭を下げた私に叔父様がそう言って来て、意味が解らずにこてんと首を傾げたら、叔父様は困った様な笑顔を浮かべて言いましたのよね…。

『…辛いのを無理に笑顔で隠す必要は無い。見る人には、それはとても辛い笑顔なのだよ…』

『え…?』

 ――――――――お前は身体はともかく、見目は良いんだから、とにかく笑っていろ。どこぞの枯れた親父が後妻に貰ってくれるかも知れないからな――――――――

 何時からか、口癖の様に言われていた父の言葉が脳裏を過りました。

『…あら…?』

 それと同時でしたでしょうか?
 何やら温かい物が頬を流れて行きます。

『あらあら?』

『…うん。辛い笑顔より、その泣き顔の方が良いよ』

 ぽんと、大きな手が軽く私の頭の上に乗せられまして、その暖かさに、また涙が溢れて流れて行きます。

『あらあらあらあら?』

 人前で涙を流すだなんて、何てはしたないのかしら? いいえ、それよりも涙を流すなんて、何時以来かしら? あらあら? 私は一体どうしてしまったのかしら?

『…そうだ。私と文通をしてみないかね?』

『…は、い?』

 涙の止まらない私に、叔父様がハンカチーフを差し出しながら言います。
 その言葉は余りにも突拍子が無くて、目を丸くしたのは今でも忘れませんわ。

『君が笑いたくなった時、泣きたくなった時、その想いを文にぶつけてみてはどうかね?』

『え…』

 ◇

「鞠子、起きているか?」

 ――――――――あ…。

「ええ、今、丁度目が覚めた処ですわ。どうぞお入りになって下さいな」

 …懐かしい夢を見ましたわ…。
 叔父様への文を書いていましたら、おたえさんに熱がと言われた通りに熱が上がって来た様だったから、着替えて大人しく横になったのよね…本当に軟弱な身体で参ってしまいますわね。

「入るぞ」

 そう一言声を掛けてから障子を開けるゆかり様は、本当に生真面目だと思いますわ。
 紫様はベッドの傍で胡坐を掻いて座り、私に診療所の名の書かれた袋を渡して来ました。

「咳止めの薬と解熱剤が入っている。鞠子の事を話したら相楽さがらの父が用意してくれた。後、相楽の母から桃缶を貰った。今、冷やしているから後で雪緒ゆきおと食べると良い」

「あらあら。ありがとうございます。後でお礼の電話を入れますわね。雪緒君は?」

「ああ…物置に鍵が付けられたのを見て肩を落としていたが、今は庭の掃除をして貰っている。…雪緒はやはり、栄養失調状態で…まあ、相楽も雪緒の診察に付き添ってくれてな…明日家へ来て鞠子に説明すると言っていた」

「あらあら。有難いのですけれど、診療所の方は大丈夫なのかしら?」

「じじばばの相手は飽きたそうだ」

 唇に人差し指をあてて小首を傾げましたら、紫様はむすりとしてそう言ったのでした。

「あらあら」

 その姿が可笑しくて、私はまた自然と笑ってしまうのですわ。

 ◇

「お妙様」

「………」

「お妙様」

「…………」

「お妙様」

「……………」

 十時頃に柚子ゆず様が来るから、お妙さんに雪緒君を連れて買い物へと、なるべく時間を掛けてと昨夜の内にお願いしたのですけれど…これは何なのかしら? と、茶の間でお茶を飲みながら私は首を傾げています。私の向かいに座ります紫様も軽く首を傾げています。あ、紫様は今日も休暇を取って居ます。猛様や他の方々が気に掛かる処ではありますが…紫様曰く『雪緒の事が落ち着くまで休めと、司令から言われた』との事だそうです。あらあら、叔父様ったら、相変わらずの気遣いですわね。
 それにしても、ですわ。
 お庭で洗濯物を干すお妙さんの周りを、雪緒君がぐるぐるとしている姿はとても可愛らしいのですけれど。どうしてお妙さんは返事をしないのかしら? 流石の雪緒君も困った様に少しだけ眉を下げていますわね? もっともっと感情を素直に表しても良い年頃なのだから、これはこれで良いのかと思いますけれども。

「……お、たえさ、ん…!」

「うん、どうしたい? 雪緒?」

 何回かそれを繰り返した後に、困り果てた雪緒君がそうお妙さんの事を呼んだら、お妙さんは後ろに居る雪緒君を振り返って、眉と目尻を下げて、それはそれは優しい笑顔を浮かべたの。それを見た雪緒君は『やっとお返事を戴けました。僕にも手伝わせて下さい』と、小さな笑みを浮かべてお妙さんが手にしていた洗濯物に手を伸ばしました。

「…成程…"ばば"になるとは、こう云う事か…」

 軽く頭を掻きながら苦笑を零す紫様の言葉に、私は頷きます。

「本当に可愛い孫を見る様な笑顔でしたもの」

 "様"呼びに困り果てていたお妙さんなりの策なのでしょうね、これは。本当は"おばあちゃん"の方が良いのでしょうが…流石に未だ難しいわよね…。何時か"お妙おばあちゃん"と雪緒君が呼ぶ日が来るのかしら? その日が来る事を願いながら、小さな手で干した洗濯物をパンパンと叩く雪緒君を頬を緩ませて見て居ました。



――――――――――――――――――――――――

そして買い物に出掛けた後は、番外編の『小さな贅沢』に続く、と☆
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