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向日葵―奇跡の時間―
向日葵の想い【六】
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夏も近付いて来て、ゆき君が廊下にて正座をして待つと云う事がようやく無くなりました。
あ、ゆき君とは雪緒君の事です。自分もお茶休憩を、と云う考えが湧かないゆき君にどうしても休憩を取って欲しくて、つい、勢いでそう呼んでしまったのよね。ゆき君の驚いた顔がとても可愛らしかったわ。それからは、ずっとゆき君と呼んでいます。
自分のお部屋にも慣れて来た様ですし、良かったですわ。
そんなゆき君とのお茶の時間も、お妙さんが居れば素直に頷いてくれます。お妙さんが居ない時は、ほぼほぼ無理矢理なのが何とも嘆かわしいのだけれど。チョコレートも"ご褒美"だと理由を付けないと受け取ってくれませんし。お小遣いも、そう。仕方が無く"給金"として渡しているのだけど、それでゆき君が何かを買ったとかは聞かないのよね…それどころか『こちらのお着物、下着、草履、日々のお食事の代金は幾らでしょうか?』と言い出す始末で…それに紫様が『それらの支払いの心配は要らない。普通は、奉公人には無償で与えられる物だ』とか、ゆき君の鼻を摘まみながら、強引に納得させると云う始末で…家族への道は長いですわね…ふう…。
温くなって来た風に吹かれながら、私達は三人で縁側に並んでお妙さんお薦めの、苺大福を食べて居ます。
食べて居るのですけれど…私の隣にはお妙さん。その隣にゆき君が居ます。
…どうして私の隣に座ってくれないのかしら? お妙さんが羨ましいですわ。
ゆき君は相変わらず宝物を持つ様に、両手で大福を持っていて。少しずつ少しずつ啄む様に食べていて、中から出て来た苺に目を丸くしていたりして、本当に可愛い子ね。
「今日は~! 良いお天気ですね~、手紙の配達です」
「あ、はい、ただいま!」
垣根の向こうから、笑顔で顔を覗かせた郵便局の方の挨拶に、お妙さんが返事をするより早く、ゆき君が縁側の下にある突っ掛けに足を通して、小走りで駆けて行きました。
「す、素早い…」
浮かし掛けた腰を戻すお妙さんに、思わず苦笑してしまいます。
お妙さんは動き過ぎだから、こうして少しでも楽が出来るのなら、それに越した事はありませんわよね。
「でも、良い事ですわ。家に来た頃より顔色も良くなりましたし、髪もだいぶ白髪が目立たなくなって来ましたもの」
「ほんに。…けど、もう少し食べる量が増えてくれたら…」
私の言葉に頷いたお妙さんでしたが、少しだけ苦しそうな表情を浮かべました。
「…そうなのよね…」
『ゆっくりと食べると、少量でもお腹が膨れるのです』
そう言ってお妙さんを泣かせたゆき君だけれど…長年に渡ってそう食べて来たお陰で、ゆっくりと食べるのは変わらなくて…少量でも栄養価の高い物をと、お妙さんが考えて作ってくれているのよね…。食べ盛りの成長盛りの年頃だと思うのだけれど…。…本当にゆき君の親族が恨めしいですわ…。
「はい、奥様。こちら奥様宛のお手紙でした。差出人のお名前は見るつもりは無かったのですが、手渡される時に見えてしまいまして…申し訳ございません」
「あらあら良いのよ。この方は私の文友達ですの。紫様もお妙さんも知っているから、何の問題も無いわよ」
両手で手紙を私に差し出しながら頭を下げるゆき君に、笑いながら言ったけれど、真実では無いのよね。差出人は"河江光子"…叔父様の偽名なのよね。叔父様と文通を始めるにあたって、給金の良い、朱雀の人間である叔父様は、結婚するに相応しい相手で。歳の離れ過ぎた私との縁談の話が持ち上がらない様にと、叔父様が配慮して下さったのだけど…けど、少しだけですけれど、それを寂しいと思ったのは内緒の話。
叔父様が『私からの返事を待たなくても、書きたい日があったら何時でも書いて寄越しなさい』と、言って下さったから、本当に何かがある度に書いてしまっていたのだけれど、叔父様は何時も『元気そうで何よりだ』と、書いて下さるの。だから、それにまた甘えてしまって。迷惑だとかそんな言葉は一切無くて、毎回丁寧にお返事を書いて下さるから、本当に、もう、どうしましょうと言った感じで。
『そうやって、人の辛さと比べて自分の辛さを隠してはいけないよ』
「あ…」
自室にて封を切って叔父様からの手紙に目を通して、私は軽く溜め息を吐いて頬に手をあてました。
「言われてしまいましたわ…」
ゆき君が中々甘えてくれず、未だ頑なな処があり、気を許せないのはこれまでに親族から受けて来た"躾"が原因云々と書き、ゆき君と比べたら私は未だ良い方だったと、ぬるま湯の中に居たのだと、書いてしまいましたの…。
『人に優劣をつけてはいけない。誰かと比べて自分を上げたり貶めたりしてはいけない。君は雪緒君を憐れにしたいのかい?』
「…ごめんなさい…」
ああ、本当に自分が情けないですわ。紫様も似た様な事を口にしていましたのに…。
憐れむだなんて、それは自分が優位な立場に居るから出来る事で、それは驕っているのと同じ事…。
しっかりなさい、鞠子。
私もゆき君も、同じ場所に居るの。ただ、私の方がゆき君より長く生きて、少しだけゆき君より世界を知っているだけ。それを伝えて行けば良いのよ。同じ場所で笑って泣いて過ごして行けば良いの。
そう。私が叔父様や紫様に出逢って知った優しい世界を。辛い事ばかりではなくて、優しい世界もあるのだと云う事を。ゆっくりと急がずに。ゆき君が迷わない様に。その小さな手を引いて行きましょう。
『借金の事を調べたのだけどね。雪緒君のご両親が作った物ではなくて、その友人の保証人になったのが原因だね。友人が夜逃げをして、それがご両親に回ってしまったとの事だよ』
「あらあら、何て事かしら」
あのゆき君のご両親ですもの。何かの間違いに違いありませんわと、書いたのですが…調べて下さるだなんて、流石叔父様ですわ。
本当に、素敵過ぎて…もう…本当に…困ってしまいますわ。
あ、ゆき君とは雪緒君の事です。自分もお茶休憩を、と云う考えが湧かないゆき君にどうしても休憩を取って欲しくて、つい、勢いでそう呼んでしまったのよね。ゆき君の驚いた顔がとても可愛らしかったわ。それからは、ずっとゆき君と呼んでいます。
自分のお部屋にも慣れて来た様ですし、良かったですわ。
そんなゆき君とのお茶の時間も、お妙さんが居れば素直に頷いてくれます。お妙さんが居ない時は、ほぼほぼ無理矢理なのが何とも嘆かわしいのだけれど。チョコレートも"ご褒美"だと理由を付けないと受け取ってくれませんし。お小遣いも、そう。仕方が無く"給金"として渡しているのだけど、それでゆき君が何かを買ったとかは聞かないのよね…それどころか『こちらのお着物、下着、草履、日々のお食事の代金は幾らでしょうか?』と言い出す始末で…それに紫様が『それらの支払いの心配は要らない。普通は、奉公人には無償で与えられる物だ』とか、ゆき君の鼻を摘まみながら、強引に納得させると云う始末で…家族への道は長いですわね…ふう…。
温くなって来た風に吹かれながら、私達は三人で縁側に並んでお妙さんお薦めの、苺大福を食べて居ます。
食べて居るのですけれど…私の隣にはお妙さん。その隣にゆき君が居ます。
…どうして私の隣に座ってくれないのかしら? お妙さんが羨ましいですわ。
ゆき君は相変わらず宝物を持つ様に、両手で大福を持っていて。少しずつ少しずつ啄む様に食べていて、中から出て来た苺に目を丸くしていたりして、本当に可愛い子ね。
「今日は~! 良いお天気ですね~、手紙の配達です」
「あ、はい、ただいま!」
垣根の向こうから、笑顔で顔を覗かせた郵便局の方の挨拶に、お妙さんが返事をするより早く、ゆき君が縁側の下にある突っ掛けに足を通して、小走りで駆けて行きました。
「す、素早い…」
浮かし掛けた腰を戻すお妙さんに、思わず苦笑してしまいます。
お妙さんは動き過ぎだから、こうして少しでも楽が出来るのなら、それに越した事はありませんわよね。
「でも、良い事ですわ。家に来た頃より顔色も良くなりましたし、髪もだいぶ白髪が目立たなくなって来ましたもの」
「ほんに。…けど、もう少し食べる量が増えてくれたら…」
私の言葉に頷いたお妙さんでしたが、少しだけ苦しそうな表情を浮かべました。
「…そうなのよね…」
『ゆっくりと食べると、少量でもお腹が膨れるのです』
そう言ってお妙さんを泣かせたゆき君だけれど…長年に渡ってそう食べて来たお陰で、ゆっくりと食べるのは変わらなくて…少量でも栄養価の高い物をと、お妙さんが考えて作ってくれているのよね…。食べ盛りの成長盛りの年頃だと思うのだけれど…。…本当にゆき君の親族が恨めしいですわ…。
「はい、奥様。こちら奥様宛のお手紙でした。差出人のお名前は見るつもりは無かったのですが、手渡される時に見えてしまいまして…申し訳ございません」
「あらあら良いのよ。この方は私の文友達ですの。紫様もお妙さんも知っているから、何の問題も無いわよ」
両手で手紙を私に差し出しながら頭を下げるゆき君に、笑いながら言ったけれど、真実では無いのよね。差出人は"河江光子"…叔父様の偽名なのよね。叔父様と文通を始めるにあたって、給金の良い、朱雀の人間である叔父様は、結婚するに相応しい相手で。歳の離れ過ぎた私との縁談の話が持ち上がらない様にと、叔父様が配慮して下さったのだけど…けど、少しだけですけれど、それを寂しいと思ったのは内緒の話。
叔父様が『私からの返事を待たなくても、書きたい日があったら何時でも書いて寄越しなさい』と、言って下さったから、本当に何かがある度に書いてしまっていたのだけれど、叔父様は何時も『元気そうで何よりだ』と、書いて下さるの。だから、それにまた甘えてしまって。迷惑だとかそんな言葉は一切無くて、毎回丁寧にお返事を書いて下さるから、本当に、もう、どうしましょうと言った感じで。
『そうやって、人の辛さと比べて自分の辛さを隠してはいけないよ』
「あ…」
自室にて封を切って叔父様からの手紙に目を通して、私は軽く溜め息を吐いて頬に手をあてました。
「言われてしまいましたわ…」
ゆき君が中々甘えてくれず、未だ頑なな処があり、気を許せないのはこれまでに親族から受けて来た"躾"が原因云々と書き、ゆき君と比べたら私は未だ良い方だったと、ぬるま湯の中に居たのだと、書いてしまいましたの…。
『人に優劣をつけてはいけない。誰かと比べて自分を上げたり貶めたりしてはいけない。君は雪緒君を憐れにしたいのかい?』
「…ごめんなさい…」
ああ、本当に自分が情けないですわ。紫様も似た様な事を口にしていましたのに…。
憐れむだなんて、それは自分が優位な立場に居るから出来る事で、それは驕っているのと同じ事…。
しっかりなさい、鞠子。
私もゆき君も、同じ場所に居るの。ただ、私の方がゆき君より長く生きて、少しだけゆき君より世界を知っているだけ。それを伝えて行けば良いのよ。同じ場所で笑って泣いて過ごして行けば良いの。
そう。私が叔父様や紫様に出逢って知った優しい世界を。辛い事ばかりではなくて、優しい世界もあるのだと云う事を。ゆっくりと急がずに。ゆき君が迷わない様に。その小さな手を引いて行きましょう。
『借金の事を調べたのだけどね。雪緒君のご両親が作った物ではなくて、その友人の保証人になったのが原因だね。友人が夜逃げをして、それがご両親に回ってしまったとの事だよ』
「あらあら、何て事かしら」
あのゆき君のご両親ですもの。何かの間違いに違いありませんわと、書いたのですが…調べて下さるだなんて、流石叔父様ですわ。
本当に、素敵過ぎて…もう…本当に…困ってしまいますわ。
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