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向日葵―奇跡の時間―
向日葵の想い【七】
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「雪緒の食欲が落ちている?」
「はい。この数日で一気に気温が上がりましたから、暑気あたりかと…」
「あらあら。せっかく食べる量が増えて来たと喜んでいた処でしたのに…」
茶の間にて、私、紫様、お妙さんがしんみりとしてしまいます。ゆき君は今はお風呂に入っています。何度先に入っても良いのよ、と言っても『僕は一番最後で良いです。そのままお風呂掃除が出来て都合が良いですから』と、聞かないのです。
「…まあ…無理矢理に食わせるのも良くないか…。…雪緒が食べられる物を用意してやってくれ」
「…はい…」
「…間食も増やした方が良いかしら…」
ほう、と溜め息を吐いた時でした。
ガタガタとした音が聞こえて来たのです。
「…何だ?」
「…雨戸の音…?」
「え、雨なんて…?」
紫様が立ち上がり、お妙さんが立ち上がり、最後に私が立ち上がった時、開け放たれた障子の向こうにゆき君の姿が見えました。
「お騒がせしまして申し訳ございません。雷の音が近付いて来ていますので、雨戸を閉めさせて戴いています。あ、あとこちらを」
茶の間の入口にて、立ったままでゆき君が頭を下げて、傍へと寄った紫様に火の灯った蝋燭が刺してある燭台を渡しました。
「…は…?」
紫様が呆然と聞き返す間に、ゆき君は玄関の方へと移動してしまいました。
「ちょ、坊ちゃん!?」
お妙さんが、ゆき君を追い掛けに茶の間から出て少しの後、茶の間は…いいえ、家中の明かりが消えました。
「…は…?」
「あらあら、停電かしら? ああ、この為の蝋燭でしたの?」
確かに雷の音は小さく聞こえていますが、まだ雨は降り出していません。これで停電するとは思えないのですけど。
「雪緒! ブレーカーを上げとくれ!!」
と、首を傾げていましたら、お妙さんの悲痛な叫び声が聞こえて来ました。
「…雪緒…」
ガクリと肩を落として玄関へと向かう紫様の後に、私も続きます。
…転ばぬ先の杖では無くて、起こるべくして起きた事象なのね…。
「いけません。電気は雷の好物なのです。電気を使用していましたら、雷がこちらへと来てしまいます。遠ざかるまでは、このままが良いのです」
土間に立ち、箒を手に持って真面目な顔で語るゆき君に、私も紫様もお妙さんも天を仰いでしまいます。
「…あのな、雪緒。山の小さな村なら、確かに雷はあちこちに落ちるかも知れんが、ここは村とは比べ物にならないぐらいの建物があるし、この家より高い建物も沢山ある。落ちるとすれば、先ずはそこからだ。それに、落ちる程の鳴りではないだろう」
軽く頭を掻きながら、紫様がそう言いながら土間へと下り、戸の上の方にあるブレーカーへと手を伸ばします。
…何故、箒を持っているのかしら? と、思ったけれど…ゆき君は手が届かないから箒の柄を使ったのね…。
「いけません。こちらにあります冷蔵庫はとても大きいのです。それはとても高価な物なのです。雷が落ちましたら大惨事になります」
「…確かに安い物では無いけれど…気にしすぎだと思うわ…。これまでに落ちた事はないのよ?」
「これまでに無かったからと云って、安心してはいけません。これからはあるのかも知れないのです」
…ああ…本当に叔父様への文が捗りますわ…。
「あっても構わん。未だ眠る時間でもないし、明かりを点けて雨戸も開けるぞ」
「いけません!」
再び紫様がブレーカーのスイッチに手を伸ばした時です。
『ゴッ!! ドシャッ!!』
と、云う音と共に戸に嵌めてある硝子の向こうが明るくなり、激しい音を立てて雨が降り出して来たのは。
何とも言えない空気が玄関に漂います。
「油断は禁物なのです。備えあれば憂い無しなのでふが?」
「……ああ、そうだな。だが、この気の持って行き様が無い」
そんな中でゆき君は真面目な顔をしてもっともな事を口にしますが、紫様の手が伸びてゆき君の鼻を摘まみました。
「あの…鼻が曲がらない様に…」
「…紫様…」
…何だかんだで、これもすっかりと恒例の物になりつつありますわね…。
けれど、日々の経過と共に、ゆき君もすっかりとここに馴染んで来た様で本当に良かったですわ。
無表情から生真面目な表情が多くなったゆき君だけれど、紫様に鼻を摘ままれた時に、何時からか、少しだけれど…本当に僅かなのだけれど…眉と目尻が下がる様になったのよね。ゆき君や紫様は気付いていないようだけれど。それがまた愛らしくて。きっと、これまでには無かったそんな触れ合いが嬉しいのね。
でも…と、軽く首を傾げてしまいます。
何時かゆき君に好きな人が出来た時に、鼻を摘まむ様におねだりしたらどうしましょう、と…。
それが原因で嫌われたりしないと良いのだけれど、と、私は頭を悩ませるのでした。
「はい。この数日で一気に気温が上がりましたから、暑気あたりかと…」
「あらあら。せっかく食べる量が増えて来たと喜んでいた処でしたのに…」
茶の間にて、私、紫様、お妙さんがしんみりとしてしまいます。ゆき君は今はお風呂に入っています。何度先に入っても良いのよ、と言っても『僕は一番最後で良いです。そのままお風呂掃除が出来て都合が良いですから』と、聞かないのです。
「…まあ…無理矢理に食わせるのも良くないか…。…雪緒が食べられる物を用意してやってくれ」
「…はい…」
「…間食も増やした方が良いかしら…」
ほう、と溜め息を吐いた時でした。
ガタガタとした音が聞こえて来たのです。
「…何だ?」
「…雨戸の音…?」
「え、雨なんて…?」
紫様が立ち上がり、お妙さんが立ち上がり、最後に私が立ち上がった時、開け放たれた障子の向こうにゆき君の姿が見えました。
「お騒がせしまして申し訳ございません。雷の音が近付いて来ていますので、雨戸を閉めさせて戴いています。あ、あとこちらを」
茶の間の入口にて、立ったままでゆき君が頭を下げて、傍へと寄った紫様に火の灯った蝋燭が刺してある燭台を渡しました。
「…は…?」
紫様が呆然と聞き返す間に、ゆき君は玄関の方へと移動してしまいました。
「ちょ、坊ちゃん!?」
お妙さんが、ゆき君を追い掛けに茶の間から出て少しの後、茶の間は…いいえ、家中の明かりが消えました。
「…は…?」
「あらあら、停電かしら? ああ、この為の蝋燭でしたの?」
確かに雷の音は小さく聞こえていますが、まだ雨は降り出していません。これで停電するとは思えないのですけど。
「雪緒! ブレーカーを上げとくれ!!」
と、首を傾げていましたら、お妙さんの悲痛な叫び声が聞こえて来ました。
「…雪緒…」
ガクリと肩を落として玄関へと向かう紫様の後に、私も続きます。
…転ばぬ先の杖では無くて、起こるべくして起きた事象なのね…。
「いけません。電気は雷の好物なのです。電気を使用していましたら、雷がこちらへと来てしまいます。遠ざかるまでは、このままが良いのです」
土間に立ち、箒を手に持って真面目な顔で語るゆき君に、私も紫様もお妙さんも天を仰いでしまいます。
「…あのな、雪緒。山の小さな村なら、確かに雷はあちこちに落ちるかも知れんが、ここは村とは比べ物にならないぐらいの建物があるし、この家より高い建物も沢山ある。落ちるとすれば、先ずはそこからだ。それに、落ちる程の鳴りではないだろう」
軽く頭を掻きながら、紫様がそう言いながら土間へと下り、戸の上の方にあるブレーカーへと手を伸ばします。
…何故、箒を持っているのかしら? と、思ったけれど…ゆき君は手が届かないから箒の柄を使ったのね…。
「いけません。こちらにあります冷蔵庫はとても大きいのです。それはとても高価な物なのです。雷が落ちましたら大惨事になります」
「…確かに安い物では無いけれど…気にしすぎだと思うわ…。これまでに落ちた事はないのよ?」
「これまでに無かったからと云って、安心してはいけません。これからはあるのかも知れないのです」
…ああ…本当に叔父様への文が捗りますわ…。
「あっても構わん。未だ眠る時間でもないし、明かりを点けて雨戸も開けるぞ」
「いけません!」
再び紫様がブレーカーのスイッチに手を伸ばした時です。
『ゴッ!! ドシャッ!!』
と、云う音と共に戸に嵌めてある硝子の向こうが明るくなり、激しい音を立てて雨が降り出して来たのは。
何とも言えない空気が玄関に漂います。
「油断は禁物なのです。備えあれば憂い無しなのでふが?」
「……ああ、そうだな。だが、この気の持って行き様が無い」
そんな中でゆき君は真面目な顔をしてもっともな事を口にしますが、紫様の手が伸びてゆき君の鼻を摘まみました。
「あの…鼻が曲がらない様に…」
「…紫様…」
…何だかんだで、これもすっかりと恒例の物になりつつありますわね…。
けれど、日々の経過と共に、ゆき君もすっかりとここに馴染んで来た様で本当に良かったですわ。
無表情から生真面目な表情が多くなったゆき君だけれど、紫様に鼻を摘ままれた時に、何時からか、少しだけれど…本当に僅かなのだけれど…眉と目尻が下がる様になったのよね。ゆき君や紫様は気付いていないようだけれど。それがまた愛らしくて。きっと、これまでには無かったそんな触れ合いが嬉しいのね。
でも…と、軽く首を傾げてしまいます。
何時かゆき君に好きな人が出来た時に、鼻を摘まむ様におねだりしたらどうしましょう、と…。
それが原因で嫌われたりしないと良いのだけれど、と、私は頭を悩ませるのでした。
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