旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【八】

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 ゆき君の食欲を悩ませた夏が過ぎ、色着いた葉や落ち葉が目立つ季節となりました。
 そこで私はふと疑問に思っていた事を口にしたのです。

「そう云えば夜のお出掛けがすっかりと無くなりましたが、お身体の方は宜しいのでしょうか?」

「ぶふーっ!?」

 茶の間にて紫様と卓袱台を囲みつつ、開け放たれた障子の向こうに見える、ゆき君とお妙さんが落ち葉を掻き集めている様子を見ながら、何気無く口にしたつもりでしたのに、紫様は飲んでいたお茶を噴き出してしまいました。あらあら、お茶目さんです事。私は袖の中からハンカチーフを取り出し身体を伸ばし、紫様の口元を拭きます。

「…っ、ごほっ、すま、ん…っ…」

 口元を拭う私に紫様がお礼を言って来ますが、これは夫婦なのでしたら、当然の事ですわよね?

「いいえ、気にしないで下さいな。…お勤めがお休みの日にも、お出掛けにならずにこうして居て下さいますし…息抜きに行かなくて宜しいのですか?」

 ですから、私は目を細めて笑います。
 暫し視線を泳がせた後で紫様が口を開きました。

「…親となる者が、遊び歩いていたら示しがつかんだろう…あの家の子の親は…なぞと言われたくは無いし、雪緒にも聞かせたくない」

 あらあら、本当に真面目さんね。

「立派な心掛けだと思いますが、殿方は溜め込むのはお身体には宜しくないのでは?」

 と、叔父様の文にありましたものね。

「そんなのは一人でも…って、えぇい! 問題無いっ!!」

 私の問い掛けに反射的に答えてしまいそうになり、慌てて紫様が首を横に振ります。頬を赤く染めて、本当に可愛らしいですわ。

「旦那様、奥様、焼き芋は如何ですか? 今から落ち葉に火を入れようと思うのですが」

 ふふっと、頬を緩めた時、縁側の戸がカラカラと開いて、ゆき君の高く澄んだ声が聞こえて来ました。

「あらあら。落ち葉で焚き火? 良いわね、外へ出るわ」

「待て。外は冷える。何か羽織る物を」

 腰を上げかけた私を制して、紫様が立ち上がり茶の間から出て行きます。

「お召し上がりになると云う事で宜しいでしょうか?」

 縁側から上がって来たゆき君が、そう声を掛けながら台所へと向かいます。落ち葉に火を点ける為にマッチを取りに行くのね。
 庭を見れば、お妙さんがニコニコと買い物籠からサツマイモを取り出しているのが見えるわ。

「ええ。私は小さいので良いわ。紫様には大きいのをお願いね」

「はい」

 三時のおやつに焼き芋。秋の醍醐味よね。

「ほら。母が使っていた物だが」

 台所からマッチを手に再び庭へと下りるゆき君と入れ替わりに、紫様が厚い布を手に戻って来ました。深い茶色の生地に、赤い糸で格子の模様が入っています。

「あらあら、ありがとうございます」

「母が普段使いで使用していた物だ。これなら多少汚れても構わんだろう」

「あらあら。形見の品でしょう? 怒られますわよ」

「虫に食われるより、身に着けて汚した方が良い」

 むすりと口を結んでしまった紫様の姿に、私は必死に笑いを噛み殺していました。
 本当に、何て可愛らしい方なのかしら。そんな乱暴な事を言うのに、私にストールを巻き付ける手の何て優しい事。
 この優しく大きな手に、何度救われて来たのかしら? それは、今、お庭でお芋を包んでいるゆき君も同じ。はっきりと解る優しさでは無い、押し付けでは無い、こんな優しさがとても心地が良いの。それは、きっと紫様のご両親も、こんな風に愛情を注いで来たからなのね。

「いつもご苦労様です」

 庭へと紫様と二人で出ましたら、ゆき君が郵便物を受け取っている処でした。ゆき君にお礼を言われた配達人の方が『仕事だから』と、とても良い笑顔で去って行きます。
 あらあら。ゆき君たら、将来は人たらしになるのではないのかしら? お妙さんから買い物に行けば、何時もおまけを貰うと聞いていますし…。お肉屋さんでコロッケを買って食べていましたら、何時の間にか行列が出来ていると聞きましたし…おまけでメンチを戴いたとか…あらあら…?
 …嫌われるよりは、好かれた方が良いのだけれど…好かれ過ぎても困り物ですわよね? あらあら? 悩ましい問題ですわね?

「あ、お妙さん宛てですね」

「おや、珍しい。誰から…ああ、一番下の娘からだ…」

 ゆき君から手紙を受け取ったお妙さんが、目を細めて封を切って行きます。お妙さんが口にした様に、こんな時期に珍しいですわね? 大概お年賀のみだった様な気がしますが。

「あれま。可愛い孫が生まれる様に祈れだと」

「わあ、おめでとうございます」

「ああ、おめでとうお妙さん」

「あらあら、喜ばしい事ですわ。一番下の娘さんって、中々嫁に行かないと、お妙さんが嘆いていた方だったかしら?」

「ありがとうございます。…ええ、ええ。手間の掛かる娘でしたが…そうかぁ…母親になるのかぁ…」

 手紙をそっと撫でて微笑むお妙さんの顔は、何処か寂しそうに見えました。
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