旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【十】

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 しとしととした音が聞こえて私は目を覚ましました。

「…あら…?」

 …何だか、とても良い夢を見ていた様な気がするのだけど…どんな夢だったのかしら…?

「…寒…」

 身体を起こして、その寒さに思わず身体を抱き締めてしまいました。

「奥様、おはようございます。お目覚めですか?」

「おはよう、ゆき君。ええ、今、起きた処よ」

 布団の上に乗せていた半纏に腕を通した処で、閉めてある障子の向こうからゆき君の声が聞こえて来ました。起こすのだから、部屋に入っても良いと何度も言っているのに、紳士過ぎて困りますわ。

「昨夜から雨が降り出した様でして、今朝はかなり冷えます。茶の間にて、すとおぶをお出しましたので、そちらで朝餉まで暖まって下さい。その間に、こちらにもすとおぶをご用意させて戴きますね」

「あらあら。冷えると思ったら。ありがとう、直ぐに行くわね」

 秋が過ぎるのは早いもので、もう冬の足音が聞こえる頃です。一雨毎に気温が下がって行く気がします。雨の朝は何故か気が重くなってしまいますわね。

 ◇

「ゆき君へ誕生日の贈り物を?」

 そんなある日の午後の事です。ストーブの上にあるヤカンがシュンシュンと音を立てる茶の間で、ゆかり様がそんな事を言って来たのは。

「ああ、明後日の十一日が雪緒ゆきおの誕生日だ。何をあげれば喜ぶと思う? お妙さんには、今日は何時もとは違う店に行って、雪緒の目に留まる物があれば、それを教えて欲しいと頼んである」

「…悩み処ですわね…ゆき君の欲しがる物なんて、皆目検討もつきませんわ」

 頬に片手をあてて、ほう…と溜め息をついてしまいます。ここへ来るまでは、娯楽や嗜好品等とは無縁のゆき君でしたから…夏のお祭りだって、中々に苦労しましたのに、お誕生日のお祝いですか…難度が高いですわ…。

「…あ、写真…」

 何故か、不意にそんな言葉が口から出てしまいました。

「写真?」

「ええ。未だゆき君の写真を撮ってませんわ。お誕生日には皆で写真を撮りましょう」

 僅かに眉を動かした紫様に、私は顔の前で軽く両手を合わせて笑います。
 そうですわ。紫様ったら、ご自身が写るのを嫌がるのでしたわ。むすりとした自分の顔を見ても何も楽しくないと言いながらアルバムを見せて下さったのよね。幼い頃から紫様は笑う事が苦手な様で、アルバムには笑顔の写真が一枚も無かったの。良い機会ですから、笑顔の紫様を収めましょう、そうしましょう。『いちたすいちは、に』と云う、笑顔になる言葉がありましたわよね? それを口にすれば、流石の紫様も笑顔になりますわ。

 ◇

「…砥石に新発売の洗濯石鹸…蒸し器…出刃包丁…片手鍋…玉子焼き専用のフライパン…」

 卓袱台に肩肘を付き、その手で額を押さえて紫様が呻く様に言います。隣に座る私も、思わず額を押さえてしまいました。

「…はい…。後は…料理の著書…裁縫道具…あ、新しく発売されたチョコレートを見ていました…」

 私達の向かいに座り、お茶の入った湯呑みを持ちながら、お妙さんが申し訳無さそうに続けました。

「…全部生活に密着した物だし、チョコレートは何時もあげている物だ…あいつに直接聞くか?」

「そうしたら、絶対に言いませんし、受け取りませんわよ…誕生日のお祝いも不要だと言い出し兼ねませんわ…不意を付きませんと…」

「…お値段の張る物も、きっと受け取った瞬間に返品に走りそうです…」

 お妙さんのその言葉に、私達は長い長い息を吐いたのでした。
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