旦那様と僕

三冬月マヨ

文字の大きさ
73 / 86
向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【十七】

しおりを挟む
「わあ、見て下さい奥様、土筆つくしが出ていますよ」

「あら、本当。もう、春もそこなのね」

「卵とじに天ぷら、佃煮…奥様はどれがお好きですか?」

「あらあら。そうね、私は…」

 今日は暖かく天気も良いので、私はゆき君と買い物へと出て来ています。その帰りに、たまには寄り道しましょうと、河原まで来ました。
 今頃はおたえさんがゆかり様に、お暇のお話をしている事でしょう。
 お妙さんの娘さんの旦那様からのお便り…それは、初産で情緒不安定になっているから、母親であるお妙さんに側に居て欲しいとの内容の物でした。その数日後にお妙さんに娘さんから『私の事は気にしないで。旦那が勝手にごめんね。私が誰の娘だと思ってるの? 心配しないで』と電話がありました。
 お妙さんは『全く、心配性な旦那だね』と、笑っていましたが…それから考え込む事が多くなった気がします。きっと、娘さんの傍に居たいのでしょう。母親になる娘さんの力になりたいと思っているのでしょう。紫様は自分達の事は気にせず、娘さんの傍に居てやると良いと言っています。私も、口ではそう言いますけれど…。…けれど…紫様と縁を結んでから、ずっと傍に居てくれたお妙さんが居なくなるのは、どうしても悲しく切なくて。きっと、酷い、辛い笑顔を浮かべていると思います…ああ、何て情けないのかしら…。
 私と縁を結ぶ時に、お妙さんの負担を減らそうとした紫様が、若い方を雇われた事がありました。…まあ、あまり口にはしたくはないのですけれどね? 雇用主である紫様の妻の私に暴言を吐く等と、お妙さんが紫様に泣いて報告してくれた事、本当に嬉しかったわ。私は、何時もの事と、聞き流していたのだけれど。何時も気を遣ってくれて、優しくて、私が大人しくしていないと怒ってくれて。そんなお妙さんが居なくなるなんて…。
 …けれど、やはり、そんなお妙さんが居たら心強いのは間違いが無くて。だから、素直に『寂しくなるけれど、娘さんの力になってあげて欲しいわ』と、情けない笑顔で言ったら、お妙さんも仕方が無いと言う様に、肩を竦めて笑ったのでした。

「ほら、見て下さい、奥様。こんなに採れましたよ。佃煮にしましょうか。お妙さんに良く作り方を教わらなければなりません」

 そんな事を考えていたら、ゆき君が買い物籠一杯の土筆を見せて来ました。

「あらあら。何時の間に…あら、あれは摘まないのかしら?」

 いけないわ。余り考え事をしていたら、ゆき君に心配を掛けてしまうわね。
 口元に手をあてて、土筆が出ていた一帯を見たら、ポツンポツンと頭を覗かせている物が残っていました。

「あちらはまだ小さいので、大きくなるまではあのままです」

「あらあら。そうね。この陽気が続けば、直ぐに大きくなるわね」

 真面目な顔で小さな土筆を見るゆき君に、自然と笑みが溢れます。
 この暖かい日に、辛くなる事を考えていたら駄目よね。ゆき君が笑える様にしていないといけないわよね?

「はい。そうしましたらお妙さんと一緒に摘みたいと思いす。お妙さんは凄いです。僕、土筆が食べられるだなんて知りませんでした」

 あらあら。もしかして、それが狙いなのかしら? お孫さんが産まれる前に、お妙さんは娘さんの処へと言っていたけれど…ゆき君と土筆を摘む時間はあるわよね? 四月下旬から五月上旬の予定との話だったわよね? ああ、春が出逢いと別れの季節だなんて、誰が言ったのかしら?

「ふふ、そうね。私も、お妙さんに会うまでは知らなかったわ」

「奥様もですか? 僕と同じですね!」

「ええ。イナゴもね?」

「はああっ! 僕はあれは苦手です…我儘で贅沢だとは思いますし、作って下さったお妙さんには申し訳無いのですけれど…」

 しょんぼりと肩を落とすゆき君に『私もよ』と、笑います。
 本当に、家に来た頃と比べると、何て表情が豊かになったのかしら。それは、やはりお妙さんが居てくれたからで。お妙さんが孫に接する様に優しく、時に厳しくゆき君と過ごしてくれたから。きっと、お妙さんが居なかったら、まだゆき君の表情は固いままだったと思うわ。肩の力を抜いて良い場所なのだと、お妙さんが教えてくれたから…。
 …私も、そうして行かないと、ね?
 お妙さんの様には無理でしょうけれど。
 だから、私は少しだけ悪戯っぽく笑って、片手をお腹にあてます。
 
「ねえ、ゆき君? 寄り道したらお腹が空いてしまったの。このままだと倒れそうよ」

「それはいけません! 夕餉までは、まだまだ時間があります! そうです、お肉屋さんでころっけを買いましょう! 知っていますか? 揚げたてのころっけはとても美味しいのですよ。ほかほかでほくほくで、心がぽかぽかとして来るのです!」

「あらあら、それはとても楽しみだわ。ゆき君のお勧めのコロッケは何かしら?」

 丸い目を輝かせてお肉屋さんがある方角を指差して力説するゆき君が可愛らしくて、私はやはり頬を綻ばせてしまいます。

「うぅん…どれも美味しいので、難しい質問です…ですが…そうですね…」

 顎に拳をあててお肉屋さんを目指して歩き出すゆき君の隣に並んで、私はゆき君が語るお勧めのコロッケの話に耳を傾けていました。
 さわさわと吹く風は心地良く、もう冬はとうに過ぎ去ったのだと教えてくれる様でした。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

【完結】君の穿ったインソムニア

古都まとい
BL
建設会社の事務として働く佐野純平(さの じゅんぺい)は、上司のパワハラによって眠れない日々を過ごしていた。後輩の勧めで病院を受診した純平は不眠症の診断を受け、処方された薬を受け取りに薬局を訪れる。 純平が訪れた薬局には担当薬剤師制度があり、純平の担当薬剤師となったのは水瀬隼人(みなせ はやと)という茶髪の明るい青年だった。 「佐野さんの全部、俺が支えてあげますよ?」 陽キャ薬剤師×不眠症会社員の社会人BL。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか

Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。 無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して―― 最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。 死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。 生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。 ※軽い性的表現あり 短編から長編に変更しています

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

あなたのいちばんすきなひと

名衛 澄
BL
亜食有誠(あじきゆうせい)は幼なじみの与木実晴(よぎみはる)に好意を寄せている。 ある日、有誠が冗談のつもりで実晴に付き合おうかと提案したところ、まさかのOKをもらってしまった。 有誠が混乱している間にお付き合いが始まってしまうが、実晴の態度はいつもと変わらない。 俺のことを好きでもないくせに、なぜ付き合う気になったんだ。 実晴の考えていることがわからず、不安に苛まれる有誠。 そんなとき、実晴の元カノから実晴との復縁に協力してほしいと相談を受ける。 また友人に、幼なじみに戻ったとしても、実晴のとなりにいたい。 自分の気持ちを隠して実晴との"恋人ごっこ"の関係を続ける有誠は―― 隠れ執着攻め×不器用一生懸命受けの、学園青春ストーリー。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?

海野雫
BL
大学3年の直人(なおと)は、恋愛経験ゼロ。人付き合いは苦手ではないが、誰かを「好きになる」感情がよくわからない。付き合ってる友人たちを見ても、自分には縁のない話だと思っていた。 ある日、部活の後輩である健(けん)が「一緒にルームシェアしませんか?」と持ちかけてくる。引っ越しを考えていた直人は、悪くない条件にOKを出し、ふたりの同居生活が始まる。 快適すぎる日々。健は料理も掃除もできて、適度に距離を保ってくれる最高のルームメイト。
しかしある夜、健がポツリと呟く。 「……元カレ、まだ忘れられないんです」
「ねえ先輩。付き合ってみませんか?――“好きじゃなくてもいいから”」 からかわれていると思いながらも、冗談めかして了承してしまう直人。
それが、まさかの擬似恋人生活の始まりだった。 恋人ごっこなのに手をつないだり、映画を観に行ったり、肩を貸したり。
最初はただの遊びだったのに、直人はだんだん健が笑うと嬉しくて、泣くと苦しいと感じるようになっていく。 一方、健は「直人に本気になってはいけない」と自分に言い聞かせていたが、直人の優しさや真面目さに、次第に惹かれ始める。 擬似恋人から始まった関係は、本物の「好き」に変わるのか? 本気になったとき、ふたりはどう答えを出すのか――。

処理中です...