10 / 31
♯1
9. 罪な朝
しおりを挟む
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、部屋に薄いグレーの影を落としている。
見慣れない景色、ホテルの部屋。
隣に目をやると、桐生さんがこちらに体を向け、静かに眠っている。整った寝顔は、昨夜の挑発的な熱を宿した男とはまるで別人だ。
そうだ、オレ、桐生さんに抱かれたんだ……。
伊勢への想いを吐露したこと。そして、流されるように、熱に溺れたこと。
喉の奥がカラカラに乾いていた。
思ったよりも、冷静に事実を受け入れられた。ただ、自分がとんでもない過ちを犯したという気持ちはある。
静かにベッドから抜け出そうと体を起こした、その時だった。
「どこへ行くの?」
低く、けれどクリアな声が響いた。桐生さんがゆっくりと目を開け、オレを見つめている。
「あ、あの、喉が乾いて」
オレは慌ててシーツを掴み直す。体中に残る痕跡が、昨夜の出来事を鮮明に思い出させ、さらに頬が熱くなった。
「そうか、昨夜はたくさん喘いでいたからね」
桐生さんは微かに笑う。
「待ってて、オレが持ってくるから」
言うより早く、桐生さんはベッドから降りる。全裸の後ろ姿に、驚き思わず眼をつぶった。
すぐに、ペットボトルのキャップを開ける音がした。
「え? ちょ、待っ――」
抗議の声は最後まで出せなかった。
熱い舌と冷たい水が同時に押し込まれ、喉の奥まで流れ込んでくる。
「……ん、んぐっ……!」
水の冷たさよりも、舌の感触の方が鮮烈だった。
ただ水を飲ませるだけの行為なのに、唇を塞がれ、舌を絡められ、体の芯までじんじんと痺れていく。
「ふっ、ん、……ごくん」
ようやく飲み下すと、唇が離れた。薄く糸を引く水滴が顎を伝って落ちる。
「どう? 少しは潤った?」
桐生さんは優雅に微笑んだまま、口を離す。
「身体は?痛いところはない?」
「な、なんで口移しなんですか!」
「ダメだった?」
桐生さんは、またベッドにごろんと転がった。
「ねえ、理久」
オレの前髪を撫でる。
「後悔してるの?」
言葉が喉に詰まる。
正直、分からない。桐生さんに伊勢への想いをすべて受け止めてもらえたことで得た解放感は本物だ。だが、この行為が正しいかと言われれば、答えは「否」だった。
「……違います。ただ、その、オレは……」
「伊勢を愛してるのに、かな?」
桐生さんは楽しむように、優しく、オレの頬を撫でた。
「俺と伊勢は、似ているところがたくさんあってね」
人に与える光、本質が似ているとは、オレも思っていた。
「たぶん、セックスも似てると思うよ?」
その言葉に、オレは完全に固まった。全身の血液が逆流するような、強烈な侮辱と、否定できない真実が同時にオレを襲う。
「だから、理久が昨夜感じたものは、君の妄想の延長線上にあったのかもしれない。そう思ってみたら?」
桐生さんはクスッと笑い、オレの耳元にさらに近づいた。
「どう?はじめて抱かれた感想は?」
動揺で視線が揺れる。羞恥と罪悪感で顔が熱い。
なんて意地悪だ。でも。
オレは、静かに桐生さんから視線を外し、昨夜の記憶を辿った。
初めて本音を吐き出したとき、強く抱きしめられた腕の温もり。
言葉は皮肉で満ちていても、その抱き方には、たしかに優しさがあった。
オレの孤独や苦しみを、ひとときの役割としてでも、受け止めてくれた優しさが。
オレは小さく首を振った。
「……違います。誰かの代わりなんて、誰もなれないから」
桐生さんは、オレの瞳をじっと見つめ、その口元に再び笑みを浮かべた。
「君は、本当にキレイな目をしているね」
その眼差しは、すべてを見透かし、すべてを許すような深さを持っていた。
『キレイな目をしてたから。それだけ』
それは、伊勢に初めて会った日にも、言われた言葉だった。
見慣れない景色、ホテルの部屋。
隣に目をやると、桐生さんがこちらに体を向け、静かに眠っている。整った寝顔は、昨夜の挑発的な熱を宿した男とはまるで別人だ。
そうだ、オレ、桐生さんに抱かれたんだ……。
伊勢への想いを吐露したこと。そして、流されるように、熱に溺れたこと。
喉の奥がカラカラに乾いていた。
思ったよりも、冷静に事実を受け入れられた。ただ、自分がとんでもない過ちを犯したという気持ちはある。
静かにベッドから抜け出そうと体を起こした、その時だった。
「どこへ行くの?」
低く、けれどクリアな声が響いた。桐生さんがゆっくりと目を開け、オレを見つめている。
「あ、あの、喉が乾いて」
オレは慌ててシーツを掴み直す。体中に残る痕跡が、昨夜の出来事を鮮明に思い出させ、さらに頬が熱くなった。
「そうか、昨夜はたくさん喘いでいたからね」
桐生さんは微かに笑う。
「待ってて、オレが持ってくるから」
言うより早く、桐生さんはベッドから降りる。全裸の後ろ姿に、驚き思わず眼をつぶった。
すぐに、ペットボトルのキャップを開ける音がした。
「え? ちょ、待っ――」
抗議の声は最後まで出せなかった。
熱い舌と冷たい水が同時に押し込まれ、喉の奥まで流れ込んでくる。
「……ん、んぐっ……!」
水の冷たさよりも、舌の感触の方が鮮烈だった。
ただ水を飲ませるだけの行為なのに、唇を塞がれ、舌を絡められ、体の芯までじんじんと痺れていく。
「ふっ、ん、……ごくん」
ようやく飲み下すと、唇が離れた。薄く糸を引く水滴が顎を伝って落ちる。
「どう? 少しは潤った?」
桐生さんは優雅に微笑んだまま、口を離す。
「身体は?痛いところはない?」
「な、なんで口移しなんですか!」
「ダメだった?」
桐生さんは、またベッドにごろんと転がった。
「ねえ、理久」
オレの前髪を撫でる。
「後悔してるの?」
言葉が喉に詰まる。
正直、分からない。桐生さんに伊勢への想いをすべて受け止めてもらえたことで得た解放感は本物だ。だが、この行為が正しいかと言われれば、答えは「否」だった。
「……違います。ただ、その、オレは……」
「伊勢を愛してるのに、かな?」
桐生さんは楽しむように、優しく、オレの頬を撫でた。
「俺と伊勢は、似ているところがたくさんあってね」
人に与える光、本質が似ているとは、オレも思っていた。
「たぶん、セックスも似てると思うよ?」
その言葉に、オレは完全に固まった。全身の血液が逆流するような、強烈な侮辱と、否定できない真実が同時にオレを襲う。
「だから、理久が昨夜感じたものは、君の妄想の延長線上にあったのかもしれない。そう思ってみたら?」
桐生さんはクスッと笑い、オレの耳元にさらに近づいた。
「どう?はじめて抱かれた感想は?」
動揺で視線が揺れる。羞恥と罪悪感で顔が熱い。
なんて意地悪だ。でも。
オレは、静かに桐生さんから視線を外し、昨夜の記憶を辿った。
初めて本音を吐き出したとき、強く抱きしめられた腕の温もり。
言葉は皮肉で満ちていても、その抱き方には、たしかに優しさがあった。
オレの孤独や苦しみを、ひとときの役割としてでも、受け止めてくれた優しさが。
オレは小さく首を振った。
「……違います。誰かの代わりなんて、誰もなれないから」
桐生さんは、オレの瞳をじっと見つめ、その口元に再び笑みを浮かべた。
「君は、本当にキレイな目をしているね」
その眼差しは、すべてを見透かし、すべてを許すような深さを持っていた。
『キレイな目をしてたから。それだけ』
それは、伊勢に初めて会った日にも、言われた言葉だった。
11
あなたにおすすめの小説
アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。
天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!?
学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。
ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。
智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。
「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」
無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。
住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!
先輩アイドルに溺愛されて、恋もステージもプロデュースされる件 <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ③
進路に悩む高校三年生の戸塚ツバサ。憧れの先輩は今や人気アイドルグループ【TOMARIGI】の浅見蒼真。
同じ事務所の、候補生としてレッスンに励む日々。「ツバサ、まだダンス続けてたんだな」再会した先輩は、オレのことを覚えていてくれた。
ある日、ライバルと息の合ったダンスを疲労すると、蒼真は嫉妬を剥き出しにしに💜先輩という立場を利用してキスを迫る。
友情と、憧れと、そして胸の奥に芽生え始めた恋。「少しだけ、こうしてて」ライブ前夜、不安を打ち明けてくれた先輩。
完璧なアイドルの裏の顔。その弱さに、俺は胸が締めつけられる。この夏、俺たちの関係は、もう後戻りできない…
死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる
ユーリ
BL
魔法省に悪魔が降り立ったーー世話係に任命された花音は憂鬱だった。だって悪魔が胡散臭い。なのになぜか死神に狙われているからと一緒に住むことになり…しかも悪魔に甘やかされる!?
「お前みたいなドジでバカでかわいいやつが好きなんだよ」スパダリ悪魔×死神に狙われるドジっ子「なんか恋人みたい…」ーー死神に狙われた少年は悪魔に甘やかされる??
オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。
黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の
(本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である)
異世界ファンタジーラブコメ。
魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、
「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」
そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。
魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。
ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。
彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、
そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』
と書かれていたので、うっかり
「この先輩、人間嫌いとは思えないな」
と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!?
この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、
同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、
「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」
「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」
とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑)
キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、
そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。
全年齢対象です。
BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・
ぜひよろしくお願いします!
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
なぜかピアス男子に溺愛される話
光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった!
「夏希、俺のこと好きになってよ――」
突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。
ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!
【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています
大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。
冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。
※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる