【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう

文字の大きさ
11 / 31
♯1

10. ビターチョコの苦さは恋の味

しおりを挟む
「また、欲しくなったらいつでも呼んで」


桐生さんは、そう言ってホテルを出て行った。


全身に桐生さんの熱の余韻と、残された罪の意識をまとっているようだった。


もう、切り替えなければ。

今日は、TOMARIGI3人揃って、秋の新作高級チョコレートのCM撮影だった。


都内のスタジオは、白とシックな茶色を基調とした暖かみのあるセットで、どこからかチョコレートの甘い香りが漂っていた。


3種類のチョコレートに合わせ、オレの衣装は抹茶のディープグリーン。伊勢は情熱的なストロベリーレッド。蒼真は、優しく甘いキャラメルブラウンだ。


メイクを終え、セットに向かうと伊勢とマネージャーの湊さんが雑談をしていた。


「片倉くん、体調はどうですか?」


湊さんには、オレの心の奥底を見抜かれているようで、胸が締め付けられる。


「ご、ごめん。もう大丈夫」


オレはいつもの笑顔を貼り付けようと努めた。

伊勢は、心配そうにオレの顔を覗き込む。


「なんだか肌ツヤいいな、片倉」


オレの背筋が凍り付いた。


「え……」

「目元の下のクマも、いつもよりマシだ。もしかして、欲求不満が解消したとか?」


伊勢は悪意なく、親友をからかうように笑った。

変なところで察しがいい!図星だなんて。


桐生さんに抱かれたことで、長年燻っていた伊勢への片思いという欲求不満は、たしかに解消した。しかし、同時に、その行為はオレの心に、罪悪感という泥を塗りつけたのだ。


「そんなわけないだろ!」


オレは慌てて否定した。珍しく声を荒げてしまい、周囲がしんとなる。

湊さんは、一歩後ろから、そんなオレたちを心配そうに見つめている。オレの動揺は、伊勢の恋人である彼に、最も気づかれてはいけないものだった。


「何やってんだ?そろそろ始まるぞ」


蒼真がやってきて、その場はなんとなく収まった。


「はい、TOMARIGIの皆さん、セッティングお願いします!」


3人が寄り添い笑いながら、チョコを食べるシーンだ。


「さあ、伊勢くんが真ん中ね。はい、もっとぎゅっと寄り添って! 幸せを噛みしめる感じで!」


ディレクターに言われるまま、オレは蒼真に背中を、伊勢に肩を寄せた。


伊勢の体温、彼から漂う石鹸の香り。オレは、伊勢の傍にある、世界で一番安全で、幸せな場所にいるはずだった。

だが、その身体的な近さが、オレを激しくパニックさせた。


似ている。 桐生さんの熱と……


桐生さんの『セックスも似てると思うよ?』という言葉が、鋭く頭の中で響く。

オレは、伊勢に触れられているこの瞬間、桐生さんを思い出しているという事実に、激しい自己嫌悪に陥った。


「はい、じゃあ視線はこっちに、最高の表情で!」


抹茶チョコを口に運んだ。

鼻腔に広がるのは、甘い香りの奥にある、鋭い苦味。

ああ、苦いな……。


伊勢の隣で偽りの笑顔を張り付け、こんなの、誰が喜ぶのだろうか。
TOMARIGIのファンは、どう思うのだろうか。


オレの笑顔が、チョコのように溶けてなくなる。


「……ッ!」


口の中のチョコを飲み込めず、咳き込んでしまった。


「カット!カット!」


ディレクターの声が響く。


「大丈夫ですか?」


湊さんが水を持って駆け寄る。


「すみません、大丈夫です」

「無理しないでください」


しかし、そのあとも何度もNGを連発。


「もう、チョコ食べたくないんだけど」


伊勢と蒼真に冷たく睨まれてしまった。

その日の撮影は、オレの不調のせいで、予定を大幅に超過した。

オレの心は、罪の苦味で満たされたままだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

先輩アイドルに溺愛されて、恋もステージもプロデュースされる件 <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ③ 進路に悩む高校三年生の戸塚ツバサ。憧れの先輩は今や人気アイドルグループ【TOMARIGI】の浅見蒼真。 同じ事務所の、候補生としてレッスンに励む日々。「ツバサ、まだダンス続けてたんだな」再会した先輩は、オレのことを覚えていてくれた。 ある日、ライバルと息の合ったダンスを疲労すると、蒼真は嫉妬を剥き出しにしに💜先輩という立場を利用してキスを迫る。 友情と、憧れと、そして胸の奥に芽生え始めた恋。「少しだけ、こうしてて」ライブ前夜、不安を打ち明けてくれた先輩。 完璧なアイドルの裏の顔。その弱さに、俺は胸が締めつけられる。この夏、俺たちの関係は、もう後戻りできない…

アイドルくん、俺の前では生活能力ゼロの甘えん坊でした。~俺の住み込みバイト先は後輩の高校生アイドルくんでした。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
BL
家計を助けるため、住み込み家政婦バイトを始めた高校生・桜井智也。豪邸の家主は、寝癖頭によれよれTシャツの青年…と思いきや、その正体は学校の後輩でキラキラ王子様アイドル・橘圭吾だった!? 学校では完璧、家では生活能力ゼロ。そんな圭吾のギャップに振り回されながらも、世話を焼く日々にやりがいを感じる智也。 ステージの上では完璧な王子様なのに、家ではカップ麺すら作れない究極のポンコツ男子。 智也の作る温かい手料理に胃袋を掴まれた圭吾は、次第に心を許し、子犬のように懐いてくる。 「先輩、お腹すいた」「どこにも行かないで」 無防備な素顔と時折見せる寂しげな表情に、智也の心は絆されていく。 住む世界が違うはずの二人。秘密の契約から始まる、甘くて美味しい青春ラブストーリー!

先輩アイドルは僕の制服を脱がせ、次のステージへと誘う〈TOMARIGIシリーズ ツバサ×蒼真 #2〉

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ★ツバサ×蒼真 ​ツバサは大学進学とデビュー準備のため、実家を出て東京で一人暮らしを始めることに。 高校の卒業式が終わると、トップアイドルの蒼真が、満開の桜の下に颯爽と現れた。 ​蒼真はツバサの母に「俺が必ずアイドルとして輝かせます」と力強く宣言すると、ツバサを連れて都内へと車を走らせた。 ​新居は蒼真と同じマンションだった。ワンルームの部屋に到着すると、蒼真はツバサを強く抱きしめた。「最後の制服は、俺の手で脱がせたい」と熱く語る。 ​高校卒業と大学進学。「次のステージ」に立つための新生活。これは、二人の恋の続きであり、ツバサの夢の始まり……

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

弟がガチ勢すぎて愛が重い~魔王の座をささげられたんだけど、どうしたらいい?~

マツヲ。
BL
久しぶりに会った弟は、現魔王の長兄への謀反を企てた張本人だった。 王家を恨む弟の気持ちを知る主人公は死を覚悟するものの、なぜかその弟は王の座を捧げてきて……。 というヤンデレ弟×良識派の兄の話が読みたくて書いたものです。 この先はきっと弟にめっちゃ執着されて、おいしく食われるにちがいない。

なぜかピアス男子に溺愛される話

光野凜
BL
夏希はある夜、ピアスバチバチのダウナー系、零と出会うが、翌日クラスに転校してきたのはピアスを外した優しい彼――なんと同一人物だった! 「夏希、俺のこと好きになってよ――」 突然のキスと真剣な告白に、夏希の胸は熱く乱れる。けれど、素直になれない自分に戸惑い、零のギャップに振り回される日々。 ピュア×ギャップにきゅんが止まらない、ドキドキ青春BL!

オレにだけ「ステイタス画面」っていうのが見える。

黒茶
BL
人気者だけど実は人間嫌いの嘘つき先輩×素直すぎる後輩の (本人たちは気づいていないが実は乙女ゲームの世界である) 異世界ファンタジーラブコメ。 魔法騎士学院の2年生のクラウスの長所であり短所であるところは、 「なんでも思ったことを口に出してしまうところ。」 そして彼の秘密は、この学院内の特定の人物の個人情報が『ステータス画面』というもので見えてしまうこと。 魔法が存在するこの世界でもそんな魔法は聞いたことがないのでなんとなく秘密にしていた。 ある日、ステータス画面がみえている人物の一人、5年生のヴァルダー先輩をみかける。 彼はいつも人に囲まれていて人気者だが、 そのステータス画面には、『人間嫌い』『息を吐くようにウソをつく』 と書かれていたので、うっかり 「この先輩、人間嫌いとは思えないな」 と口に出してしまったら、それを先輩に気付かれてしまい・・・!? この作品はこの1作品だけでも読むことができますが、 同じくアルファポリスさんで公開させていただいております、 「乙女ゲームの難関攻略対象をたぶらかしてみた結果。」 「俺が王太子殿下の専属護衛騎士になるまでの話。」 とあわせて「乙女ゲー3部作」となっております。(だせぇ名前だ・・・笑) キャラクターや舞台がクロスオーバーなどしておりますので、 そちらの作品と合わせて読んでいただけたら10倍くらい美味しい設定となっております。 全年齢対象です。 BLに慣れてない方でも読みやすいかと・・・ ぜひよろしくお願いします!

処理中です...