【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう

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♯1

8. たぶん、最初から恋していた

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高校1年生の夏休み。


オレは芸能事務所の、新人オーディションに向かっていた。


正直、行きたくて行くわけじゃない。引っ込み思案で、学校にも馴染めなかったオレを心配した親が、「何かきっかけになれば」と勝手に応募したのだ。


はじめて1人で乗った新幹線。品川駅での乗り換えに戸惑い、渋谷のスクランブル交差点に着いたときは、もう人混みに辟易していた。

事務所の待合室は真っ白な壁に囲まれ、窓から光が差し込んでいる。

手に握った履歴書は汗ばむ。


高校の制服で来たことを後悔した。周りの受験者たちの洒落た服装に比べ、明らかに浮いて見えた。

心細くて、椅子にぎゅっと背を丸めた。


「すごい人だね。100人くらいいるよ」


隣に座った同世代の男の子が、さりげなく声をかけてきた。

「あ、そう、ですね……」


緊張で声が小さくなり、まともに返せない。


「俺は伊勢優、高校2年生。君は?」


屈託のない笑顔を向けられた。まだ少年の色を残す、眩しい笑顔だった。


「片倉理久です。高校1年生です」

「緊張してる?まあ、気楽に行こうよ」


その一言だけで、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。


やがて、面接がはじまった。


質疑応答と3分のアピールタイム。

みんなは堂々と、自分の実力を見せつける。キレイなのあるダンス、美しい歌声。中には一発芸で笑いを誘う強者もいた。


オレだけ、なにもない。


「次、伊勢優くん」

「はい」


すらりとした体躯、色素の薄い髪、そして何より、光をまとったような存在感を放っていた。

まるでステージに立つためだけに生まれてきた人間。オレのくすんだ毎日とは違う、神様から与えられた才能を背負った人間だった。


彼のパフォーマンスは圧倒的だった。

ダンスは指先までしなやかに、甘く響く歌声は心を震わせた。


オレは、自分がここにいる意味を忘れそうになるほど、見惚れていた。


人が輝いて見える。それは、はじめての感覚だった。


伊勢のパフォーマンスに圧倒され、自分が呼ばれたことさえ、気がつかなかった。


面接官の視線が痛い。


すべてか終わり、トボトボと面接会場を後にした。


「よう、おつかれさま!」


後ろから肩を叩かれ、振り向くと伊勢がいた。


「伊勢さん、受かるといいですね」

「片倉もな」

「いや、オレは無理ですよ。緊張して何を話したかも覚えてないし」


伊勢はクスクス笑った。


「その制服」

「制服?」

「事務所の社長の母校だよね。片倉、結構あざといな。いや、受かるためには、知略も必要だけど」


田舎の私立高校の制服なんて、誰も分からないと思っていた。


「え、そうなの?知らなかった!お洒落なんてわからないから、苦肉の策なんだけど」

「なんだ、天然かよ」


笑いが弾けた瞬間、オレもつられて心から笑えた。

久しぶりに、自然に息ができた気がした。距離がぐっと縮まり、まるで長年の友人といるような安心感があった。


「まぁ、制服なんてなくても、片倉は受かるだろ」

「なんで?」


伊勢は曇りのない笑顔で言った。


「キレイな目をしてたから。それだけ」


駅まで並んで歩く。

都会の巨大なビル群がそびえ立ち、その間から、溶け出すようなまぶしい夏の夕日が射し込んでいた。


オレンジ色の光が伊勢の横顔を照らし、オレたちの影を長く、強く引き伸ばした。
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