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♯1
19. 開演直前のスキャンダル
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ドームツアー初日、北海道の会場。
時刻は開演1時間前。ドームの巨大な空間の裏側は、異様な静けさと、張り詰めた緊張感に支配されていた。
メインステージから突き出した花道、その先のセンターステージ。昨日まで映像で見ていたはずの会場が、今は肌で感じる現実としてオレたちを包む。
「よし、マイクチェックOK」
ヘッドセットを装着した伊勢が、オレの背中に向かって小さく声をかけた。伊勢の目は、すでに観客が埋まっている未来の光景を見ているかのように、強く輝いている。
リハーサルでのオレのパフォーマンスは、過去最高に研ぎ澄まされていた。伊勢への想いを断ち切れたのだろうか。自分でも驚くほど、動きに迷いがない。
「なんだよ片倉、今日のダンスのキレ、最高だな」
伊勢が笑う。
「ありがとう。まぁ、蒼真の方が断然上手いけどね」
「俺は努力と才能です。片倉は意識の改革」
しれっと悪びれないで言う蒼真に、オレは焦った。
「ちょっと、蒼真!」
「ん、なに?どういうこと?」
「なんでもないよ!」
3人揃ってわちゃわちゃと笑い合うのは久しぶりだ。ツアー密着ドキュメンタリーのカメラがこちらの様子を窺っているのも、さほど気にならなくなった。
ちゃんと笑えているのが、自分でも分かるからだ。
「みなさん、本番まで少し休憩しましょう。ケータリングもありますよ」
湊さんが休憩室へと誘導した。確かに少し腹も減っていた。歌って踊って2時間半。体力勝負になる。
控室では、夕方のニュース番組がついていた。
軽い食事をとった後、オレは水を飲みながらスタジオの隅にあるモニターをなんとなく眺めていた。すると、画面に大きな見出しが躍った。
『【速報】人気俳優・桐生翔、若手女優との熱愛が決定的!』
そのテロップに息をのむ。指先が一瞬で凍りついた。
「え、桐生さん?マジかよ」
伊勢が声を上げる。蒼真は無表情のまま「へぇ」とだけつぶやき、湊さんは目をパチパチさせている。
「この2人、何度か共演してたし、お似合いではあるよね」
遠くから女性スタッフの声が聞こえた。
画面には、桐生さんと女優のツーショット写真。そして、なぜか勝ち誇ったようなコメンテーターの声が流れ出す。
『桐生さんといえば、業界では「ゲイ」という噂があったんですよねぇ。でも、ふたを開けてみれば、本当はこんなにキレイな女優さんが好きなんですね。ミステリアスなイメージ戦略のためだったのかな。これで世間も、桐生さんのことを安心して応援できますよ!』
伊勢が露骨に顔をしかめた。
「イメージ戦略だと?勝手に他人のセクシャリティを決めるなよな」
はっきりと不快感を口にした伊勢に、湊さんがそっと寄り添う。
オレの血の気は、すでに全て引いていた。オレが信じた覚悟の源が、「イメージ戦略」という名の偽物だったのか。
伊勢への片思いという重い鎖を断ち切れたのは、桐生さんの確かな熱なのに。オレの覚悟、涙、そして身体の熱も、すべて桐生さんにとっては一時的な気晴らしに過ぎなかったのか。
しかし、オレにはもう、動揺している時間も、泣く時間もない。
時刻は17時45分。楽屋の扉がノックされ、スタッフの声が響く。
「TOMARIGIの皆さん、スタンバイのお時間です!」
「片倉くん、顔色が悪いよ」
湊さんが心配して、オレの腕に触れる。
「大丈夫です」
オレは、パンッと両頬を自分で叩いた。最高のアイドルスマイルを浮かべた。
「片倉?」
伊勢が驚いたようにこちらを見ていた。
そうだ、『桐生翔』は俳優なんだ。
どんな役でも演じられる。オレの心を動かすなんて、簡単だっただろう。遊ばれたことに気がつけないほど、向こうの演技が完璧だったんだ。
ただ、それだけのことだ。悲しくなんてない。
例え演技であっても、信じてしまえば本物だ。
「伊勢、蒼真。ここまで連れて来てくれてありがとう」
「ああ、最高のステージにしよう」
オレはアイドル。
ファンに最高の笑顔を届ける。最高のオレを演じるんだ。それだけを、考えよう。
時刻は開演1時間前。ドームの巨大な空間の裏側は、異様な静けさと、張り詰めた緊張感に支配されていた。
メインステージから突き出した花道、その先のセンターステージ。昨日まで映像で見ていたはずの会場が、今は肌で感じる現実としてオレたちを包む。
「よし、マイクチェックOK」
ヘッドセットを装着した伊勢が、オレの背中に向かって小さく声をかけた。伊勢の目は、すでに観客が埋まっている未来の光景を見ているかのように、強く輝いている。
リハーサルでのオレのパフォーマンスは、過去最高に研ぎ澄まされていた。伊勢への想いを断ち切れたのだろうか。自分でも驚くほど、動きに迷いがない。
「なんだよ片倉、今日のダンスのキレ、最高だな」
伊勢が笑う。
「ありがとう。まぁ、蒼真の方が断然上手いけどね」
「俺は努力と才能です。片倉は意識の改革」
しれっと悪びれないで言う蒼真に、オレは焦った。
「ちょっと、蒼真!」
「ん、なに?どういうこと?」
「なんでもないよ!」
3人揃ってわちゃわちゃと笑い合うのは久しぶりだ。ツアー密着ドキュメンタリーのカメラがこちらの様子を窺っているのも、さほど気にならなくなった。
ちゃんと笑えているのが、自分でも分かるからだ。
「みなさん、本番まで少し休憩しましょう。ケータリングもありますよ」
湊さんが休憩室へと誘導した。確かに少し腹も減っていた。歌って踊って2時間半。体力勝負になる。
控室では、夕方のニュース番組がついていた。
軽い食事をとった後、オレは水を飲みながらスタジオの隅にあるモニターをなんとなく眺めていた。すると、画面に大きな見出しが躍った。
『【速報】人気俳優・桐生翔、若手女優との熱愛が決定的!』
そのテロップに息をのむ。指先が一瞬で凍りついた。
「え、桐生さん?マジかよ」
伊勢が声を上げる。蒼真は無表情のまま「へぇ」とだけつぶやき、湊さんは目をパチパチさせている。
「この2人、何度か共演してたし、お似合いではあるよね」
遠くから女性スタッフの声が聞こえた。
画面には、桐生さんと女優のツーショット写真。そして、なぜか勝ち誇ったようなコメンテーターの声が流れ出す。
『桐生さんといえば、業界では「ゲイ」という噂があったんですよねぇ。でも、ふたを開けてみれば、本当はこんなにキレイな女優さんが好きなんですね。ミステリアスなイメージ戦略のためだったのかな。これで世間も、桐生さんのことを安心して応援できますよ!』
伊勢が露骨に顔をしかめた。
「イメージ戦略だと?勝手に他人のセクシャリティを決めるなよな」
はっきりと不快感を口にした伊勢に、湊さんがそっと寄り添う。
オレの血の気は、すでに全て引いていた。オレが信じた覚悟の源が、「イメージ戦略」という名の偽物だったのか。
伊勢への片思いという重い鎖を断ち切れたのは、桐生さんの確かな熱なのに。オレの覚悟、涙、そして身体の熱も、すべて桐生さんにとっては一時的な気晴らしに過ぎなかったのか。
しかし、オレにはもう、動揺している時間も、泣く時間もない。
時刻は17時45分。楽屋の扉がノックされ、スタッフの声が響く。
「TOMARIGIの皆さん、スタンバイのお時間です!」
「片倉くん、顔色が悪いよ」
湊さんが心配して、オレの腕に触れる。
「大丈夫です」
オレは、パンッと両頬を自分で叩いた。最高のアイドルスマイルを浮かべた。
「片倉?」
伊勢が驚いたようにこちらを見ていた。
そうだ、『桐生翔』は俳優なんだ。
どんな役でも演じられる。オレの心を動かすなんて、簡単だっただろう。遊ばれたことに気がつけないほど、向こうの演技が完璧だったんだ。
ただ、それだけのことだ。悲しくなんてない。
例え演技であっても、信じてしまえば本物だ。
「伊勢、蒼真。ここまで連れて来てくれてありがとう」
「ああ、最高のステージにしよう」
オレはアイドル。
ファンに最高の笑顔を届ける。最高のオレを演じるんだ。それだけを、考えよう。
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