獣王の花嫁─ときは縁を結ぶ

しろがね はな

文字の大きさ
7 / 12

5.婚礼と政略と

しおりを挟む
 5.

     メティアナは王にしがみつきながらも、流れる景色と美しい獣を見ていた。
 徐々に色付いていく森。振動はあるものの恐らく最小限にしてくれているであろうこと。
 優しいのね。
 聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

 ふわりと風が獣たちを包んだ。
「─着いたぞ」
 ぱちりと瞬くと、例の教会だった。同時に、視界が揺れる。しがみついたままだったので、王は何も言わず抱えて獣から降りたのだ。
 それに気づいたメティアナは、ハッとして両手を離す。
 やや顔が赤い。
 王は?となりながら、彼女を降ろし教会の外でやきもきしていた修道女たちに
「あとは頼む」
 とだけ残しどこか別の場所へ行ってしまった。
 ヒューイが間もなく到着し、大きな衣装ケースを持って修道士や修道女に渡した。
 それと共に、メティアナは何人かに囲まれパーッとどこかの部屋に連れていかれたのだった。



 教会内は静かにザワついていた。
 人間側と獣人側、どちらも。
 ─我らが王はどうした?
 ─やはりこの婚姻には無理が……
 ヒソヒソと人間側を見ながら話す獣人の高位にあたるもの達。
 バルファルク皇帝も護衛をつけながら参列していたが、涼しい顔をして粛々と式の始まりを待っていた。
 無論、人間側も眉を潜めたり口には出さないものの目で渋い会話をしていた。

「……おねえさま、遅くありません?何かあったのかしら……」
 義妹が囁き声で父母と次代家長の弟に話した。
「……」
 父母は顔を見合わせ、不安げな表情をした。一瞬。ほんの一瞬、チラリと不穏な考えが浮かぶが、それは有り得ないと父は掻き消す。
 (彼女の娘だ─)
 夫人は夫の気持ちを瞬時に察し、密かな孤独を感じた。
「義姉上のことだから─」
 家族にだけ聞こえる声で口を開いたのは嫡男ロレンス。
「好奇心であちこち見て止まってたりして、迷惑かけてるんじゃないかと」
 至極真面目な顔で言う。ので、父母妹はフッと破顔してしまった。
 有り得ることだ、と誰しも思ったのだった。



 ****



 くしゅん!

 メティアナは着替えさせられている途中で、くしゃみ。何か、不名誉な噂をされている気がした。
 修道女達は白粉か何かが悪さをしたのだと思い気にせず手早く準備を進めていく。
 着せられているのは幾つか候補があった中のひとつで、義母や侍女、義妹が決められないというので作らせたドレスの1枚だ。
 (なんとも贅沢な……)
 できる限り費用は抑えるようにきつく言った。豪奢なドレスより、民たちの生活が大事だから。
 ともあれ、その民たちからも獣人達を見返すくらい美しく!と熱量が込められてしまったのでもう従うしかなかった。

「さ、ご準備が整いましたわ!」

 満足気に修道女のひとりが言う。髪も結って、お化粧もした姿を姿見で見せられた。どの修道女もかなり満足気だ。
「……私じゃないみたい」
 不思議な気持ちになる。
 それを褒め言葉ととったのか、修道女らはぐいぐいとメティアナを聖堂の方へ連れていった。


 入り口には、先ほど助けてくれたヴォルス王が護衛と共に既に待っていた。
 身なりも整えやはり何処か雰囲気が違うので、彼女は少し戸惑った。
「─見られる姿になったな」
 この一言で台無しになったが。ヒューイがあちゃぁ……と顔を崩した。
 無言で王は腕を曲げ、じっとメティアナをみた。
 修道女が察して、ほら、お早く!と2人の腕を絡ませた。

「それでは、まいりますわ!!」


 ギィィィィ……

 扉の音によりざわめきは打ち切られた。
 ホッとしたような神官。
 目を丸くする獣人族。
 バルファルク王はやっとか、といった感じだ。
 義妹たちは相手など気にせず、ほら、姉様によくお似合いのドレスだわ!と喜んでいる。

 (……えっと。私、なんでここにいるのかしら……)
 やや呆れ気味のメティアナ。
 リードされながら祭壇に近付いてゆく。
 獣人族に奇異の目でみられながらも、彼女はふと気づく。
 王が、歩幅を合わせてくれている。
 そろりと顔を見ると王も気づいて目が合う。
 フン、と何事もないように視線はきられたが掴まった腕はほんのり緊張しているようだった。

 何故だか周りは一言も発せず、2人(?)を見つめていた。

 しん、とした中祭壇に辿り着き、それぞれ腕を離す。
 緊張・喜び・興奮に満ちた様子の神官が式を執り行う。
 粛々と進む式では、王とメティアナの声だけが響いた。
 誓約書に名を書き、バルファルクとの締結も確実になる。
 いつの間にか広がった神聖な空間で、誰1人視線を外せなかった。─外すことが出来なかった。
 誓約を交わし、2人がそこから退場してもしばらくの間皆動くどころか何も発せなかった。
 ただ1人、バルファルク王だけが満足気だった。



 *****



     式も終わり、会場から出たしばらく後。王がピタリと立ち止まりポツリと言った。
「……よかったのか」
 メティアナはぱちくりと彼の顔を見る。
「何がですか?」
 質問の真意を汲めず、戸惑った。
 王は、組んでいた腕をゆっくりと離した。
「……お、私は獣人だ」
 顔を背けながら低い声でボソリと言った。
 (この時、側近のヒューイ・グラウス、そしてアイア・ギアヌが近場に身を潜めていたが、皆呆れ返った顔をしていたという。)

 しばし沈黙があったので、王はチラと伴侶となった人間を見た。
 ─両手で口を塞ぎ声を殺して、笑っていた。
「あ、申し訳ありません」
 視線に気づいた彼女は破顔したまま謝罪を述べた。
「何を仰るかと思えば……おかしくって、つい」
 王は体ごと彼女に向う。
「気高き獣人の王さま」
 優しい声が響く。
「嫌でしたら私、千里でも一万里でも世界の裏側にでも逃げましてよ?」
 ムン!と両腕を曲げる。
 ぽかんとする王。
 この時ほど間抜けな顔を見たことは無い、とヒューイ達が語ったくらいだ。
 メティアナが続ける。
「確かに、王家からのお達しにより私になりましたが、私はそれを一度も悔いたことはありません」
 凛とした微笑み。
「平和の為なら、双方の民たちの為しいては世界の為の助けになるのなら、私は喜んで王の伴侶となり微力ながらお力添えをしたいと思っております」

 ちがう、そうじゃない。と突っ込みたかった双子だったが何とか気配ごと消していた。この王女には違うことを教えておくべきだった、とのちに語っている。


「─たすけ、か」
 ほんのり灯ったなにかしらの期待の光が瞳から消える。嘘を言っているようには感じられないのが救いだった。
 踵をかえし、ではまた後でな、と足早に王は去っていってしまった。
メティアナはぽかんとして少しの間その場にいた。
(私……なにか間違えた?……なにを間違えたの?)
小さく落胆した王の様子は素早く感じた。ただ、何に落胆したのか、自分に何を求めていたのか。それが分からなかった。
パタパタと修道女がやってきて、彼女に声をかけるまでメティアナはぼうっとしていたのだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...