獣王の花嫁─ときは縁を結ぶ

しろがね はな

文字の大きさ
8 / 12

6.婚姻と皇帝

しおりを挟む
 メティアナは聖堂にある一室でドレスから着替え、あれからずっとソファで考えていた。不意にノックをされ、正気に戻る。入って来たのは家族だった。最後の別れの時間だ。
 この後、数人の護衛や侍女を連れ聖堂に近い城へと移動することになっていた。
「おねえさま、お綺麗でしたわ」
 抱きついて今にも泣き出しそうな義妹。
「ありがとう、手紙を、書くわ」
 宥めるように言うと、絶対ですからね!と指切りげんまんに似た約束を交わした。
「ねえさん……おめでとう」
 ロレンスが控えめに言ってきたので
「ロレンス、ここに跪いて?」
 と自分の目の前に来るよう促した。義弟は戸惑いながら、そっと義姉の前に跪いた。
 そして─メティアナは彼の頭を抱き締めた。
「ね、ねえさっ」
「ロレンス」
 驚く義弟に、落ち着いた声で話しかける。
「あんなにちいちゃかったのに……大きくなったわね。しっかりと、お父様お母様の言う事や皆の言葉を心に留めて、立派な後継を務めて頂戴ね」
「……はい、必ず」
「それから、エリシア達を頼むわね」
「はい」
「もし、あなたが解決出来ない事があれば私を頼って」
「……でも……」
「だめ。頼りなさい。どこにいても、必ずあなた達のためなら助けになるから」
 力のこもった声に、ロレンスは降参せざるを得なかった。
「……分かりました」
 返事をすると、絶対よ、と念を押され、はいと頷いた。
 ─なぜ、義姉はこんなに自分たちを心配してくれるのだろう。幼い頃からずっと疑問だった。父母はその秘密を知っているだろう。母のため・・・・わざと聞かないようにしていた。

 解放されると、義姉は嬉しさと寂しさの混じった表情をしていた。
「─頼んだわ」
 ロレンスは騎士の礼を取り、承知した事を証明した。
 父母に場所を譲る。
「メティアナ……」
 意外にも口を開いたのは、義母の方だった。シルクのハンカチを握りしめ、気づいた時には抱きしめられていた。
「おかあ……」
「ごめんなさい……」
 震える小さな声がした。
「私はあなたに何もしてあげられなかった……出来たのは教養やマナー、しきたりを教える機会を与えることだけ……」
 メティアナは優しく義母の背中に手を添えた。
「愛情らしい愛情も……うまく与えてあげられなかった……許してちょうだい……今も……エリシアの……代わりに……」
「お義母さま」
 声に、夫人がビクリとする。
「……私に、色々な機会を与えてくださって、ありがとうございます。沢山の弟妹達の姉にして下さって、本当にありがとうございます。私、とても嬉しかった」
 夫人は少し離れメティアナの顔を見た。
 ああ。あのひとに似ている─
「この婚姻に、私は後悔もなにもありません。私がすると決めたことですから。ですからどうか、お祝いして頂けませんか?笑顔で見送って頂けませんか?」
 メティアナはにっこりとわらった。
 父はそうだな……と言って泣きそうな顔をしながら、夫人の背中をさすった。
 義母はもう一度ぎゅうっとメティアナを抱きしめてから名残惜しそうに離れた。
「……おめでとう、メティアナ。可愛いむすめ」
 涙でボロボロになった笑顔で、そう告げた。長年の錘がとけていくような気がした。




 コンコン!と威勢のいいノックが聞こえた。返事も待たずに入って来たのはバルファルク皇帝。血筋は引くが殆ど彼女が関わる事のない人間だった。人払いを、と構わずに告げるあたりあまり好きにはなれない人種だと思うメティアナだった。

 家族との別れも打ち切られ、皇帝・その親衛隊のみが存在する空間。
「この度はよく引き受けてくれた、礼を言う」
「礼なら、私の家族に必ず良きものをお返ししてください」
 珍しく何だかムッとしてしまい無愛想に返す。
 威嚇しようとした親衛隊を止め皇帝は笑った。
「ハッハ!度胸のある娘よ!」
「……今はヴォルスの王妃です。そちらの親衛隊は躾がなってないようですね」
 ニヤリと笑った皇帝は、表情を変えないメティアナに更に続けた。
「─その度胸を借りたい」
「はい?」

 次の瞬間、とんでもないことを言った。

「……内乱を起こせ」
 低く威圧のある声にメティアナは目を瞠った。
「そして、ヴォルス王を亡き者としろ」
 皇帝の目はギラついていた。
 結婚したばかりの自分に未亡人になれというのか。
 ─いや、問題はそこじゃない。
 吐き気がする。
「……お応え、しかねます」
 表情を変えず密かに堅く冷たい手を握る。
「私は、既に婚儀も済ませ晴れてヴォルスの王妃となりました。ですので、もうバルファルク帝のお言葉に従うことは出来かねます。故に、今ここで仰られたこと全て、私には関係の無いことでございます」
 ニヤリとした皇帝に更に告げる。
「─また、私の生家にも全く関係のないことにございます。万一何かあれば─」
 黙ってはいない、と強い視線で告げる。
 お引取りを、と自ら立ち礼をする。
 そんなメティアナを見て皇帝は面白そうな顔をした。
「面白き娘だ、メティアナー」
 サッと立ち上がり、親衛隊を引き連れ部屋を出ていくまでメティアナは視線を床に落としていた。

 なんてこと
 なんてこと!
 なんてこと!!

 知らず、唇を噛み締めていた。
 我らが元皇帝が、まさかあんなことを言うなんて。
 そして、自分が断っても違う誰かを使うだろう。生家を守る、とは言ったがどんな手を使って来るかわからない…。
 色々な感情が混ざり合う。

「アイア、ギアヌ……いるんでしょう」
 俯いたまま名前を呼ぶ。
 どこからか、身軽に現れたふたり。
「やー、びっくりだね」
「さすがは皇帝、てやつか」
 いつもの軽口に反応しないメティアナを見て、2人は口調を変えた。
「俺がバルファルクに残るよ、できれば情報はこまめに送るようにする。アイアはメティアナに付いてヴォルスに行け」
 ギアヌが言うと、片割れはニコニコしながら頷きメティアナは顔を上げた。
「ギアヌ……でもそれじゃ、あなたが危険になった時にすぐに助けられない!」
「その時は僕が行くよ、大丈夫」
 アイアがコロコロ明るく言う。
「アイア……なんで……2人とも失うのは嫌よ」
 今度はギアヌが笑った。
「メティアナ、なんで俺らが居なくなること前提なの?俺らのこと、信じてない?戻らないわけないじゃん」
「そーそー!僕らの帰る場所はメティアナ、君のとこ。それまでおーさまと仲良くしててよ」
 アイアも言葉は軽いが、優しい眼差しで主を見る。
 彼女の目に溜まった涙を拭いながら、ギアヌは言う。
「君らしくない。落ち着いて。母君・・の教えを思い出して」
 メティアナはハッとする。
 もう、大丈夫だね、とアイアが言う。

「─ありがとう、ギアヌ、アイア」
 この双子がいてくれて良かった。
 深呼吸を数回して落ち着くと、密やかな声でギアヌに言った。
「行動は、数回に分けましょう。移動が大変になってしまうけれど……皇帝の事だから知っているかもしれない。長居をあまりして欲しくないの」
 こくりと頷くギアヌ。
「アイアは、ヴォルスにいる間…難しいかもしれないけど、繋がりがあるかもしれない者に気付いたら教えて」
 はーい、と明るく返すアイア。

「それから私は」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

処理中です...