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6.婚姻と皇帝
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メティアナは聖堂にある一室でドレスから着替え、あれからずっとソファで考えていた。不意にノックをされ、正気に戻る。入って来たのは家族だった。最後の別れの時間だ。
この後、数人の護衛や侍女を連れ聖堂に近い城へと移動することになっていた。
「おねえさま、お綺麗でしたわ」
抱きついて今にも泣き出しそうな義妹。
「ありがとう、手紙を、書くわ」
宥めるように言うと、絶対ですからね!と指切りげんまんに似た約束を交わした。
「ねえさん……おめでとう」
ロレンスが控えめに言ってきたので
「ロレンス、ここに跪いて?」
と自分の目の前に来るよう促した。義弟は戸惑いながら、そっと義姉の前に跪いた。
そして─メティアナは彼の頭を抱き締めた。
「ね、ねえさっ」
「ロレンス」
驚く義弟に、落ち着いた声で話しかける。
「あんなにちいちゃかったのに……大きくなったわね。しっかりと、お父様お母様の言う事や皆の言葉を心に留めて、立派な後継を務めて頂戴ね」
「……はい、必ず」
「それから、エリシア達を頼むわね」
「はい」
「もし、あなたが解決出来ない事があれば私を頼って」
「……でも……」
「だめ。頼りなさい。どこにいても、必ずあなた達のためなら助けになるから」
力のこもった声に、ロレンスは降参せざるを得なかった。
「……分かりました」
返事をすると、絶対よ、と念を押され、はいと頷いた。
─なぜ、義姉はこんなに自分たちを心配してくれるのだろう。幼い頃からずっと疑問だった。父母はその秘密を知っているだろう。母のためわざと聞かないようにしていた。
解放されると、義姉は嬉しさと寂しさの混じった表情をしていた。
「─頼んだわ」
ロレンスは騎士の礼を取り、承知した事を証明した。
父母に場所を譲る。
「メティアナ……」
意外にも口を開いたのは、義母の方だった。シルクのハンカチを握りしめ、気づいた時には抱きしめられていた。
「おかあ……」
「ごめんなさい……」
震える小さな声がした。
「私はあなたに何もしてあげられなかった……出来たのは教養やマナー、しきたりを教える機会を与えることだけ……」
メティアナは優しく義母の背中に手を添えた。
「愛情らしい愛情も……うまく与えてあげられなかった……許してちょうだい……今も……エリシアの……代わりに……」
「お義母さま」
声に、夫人がビクリとする。
「……私に、色々な機会を与えてくださって、ありがとうございます。沢山の弟妹達の姉にして下さって、本当にありがとうございます。私、とても嬉しかった」
夫人は少し離れメティアナの顔を見た。
ああ。あのひとに似ている─
「この婚姻に、私は後悔もなにもありません。私がすると決めたことですから。ですからどうか、お祝いして頂けませんか?笑顔で見送って頂けませんか?」
メティアナはにっこりとわらった。
父はそうだな……と言って泣きそうな顔をしながら、夫人の背中をさすった。
義母はもう一度ぎゅうっとメティアナを抱きしめてから名残惜しそうに離れた。
「……おめでとう、メティアナ。可愛いむすめ」
涙でボロボロになった笑顔で、そう告げた。長年の錘がとけていくような気がした。
コンコン!と威勢のいいノックが聞こえた。返事も待たずに入って来たのはバルファルク皇帝。血筋は引くが殆ど彼女が関わる事のない人間だった。人払いを、と構わずに告げるあたりあまり好きにはなれない人種だと思うメティアナだった。
家族との別れも打ち切られ、皇帝・その親衛隊のみが存在する空間。
「この度はよく引き受けてくれた、礼を言う」
「礼なら、私の家族に必ず良きものをお返ししてください」
珍しく何だかムッとしてしまい無愛想に返す。
威嚇しようとした親衛隊を止め皇帝は笑った。
「ハッハ!度胸のある娘よ!」
「……今はヴォルスの王妃です。そちらの親衛隊は躾がなってないようですね」
ニヤリと笑った皇帝は、表情を変えないメティアナに更に続けた。
「─その度胸を借りたい」
「はい?」
次の瞬間、とんでもないことを言った。
「……内乱を起こせ」
低く威圧のある声にメティアナは目を瞠った。
「そして、ヴォルス王を亡き者としろ」
皇帝の目はギラついていた。
結婚したばかりの自分に未亡人になれというのか。
─いや、問題はそこじゃない。
吐き気がする。
「……お応え、しかねます」
表情を変えず密かに堅く冷たい手を握る。
「私は、既に婚儀も済ませ晴れてヴォルスの王妃となりました。ですので、もうバルファルク帝のお言葉に従うことは出来かねます。故に、今ここで仰られたこと全て、私には関係の無いことでございます」
ニヤリとした皇帝に更に告げる。
「─また、私の生家にも全く関係のないことにございます。万一何かあれば─」
黙ってはいない、と強い視線で告げる。
お引取りを、と自ら立ち礼をする。
そんなメティアナを見て皇帝は面白そうな顔をした。
「面白き娘だ、メティアナー」
サッと立ち上がり、親衛隊を引き連れ部屋を出ていくまでメティアナは視線を床に落としていた。
なんてこと
なんてこと!
なんてこと!!
知らず、唇を噛み締めていた。
我らが元皇帝が、まさかあんなことを言うなんて。
そして、自分が断っても違う誰かを使うだろう。生家を守る、とは言ったがどんな手を使って来るかわからない…。
色々な感情が混ざり合う。
「アイア、ギアヌ……いるんでしょう」
俯いたまま名前を呼ぶ。
どこからか、身軽に現れたふたり。
「やー、びっくりだね」
「さすがは皇帝、てやつか」
いつもの軽口に反応しないメティアナを見て、2人は口調を変えた。
「俺がバルファルクに残るよ、できれば情報はこまめに送るようにする。アイアはメティアナに付いてヴォルスに行け」
ギアヌが言うと、片割れはニコニコしながら頷きメティアナは顔を上げた。
「ギアヌ……でもそれじゃ、あなたが危険になった時にすぐに助けられない!」
「その時は僕が行くよ、大丈夫」
アイアがコロコロ明るく言う。
「アイア……なんで……2人とも失うのは嫌よ」
今度はギアヌが笑った。
「メティアナ、なんで俺らが居なくなること前提なの?俺らのこと、信じてない?戻らないわけないじゃん」
「そーそー!僕らの帰る場所はメティアナ、君のとこ。それまでおーさまと仲良くしててよ」
アイアも言葉は軽いが、優しい眼差しで主を見る。
彼女の目に溜まった涙を拭いながら、ギアヌは言う。
「君らしくない。落ち着いて。母君の教えを思い出して」
メティアナはハッとする。
もう、大丈夫だね、とアイアが言う。
「─ありがとう、ギアヌ、アイア」
この双子がいてくれて良かった。
深呼吸を数回して落ち着くと、密やかな声でギアヌに言った。
「行動は、数回に分けましょう。移動が大変になってしまうけれど……皇帝の事だから知っているかもしれない。長居をあまりして欲しくないの」
こくりと頷くギアヌ。
「アイアは、ヴォルスにいる間…難しいかもしれないけど、繋がりがあるかもしれない者に気付いたら教えて」
はーい、と明るく返すアイア。
「それから私は」
この後、数人の護衛や侍女を連れ聖堂に近い城へと移動することになっていた。
「おねえさま、お綺麗でしたわ」
抱きついて今にも泣き出しそうな義妹。
「ありがとう、手紙を、書くわ」
宥めるように言うと、絶対ですからね!と指切りげんまんに似た約束を交わした。
「ねえさん……おめでとう」
ロレンスが控えめに言ってきたので
「ロレンス、ここに跪いて?」
と自分の目の前に来るよう促した。義弟は戸惑いながら、そっと義姉の前に跪いた。
そして─メティアナは彼の頭を抱き締めた。
「ね、ねえさっ」
「ロレンス」
驚く義弟に、落ち着いた声で話しかける。
「あんなにちいちゃかったのに……大きくなったわね。しっかりと、お父様お母様の言う事や皆の言葉を心に留めて、立派な後継を務めて頂戴ね」
「……はい、必ず」
「それから、エリシア達を頼むわね」
「はい」
「もし、あなたが解決出来ない事があれば私を頼って」
「……でも……」
「だめ。頼りなさい。どこにいても、必ずあなた達のためなら助けになるから」
力のこもった声に、ロレンスは降参せざるを得なかった。
「……分かりました」
返事をすると、絶対よ、と念を押され、はいと頷いた。
─なぜ、義姉はこんなに自分たちを心配してくれるのだろう。幼い頃からずっと疑問だった。父母はその秘密を知っているだろう。母のためわざと聞かないようにしていた。
解放されると、義姉は嬉しさと寂しさの混じった表情をしていた。
「─頼んだわ」
ロレンスは騎士の礼を取り、承知した事を証明した。
父母に場所を譲る。
「メティアナ……」
意外にも口を開いたのは、義母の方だった。シルクのハンカチを握りしめ、気づいた時には抱きしめられていた。
「おかあ……」
「ごめんなさい……」
震える小さな声がした。
「私はあなたに何もしてあげられなかった……出来たのは教養やマナー、しきたりを教える機会を与えることだけ……」
メティアナは優しく義母の背中に手を添えた。
「愛情らしい愛情も……うまく与えてあげられなかった……許してちょうだい……今も……エリシアの……代わりに……」
「お義母さま」
声に、夫人がビクリとする。
「……私に、色々な機会を与えてくださって、ありがとうございます。沢山の弟妹達の姉にして下さって、本当にありがとうございます。私、とても嬉しかった」
夫人は少し離れメティアナの顔を見た。
ああ。あのひとに似ている─
「この婚姻に、私は後悔もなにもありません。私がすると決めたことですから。ですからどうか、お祝いして頂けませんか?笑顔で見送って頂けませんか?」
メティアナはにっこりとわらった。
父はそうだな……と言って泣きそうな顔をしながら、夫人の背中をさすった。
義母はもう一度ぎゅうっとメティアナを抱きしめてから名残惜しそうに離れた。
「……おめでとう、メティアナ。可愛いむすめ」
涙でボロボロになった笑顔で、そう告げた。長年の錘がとけていくような気がした。
コンコン!と威勢のいいノックが聞こえた。返事も待たずに入って来たのはバルファルク皇帝。血筋は引くが殆ど彼女が関わる事のない人間だった。人払いを、と構わずに告げるあたりあまり好きにはなれない人種だと思うメティアナだった。
家族との別れも打ち切られ、皇帝・その親衛隊のみが存在する空間。
「この度はよく引き受けてくれた、礼を言う」
「礼なら、私の家族に必ず良きものをお返ししてください」
珍しく何だかムッとしてしまい無愛想に返す。
威嚇しようとした親衛隊を止め皇帝は笑った。
「ハッハ!度胸のある娘よ!」
「……今はヴォルスの王妃です。そちらの親衛隊は躾がなってないようですね」
ニヤリと笑った皇帝は、表情を変えないメティアナに更に続けた。
「─その度胸を借りたい」
「はい?」
次の瞬間、とんでもないことを言った。
「……内乱を起こせ」
低く威圧のある声にメティアナは目を瞠った。
「そして、ヴォルス王を亡き者としろ」
皇帝の目はギラついていた。
結婚したばかりの自分に未亡人になれというのか。
─いや、問題はそこじゃない。
吐き気がする。
「……お応え、しかねます」
表情を変えず密かに堅く冷たい手を握る。
「私は、既に婚儀も済ませ晴れてヴォルスの王妃となりました。ですので、もうバルファルク帝のお言葉に従うことは出来かねます。故に、今ここで仰られたこと全て、私には関係の無いことでございます」
ニヤリとした皇帝に更に告げる。
「─また、私の生家にも全く関係のないことにございます。万一何かあれば─」
黙ってはいない、と強い視線で告げる。
お引取りを、と自ら立ち礼をする。
そんなメティアナを見て皇帝は面白そうな顔をした。
「面白き娘だ、メティアナー」
サッと立ち上がり、親衛隊を引き連れ部屋を出ていくまでメティアナは視線を床に落としていた。
なんてこと
なんてこと!
なんてこと!!
知らず、唇を噛み締めていた。
我らが元皇帝が、まさかあんなことを言うなんて。
そして、自分が断っても違う誰かを使うだろう。生家を守る、とは言ったがどんな手を使って来るかわからない…。
色々な感情が混ざり合う。
「アイア、ギアヌ……いるんでしょう」
俯いたまま名前を呼ぶ。
どこからか、身軽に現れたふたり。
「やー、びっくりだね」
「さすがは皇帝、てやつか」
いつもの軽口に反応しないメティアナを見て、2人は口調を変えた。
「俺がバルファルクに残るよ、できれば情報はこまめに送るようにする。アイアはメティアナに付いてヴォルスに行け」
ギアヌが言うと、片割れはニコニコしながら頷きメティアナは顔を上げた。
「ギアヌ……でもそれじゃ、あなたが危険になった時にすぐに助けられない!」
「その時は僕が行くよ、大丈夫」
アイアがコロコロ明るく言う。
「アイア……なんで……2人とも失うのは嫌よ」
今度はギアヌが笑った。
「メティアナ、なんで俺らが居なくなること前提なの?俺らのこと、信じてない?戻らないわけないじゃん」
「そーそー!僕らの帰る場所はメティアナ、君のとこ。それまでおーさまと仲良くしててよ」
アイアも言葉は軽いが、優しい眼差しで主を見る。
彼女の目に溜まった涙を拭いながら、ギアヌは言う。
「君らしくない。落ち着いて。母君の教えを思い出して」
メティアナはハッとする。
もう、大丈夫だね、とアイアが言う。
「─ありがとう、ギアヌ、アイア」
この双子がいてくれて良かった。
深呼吸を数回して落ち着くと、密やかな声でギアヌに言った。
「行動は、数回に分けましょう。移動が大変になってしまうけれど……皇帝の事だから知っているかもしれない。長居をあまりして欲しくないの」
こくりと頷くギアヌ。
「アイアは、ヴォルスにいる間…難しいかもしれないけど、繋がりがあるかもしれない者に気付いたら教えて」
はーい、と明るく返すアイア。
「それから私は」
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