時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

文字の大きさ
60 / 1,197
第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」

~彼女は戯れ道具じゃない~

しおりを挟む
 心輝達との再会の後。
 勇が家に辿り着く頃には、時刻は既に朝の九時台を回っていた。

 駐車場に車は無く、父親が出勤済みであるという事を物語る。
 どうやら勇の父親が働く企業もまた、変容事件に左右される事無く社会の流れに則っている様だ。

「ただいまー」

 さりげない挨拶で帰宅を知らせる勇。
 しかし間も無く、朝の時とは異なったリビングの光景に目を奪われる事となる。

「あ、勇君おかえり~遅かったわね~」

 そう返す母親の手に―――ハサミとコームが握られていたのだ。

 出掛ける前は普通のリビングだったのだが、今はほんのばかし様相を変えている。
 端に避けられたダイニングテーブルには色んな種類のハサミなどの道具が並び。
 椅子に座ったちゃなが微動だにする事無く中央に佇んでいて。
 彼女の首下全てが白いビニールシートで椅子ごと覆われており、椅子の下には新聞紙が広げられている。
 もちろん今はヘアピンで結ってはいない、出会った時と同じ様な乱雑なストレートヘアだ。
 そんな格好がどこか気恥ずかしかったのだろう、ちゃなが頬を赤く染めながら目を反らしていた。

 とはいえ、勇にとってこの様な光景は見慣れたもので。

「あぁ、田中さんの髪切るの?」

「そうよ~。 ちゃなちゃんの髪、整えてあげようかなぁって!」

 いつも以上にウキウキとした母親を前に、勇の口元が苦笑で歪む。

 勇の母親は美容師で、彼女が父親と勇の髪を整える事も多い。
 それ故に、こんな格好を見せられれば大抵察しが付く。
 丁度本日は月曜日、母親の職場は休みである。
 ちゃなの髪を整えるにはこれ以上に無い絶好のチャンスだという訳だ。

「しばらくうちに居るんだし、折角だからちょっといじらせて貰おうかなぁってねぇ」

 嬉しそうに櫛にハサミを滑らせてを「シャキン」と鳴らす。
 その姿が様になっているのはさすがプロ美容師と言った所か。

「あの、私……美容院とか行った事なくて……」

「えっ、田中さん今までどうやって髪を整えていたの?」

「えと……自分で髪を切ったりしてました」

「そ、そうなんだ」

 実際の所、自分で髪を切るのはかなり難しい。
 手馴れてしまえば良いのだが。
 それまでは切り間違えたり、最悪の場合は怪我にも繋がる事も。
 そもそも切るだけならさほどお金も掛からない昨今で、何故自分で切らねばならないのか。

 それ程貧乏なのか、それとも別の理由があったのか。

 しかし多くを語りたがらないちゃなを前に訊く事も憚れて。
 勇は出て来た疑問を心中へと押し込める。
 たちまち会話は途切れ、無為な静寂がただ過ぎ去るばかり。

 するとそんな二人の心境を知ってか知らずか、勇の母親が明るい声を振り撒いて静寂を払う。

「大丈夫大丈夫、ちゃなちゃんは座ってればいいだけだから!」

 この持ち前の明るさは、コミュニケーション能力が大事な美容師ならではといった所か。
 普段はうざったい程なのだが、今の勇にとってはこれ以上に無い救いと言えるだろう。

「ま、オカンはこんなんだけど腕だけは確かだから安心していいよ」

「ちょっと勇くーん、それ褒めてるの? けなしてるの?」

 おかげで生まれた会話の流れは雰囲気を和らげ笑いを呼び込み。
 そんな二人の楽し気なやり取りを前に、気付けばちゃなの口元にも柔らかな微笑みが滲む。

 そんな話を交わしながらも、勇の母親がちゃなの髪に触れ始めていて。
 長い髪の一端までその指で感触を確かめながらやさしく手に取り、流す様に櫛ですく。
 その扱い方は男衆である家人にはした事が無い程に丁寧で鮮やか。
 きっとこれが職人としての本来の姿なのだろう。

 だが、明るい話題や丁寧な櫛捌きとは裏腹に。
 母親の顔には目尻の下がった浮かない表情が浮かんでいた。

「……さぁて、早速やりましょうか。 ちゃなちゃんを可愛く変身させちゃいましょう!」

「え、あ……はい、お、お願いします!」

 今の準備作業が余程心地良かったのだろう、ちゃなの顔は「ぽやぁ」としていて。
 その途端に改められると、思わず慌ててその身を「シャキン」と正す。
 そんな仕草が妙に可笑しくて、勇の母親も「クスクス」と笑って愉快そうだ。

「まずはどこまで切ろうかしらねぇ~」

 解かれた髪に櫛を充てれば、その先が髪の中に吸い込まれ。
 ボリュームはそれなりにあるのだろう、自重では落ちない程に深々と埋まっていく。
 やりがいのあるは彼女の意欲をふんだんに掻き立ててならない。

 そんな時、階上から唸る様な野太い声が鳴り響いた。

「おぉい!!」

 それは剣聖の声。
 勇が帰って来た事に気が付いたのだろう。

 勇もちゃな達に気を取られて剣聖の事をすっかり忘れていた様だ。
 声を聴いた途端に「あ、やべ」と声を漏らし、階上に視線を向ける。

「じゃあ、俺上に行くわ。 田中さんの事よろしく」

「はいはーい」

 勇はちゃなの行く末が気になるものの、剣聖の呼び声に逆らえる訳もなく。
 事を始めた二人を跡目に、しぶしぶ階段を登っていくのだった。


しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

S級冒険者の子どもが進む道

干支猫
ファンタジー
【12/26完結】 とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。 父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。 そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。 その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。 魔王とはいったい? ※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...