時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第三節「未知の園 交わる願い 少年の道」

~暇潰しでと言われても~

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 勇が部屋の前にやってくると、剣聖が待ちきれんと言わんばかりに睨みつけてくる。
 怪我しているはずの足を揺らし、物凄く退屈そうな態度を示しながら。
 ベッドも今にも中央がへし折れんばかりに湾曲していたのはもはや言うまでもないだろう。

「おう、凄え暇だぞぉ。 暇潰しに何か芸でもしろや」

「芸って……剣聖さんが暇の間そんな事してたら体もネタも持ちませんよ」

 そもそも芸を披露出来る程、勇は芸人魂の様な物を持ち合わせてはいない。
 精々今流行りの芸人の真似が出来る程度で、その練度は当然言うに及ばないレベルだ。

 しかし勇には決して手段が無い訳では無かった。

 半ば呆れ気味に溜息をしながら部屋に入ると、思うがままに机へ向かう。
 そして一番下の棚を開いて内部をまさぐれば、出て来たのは片手で持てる程度の小さな箱だった。

「あったあった」

 鮮やかなパッケージ模様は購買意欲をそそり、写真は製品の様相を細部まで表現し尽くす。
 表面に大きく印刷されているのはそのゲーム機の名前を描いたデザイン文字。

 その名も【ジョイステージ】。
 一昔前に流行った携帯ゲーム機である。

 使わなくなって以来、ずっと机の中に仕舞いっぱなしだった物だ。
 箱を開けて現物を取り出してみれば、新品の様に輝く筐体が姿を晒す。
 しかし、いざ電源ボタンを押してもウンともスンとも言わず。

「電池はー、さすがに残ってないか」

「あぁん? なんじゃあそりゃあ」

「えーっと、まあちょっとした暇潰しになるかなって道具ですよ」

 同じく箱に仕舞われていた充電ケーブルを取り出せば、これまた新品の如き姿を見せつけていて。
 規則正しく纏められてワイヤーで縛られた状態で、しっかり袋にまで詰められている。
 丁寧に仕舞われている辺りに彼の几帳面さが滲み出る様だ。

 剣聖に歩み寄りながら充電ケーブルをゲーム機と、ベッドの下にあるコンセントと差し込む。
 そしておもむろに電源ボタンを再度押してみれば、たちまち画面に明るみが浮かび上がった。

「お、まだ動く」

 途端、軽快な音楽と共にメーカーロゴが流れ、【ダッチャパネル】というタイトルが浮かび上がる。
 勇がこのゲーム機を手に入れた時に遊んでいた、当時流行っていたパズルゲームだ。

「これを両手で持って」

 そう言いながら剣聖にゲーム機を手渡し、剣聖の両手で持つ様に誘導し。
 さすがの剣聖も初めて見た物体を前に眺めるしか出来ず、されるがままに両手で握る。

「基本的に〇ボタンと左のスティックで動かすだけだから……こう……」

 そのまま剣聖の大きな指を動かしてゲームを操作させてみる。
 すると画面の中で映像が動き始め―――

 それに気付いた剣聖が「おぉ?」と興味深そうに覗き込む様を見せ始めた。

「ほぉほぉ成程、この突起を押せば絵が動く訳だな」

 剣聖の手は片手でゲーム機を覆い隠せる程に大きい。
 それでも小さな筐体を、ボタンを器用に押す様はなんともシュールである。

「……で、なんだ?」

「それでルールがあって」

 思うよりも呑み込みが早いのだろう。
 教えて間も無く自分らしい持ち方でゲーム機を操作し始め、言われた通りに動かしていく。
 ざっくりとゲームのルールを説明し、思うがままにやらせてみれば―――

 いざ本番へと突入しても難なく操作する事が出来ていて。

「おお、おお~動いた動いた、ふほほ」

 きっとこれがRPGやシミュレーションであれば食い付き難かったかもしれない。
 パズルであれば感覚でプレイ出来るからこそ、文字がわからない剣聖でもこうして遊ぶ事が出来るという訳だ。

 とはいえ勇の想像以上に順応は早く。
 早くも細かい指捌きを見せる剣聖に驚きを隠せない。

「おう、絵が止まっちまったぞ」

「あーこれは失敗ですね。 何度でも挑戦出来るから、ここをこうして……」

 画面に表示された文字の意味を軽く伝えると、剣聖は軽く頷き考えのままに操作を続行する。
 再びプレイ画面が訪れれば「おっ!」と興味深そうに再び画面へと顔を近づけさせていて。

 そんな様がどこか子供の様で。
 容姿に伴わない意外な一面が勇の口元に微笑みを呼び込む。

「電源ケーブル抜かない様に気を付けてくださいよ、多分バッテリー死んでるから抜けたらゲーム動かなくなるんで」

「おう、この紐か? 引っ張らなきゃいいんだな、わかったぁ」

 思った以上に素直に食い付いてくれたのは勇にとっても幸いだった。
 何せ昼夜芸を披露するにもいかない訳で。
 レトロゲームでも、それ自体を知らない者にとっては興味深い物となる良い事案であろう。

 その握力でうっかりゲーム機を握り潰してしまうんじゃないかとも思えるものだが。
 予想を超えた器用な所に意外性を感じさせてならない。

「後で別のソフトでも用意するかな」

「おう、そうだ、折角だからあれだぁ、おめぇ側の言語が学べる様な本とかでもなんかくれよ」

 唐突に剣聖がゲームに集中しながら視線も移さずにそう言い放つ。

 彼等も異なる世界からやってきたとはいえ同じ姿形を持つ人間で、語学の文化はあるのだろう。
 魔剣の名前に意味を持つなど、意外と文化的な所は似ているのかもしれない。

「んー、じゃあ後で探しておきますよ」

 とはいえ几帳面な勇なだけに、家にはもう小中学生の学習教材など残っているはずもなく。
 それ以外の学習教材はと言えば、高校の教科書や和英辞典くらいだ。
 自身の学業に支障が出る以上、さすがにそんな物をおいそれと渡す訳にもいかず。

 「後で小学生用の教材でも買っておくかな」と呟きながら部屋を後にした。



 勇がそのままちゃなの髪の手入れでも眺めて居ようかと思った矢先、とある事がふと脳裏に過る。
 それは先程、勇が瀬玲に手渡した物の事だ。

「あ、そういえばセリに渡したパーカー、汗臭くなかったかな」

 心輝達に会いに行った時、勇は朝のランニングで着ていた上着のままで出掛けていた。
 つまり、ランニング時に汗が染み込んだ物を手渡したという事に他ならない。

 その事実に今更気付き……思わず眉間を「グイッ」と寄せる。

「まぁ後で謝っておくか」

 新しい衣服で出掛けなかった事への後悔に苛まれながら、衣服繋がりで洗面所へと向かう。
 「思い立ったら洗濯機を回す」、それが両親共働きな藤咲家の家族ルールだから。

 折角だからと身に着けた衣服も着替えようと洗面所の扉を閉め。
 表紙に扉に取り付けられた即席の札が微かな擦れ音を「スッスッ」と鳴らしながら左右に揺れる。

 もはや誰にも切り替えられる事の無い「使用中」を示した札が、ただただ虚しく……。


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