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愚かな母親
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ーー パシンッ!
「貴女一体何をしたかわかっているの!?」
感情を押さえられず、折り畳んである扇子で頬を打ってきたお母様。
怒りが収まらないのか、金切り声を上げて激昂する。
興奮で瞳孔が開いている姿は正気には見えなかった。
「それは私のセリフです、お母様。貴女は一体何を考えていらっしゃるのですか? あのような不審人物を屋敷へ招き入れるなんて正気とは思えません。」
「……いつまでそれを続けるの!? 貴女だってわかっているでしょ。あれは貴女の兄アルバートよ!」
「私の兄は五年前に家族ではなく己の欲望を選び、家を捨てて出ていきました。私の中ではその時にアルバート兄様は死にました。ですから先程の方は見ず知らずの他人です」
「な、なんて事を言うの! 少し道を外れてしまったかもしれないけどあの子は私の息子よ! 当主になったとはいえ、娘にあれこれ指図される覚えはないわ!」
綺麗に結ってあった髪を振り乱しながら泣き叫ぶ。
「ではお母様はあの方をアルバート・ロブゾとして我が家に迎え入れるおつもりでしょうか? ふふふ……冗談ですよね? 命懸けでお父様が立て直した伯爵家の名誉をもう一度汚す気ですか?」
お母様とは違い、取り乱す事なく優雅に微笑みながら私は鋭く冷たい視線をお母様に向けた。
「……ッ…………あの子が戻ってくるだけで我が家の名が汚れる訳ないじゃない! テオだって生きてさえいればアルバートを受け入れたわ!」
「いえ、それは絶対にありえません」
何を根拠に言っているのか、お母様は自分の都合の良いように物事を判断されているようだ。我が家の厄災をもう一度引き入れるなんて正気の沙汰ではない。
「あの男が社交界へ戻ってくるのをトマゾ伯爵家や周囲の方々が許すと本当に思っていらっしゃるのですか? カナリア様はあの男のせいで人生を棒に振ってしまわれたのに? あの男だけ何もなかったように戻ってこれると?」
あの人が捨てた物はそんな簡単に取り戻せる物ではない。現実を見ようとしないお母様へ厳しい言葉を浴びせた。
「長く社交界から離れているお母様にはわからないかもしれませんが、ロブゾ伯爵家への評価は未だに全て回復した訳ではないのですよ? 社交界では今でも五年前の事を持ち出してくる者もいるのです。『貴族の義務を果たさず家を捨てて平民の女を選んだ愚か者』それがあの男に生涯付いて回る言葉です。我が家もそんなクズを育てた同類だと言われておりますよ?」
貴女はクズを育てた母親だと言われているのです。
立て直そうと多くの策を練り、厳しい視線を向けてくる社交界へ逃げずに出向いていた私達とは違い、向き合いたくないもの全てから逃げていたお母様。
何処から聞きつけるのか、社交界はそういった家庭の事情も噂になってしまう所なんですよ?
これまでお母様が我が家の社交を何もしてくれないから子供だった私が矢面に立ってきたのだ。
これも次期当主の務め。そう自分に言い聞かせた。
女当主は領地経営だけでなく、家の管理、社交を全て取り仕切る必要がある。いずれその時は来るのだから逃げることは許されない。
子供の私が参加できない夜会へはお父様が、我が家でのお茶会は私が担当する事になった。
初めは本当に何から手をつけたらいいかわからなかった。誰を呼ぶべきなのか、花はどれを? お茶の種類は? 使う食器は? 茶菓子はどうしたらいいの?
私よりも歳上の人達をもてなすのはどうすればいいの? 楽しい話題ってなに? 皆何を求めているの?
普段なら同年代の子達と好きな話をするだけで良かったお茶会が突然恐ろしいものに思えた。
お茶会は基本的に女の社交場だ。
だから困っているとはいえお父様の助けは得られない。
だからこそ、ご令嬢達は皆 母親に連れられてお茶会に参加して経験を積み、お茶会の準備を手伝い、母親から多くの事を学ぶのだ。
将来、嫁ぎ先の社交を担えるように。
でもそんな義務さえもお母様は放棄した。
使用人達からの話で私が困っているのを知っていた筈だし、私自身何度も助けを求めた。それなのに部屋から決して出てきてはくれなかったお母様。
そんな困り果てていた私を助けてくれたのはイザベラ様だ。ケルヴィン叔父様の奥様で侯爵夫人のイザベラ様。
「ケルヴィンの姪なら私の娘も同然よ。こんなに頑張ってる娘を見捨てはしないわ! 私が貴女に社交の全てを叩き込んであげるから安心なさい」
そう言って私を色々なお茶会へ連れていって沢山の奥様達へ私を紹介してくれた。
どのお茶会でも私を守るように「次代の女伯爵として頑張っている素晴らしい子だから皆様も温かく見守って下さいな」と先手を打ってくれるイザベラ様。
多くの人の助けや見守りがあって乗り越えてきた伯爵家の復興。
だからその間伯爵夫人としての責務を放棄し続けたお母様に今更勝手な事を言われたくない。
ロブゾ家の当主は私。決定には大人しく従って貰う。
「当主の決定に従えないと仰るのでしたら私にも考えがございます。……お母様、どうされますか?」
この家に害なす者は誰であろうと絶対に許さない。
「貴女一体何をしたかわかっているの!?」
感情を押さえられず、折り畳んである扇子で頬を打ってきたお母様。
怒りが収まらないのか、金切り声を上げて激昂する。
興奮で瞳孔が開いている姿は正気には見えなかった。
「それは私のセリフです、お母様。貴女は一体何を考えていらっしゃるのですか? あのような不審人物を屋敷へ招き入れるなんて正気とは思えません。」
「……いつまでそれを続けるの!? 貴女だってわかっているでしょ。あれは貴女の兄アルバートよ!」
「私の兄は五年前に家族ではなく己の欲望を選び、家を捨てて出ていきました。私の中ではその時にアルバート兄様は死にました。ですから先程の方は見ず知らずの他人です」
「な、なんて事を言うの! 少し道を外れてしまったかもしれないけどあの子は私の息子よ! 当主になったとはいえ、娘にあれこれ指図される覚えはないわ!」
綺麗に結ってあった髪を振り乱しながら泣き叫ぶ。
「ではお母様はあの方をアルバート・ロブゾとして我が家に迎え入れるおつもりでしょうか? ふふふ……冗談ですよね? 命懸けでお父様が立て直した伯爵家の名誉をもう一度汚す気ですか?」
お母様とは違い、取り乱す事なく優雅に微笑みながら私は鋭く冷たい視線をお母様に向けた。
「……ッ…………あの子が戻ってくるだけで我が家の名が汚れる訳ないじゃない! テオだって生きてさえいればアルバートを受け入れたわ!」
「いえ、それは絶対にありえません」
何を根拠に言っているのか、お母様は自分の都合の良いように物事を判断されているようだ。我が家の厄災をもう一度引き入れるなんて正気の沙汰ではない。
「あの男が社交界へ戻ってくるのをトマゾ伯爵家や周囲の方々が許すと本当に思っていらっしゃるのですか? カナリア様はあの男のせいで人生を棒に振ってしまわれたのに? あの男だけ何もなかったように戻ってこれると?」
あの人が捨てた物はそんな簡単に取り戻せる物ではない。現実を見ようとしないお母様へ厳しい言葉を浴びせた。
「長く社交界から離れているお母様にはわからないかもしれませんが、ロブゾ伯爵家への評価は未だに全て回復した訳ではないのですよ? 社交界では今でも五年前の事を持ち出してくる者もいるのです。『貴族の義務を果たさず家を捨てて平民の女を選んだ愚か者』それがあの男に生涯付いて回る言葉です。我が家もそんなクズを育てた同類だと言われておりますよ?」
貴女はクズを育てた母親だと言われているのです。
立て直そうと多くの策を練り、厳しい視線を向けてくる社交界へ逃げずに出向いていた私達とは違い、向き合いたくないもの全てから逃げていたお母様。
何処から聞きつけるのか、社交界はそういった家庭の事情も噂になってしまう所なんですよ?
これまでお母様が我が家の社交を何もしてくれないから子供だった私が矢面に立ってきたのだ。
これも次期当主の務め。そう自分に言い聞かせた。
女当主は領地経営だけでなく、家の管理、社交を全て取り仕切る必要がある。いずれその時は来るのだから逃げることは許されない。
子供の私が参加できない夜会へはお父様が、我が家でのお茶会は私が担当する事になった。
初めは本当に何から手をつけたらいいかわからなかった。誰を呼ぶべきなのか、花はどれを? お茶の種類は? 使う食器は? 茶菓子はどうしたらいいの?
私よりも歳上の人達をもてなすのはどうすればいいの? 楽しい話題ってなに? 皆何を求めているの?
普段なら同年代の子達と好きな話をするだけで良かったお茶会が突然恐ろしいものに思えた。
お茶会は基本的に女の社交場だ。
だから困っているとはいえお父様の助けは得られない。
だからこそ、ご令嬢達は皆 母親に連れられてお茶会に参加して経験を積み、お茶会の準備を手伝い、母親から多くの事を学ぶのだ。
将来、嫁ぎ先の社交を担えるように。
でもそんな義務さえもお母様は放棄した。
使用人達からの話で私が困っているのを知っていた筈だし、私自身何度も助けを求めた。それなのに部屋から決して出てきてはくれなかったお母様。
そんな困り果てていた私を助けてくれたのはイザベラ様だ。ケルヴィン叔父様の奥様で侯爵夫人のイザベラ様。
「ケルヴィンの姪なら私の娘も同然よ。こんなに頑張ってる娘を見捨てはしないわ! 私が貴女に社交の全てを叩き込んであげるから安心なさい」
そう言って私を色々なお茶会へ連れていって沢山の奥様達へ私を紹介してくれた。
どのお茶会でも私を守るように「次代の女伯爵として頑張っている素晴らしい子だから皆様も温かく見守って下さいな」と先手を打ってくれるイザベラ様。
多くの人の助けや見守りがあって乗り越えてきた伯爵家の復興。
だからその間伯爵夫人としての責務を放棄し続けたお母様に今更勝手な事を言われたくない。
ロブゾ家の当主は私。決定には大人しく従って貰う。
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