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愚兄の帰還
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前々から決まっていた領地の視察へ出かけていた私は一週間ぶりに屋敷へ帰ってきた。
何か問題があれば連絡してくるように使用人達へ命じていたが、屋敷に入ると信じられない光景が待っていた。
出迎えてくれた執事に留守中変わった事はなかったか問うと、気まずそうな表情でお母様が珍しく談話室に居ると伝えてきた。
「え? お母様が談話室にいらっしゃるの?」
「………………はい……お、奥様は現在来客者の対応をされております」
「来客者? そんな予定あったかしら?」
「いえ、そのような予定はございません」
「ならどうして屋敷に入れたの? というより、どなたがいらしているの?」
「そ、それは……御自分の目でお確かめ下さい。それと屋敷に招くと決めたのは奥様でございます」
「…………お母様が? そう……わかったわ。」
普段ならハキハキと物を言う執事が何故か言葉を濁している。対応の仕方を迷っている執事の姿を見た私は問い詰めるよりもお母様の元へ向かう事に決めた。
着替えを済ませて談話室へ向かうと其処には五年ぶりに楽しそうな表情で笑っているお母様と縁を切った筈のアルバート兄様の姿があった。
「お! お前、ジュリエッタか? 大きくなったなぁ~」
扉を開けて呆然と立ち尽くす私に五年前の出来事なんてなかったかのように馴れ馴れしく話しかけてくるアルバート兄様。私の知っている真面目でいつも頼もしかった兄の姿はなく、どこか軽薄そうで乱暴な口調の男が其処にはいた。
「ふふふ、アルバートったら! あの子はもう十七歳になったのよ? 子供扱いするのは止めなさい」
「それもそうだな! 来年成人する立派な淑女だもんな」
「貴方だってこの五年間で子供まで出来たんだもの。時間の流れは早いわね」
「それを言われるとなぁ~」
少し照れ笑いをして自分の隣に座っていた小さな男の子の頭を乱暴に撫でたアルバート兄様。
「私も諦めていた初孫に会えてとっても嬉しいのよ! こんなに可愛い子ならテオにも会わせたかったわ」
アルバート兄様の面影がある子供。
お母様はその子を孫だと言った。
疑問が沢山あったが、一番気になったのは信じられない程和やかに会話しているお母様とアルバート兄様の雰囲気だ。
五年間の空白があったなんて信じられない親密度が二人の間にはあり、お母様の態度から怒りは微量も感じられなかった。
お母様、五年間の苦労を忘れてしまったの?
我が家を地獄に落ちたのはその男のせいなのよ?
お父様が亡くなったのだって間接的にはその男が原因じゃない。お金を盗んだのも慰謝料もそいつのせい。借金する羽目になったのは我が家にお金がなかったからなのよ?
それなのにどうしてそんな平然と話せるの?
理解できないわ、お母様……
お母様は伯爵家へ嫁ぐ前は侯爵令嬢で優雅に暮らしてきた生粋のお嬢様だった。領地経営には全く興味がなく、落ちぶれた伯爵家や立て直そうと奮闘するお父様や私の苦労から目を反らし続け、自分の不幸にのみ悲しんでいた。
だからなの?
だからそんな簡単にその男を許せちゃうの……?
「ジュリエッタ? そんな所でいつまで突っ立っているの? 此方へいらっしゃい。久しぶりの家族団欒なのよ?」
何でそんな事を笑顔で言うの?
その男は私達家族を捨てて女と消えた人なんだよ?
家族じゃないでしょ。
……そうだよ。家族なんかじゃない。
私に兄はもういない。五年前に私を捨てて消えた。
私は怒りで泣き叫びたい気持ちをグッと堪えた。
感情を押し殺し平然とした態度でお母様に話しかけた。
「只今、戻りましたお母様。お客様がいらっしゃるとは思わなかったので驚きました。そちらの方はどなたでしょうか?」
「……え……何を言っているの? ジュリエッタ」
「あ、自己紹介しないのは失礼でしたね。申し訳ありません。私はロブゾ伯爵家当主のジュリエッタ・ロブゾと申します。……お客様は本日どのような御用件で当家へいらしたのでしょうか?」
有無をいわさない笑顔で微笑む私の姿にその場の空気が凍りついた。
その男をアルバート兄様として扱わない。
当主である私がその意向をハッキリと示したのだ。
「あは、あははは。冗談か? 五年間会わない内にユーモアを鍛えたみたいだな!」
「じょ、冗談……そうよね……突然可笑しな事を言い出すから驚いてしまったわ」
二人の言葉には反応せず、微笑んだまま無言を貫く。
「ジュ、ジュリエッタ?」
「ちょ、ちょっとどうしちゃったの? 」
私の態度から冗談ではないと悟り始める。
「もう一度お伺い致します。お客様は当家へどのような御用件でいらしたのですか?」
「「………………」」
あくまでも他人として対応する私の姿に唖然とする。
返答がなかった事を確認した私は追い討ちをかけるように告げた。
「返答がないという事は御用件はもう御済みになられたようですね。……ロイ! お客様がお帰りよ! 案内して差し上げて!」
「畏まりました、ジュリエッタ様。」
廊下に控えていた執事へ私は命じると、当主である私の意思を理解した執事は毅然とした態度で使用人達へ指示を出し始めた。
「は? おい! ジュリエッタ、何でこんな事をするんだよ! 俺はお前のお兄様だろ?」
「ジュリエッタ、何しているの!? ちょっと止めなさい! 私の命令が聞けないっていうの?」
「ジュリエッタ! 話があるんだ! お前にとっても悪くない話なんだ! 聞いてくれ! ジュリエッタ!」
使用人達に引きずられながら大騒ぎをして、屋敷からアルバートを追い出した。
何か問題があれば連絡してくるように使用人達へ命じていたが、屋敷に入ると信じられない光景が待っていた。
出迎えてくれた執事に留守中変わった事はなかったか問うと、気まずそうな表情でお母様が珍しく談話室に居ると伝えてきた。
「え? お母様が談話室にいらっしゃるの?」
「………………はい……お、奥様は現在来客者の対応をされております」
「来客者? そんな予定あったかしら?」
「いえ、そのような予定はございません」
「ならどうして屋敷に入れたの? というより、どなたがいらしているの?」
「そ、それは……御自分の目でお確かめ下さい。それと屋敷に招くと決めたのは奥様でございます」
「…………お母様が? そう……わかったわ。」
普段ならハキハキと物を言う執事が何故か言葉を濁している。対応の仕方を迷っている執事の姿を見た私は問い詰めるよりもお母様の元へ向かう事に決めた。
着替えを済ませて談話室へ向かうと其処には五年ぶりに楽しそうな表情で笑っているお母様と縁を切った筈のアルバート兄様の姿があった。
「お! お前、ジュリエッタか? 大きくなったなぁ~」
扉を開けて呆然と立ち尽くす私に五年前の出来事なんてなかったかのように馴れ馴れしく話しかけてくるアルバート兄様。私の知っている真面目でいつも頼もしかった兄の姿はなく、どこか軽薄そうで乱暴な口調の男が其処にはいた。
「ふふふ、アルバートったら! あの子はもう十七歳になったのよ? 子供扱いするのは止めなさい」
「それもそうだな! 来年成人する立派な淑女だもんな」
「貴方だってこの五年間で子供まで出来たんだもの。時間の流れは早いわね」
「それを言われるとなぁ~」
少し照れ笑いをして自分の隣に座っていた小さな男の子の頭を乱暴に撫でたアルバート兄様。
「私も諦めていた初孫に会えてとっても嬉しいのよ! こんなに可愛い子ならテオにも会わせたかったわ」
アルバート兄様の面影がある子供。
お母様はその子を孫だと言った。
疑問が沢山あったが、一番気になったのは信じられない程和やかに会話しているお母様とアルバート兄様の雰囲気だ。
五年間の空白があったなんて信じられない親密度が二人の間にはあり、お母様の態度から怒りは微量も感じられなかった。
お母様、五年間の苦労を忘れてしまったの?
我が家を地獄に落ちたのはその男のせいなのよ?
お父様が亡くなったのだって間接的にはその男が原因じゃない。お金を盗んだのも慰謝料もそいつのせい。借金する羽目になったのは我が家にお金がなかったからなのよ?
それなのにどうしてそんな平然と話せるの?
理解できないわ、お母様……
お母様は伯爵家へ嫁ぐ前は侯爵令嬢で優雅に暮らしてきた生粋のお嬢様だった。領地経営には全く興味がなく、落ちぶれた伯爵家や立て直そうと奮闘するお父様や私の苦労から目を反らし続け、自分の不幸にのみ悲しんでいた。
だからなの?
だからそんな簡単にその男を許せちゃうの……?
「ジュリエッタ? そんな所でいつまで突っ立っているの? 此方へいらっしゃい。久しぶりの家族団欒なのよ?」
何でそんな事を笑顔で言うの?
その男は私達家族を捨てて女と消えた人なんだよ?
家族じゃないでしょ。
……そうだよ。家族なんかじゃない。
私に兄はもういない。五年前に私を捨てて消えた。
私は怒りで泣き叫びたい気持ちをグッと堪えた。
感情を押し殺し平然とした態度でお母様に話しかけた。
「只今、戻りましたお母様。お客様がいらっしゃるとは思わなかったので驚きました。そちらの方はどなたでしょうか?」
「……え……何を言っているの? ジュリエッタ」
「あ、自己紹介しないのは失礼でしたね。申し訳ありません。私はロブゾ伯爵家当主のジュリエッタ・ロブゾと申します。……お客様は本日どのような御用件で当家へいらしたのでしょうか?」
有無をいわさない笑顔で微笑む私の姿にその場の空気が凍りついた。
その男をアルバート兄様として扱わない。
当主である私がその意向をハッキリと示したのだ。
「あは、あははは。冗談か? 五年間会わない内にユーモアを鍛えたみたいだな!」
「じょ、冗談……そうよね……突然可笑しな事を言い出すから驚いてしまったわ」
二人の言葉には反応せず、微笑んだまま無言を貫く。
「ジュ、ジュリエッタ?」
「ちょ、ちょっとどうしちゃったの? 」
私の態度から冗談ではないと悟り始める。
「もう一度お伺い致します。お客様は当家へどのような御用件でいらしたのですか?」
「「………………」」
あくまでも他人として対応する私の姿に唖然とする。
返答がなかった事を確認した私は追い討ちをかけるように告げた。
「返答がないという事は御用件はもう御済みになられたようですね。……ロイ! お客様がお帰りよ! 案内して差し上げて!」
「畏まりました、ジュリエッタ様。」
廊下に控えていた執事へ私は命じると、当主である私の意思を理解した執事は毅然とした態度で使用人達へ指示を出し始めた。
「は? おい! ジュリエッタ、何でこんな事をするんだよ! 俺はお前のお兄様だろ?」
「ジュリエッタ、何しているの!? ちょっと止めなさい! 私の命令が聞けないっていうの?」
「ジュリエッタ! 話があるんだ! お前にとっても悪くない話なんだ! 聞いてくれ! ジュリエッタ!」
使用人達に引きずられながら大騒ぎをして、屋敷からアルバートを追い出した。
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