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落ちぶれた貧乏伯爵家
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私は伯爵家に生まれたジュリエッタ・ロブゾ。
これは五年前に起きた我が家の悲劇。
私には六歳歳上のアルバート兄様がいる。
とても優秀で賢かった自慢のお兄様。
次期伯爵として厳しい領主教育を受け、お父様と領地について熱く語り合う姿は今でも覚えている。
同じ伯爵家出身の婚約者カナリア様との仲も睦まじくて、アルバート兄様達が十八歳の時に結婚式を挙げる予定だった。
結婚式の準備する楽しそうな二人の姿を何度も見たし、きっと素敵な結婚式になると誰もが思っていた。
結婚式当日、新郎が駆け落ちするだなんて誰も予想していなかった。
誰にも告げず、手紙一つ残してカナリア様付きだった侍女と駆け落ちしたアルバート兄様。
失望されるのが嫌でいつも良い人間を演じてきた。
本当は当主にはなりたくなかった。
領主教育なんてクソだ。
楽しそうに生きている妹が妬ましい。
自由になりたい。
カナリアじゃなくてマリーと結婚したい。
俺が愛しているのはマリーだ。
手紙にはいつも優しかった笑顔の裏に隠れていたアルバート兄様の本音が書かれてあった。
『本当に好きな人と生きていきたい』
当時十二歳だった妹の私は最初、全ての責任をアルバート兄様に押し付け、苦しみに気付いてあげられなかった自分を責めた。
きっとお父様やお母様もそう思った事だろう。
だけど我が家の金庫から大金が盗まれている事が判明した時あれ? と思った。
駆け落ちするんだからお金は必要なのは当然。
でも親からお金を盗むのは許される行為?
これまでアルバート兄様が受けた苦しみを考えれば許すべき?
金庫の前で愕然と立ち尽くす両親の姿を見て子供ながらに倫理と情の間で揺れ動いた。
……でもよくよく考えてみたらアルバート兄様の行動って最低じゃない?
貴族に生まれたからには誰でも与えられた責務がある。
嫡男だったアルバート兄様には次期当主としての責務。
女に生まれた私にはお父様が決めた相手との結婚。
アルバート兄様には厳しい領主教育があったかもしれないけど、私だって幼い頃から厳しい淑女教育を受けていた。
しかもアルバート兄様には私になかった。お父様が選んできた婚約者候補から結婚相手を自分で選ぶという自由があった。
そう。カナリア様はアルバート兄様が選んだ婚約者。
それもアルバート兄様がカナリア様との顔合わせの場で一目惚れして婚約を決めたって私はお母様から聞いていた。
それなのに今更別の人を愛している?
好きな人と生きていきたい?
考えれば考えるほどアルバート兄様が自分勝手な酷い人間に思えてくる。
これって私が恋愛を知らない子供だから?
大人には大人の事情があるのかな?
でもアルバート兄様は自分が全てを捨てて駆け落ちしたら周囲にどんな影響が出るのか、ちゃんと考えるべきだったと思う。
アルバート兄様が自分の侍女と駆け落ちしたと知ったカナリア様は美しいウエディングドレス姿で泣き崩れた。カナリア様の両親はカナリア様を抱き締めながら、今にもアルバート兄様を殺しに行きそうな勢いで大激怒していた。
私はお父様の指示で先に家に帰される事になったけど、馬車に乗る直前までその光景を見ていた。
今にも倒れそうな真っ白な顔色の両親が泣きたいのを堪えて、カナリア様の両親や参列者の方々に頭を下げ、謝罪していた姿を。
あれからカナリア様は婚約者に捨てられた憐れな令嬢と噂されることになり、精神を病んでしまったカナリア様は修道院へ入った。
我が家とカナリア様の家との間で話し合いが行われ、慰謝料として伯爵家全財産の半分を支払う事になった。
アルバート兄様が盗んでいった大金と合わせると伯爵家は財産をほぼ失う事になった。
しかもその年は水害被害の補修等でお金が必要になり、我が家は借金まで抱える事になってしまった。
嫡男の駆け落ち醜聞に加えて借金を抱えている貧乏伯爵家。堅実だった我が家の評判は一気に落ちていった。
そんな時お父様から伯爵家の次期当主は私になると申し訳なさそうに言われた。
「こんな家をもう継ぎたいとは思えないかもしれないが、私にとってはとても大切な家で領地なんだ。ジュリエッタ、頼む。我が家の名誉を回復するには時間がかかるが、借金は必ずどうにかする。だからどうか伯爵家を継いでくれ。」
親戚には跡継ぎになれる子供はいなかったし、事実上私しか伯爵家の跡継ぎにはなれないとわかっていた。それにアルバート兄様に続いて私まで逃げ出すなんて選択肢はなかった。
お父様の願いを受け入れた私は、その日から厳しい領主教育が始まった。
女の身で後継ぎとなった私は淑女教育と領主教育を受ける事になり、時間がいくらあっても足らず朝から晩まで暇な時は全てを勉強につぎ込む事になった。
私の婚約者探しも条件がガラリと変わり、歳上の領地経営を手助けできる婿候補とお見合いする事になった。
私に何処まで領地経営の才能があるかわからなかったお父様は将来を見据え、私が当主として苦労しないような人選をしてくれていた。
とはいえ三十八歳のオジサンが現れた時は卒倒しかけた。領主の補佐官をしていた経歴があるものの、性格に難がありそうな人で十二歳だった私との相性は最悪だった。
まぁ評判が悪く、借金持ちの家に婿入りしてくれる善人なんて居るはずもない。
だけど必死でお見合い相手を見繕ってくるお父様に文句は言えず、何度も何度もお見合いする事になった。
そうこうしている内に月日は流れ、私は無事淑女教育と領主教育を終え、お父様は宣言通り借金を返済した。
そして自分の役目は果たしたといわんばかりにお父様は病に倒れ亡くなっていった。
アルバート兄様が駆け落ちしてから部屋から全く出て来なくなってしまったお母様はお父様の死に憔悴しきっていた。
嘆き悲しむお母様の側にいてあげたかったが、お父様は亡くなる直前に引き継ぎを済ませ、正式に伯爵家を継いだ私にはやるべき事が山ほどあった。
先日十七歳になった私はお父様の弟のケルヴィン叔父様が後見人となって下さり、婚約者不在で未成年のまま当主の座に就いた。
それからも当主として少しでも財政難から脱出しようと新しい事業を手掛けたりして奮闘した。
少しずつだが昔のような伯爵家を取り戻してきた頃だった。我が家を不幸にした元凶が舞い戻ってきたのは。
それも三歳になる小さな子供を引き連れて。
これは五年前に起きた我が家の悲劇。
私には六歳歳上のアルバート兄様がいる。
とても優秀で賢かった自慢のお兄様。
次期伯爵として厳しい領主教育を受け、お父様と領地について熱く語り合う姿は今でも覚えている。
同じ伯爵家出身の婚約者カナリア様との仲も睦まじくて、アルバート兄様達が十八歳の時に結婚式を挙げる予定だった。
結婚式の準備する楽しそうな二人の姿を何度も見たし、きっと素敵な結婚式になると誰もが思っていた。
結婚式当日、新郎が駆け落ちするだなんて誰も予想していなかった。
誰にも告げず、手紙一つ残してカナリア様付きだった侍女と駆け落ちしたアルバート兄様。
失望されるのが嫌でいつも良い人間を演じてきた。
本当は当主にはなりたくなかった。
領主教育なんてクソだ。
楽しそうに生きている妹が妬ましい。
自由になりたい。
カナリアじゃなくてマリーと結婚したい。
俺が愛しているのはマリーだ。
手紙にはいつも優しかった笑顔の裏に隠れていたアルバート兄様の本音が書かれてあった。
『本当に好きな人と生きていきたい』
当時十二歳だった妹の私は最初、全ての責任をアルバート兄様に押し付け、苦しみに気付いてあげられなかった自分を責めた。
きっとお父様やお母様もそう思った事だろう。
だけど我が家の金庫から大金が盗まれている事が判明した時あれ? と思った。
駆け落ちするんだからお金は必要なのは当然。
でも親からお金を盗むのは許される行為?
これまでアルバート兄様が受けた苦しみを考えれば許すべき?
金庫の前で愕然と立ち尽くす両親の姿を見て子供ながらに倫理と情の間で揺れ動いた。
……でもよくよく考えてみたらアルバート兄様の行動って最低じゃない?
貴族に生まれたからには誰でも与えられた責務がある。
嫡男だったアルバート兄様には次期当主としての責務。
女に生まれた私にはお父様が決めた相手との結婚。
アルバート兄様には厳しい領主教育があったかもしれないけど、私だって幼い頃から厳しい淑女教育を受けていた。
しかもアルバート兄様には私になかった。お父様が選んできた婚約者候補から結婚相手を自分で選ぶという自由があった。
そう。カナリア様はアルバート兄様が選んだ婚約者。
それもアルバート兄様がカナリア様との顔合わせの場で一目惚れして婚約を決めたって私はお母様から聞いていた。
それなのに今更別の人を愛している?
好きな人と生きていきたい?
考えれば考えるほどアルバート兄様が自分勝手な酷い人間に思えてくる。
これって私が恋愛を知らない子供だから?
大人には大人の事情があるのかな?
でもアルバート兄様は自分が全てを捨てて駆け落ちしたら周囲にどんな影響が出るのか、ちゃんと考えるべきだったと思う。
アルバート兄様が自分の侍女と駆け落ちしたと知ったカナリア様は美しいウエディングドレス姿で泣き崩れた。カナリア様の両親はカナリア様を抱き締めながら、今にもアルバート兄様を殺しに行きそうな勢いで大激怒していた。
私はお父様の指示で先に家に帰される事になったけど、馬車に乗る直前までその光景を見ていた。
今にも倒れそうな真っ白な顔色の両親が泣きたいのを堪えて、カナリア様の両親や参列者の方々に頭を下げ、謝罪していた姿を。
あれからカナリア様は婚約者に捨てられた憐れな令嬢と噂されることになり、精神を病んでしまったカナリア様は修道院へ入った。
我が家とカナリア様の家との間で話し合いが行われ、慰謝料として伯爵家全財産の半分を支払う事になった。
アルバート兄様が盗んでいった大金と合わせると伯爵家は財産をほぼ失う事になった。
しかもその年は水害被害の補修等でお金が必要になり、我が家は借金まで抱える事になってしまった。
嫡男の駆け落ち醜聞に加えて借金を抱えている貧乏伯爵家。堅実だった我が家の評判は一気に落ちていった。
そんな時お父様から伯爵家の次期当主は私になると申し訳なさそうに言われた。
「こんな家をもう継ぎたいとは思えないかもしれないが、私にとってはとても大切な家で領地なんだ。ジュリエッタ、頼む。我が家の名誉を回復するには時間がかかるが、借金は必ずどうにかする。だからどうか伯爵家を継いでくれ。」
親戚には跡継ぎになれる子供はいなかったし、事実上私しか伯爵家の跡継ぎにはなれないとわかっていた。それにアルバート兄様に続いて私まで逃げ出すなんて選択肢はなかった。
お父様の願いを受け入れた私は、その日から厳しい領主教育が始まった。
女の身で後継ぎとなった私は淑女教育と領主教育を受ける事になり、時間がいくらあっても足らず朝から晩まで暇な時は全てを勉強につぎ込む事になった。
私の婚約者探しも条件がガラリと変わり、歳上の領地経営を手助けできる婿候補とお見合いする事になった。
私に何処まで領地経営の才能があるかわからなかったお父様は将来を見据え、私が当主として苦労しないような人選をしてくれていた。
とはいえ三十八歳のオジサンが現れた時は卒倒しかけた。領主の補佐官をしていた経歴があるものの、性格に難がありそうな人で十二歳だった私との相性は最悪だった。
まぁ評判が悪く、借金持ちの家に婿入りしてくれる善人なんて居るはずもない。
だけど必死でお見合い相手を見繕ってくるお父様に文句は言えず、何度も何度もお見合いする事になった。
そうこうしている内に月日は流れ、私は無事淑女教育と領主教育を終え、お父様は宣言通り借金を返済した。
そして自分の役目は果たしたといわんばかりにお父様は病に倒れ亡くなっていった。
アルバート兄様が駆け落ちしてから部屋から全く出て来なくなってしまったお母様はお父様の死に憔悴しきっていた。
嘆き悲しむお母様の側にいてあげたかったが、お父様は亡くなる直前に引き継ぎを済ませ、正式に伯爵家を継いだ私にはやるべき事が山ほどあった。
先日十七歳になった私はお父様の弟のケルヴィン叔父様が後見人となって下さり、婚約者不在で未成年のまま当主の座に就いた。
それからも当主として少しでも財政難から脱出しようと新しい事業を手掛けたりして奮闘した。
少しずつだが昔のような伯爵家を取り戻してきた頃だった。我が家を不幸にした元凶が舞い戻ってきたのは。
それも三歳になる小さな子供を引き連れて。
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