魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
17 / 84
2.すこや課、現場入りします

6話

しおりを挟む


「ふあぁ……よく寝た」

 シオンは、寝起きが良いほうだと自負している。

 テントに持ち込んだ寝具は、決して体に優しいとは言えない硬さだ。
 しかし、一日しっかりと働いた後の心地よい疲労感が、どうやらそれすらも帳消しにしてくれたらしい。
 おかげで、テントをバタバタと叩く夜風の音も、マットの硬さも気にならず、ぐっすり眠ることができていた。

「シオンさん、おはようございます!あの……具合はどうですか?」

 同じテントで夜を明かしていたカイレンが、シオンの声に気がついて遠慮がちに問いかけてくる。
 その声を聞いて、シオンの心がじんわりと温かくなった。

 カイレンは、昨日付き添ってくれた時も、とにかくシオンの体調を心配してくれていた。
 おそらく今も、いつもよりも早めに起きてシオンの様子に変わりないかを見守ってくれていたのだろう。

 なんとありがたいことなのだろう。

 正直、そんな気遣いを受けることが申し訳なくなるほど、今のシオンの体調には何の問題もなかった。
 自分でも意外なほどに、体の怠さも、気持ちの曇りも感じなかったのだ。

 それはきっと、親身に寄り添ってくれたカイレンのお陰であり、迅速に人を呼んで対処してくれたレヴィアスの配慮のおかげなのだろう。

「ありがとう、本当にすっかり大丈夫みたい」

 なんだかお腹がすいたね、とシオンが笑うと、カイレンは安心したようにフフッと微笑む。
 カイレンが笑うのに合わせて、彼女がいつも身に着けているチョーカーを飾る赤い石が、きらりと光った。

「じゃーん!」

 カイレンが、後ろ手に隠していたバスケットから、シェフご自慢のふかふかパンで作られたフルーツサンドを取り出す。
 彼女は切り口から溢れそうなほどたっぷりのクリームとフルーツが挟まれたそれを、ウキウキとした様子でシオンに手渡してくれた。

「朝食に甘いのとしょっぱいのが用意されていたんですが、疲れた体には甘いもの!と思いまして」
「最高のチョイスだわ、カイレン。私たちの連日の疲労に、乾杯!」

 体調は万全でも、疲労がないとは言っていない。
 ああ、毎日の心地よい疲労……と自分たちに言い聞かせながら、カイレンとシオンはここまで二人三脚で頑張ってきたのだ。
 そんな二人で一緒に食べるフルーツサンドの甘みが、それぞれの体に染み渡っていくような気がした。

「……それでですね、シオンさん。これはシオンさんの判断に任せますし、無理にということは絶対にないんですが」
「うん?」

 カイレンは少し迷ったような顔をして、一瞬口ごもる。
 それにしても、随分と勿体ぶった前置きだ。
 
 カイレンは躊躇いを吹き飛ばすように、勢いをつけてもう一口、まるで宝石が散りばめられたかのように輝くフルーツサンドをほおばってから、シオンの目を見て言葉をつづけた。

「ガルオン……青毛のワーウルフが、もう一度ちゃんと話したいと申し入れてきています」

 正直、それはシオンにとって意外な言葉だった。
 目の前であんな風に倒れ込んでしまったシオンの姿を見て、彼はすっかり呆れているだろうと思っていたからだ。

 シオンの弱さを嫌っているのであろう彼が、それを目の当たりにしてなおシオンと話したがる理由が見当たらない。
 むしろ、もう目の前に現れないようにしてくれ、と言われるほうが、まだ想像がつく。

「ちゃんと話したい、って一体何だろう」
「その……レヴィアス様が言うには、彼には謝罪の意志があるとかで」
「えっ?」

 その言葉に、思わず少し困惑したような声が漏れてしまう。
 それを聞いたカイレンが、慌てた様子で付け足した。

「あの、レヴィアス様も、体調を優先しなさいと仰っていました。謝罪を受ける義務はないし、それは本人も理解していると」

(ああ、結局、多忙なレヴィアスさんに仲介してもらうことになってしまった)
 
 自分の弱いところが出てしまったばかりに、彼の手を煩わせてしまったことに、少しの自己嫌悪が湧き上がる。

 それと同時に、普段は誰がどう思っていようとどこ吹く風、という様子で飄々としているレヴィアスが、こちらの心情を優先した提案をしてくれていることに少々驚いた。

「なんだか意外……って言うと失礼だよね」

 今回のことも、仕事の流れを悪くしてしまうようなトラブル、と言ってしまえばそれまでだと思っていた。
 バルドラッドが普段レヴィアスのことを鉄面皮だの朴念仁だのと言っているので、ついそんな目で見てしまっていたことを反省する。

「あ、いえ、正直私もびっくりしています。種族間のイザコザとか、そういうものはひと睨みして、場を凍らせて去っていくタイプの方だと思っていたので」

 けろっとした顔で、ものすごいことをカイレンが言ってのける。
 悪びれた様子が全くないので、もしかしたら実際に近しい事例が存在するのかもしれない。

 それにしても、時々こういうことを悪意なく言うものだから、カイレンには驚かされる。
 
「えっと、じゃあガルオンさんに、お昼休憩にでもお会いしましょう、って伝えてもらえるかな」
「はい、でも本当に大丈夫ですか?」
「うん、野外の休憩所で話が出来ると嬉しいかな。あと……カイレン、一緒に来てくれる?」

 ガルオンと会話すること自体に恐怖があるわけではない。
 嫌われているのだろうと自覚している相手と向き合うのは簡単なことではないけれど、それでもシオンは彼との対話を拒むつもりはなかった。

 どちらかというと、自分の心身が昨夜と同じような反応をしてしまい、きちんと話ができないままに迷惑をかけてしまうことを避けたい、ということを念頭に置いて同席を頼んだのだ。

「もちろんです。……じゃあ、レヴィアス様にもそう伝えますね」

 ありがとう、とカイレンにお礼を告げて、シオンはフルーツサンドの最後の一片を口に入れる。

 じわりと口の中に広がるクリームの甘みと、プチっとはじける果実の酸味は、少しだけ落ち着かない気持ちをごまかすのにぴったりだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲
ファンタジー
「普通がいちばん」と教え込まれてきた佐藤啓二は、日本の平均寿命である81歳で平凡な一生を終えた。 死因は癌だった。 癌による全死亡者を占める割合は24.6パーセントと第一位である。 そんな彼にも唯一「普通では無いこと」が起きた。 死後の世界へ導かれ、女神の御前にやってくると突然異世界への転生を言い渡される。 それも生前の魂、記憶や未来の可能性すらも次の世界へと引き継ぐと言うのだ。 啓二は前世でもそれなりにアニメや漫画を嗜んでいたが、こんな展開には覚えがない。 挙げ句の果てには「質問は一切受け付けない」と言われる始末で、あれよあれよという間に異世界へと転生を果たしたのだった。 インヒター王国の外、漁業が盛んな街オームで平凡な家庭に産まれ落ちた啓二は『バルト・クラスト』という新しい名を受けた。 そうして、しばらく経った頃に自身の平凡すぎるステータスとおかしなスキルがある事に気がつく――。 これはある平凡すぎる男が異世界へ転生し、その普通で非凡な力で人生を謳歌する物語である。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
 お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。 「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。  転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが  迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

処理中です...