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5.魔王城アカデミー
12話
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ベンチに腰かけたシオンの横に、エリオルがゆっくりと座る。
今日は背中に白い羽根は無く、黙って微笑んでいればどこかの貴公子か王子様のようにも見えるだろう。
(勢いで座っちゃった……)
シオンは、今更ながら後悔に襲われていた。
ぎゅっ、と首元のネックレスを握る。
今のシオンに頼れるのは、この冴えた青色の魔法石だけだ。
華奢なチェーンに繋がれた小さな石だが、そこにこめられた魔力がレヴィアスの物だと思えばずいぶん気持ちが落ち着く。
シオンは静かに深呼吸すると、ベンチに座る姿勢を少し正した。
「僕が天使だってことは理解できてるかな?」
こちらの顔も見ず、エリオルは唐突に話し始める。
その口調は穏やかだが、感情らしいものは感じられず、どこか不気味な平坦さがあった。
「……はい」
シオンは、こちらが抱える恐怖心を悟られないように、短く答えた。
エリオルは視線を動かさず、口元だけで緩く微笑んだ。
「僕とレヴィアスは幼馴染なんだ」
それを聞いて、シオンはちらりとエリオルの表情を盗み見る。
意外なほどその横顔に浮かぶ表情は晴れやかで、昔を懐かしむようにどこか遠くを見るような目をしている。
「天界って閉鎖的でね。そもそも天使の数も多くはないし、血縁者以外と深く関わることはあまり無い。……種族特有の無駄な美貌のせいで享楽的に見られがちだけど、実際はガチガチの血統至上主義だし、美しさと力だけが物を言うような社会なんだ」
一見奔放にも思えるエリオルのイメージと、彼の口から語られる天界の様子が頭の中で不和を起こす。
彼の言葉の端に、諦めと僅かな嫌悪感を感じとり、シオンはなるほどと納得した。
エリオルはため息をつき、自嘲めいた笑顔を浮かべて続けた。
「翼の大きさ、白さ、魔力の強さ、瞳や髪の色……うんざりするよね」
シオンとエリオルの間を、ふわりと果樹の香りを孕んだ風が通り過ぎた。
警戒を緩めず、シオンはエリオルの話に耳を傾ける。
敵対する立場なのであれば耳を塞ぐべきなのかもしれないが、いずれにせよもう彼の前からは逃げられない。
それならば、腰を据えて話を聞くしかないと思ったのだ。
「自分で言うのもなんだけど、僕とレヴィアスは天使の社会の中ではいわゆる出世頭でね、権力者の爺様達からの信頼も厚かったんだよ」
ずしり、とエリオルの言葉がシオンの胸を押し潰す。
うっすらと理解し、自分なりに受け止めていたつもりだった。
しかし改めて、『レヴィアスは天使だった』とはっきり示されたことがシオンの胸に重くのしかかったのだ。
レヴィアスの背を飾る漆黒の翼がシオンの脳裏をよぎる。
……今も鮮明に思い出すことが出来る。
あの、真新しい純白の翼が、まるで闇に食い尽くされるかのように根元から黒く染まっていく光景。
それは例えるならば、呪いか、罰かのよう。
いったいなぜ?という疑問は、胸の中でずっと渦巻いていた。
いまは、心の中の箱にそれを押し込み、決して開かないようにぎゅっと蓋をしているに過ぎない。
――知ることが、怖いのだ。
「代り映えしないけれど、それなりに楽しい日々だったかな。でもね……そんな時間にも終わりが来たんだ」
するり、とエリオルは自らの指にはめた銀のリングをひと撫でした。
リングを飾る薄桃色の石が光を淡く反射し、幻想的な美しさを感じさせる。
「僕らが幼い頃から秘密基地にしていた小さな神殿で、――真っ赤な血に染まったレヴィアスの姿を見た」
シオンは、弾かれたように顔をあげ、エリオルの目を見る。
それを感じたのか、エリオルはゆっくりとシオンに視線を向けた。
怒りでも悲しみでも無い、ぽっかりと感情が抜け落ちてしまったかのような瞳。
感情と生気を感じさせない美貌は、まさに天使の彫像のようだった。
緩やかな口調で、エリオルは続ける。
「あの神殿は小さいけれど、美しいんだ。天井は一面ステンドグラスに覆われて、小さな祭壇はいつも花で溢れていた」
優美な神殿で並んで佇むふたりの姿を想像する。
それは絵画のように美しく、幻想的な光景だ。
そして――赤い血は、その場所で目にするにはあまりにも異質なものだっただろう。
「神殿の天井を飾るステンドグラスを突き抜けるほどに、空から光が降り注ぐ日だった。床や壁が夢みたいに綺麗な色で照らされているのに、所々に真っ赤な血がはねていて……」
エリオルの言葉を聞きながら、ネックレスを握るシオンの手がじわりと汗ばんだ。
彼の言葉のひとつひとつが、まるでシオンの心に刻みつけようとしている……あるいは、彼が自分自身に語り聞かせているようだ。
シオンが思い描いていた美しい情景に、血の色がぽたり、と混ざる。
想像の中のエリオルが、こちらを振り返ったような気がした。
「……それを辿ると、血溜まりの中にレヴィアスが立っていた。顔や翼に赤い血を浴びて……手に握った剣からは、まだぽたぽた鮮血が滴っていたよ」
リングを撫でるエリオルの指に、僅かに力がこもった。
桃色の石が、光の加減で橙に、そして赤色に輝いたように見えた。
鮮血の温かさ。
むせかえるような血の匂い。
一瞬にしてそれらがシオンの脳裏にフラッシュバックして、めまいを覚えた。
記憶の中の、清廉で凛としたレヴィアスの横顔に、血の色が塗りつけられる。
つい先日一緒に過ごしたばかりの、温かい記憶が急速に氷漬けにされていくような感覚がシオンを襲う。
簡単に揺らいだりしない、と唱えながら、祈るような気持ちでネックレスの石を握った。
エリオルの言葉のどこにも、レヴィアスを貶めようという悪意を感じない。
それがむしろ、シオンの心を少しずつ切り裂いていくのだ。
エリオルは、ひと呼吸おいて再び唇を開く。
虚空を見つめていた視線は、いつの間にかシオンの瞳を射抜くように見据えていた。
……まるで、何かを試すように。
「足元の血溜まりの中には、僕とレヴィアスの、もうひとりの幼馴染……僕の恋人が倒れていた」
今日は背中に白い羽根は無く、黙って微笑んでいればどこかの貴公子か王子様のようにも見えるだろう。
(勢いで座っちゃった……)
シオンは、今更ながら後悔に襲われていた。
ぎゅっ、と首元のネックレスを握る。
今のシオンに頼れるのは、この冴えた青色の魔法石だけだ。
華奢なチェーンに繋がれた小さな石だが、そこにこめられた魔力がレヴィアスの物だと思えばずいぶん気持ちが落ち着く。
シオンは静かに深呼吸すると、ベンチに座る姿勢を少し正した。
「僕が天使だってことは理解できてるかな?」
こちらの顔も見ず、エリオルは唐突に話し始める。
その口調は穏やかだが、感情らしいものは感じられず、どこか不気味な平坦さがあった。
「……はい」
シオンは、こちらが抱える恐怖心を悟られないように、短く答えた。
エリオルは視線を動かさず、口元だけで緩く微笑んだ。
「僕とレヴィアスは幼馴染なんだ」
それを聞いて、シオンはちらりとエリオルの表情を盗み見る。
意外なほどその横顔に浮かぶ表情は晴れやかで、昔を懐かしむようにどこか遠くを見るような目をしている。
「天界って閉鎖的でね。そもそも天使の数も多くはないし、血縁者以外と深く関わることはあまり無い。……種族特有の無駄な美貌のせいで享楽的に見られがちだけど、実際はガチガチの血統至上主義だし、美しさと力だけが物を言うような社会なんだ」
一見奔放にも思えるエリオルのイメージと、彼の口から語られる天界の様子が頭の中で不和を起こす。
彼の言葉の端に、諦めと僅かな嫌悪感を感じとり、シオンはなるほどと納得した。
エリオルはため息をつき、自嘲めいた笑顔を浮かべて続けた。
「翼の大きさ、白さ、魔力の強さ、瞳や髪の色……うんざりするよね」
シオンとエリオルの間を、ふわりと果樹の香りを孕んだ風が通り過ぎた。
警戒を緩めず、シオンはエリオルの話に耳を傾ける。
敵対する立場なのであれば耳を塞ぐべきなのかもしれないが、いずれにせよもう彼の前からは逃げられない。
それならば、腰を据えて話を聞くしかないと思ったのだ。
「自分で言うのもなんだけど、僕とレヴィアスは天使の社会の中ではいわゆる出世頭でね、権力者の爺様達からの信頼も厚かったんだよ」
ずしり、とエリオルの言葉がシオンの胸を押し潰す。
うっすらと理解し、自分なりに受け止めていたつもりだった。
しかし改めて、『レヴィアスは天使だった』とはっきり示されたことがシオンの胸に重くのしかかったのだ。
レヴィアスの背を飾る漆黒の翼がシオンの脳裏をよぎる。
……今も鮮明に思い出すことが出来る。
あの、真新しい純白の翼が、まるで闇に食い尽くされるかのように根元から黒く染まっていく光景。
それは例えるならば、呪いか、罰かのよう。
いったいなぜ?という疑問は、胸の中でずっと渦巻いていた。
いまは、心の中の箱にそれを押し込み、決して開かないようにぎゅっと蓋をしているに過ぎない。
――知ることが、怖いのだ。
「代り映えしないけれど、それなりに楽しい日々だったかな。でもね……そんな時間にも終わりが来たんだ」
するり、とエリオルは自らの指にはめた銀のリングをひと撫でした。
リングを飾る薄桃色の石が光を淡く反射し、幻想的な美しさを感じさせる。
「僕らが幼い頃から秘密基地にしていた小さな神殿で、――真っ赤な血に染まったレヴィアスの姿を見た」
シオンは、弾かれたように顔をあげ、エリオルの目を見る。
それを感じたのか、エリオルはゆっくりとシオンに視線を向けた。
怒りでも悲しみでも無い、ぽっかりと感情が抜け落ちてしまったかのような瞳。
感情と生気を感じさせない美貌は、まさに天使の彫像のようだった。
緩やかな口調で、エリオルは続ける。
「あの神殿は小さいけれど、美しいんだ。天井は一面ステンドグラスに覆われて、小さな祭壇はいつも花で溢れていた」
優美な神殿で並んで佇むふたりの姿を想像する。
それは絵画のように美しく、幻想的な光景だ。
そして――赤い血は、その場所で目にするにはあまりにも異質なものだっただろう。
「神殿の天井を飾るステンドグラスを突き抜けるほどに、空から光が降り注ぐ日だった。床や壁が夢みたいに綺麗な色で照らされているのに、所々に真っ赤な血がはねていて……」
エリオルの言葉を聞きながら、ネックレスを握るシオンの手がじわりと汗ばんだ。
彼の言葉のひとつひとつが、まるでシオンの心に刻みつけようとしている……あるいは、彼が自分自身に語り聞かせているようだ。
シオンが思い描いていた美しい情景に、血の色がぽたり、と混ざる。
想像の中のエリオルが、こちらを振り返ったような気がした。
「……それを辿ると、血溜まりの中にレヴィアスが立っていた。顔や翼に赤い血を浴びて……手に握った剣からは、まだぽたぽた鮮血が滴っていたよ」
リングを撫でるエリオルの指に、僅かに力がこもった。
桃色の石が、光の加減で橙に、そして赤色に輝いたように見えた。
鮮血の温かさ。
むせかえるような血の匂い。
一瞬にしてそれらがシオンの脳裏にフラッシュバックして、めまいを覚えた。
記憶の中の、清廉で凛としたレヴィアスの横顔に、血の色が塗りつけられる。
つい先日一緒に過ごしたばかりの、温かい記憶が急速に氷漬けにされていくような感覚がシオンを襲う。
簡単に揺らいだりしない、と唱えながら、祈るような気持ちでネックレスの石を握った。
エリオルの言葉のどこにも、レヴィアスを貶めようという悪意を感じない。
それがむしろ、シオンの心を少しずつ切り裂いていくのだ。
エリオルは、ひと呼吸おいて再び唇を開く。
虚空を見つめていた視線は、いつの間にかシオンの瞳を射抜くように見据えていた。
……まるで、何かを試すように。
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