魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
55 / 96
5.魔王城アカデミー

11話

しおりを挟む
 その日の午後、シオンは魔王城の地下へと向かっていた。
 つい最近まで地下室の存在を知らなかったが、今日はそこに用事がある。

 長い廊下を歩いて、滅多に開かれない重たいドアを開ける。
 ギギ、と軋んだような音を立てながらゆっくりとドアが動き、地下へと続く空間を思わせるひんやりとした空気が僅かに流れた。

 長い間主を失っていたその空間に、ようやく明かりが灯されるようになって数日。
 薄暗さはあるものの、地下へ続く階段は綺麗に掃き掃除され、光を宿すランプの油も新品に交換されている。

 コツ、コツと、地下へ続く通路の壁に反響して靴音が響く。
 それから少し歩いたところに、ドアがひとつ。
 シオンはそのドアをノックして、中へと呼びかけた。
 
「シンシアさん、いらっしゃいますか?」

 返事の代わりに、にゃーんという鳴き声が返ってくる。

「入りますね」

 そろっとドアを開けると、足元にすかさず黒猫がすり寄ってくる。
 最初は恐ろしいと感じるところもあったが、こうして顔を寄せてくる姿はどうやっても愛くるしい。

 ぐるぐると鳴るあごの下を何度か撫でてやってから、シオンは部屋の奥へと向かった。

 陰鬱な空気が漂っていた崖の上の洋館とは異なり、この地下の研究施設はこざっぱりとしている。
 地下室の大半は研究施設にスペースを割いているが、その一部を改装してシンシアが私室として利用しているらしい。

 荷物がまさに運び込まれたばかり、という様子だが、全体的にがらんとしていて物寂しさがあるのだ。

 地上の光を取り入れられる窓の近くに、小さなテーブルセットが佇んでいる。
 その上には、カップがふたつ。
 シオンが来る前に、誰かがここを訪ねていたのだろうか。

「あら、お嬢さん」

 艶を放つような声。

「シンシアさん、お邪魔しています」

 そこには、丈の短い漆黒のワンピースの上から白衣を纏ったシンシアの姿があった。

(わあ、刺激的!)

 タイトな生地が、彼女の豊満なボディラインを引き立てている。
 シオンは自分の貧相な体を思い出して、なんだかいたたまれない気持ちになった。

「その後、変異モンスターの解析はどうかなと思いまして」

 シオンの問いに、シンシアは気だるげな返事を返した。

「んー……そうねえ……蜘蛛の時もそうだけど、サンドワームのほうも結構雑な仕事をしているっていう印象ね」

 私ならやらないわ、と言ってシンシアはフンと鼻を鳴らした。
 彼女なりの美学に、何か反するところがあったのだろうか。

「雑、というと?」

「お嬢さんも言ってたけれど、蜘蛛に関しては変異が強すぎて体のバランスが崩れていたし……サンドワームの中、開けてみたけど、自分の毒で体を中から焼かれてる状態だったわよ」

 中から焼かれる、という言葉にシオンは思わずぞっとした。
 妙に狂暴で、傷を負わせても行動を止めなかったという証言もある。
 もしかしたら、体内が毒素で汚染されているせいで暴れていたのかもしれない。

「こんな雑なやりかた、冗談でも私に疑いが向いたなんて失礼も甚だしいわよ」

 シンシアは憮然とした表情で腕組みをした。
 
「面白そうなパーツを、とりあえずくっつけてみただけ、っていう感じ。適合するかは運だから、失敗も相応に発生してるでしょうね」

 その目には侮蔑の色が滲んでいて、やはり彼女はマッドサイエンティストではなく医者なのだ、と感じさせる。
 
 にゃあ、と鳴いてシンシアの方へと黒猫が駆け寄った。
 この猫も、恐らくは彼女に命を救われた存在なのだろう。

「他の地域からも、別の変異体のうわさが聞こえてきているんです」

「そうでしょうね。この手の研究、やめ時が見つからないのよ。くじ引きみたいなものだもの」

 美しくないわ、と頬を膨らませて、シンシアは猫を抱き上げた。

 やめ時が見つからない、という言葉が、シオンの心に影を落とす。
 変異体の出没が頻発するようになったら、世界はどうなってしまうのだろうか。
 あの時、レヴィアスが背中に負った傷を思い出す。
 手を伝った血の温かさと、青ざめていく彼の顔が頭の隅にこびりついて離れない。

「愉快犯か、何らかの思想を持っての行いなのか、半々ってところね」

「……目的があるとして、それは何なんでしょう」

「それを調べるのは私の仕事じゃないわよ。でも……」

 ん、と赤く染まった唇を小さくとがらせ、シンシアが少し考える。
 彼女の胸元で猫があくびをひとつ。

「単純に生物兵器として……もしくは、換金目的か、技術をもっと高等な生物に適用するための準備段階か……」

 宙を見るような目をしながら、シンシアがブツブツと小さく呟く。
 これは恐らくシンシアの癖なのだろう。
 早すぎる思考が、口元から溢れるように流れ出る。

「もっと高等な生物……ですか」

 ぞわ、と鳥肌が立つのを感じながら、シオンが呟いた。

「これまで見つかったのはサンドワームと蜘蛛でしょう? どちらも生物としては割と単純にできていて、自己修復力も高い。多少うまく適合しなくてもなあなあで生きてはいけそうな部類なのよ」
 
 確かに、言われてみればその通りだ。
 そして、次に噂が聞こえてきたのはパイロリザード。
 彼らもまた、自己修復力が高い。
 そして、サンドワームや蜘蛛と比較すると、シンシアが言う『高等な生物』に近づいているような気がする。
 シオンはこわごわとシンシアへ問いかける。
 
「もし仮に、最終的な目標が人間や魔物に対する技術の適用なのだとしたら……?」

「まあ、出来なくはないでしょうね。……例えば、私がオリヴィエに施した手術のように。実際はもっと、大がかりでしょうけれど」

 シンシアは自嘲気味に笑った。
 人間や、魔物が、変異させられてしまう可能性がある。
 それは想像しただけでひどく恐ろしく、シオンは恐怖に押し黙ってしまった。

「ありがとうございます。パイロリザードの件は討伐の運びになった際、改めて話をさせてください」

「はいはい、でもどこまで手伝うかは、私が決めることだからね」

 少し鬱陶しそうな顔をされて、シオンは苦笑いする。
 シンシアと猫に挨拶をして、足早に地下室を後にした。


「ふう……」

 地上に戻り、シオンは食堂で貰ったオレンジジュースを飲みながら、ぷらぷらと魔王城内の広場を散歩していた。
 ふと、以前カイレンに教えてもらったとっておきのビュースポットを思い出して、足を向ける。

 ジュース一杯分の休憩をしよう、という気持ちになれたのは、最近のシオンにとっては大きな進歩だ。
 人通りの多い道を抜け、食用の果樹が立ち並ぶエリアへと向かう。
 
 作業中の小休憩用に設置されたものだろうが、小さなベンチとテーブルがいくつか並んでいる。
 シオンはよいしょとそのベンチに腰かけて、伸びをした。

 まだ色づく前の、青いリンゴの実がぽつぽつと木になっている。
 時折聞こえる、プン、という蜂の羽音が、静寂に少しのアクセントを加えてくれた。

「やあ、昨日あんなことがあったのに不用心だね」

 背後から突然声をかけられて、シオンはビクリと肩を震わせた。
 振り返らなくてもわかる。
 甘やかなこの声の持ち主は、ひとり。

「エリオルさん……」

 名前を呟くと、エリオルはふわりと微笑んだ。
 昨日見た狂気とは全く結びつかない、華やかで、清らかな笑顔だ。

 今は、とにかくその美しさが恐ろしい。
 思わずシオンはベンチから腰を上げ、ぎゅっと両手を握りしめてエリオルと向かいあった。

「なぜ魔王城に出入りを?」

「魔王には客として迎えられているよ。僕には天界とのパイプ役としての利用価値があるからね」

 天界。
 つまりは、天使が住まう、地上とは離れたところに存在する場所のことだと聞いた。
 それでも、昨日のノイルの様子を思い出すと、こうも頻繁に魔王城に顔を出す理由がわからない。
 まさか、本当に今でもレヴィアスの命を狙っているのだろうか?

 警戒心をむき出しにして、シオンはぐっと身構えた。

「大丈夫、昨日と今日の目的は君じゃない」

 エリオルが目を細めてニコリと笑った。
 その言葉を信じていいのかどうかも、もはや疑わしい。

 瞳の奥は、こちらをじっととらえて微動だにしていないのだから。
 

「シンシアが魔王城に戻ったと聞いたからね、挨拶に来たのさ」

 シンシアの研究室に置かれていたふたつのカップと繋がった。
 彼女が会っていたのは、エリオルだったのか。

 思えば、港町で初めて出会った時もエリオルはオリヴィエの研究ノートを持っていた。

「シンシアさんとはお知り合いなんですか」

「オリヴィエの研究のファン、って言っただろう? あれは勿論本当、だからシンシアともぜひ話がしたかった」

 エリオルは医学に興味があるということだろうか。
 深く聞きたいような気もするが、このままふたりで会話をしていて良いのか、とシオンの頭の中で警鐘が鳴る。

「……心配しなくても、今、レヴィアスを殺すつもりはないよ」

 エリオルは、シオンの目を見てそう囁いた。
 真っすぐに見据えられて、シオンは思わず目を泳がせる。

「昨日は急に腕を掴んだりしてごめんね。仲直りをしよう」

 奇妙なほど明るい口調で、エリオルはシオンに語り掛ける。
 言い知れぬ恐怖に、シオンはその場から逃げだそうと後ずさりした。
 それを許さない、というように、エリオルは言葉をつづけた。

「お詫びに、君が知らない、僕とレヴィアスのお話をしよう」

 エリオルは流れるような所作で、シオンにベンチへと座る様に促す。
 
 シオンは口を引き結んで、静かにベンチへと腰かけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。 大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。 そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。 しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。 戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。 「面白いじゃん?」 アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦

未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?! 痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。 一体私が何をしたというのよーっ! 驚愕の異世界転生、始まり始まり。

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います

Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】  私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。  好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。  そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。  更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。  これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。 ──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。  いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。  なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。 ---------- 覗いて下さり、ありがとうございます! 2025.4.26 女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧ 7時、13時、19時更新。 全48話、予約投稿しています。 ★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。

処理中です...