魔王城すこや課、本日も無事社畜です!

ハルタカ

文字の大きさ
58 / 84
5.魔王城アカデミー

12話

しおりを挟む
 ベンチに腰かけたシオンの横に、エリオルがゆっくりと座る。
 今日は背中に白い羽根は無く、黙って微笑んでいればどこかの貴公子か王子様のようにも見えるだろう。

(勢いで座っちゃった……)

 シオンは、今更ながら後悔に襲われていた。
 ぎゅっ、と首元のネックレスを握る。
 今のシオンに頼れるのは、この冴えた青色の魔法石だけだ。
 華奢なチェーンに繋がれた小さな石だが、そこにこめられた魔力がレヴィアスの物だと思えばずいぶん気持ちが落ち着く。
 
 シオンは静かに深呼吸すると、ベンチに座る姿勢を少し正した。

「僕が天使だってことは理解できてるかな?」

 こちらの顔も見ず、エリオルは唐突に話し始める。
 その口調は穏やかだが、感情らしいものは感じられず、どこか不気味な平坦さがあった。

「……はい」

 シオンは、こちらが抱える恐怖心を悟られないように、短く答えた。
 エリオルは視線を動かさず、口元だけで緩く微笑んだ。

「僕とレヴィアスは幼馴染なんだ」

 それを聞いて、シオンはちらりとエリオルの表情を盗み見る。
 意外なほどその横顔に浮かぶ表情は晴れやかで、昔を懐かしむようにどこか遠くを見るような目をしている。

「天界って閉鎖的でね。そもそも天使の数も多くはないし、血縁者以外と深く関わることはあまり無い。……種族特有の無駄な美貌のせいで享楽的に見られがちだけど、実際はガチガチの血統至上主義だし、美しさと力だけが物を言うような社会なんだ」

 一見奔放にも思えるエリオルのイメージと、彼の口から語られる天界の様子が頭の中で不和を起こす。
 彼の言葉の端に、諦めと僅かな嫌悪感を感じとり、シオンはなるほどと納得した。
 エリオルはため息をつき、自嘲めいた笑顔を浮かべて続けた。
 
「翼の大きさ、白さ、魔力の強さ、瞳や髪の色……うんざりするよね」

 シオンとエリオルの間を、ふわりと果樹の香りを孕んだ風が通り過ぎた。
 警戒を緩めず、シオンはエリオルの話に耳を傾ける。
 敵対する立場なのであれば耳を塞ぐべきなのかもしれないが、いずれにせよもう彼の前からは逃げられない。
 それならば、腰を据えて話を聞くしかないと思ったのだ。

「自分で言うのもなんだけど、僕とレヴィアスは天使の社会の中ではいわゆる出世頭でね、権力者の爺様達からの信頼も厚かったんだよ」

 ずしり、とエリオルの言葉がシオンの胸を押し潰す。
 うっすらと理解し、自分なりに受け止めていたつもりだった。
 しかし改めて、『レヴィアスは天使だった』とはっきり示されたことがシオンの胸に重くのしかかったのだ。

 レヴィアスの背を飾る漆黒の翼がシオンの脳裏をよぎる。
 ……今も鮮明に思い出すことが出来る。
 あの、真新しい純白の翼が、まるで闇に食い尽くされるかのように根元から黒く染まっていく光景。

 それは例えるならば、呪いか、罰かのよう。
 
 いったいなぜ?という疑問は、胸の中でずっと渦巻いていた。
 いまは、心の中の箱にそれを押し込み、決して開かないようにぎゅっと蓋をしているに過ぎない。

 ――知ることが、怖いのだ。
 
「代り映えしないけれど、それなりに楽しい日々だったかな。でもね……そんな時間にも終わりが来たんだ」
 
 するり、とエリオルは自らの指にはめた銀のリングをひと撫でした。
 リングを飾る薄桃色の石が光を淡く反射し、幻想的な美しさを感じさせる。

「僕らが幼い頃から秘密基地にしていた小さな神殿で、――真っ赤な血に染まったレヴィアスの姿を見た」

 シオンは、弾かれたように顔をあげ、エリオルの目を見る。
 それを感じたのか、エリオルはゆっくりとシオンに視線を向けた。
 怒りでも悲しみでも無い、ぽっかりと感情が抜け落ちてしまったかのような瞳。
 感情と生気を感じさせない美貌は、まさに天使の彫像のようだった。
 
 緩やかな口調で、エリオルは続ける。

「あの神殿は小さいけれど、美しいんだ。天井は一面ステンドグラスに覆われて、小さな祭壇はいつも花で溢れていた」

 優美な神殿で並んで佇むふたりの姿を想像する。
 それは絵画のように美しく、幻想的な光景だ。
 そして――赤い血は、その場所で目にするにはあまりにも異質なものだっただろう。
 
「神殿の天井を飾るステンドグラスを突き抜けるほどに、空から光が降り注ぐ日だった。床や壁が夢みたいに綺麗な色で照らされているのに、所々に真っ赤な血がはねていて……」

 エリオルの言葉を聞きながら、ネックレスを握るシオンの手がじわりと汗ばんだ。
 彼の言葉のひとつひとつが、まるでシオンの心に刻みつけようとしている……あるいは、彼が自分自身に語り聞かせているようだ。
 
 シオンが思い描いていた美しい情景に、血の色がぽたり、と混ざる。
 想像の中のエリオルが、こちらを振り返ったような気がした。
 
 「……それを辿ると、血溜まりの中にレヴィアスが立っていた。顔や翼に赤い血を浴びて……手に握った剣からは、まだぽたぽた鮮血が滴っていたよ」

 リングを撫でるエリオルの指に、僅かに力がこもった。
 桃色の石が、光の加減で橙に、そして赤色に輝いたように見えた。
 鮮血の温かさ。
 むせかえるような血の匂い。
 一瞬にしてそれらがシオンの脳裏にフラッシュバックして、めまいを覚えた。

 記憶の中の、清廉で凛としたレヴィアスの横顔に、血の色が塗りつけられる。
 つい先日一緒に過ごしたばかりの、温かい記憶が急速に氷漬けにされていくような感覚がシオンを襲う。

 簡単に揺らいだりしない、と唱えながら、祈るような気持ちでネックレスの石を握った。
 
 エリオルの言葉のどこにも、レヴィアスを貶めようという悪意を感じない。
 それがむしろ、シオンの心を少しずつ切り裂いていくのだ。
 
 エリオルは、ひと呼吸おいて再び唇を開く。
 虚空を見つめていた視線は、いつの間にかシオンの瞳を射抜くように見据えていた。
 ……まるで、何かを試すように。
  
「足元の血溜まりの中には、僕とレヴィアスの、もうひとりの幼馴染……僕の恋人が倒れていた」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜

小林一咲
ファンタジー
「普通がいちばん」と教え込まれてきた佐藤啓二は、日本の平均寿命である81歳で平凡な一生を終えた。 死因は癌だった。 癌による全死亡者を占める割合は24.6パーセントと第一位である。 そんな彼にも唯一「普通では無いこと」が起きた。 死後の世界へ導かれ、女神の御前にやってくると突然異世界への転生を言い渡される。 それも生前の魂、記憶や未来の可能性すらも次の世界へと引き継ぐと言うのだ。 啓二は前世でもそれなりにアニメや漫画を嗜んでいたが、こんな展開には覚えがない。 挙げ句の果てには「質問は一切受け付けない」と言われる始末で、あれよあれよという間に異世界へと転生を果たしたのだった。 インヒター王国の外、漁業が盛んな街オームで平凡な家庭に産まれ落ちた啓二は『バルト・クラスト』という新しい名を受けた。 そうして、しばらく経った頃に自身の平凡すぎるステータスとおかしなスキルがある事に気がつく――。 これはある平凡すぎる男が異世界へ転生し、その普通で非凡な力で人生を謳歌する物語である。

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *本作の無断転載、無断翻訳、無断利用を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

『規格外の薬師、追放されて辺境スローライフを始める。〜作ったポーションが国家機密級なのは秘密です〜』

雛月 らん
ファンタジー
俺、黒田 蓮(くろだ れん)35歳は前世でブラック企業の社畜だった。過労死寸前で倒れ、次に目覚めたとき、そこは剣と魔法の異世界。しかも、幼少期の俺は、とある大貴族の私生児、アレン・クロイツェルとして生まれ変わっていた。 前世の記憶と、この世界では「外れスキル」とされる『万物鑑定』と『薬草栽培(ハイレベル)』。そして、誰にも知られていない規格外の莫大な魔力を持っていた。 しかし、俺は決意する。「今世こそ、誰にも邪魔されない、のんびりしたスローライフを送る!」と。 これは、スローライフを死守したい天才薬師のアレンと、彼の作る規格外の薬に振り回される異世界の物語。 平穏を愛する(自称)凡人薬師の、のんびりだけど実は波乱万丈な辺境スローライフファンタジー。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
 お人好しで動物好きな最上悠は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏も、寿命から静かに息を引き取ろうとする。 「助けたいなら異世界に来てくれない」と少し残念な神様と出会う。  転移先では半ば強引に、死にかけていた犬を助けたことで、能力を失いそのひっそりとスローライフを送ることになってしまうが  迷い込んだ、訪問者次々とやってきて異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

『三度目の滅びを阻止せよ ―サラリーマン係長の異世界再建記―』

KAORUwithAI
ファンタジー
45歳、胃薬が手放せない大手総合商社営業部係長・佐藤悠真。 ある日、横断歩道で子供を助け、トラックに轢かれて死んでしまう。 目を覚ますと、目の前に現れたのは“おじさんっぽい神”。 「この世界を何とかしてほしい」と頼まれるが、悠真は「ただのサラリーマンに何ができる」と拒否。 しかし神は、「ならこの世界は三度目の滅びで終わりだな」と冷徹に突き放す。 結局、悠真は渋々承諾。 与えられたのは“現実知識”と“ワールドサーチ”――地球の知識すら検索できる探索魔法。 さらに肉体は20歳に若返り、滅びかけの異世界に送り込まれた。 衛生観念もなく、食糧も乏しく、二度の滅びで人々は絶望の淵にある。 だが、係長として培った経験と知識を武器に、悠真は人々をまとめ、再び世界を立て直そうと奮闘する。 ――これは、“三度目の滅び”を阻止するために挑む、ひとりの中年係長の異世界再建記である。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

処理中です...