56 / 96
5.魔王城アカデミー
12話
しおりを挟む
ベンチに腰かけたシオンの横に、エリオルがゆっくりと座る。
今日は背中に白い羽根は無く、黙って微笑んでいればどこかの貴公子か王子様のようにも見えるだろう。
(勢いで座っちゃった……)
シオンは、今更ながら後悔に襲われていた。
ぎゅっ、と首元のネックレスを握る。
今のシオンに頼れるのは、この冴えた青色の魔法石だけだ。
華奢なチェーンに繋がれた小さな石だが、そこにこめられた魔力がレヴィアスの物だと思えばずいぶん気持ちが落ち着く。
シオンは静かに深呼吸すると、ベンチに座る姿勢を少し正した。
「僕が天使だってことは理解できてるかな?」
こちらの顔も見ず、エリオルは唐突に話し始める。
その口調は穏やかだが、感情らしいものは感じられず、どこか不気味な平坦さがあった。
「……はい」
シオンは、こちらが抱える恐怖心を悟られないように、短く答えた。
エリオルは視線を動かさず、口元だけで緩く微笑んだ。
「僕とレヴィアスは幼馴染なんだ」
それを聞いて、シオンはちらりとエリオルの表情を盗み見る。
意外なほどその横顔に浮かぶ表情は晴れやかで、昔を懐かしむようにどこか遠くを見るような目をしている。
「天界って閉鎖的でね。そもそも天使の数も多くはないし、血縁者以外と深く関わることはあまり無い。……種族特有の無駄な美貌のせいで享楽的に見られがちだけど、実際はガチガチの血統至上主義だし、美しさと力だけが物を言うような社会なんだ」
一見奔放にも思えるエリオルのイメージと、彼の口から語られる天界の様子が頭の中で不和を起こす。
彼の言葉の端に、諦めと僅かな嫌悪感を感じとり、シオンはなるほどと納得した。
エリオルはため息をつき、自嘲めいた笑顔を浮かべて続けた。
「翼の大きさ、白さ、魔力の強さ、瞳や髪の色……うんざりするよね」
シオンとエリオルの間を、ふわりと果樹の香りを孕んだ風が通り過ぎた。
警戒を緩めず、シオンはエリオルの話に耳を傾ける。
敵対する立場なのであれば耳を塞ぐべきなのかもしれないが、いずれにせよもう彼の前からは逃げられない。
それならば、腰を据えて話を聞くしかないと思ったのだ。
「自分で言うのもなんだけど、僕とレヴィアスは天使の社会の中ではいわゆる出世頭でね、権力者の爺様達からの信頼も厚かったんだよ」
ずしり、とエリオルの言葉がシオンの胸を押し潰す。
うっすらと理解し、自分なりに受け止めていたつもりだった。
しかし改めて、『レヴィアスは天使だった』とはっきり示されたことがシオンの胸に重くのしかかったのだ。
レヴィアスの背を飾る漆黒の翼がシオンの脳裏をよぎる。
……今も鮮明に思い出すことが出来る。
あの、真新しい純白の翼が、まるで闇に食い尽くされるかのように根元から黒く染まっていく光景。
それは例えるならば、呪いか、罰かのよう。
いったいなぜ?という疑問は、胸の中でずっと渦巻いていた。
いまは、心の中の箱にそれを押し込み、決して開かないようにぎゅっと蓋をしているに過ぎない。
――知ることが、怖いのだ。
「代り映えしないけれど、それなりに楽しい日々だったかな。でもね……そんな時間にも終わりが来たんだ」
するり、とエリオルは自らの指にはめた銀のリングをひと撫でした。
リングを飾る薄桃色の石が光を淡く反射し、幻想的な美しさを感じさせる。
「僕らが幼い頃から秘密基地にしていた小さな神殿で、――真っ赤な血に染まったレヴィアスの姿を見た」
シオンは、弾かれたように顔をあげ、エリオルの目を見る。
それを感じたのか、エリオルはゆっくりとシオンに視線を向けた。
怒りでも悲しみでも無い、ぽっかりと感情が抜け落ちてしまったかのような瞳。
感情と生気を感じさせない美貌は、まさに天使の彫像のようだった。
緩やかな口調で、エリオルは続ける。
「あの神殿は小さいけれど、美しいんだ。天井は一面ステンドグラスに覆われて、小さな祭壇はいつも花で溢れていた」
優美な神殿で並んで佇むふたりの姿を想像する。
それは絵画のように美しく、幻想的な光景だ。
そして――赤い血は、その場所で目にするにはあまりにも異質なものだっただろう。
「神殿の天井を飾るステンドグラスを突き抜けるほどに、空から光が降り注ぐ日だった。床や壁が夢みたいに綺麗な色で照らされているのに、所々に真っ赤な血がはねていて……」
エリオルの言葉を聞きながら、ネックレスを握るシオンの手がじわりと汗ばんだ。
彼の言葉のひとつひとつが、まるでシオンの心に刻みつけようとしている……あるいは、彼が自分自身に語り聞かせているようだ。
シオンが思い描いていた美しい情景に、血の色がぽたり、と混ざる。
想像の中のエリオルが、こちらを振り返ったような気がした。
「……それを辿ると、血溜まりの中にレヴィアスが立っていた。顔や翼に赤い血を浴びて……手に握った剣からは、まだぽたぽた鮮血が滴っていたよ」
リングを撫でるエリオルの指に、僅かに力がこもった。
桃色の石が、光の加減で橙に、そして赤色に輝いたように見えた。
鮮血の温かさ。
むせかえるような血の匂い。
一瞬にしてそれらがシオンの脳裏にフラッシュバックして、めまいを覚えた。
記憶の中の、清廉で凛としたレヴィアスの横顔に、血の色が塗りつけられる。
つい先日一緒に過ごしたばかりの、温かい記憶が急速に氷漬けにされていくような感覚がシオンを襲う。
簡単に揺らいだりしない、と唱えながら、祈るような気持ちでネックレスの石を握った。
エリオルの言葉のどこにも、レヴィアスを貶めようという悪意を感じない。
それがむしろ、シオンの心を少しずつ切り裂いていくのだ。
エリオルは、ひと呼吸おいて再び唇を開く。
虚空を見つめていた視線は、いつの間にかシオンの瞳を射抜くように見据えていた。
……まるで、何かを試すように。
「足元の血溜まりの中には、僕とレヴィアスの、もうひとりの幼馴染……僕の恋人が倒れていた」
今日は背中に白い羽根は無く、黙って微笑んでいればどこかの貴公子か王子様のようにも見えるだろう。
(勢いで座っちゃった……)
シオンは、今更ながら後悔に襲われていた。
ぎゅっ、と首元のネックレスを握る。
今のシオンに頼れるのは、この冴えた青色の魔法石だけだ。
華奢なチェーンに繋がれた小さな石だが、そこにこめられた魔力がレヴィアスの物だと思えばずいぶん気持ちが落ち着く。
シオンは静かに深呼吸すると、ベンチに座る姿勢を少し正した。
「僕が天使だってことは理解できてるかな?」
こちらの顔も見ず、エリオルは唐突に話し始める。
その口調は穏やかだが、感情らしいものは感じられず、どこか不気味な平坦さがあった。
「……はい」
シオンは、こちらが抱える恐怖心を悟られないように、短く答えた。
エリオルは視線を動かさず、口元だけで緩く微笑んだ。
「僕とレヴィアスは幼馴染なんだ」
それを聞いて、シオンはちらりとエリオルの表情を盗み見る。
意外なほどその横顔に浮かぶ表情は晴れやかで、昔を懐かしむようにどこか遠くを見るような目をしている。
「天界って閉鎖的でね。そもそも天使の数も多くはないし、血縁者以外と深く関わることはあまり無い。……種族特有の無駄な美貌のせいで享楽的に見られがちだけど、実際はガチガチの血統至上主義だし、美しさと力だけが物を言うような社会なんだ」
一見奔放にも思えるエリオルのイメージと、彼の口から語られる天界の様子が頭の中で不和を起こす。
彼の言葉の端に、諦めと僅かな嫌悪感を感じとり、シオンはなるほどと納得した。
エリオルはため息をつき、自嘲めいた笑顔を浮かべて続けた。
「翼の大きさ、白さ、魔力の強さ、瞳や髪の色……うんざりするよね」
シオンとエリオルの間を、ふわりと果樹の香りを孕んだ風が通り過ぎた。
警戒を緩めず、シオンはエリオルの話に耳を傾ける。
敵対する立場なのであれば耳を塞ぐべきなのかもしれないが、いずれにせよもう彼の前からは逃げられない。
それならば、腰を据えて話を聞くしかないと思ったのだ。
「自分で言うのもなんだけど、僕とレヴィアスは天使の社会の中ではいわゆる出世頭でね、権力者の爺様達からの信頼も厚かったんだよ」
ずしり、とエリオルの言葉がシオンの胸を押し潰す。
うっすらと理解し、自分なりに受け止めていたつもりだった。
しかし改めて、『レヴィアスは天使だった』とはっきり示されたことがシオンの胸に重くのしかかったのだ。
レヴィアスの背を飾る漆黒の翼がシオンの脳裏をよぎる。
……今も鮮明に思い出すことが出来る。
あの、真新しい純白の翼が、まるで闇に食い尽くされるかのように根元から黒く染まっていく光景。
それは例えるならば、呪いか、罰かのよう。
いったいなぜ?という疑問は、胸の中でずっと渦巻いていた。
いまは、心の中の箱にそれを押し込み、決して開かないようにぎゅっと蓋をしているに過ぎない。
――知ることが、怖いのだ。
「代り映えしないけれど、それなりに楽しい日々だったかな。でもね……そんな時間にも終わりが来たんだ」
するり、とエリオルは自らの指にはめた銀のリングをひと撫でした。
リングを飾る薄桃色の石が光を淡く反射し、幻想的な美しさを感じさせる。
「僕らが幼い頃から秘密基地にしていた小さな神殿で、――真っ赤な血に染まったレヴィアスの姿を見た」
シオンは、弾かれたように顔をあげ、エリオルの目を見る。
それを感じたのか、エリオルはゆっくりとシオンに視線を向けた。
怒りでも悲しみでも無い、ぽっかりと感情が抜け落ちてしまったかのような瞳。
感情と生気を感じさせない美貌は、まさに天使の彫像のようだった。
緩やかな口調で、エリオルは続ける。
「あの神殿は小さいけれど、美しいんだ。天井は一面ステンドグラスに覆われて、小さな祭壇はいつも花で溢れていた」
優美な神殿で並んで佇むふたりの姿を想像する。
それは絵画のように美しく、幻想的な光景だ。
そして――赤い血は、その場所で目にするにはあまりにも異質なものだっただろう。
「神殿の天井を飾るステンドグラスを突き抜けるほどに、空から光が降り注ぐ日だった。床や壁が夢みたいに綺麗な色で照らされているのに、所々に真っ赤な血がはねていて……」
エリオルの言葉を聞きながら、ネックレスを握るシオンの手がじわりと汗ばんだ。
彼の言葉のひとつひとつが、まるでシオンの心に刻みつけようとしている……あるいは、彼が自分自身に語り聞かせているようだ。
シオンが思い描いていた美しい情景に、血の色がぽたり、と混ざる。
想像の中のエリオルが、こちらを振り返ったような気がした。
「……それを辿ると、血溜まりの中にレヴィアスが立っていた。顔や翼に赤い血を浴びて……手に握った剣からは、まだぽたぽた鮮血が滴っていたよ」
リングを撫でるエリオルの指に、僅かに力がこもった。
桃色の石が、光の加減で橙に、そして赤色に輝いたように見えた。
鮮血の温かさ。
むせかえるような血の匂い。
一瞬にしてそれらがシオンの脳裏にフラッシュバックして、めまいを覚えた。
記憶の中の、清廉で凛としたレヴィアスの横顔に、血の色が塗りつけられる。
つい先日一緒に過ごしたばかりの、温かい記憶が急速に氷漬けにされていくような感覚がシオンを襲う。
簡単に揺らいだりしない、と唱えながら、祈るような気持ちでネックレスの石を握った。
エリオルの言葉のどこにも、レヴィアスを貶めようという悪意を感じない。
それがむしろ、シオンの心を少しずつ切り裂いていくのだ。
エリオルは、ひと呼吸おいて再び唇を開く。
虚空を見つめていた視線は、いつの間にかシオンの瞳を射抜くように見据えていた。
……まるで、何かを試すように。
「足元の血溜まりの中には、僕とレヴィアスの、もうひとりの幼馴染……僕の恋人が倒れていた」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
【最強モブの努力無双】~ゲームで名前も登場しないようなモブに転生したオレ、一途な努力とゲーム知識で最強になる~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
アベル・ヴィアラットは、五歳の時、ベッドから転げ落ちてその拍子に前世の記憶を思い出した。
大人気ゲーム『ヒーローズ・ジャーニー』の世界に転生したアベルは、ゲームの知識を使って全男の子の憧れである“最強”になることを決意する。
そのために努力を続け、順調に強くなっていくアベル。
しかしこの世界にはゲームには無かった知識ばかり。
戦闘もただスキルをブッパすればいいだけのゲームとはまったく違っていた。
「面白いじゃん?」
アベルはめげることなく、辺境最強の父と優しい母に見守られてすくすくと成長していくのだった。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
伯爵令嬢アンマリアのダイエット大作戦
未羊
ファンタジー
気が付くとまん丸と太った少女だった?!
痩せたいのに食事を制限しても運動をしても太っていってしまう。
一体私が何をしたというのよーっ!
驚愕の異世界転生、始まり始まり。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
【完結】憧れの異世界転移が現実になったのですが何か思ってたのと違います
Debby
ファンタジー
【全話投稿済み】
私、山下星良(せいら)はファンタジー系の小説を読むのが大好きなお姉さん。
好きが高じて真剣に考えて作ったのが『異世界でやってみたい50のこと』のリストなのだけど、やっぱり人生はじめからやり直す転生より、転移。転移先の条件として『★剣と魔法の世界に転移してみたい』は絶対に外せない。
そして今の身体じゃ体力的に異世界攻略は難しいのでちょっと若返りもお願いしたい。
更にもうひとつの条件が『★出来れば日本の乙女ゲームか物語の世界に転移してみたい(モブで)』だ。
これにはちゃんとした理由があって、必要なのは乙女ゲームの世界観のみで攻略対象とかヒロインは必要ないし、もちろんゲームに巻き込まれると面倒くさいので、ちゃんと「(モブで)」と注釈を入れることも忘れていない。
──そして本当に転移してしまった私は、頼もしい仲間と共に、自身の作ったやりたいことリストを消化していくことになる。
いい年の大人が本気で考え、万全を期したハズの『異世界でやりたいことリスト』。
なんで私が転移することになったのか。謎はいっぱいあるし、理想通りだったり、思っていたのと違ったりもするけれど、折角の異世界を楽しみたいと思います。
----------
覗いて下さり、ありがとうございます!
2025.4.26
女性向けHOTランキングに入りました!ありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧
7時、13時、19時更新。
全48話、予約投稿しています。
★このお話は旧『憧れの異世界転移が現実になったのでやりたいことリストを消化したいと思います~異世界でやってみたい50のこと』を大幅に加筆修正したものです(かなり内容も変わってます)。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる